ラキオスからやや離れた郊外。
時折思い出したように囀る鳥や虫達の旋律を除けば静寂と言って差し支えない夜。
青紫の帳が下りる森の中で、時深は一人佇む。来るはずの人物を待ち受ける為に。
「……やはり来ましたか、悠人さん。それに……アセリア」
現れた二つの影に、しかし時深はこっそりと溜息を漏らす。
本当は、来ない方が彼にとっての幸せ。しかし、やはりこうして彼は来てしまう。
それは、繰り返し『時詠』が見せてきた、罪深い未来。
判ってはいても痛む胸の奥に、眉を顰めながら彼と――彼女の決心を聞き届ける。
「ああ。決めたよ。俺は、エターナルになる」
「……アセリアも。それで良いのですか? 仲間から、忘れられるのですよ」
「わたしはユートと行く。ん……カオリとの約束」
もう充分納得済みなのだろう、蒼い瞳には迷いの色は無い。
大きく頷く二人に対し、もう説得する言葉が見つからず、再び深く溜息を付く。
何もかも垣間見た粗筋通りに進行している。なのに、この不安感は何なのだろう。
扇を振るいながら、ふとそんな久しぶりの感覚を味わっている自分に時深は気づく。
「判りました。では、時の迷宮への門を開きます」
「時の迷宮?」
「ええ。上位永遠神剣のうち、偉大なる13本」
「そんなにあるのか」
「いえ、そのうちの」
「ちょーっと待ったぁ!」
「……はい?」
思わず間抜けに答えた瞬間、がさがさっと草叢が揺れ、マナ蛍が一斉に舞い上がる。
飛び出してくるのは小柄なスピリット。
ウイングハイロゥとついでにポニーテールを大きく靡かせながら颯爽と降り立つのは。
「とうっ! じゃーん! ネリー、参上っ!」
「え、ネリー? どうしたんだこんな所に!」
「どうしたじゃありませんユート様。水臭いじゃないですか」
「ってヒミカ! いつの間に?!」
そして一体どこに隠れていたのか、わらわらと現れ出すラキオススピリット隊。
「んふふ~。ヒミカだけじゃありませんよぉ~?」
「時深様から聞きました、一言も無しなんて寂しいですよ」
「ハリオン? ファーレーンまで!」
そういえば悠人さんの記憶を操作する時、全員に洗いざらいぶちまけてしまっていたような。
そんな事を頭の片隅で思い出す。しかし仕方が無かったとはいえ、早計だったと後悔しても時既に遅し。
「ユートさまぁ、お菓子上げたら付いて行ってもいい?」
「わわわわたしもっ! 御供させて下さいっ!」
「シアー、ヘリオン……ばかだな、鬼退治じゃないんだぞ」
「……お姉ちゃんが行くっていうから」
「エターナルになっても、草笛を吹く事は可能です」
「か、勘違いしないで。ユート様だけじゃ危なっかしくて落ち着かないから」
「ニム、ナナルゥ、セリアまで……ぐす……ちくしょう、みんなありがとう」
「……」
涙ぐむ悠人の背中は、時詠みの力でも見えなかった、有り得ない未来。
時深は少し離れた地点で扇を翳したまま固まり、ただ呆然と成り行きを見守るしかない。
とか言ってる間にも、どんな世界樹の分岐にも無かった筈の予想外な展開は続く。続いてしまう。
「ユート様、言った筈です、わたくしが盾になります、と」
「手前はユート殿の剣。丸腰で、どちらへ行かれるおつもりですか」
「エスペリア! ウルカも!」
「パパ~、アセリアお姉ちゃん、ずるいよこっそりなんて~!」
「ん。オルファ、すまない」
「でも……本当にいいのか? こう言っちゃなんだが、綺麗さっぱり忘れられちまうんだぞ?」
「何言ってんの、ユート様!」
「みんなでぇ~、エターナルになりましょう~」
「そうです! みんなで行けば、誰も忘れません!」
「ハイペリアで言う所の、ギャクテンノハッソウというものです」
「……おお。みんな、頭いい」
「なるほど……そうか! それは盲点だった!」
「あのー、悠人さん?」
「ああ、時深。そんな訳だから、全員頼むよ。みんなスピリットなんだから、問題ないよな?!」
「え? ……え、ええ」
ようやく我に返った時深の目の前には、一斉に頷く満面の笑顔。
とてもその場のノリを壊せるような雰囲気ではない。
つい勢いに圧されるまま首を縦に振り、迷宮の門への入り口を開けてしまう。
「じゃ、行くぞ、みんな!」
『おおー!』
「……あいたっ」
悠人を先頭に次々と躊躇わず潜り抜けて行く、思い切りのありすぎる次期ライバル候補達。
その能天気な背中を黙って見送り、最後に自分も飛び込もうとして、時空の縁で豪快にけつまづく。
(言えない……今更迷宮には4本しかないだなんて言えない……)
先ほどから感じていた不安の正体はこれだったのかと、ようやく納得する。
しかし、納得したからといって何も解決はしない。
よろよろと立ち上がろうとして軽く眩暈を起こし、またけつまづく。いい加減、巫女装束も土だらけ。
「そ、それにしても」
レスティーナ以下の忘れられっぷりといったら"渡り"どころの騒ぎじゃありませんね、と他人事ながら呆れつつ、
ここはやっぱりもう一度序章からやり直すべきなのだろうかなどと、がっくりと膝をつく時深であった。