「い や で す」
第二詰所の廊下で俺から任務を伝えられたセリアは、きっぱりとそう言い切った。
しかしこの拒絶反応は大方予想が付いていたので、用意して置いた次の台詞を続ける。
「いや、俺もあまり、出来れば、というか極力避けたいのは山々なんだが、任務は任務だし」
「う゛」
そしてここも予想通りというか、『任務』の二文字の前に、言葉に詰まってしまうセリア。
俯き、拳をぎゅっと固く握り締めている辺りを見ると、相当な葛藤が走っているに違いない。
多分本人に自覚は無いが、睨みつけている床の木目が、眼力だけで薄く霜がかっていく。
「……」
「……」
「…………わかりました」
「よし、じゃ、早速行こうか」
このまま第二詰所全体が古くなった冷蔵庫のように落ちにくい霜だらけになってしまうのでは、
と心配し始めた所でようやく、酷く聞き取りにくく歯切れの悪い呟きが辛うじて聞き取れる。
その普段からは別人のような態度になんだか物凄く罪悪感を覚えるのだが、仕方が無い。
第一、俺だって気が進まないのだから。
「それにしても」
「ん?」
「どうしてヨーティア様は、いつもいつも私をご指名になるのですか?」
「……言った方がいいか?」
「……いえ、今の質問は忘れて下さい。私が迂闊でした」
面白いからだ、とは暗黙の了解。しかしわざわざ口に出して傷口に塩を塗ることも無い。
俺達はそれから無言でラースへの道のりを歩き始めた。鉛のように重たく感じる心と足を引き摺って。
『セリア・バトリ♪』
「……着いちゃったな」
「……着いちゃいましたね」
早朝に出発したにもかかわらず、ラースに到着したのは丸半日以上費やした夕暮れ時。
精神と肉体の両方が拒絶したせいなのは間違いない。
相変わらず何の特徴も無くただ薄暗い研究施設の廊下の先には、これまた相変わらず頭の悪そうなプレート。
しかもそれは増殖していて、ネームプレートの下にも小さなプレートがあり、ヨト語で二言三言書いてある。
『いるよん♪ 優しくノックしてね? お姉さんとの約束だぞっ』
「……はぁ」
「……はぁ」
二人同時にこめかみへ指を当て、溜息を付く。非常に残念な事に、どうやら在室中のようだ。
ちなみに、俺とセリアは扉に対してやや斜めに構え、部屋からは少し離れた廊下に立っている。
セリアは廊下一杯にウイングハイロゥを展開し、俺は床一面にオーラフォトンを展開していた。
物騒かも知れないが、身を守る為には止むを得ない。
以前、初めて訪れた際には迂闊に正面に立ってノックをするという極一般的な作法を行った結果、
直後その扉が丸々こちら側へと吹き飛んでくるという非常識な事態に対応出来なかったという経緯がある。
「じゃ、行くぞ」
「はい。フォローします」
まるで戦闘開始の合図か何かのように頷き合い、そして恐る恐る扉に手を伸ばす。
反対側の手で握り締める『求め』の柄がじっとりと汗ばんでいた。『熱病』の気配も緊張と共に高まる。
扉に、手が触れた。ごくり、と一度喉を鳴らし、それから軽く拳を握り締め、扉を叩く。
こん、こん。
「……」
「……」
返事が無い。ただの屍のようだ。じゃなくて。
「……セリアさん?」
「はい?」
「ああ、いや、ごめん。えっと、バトリさん?」
こん、こん。
「変だな、居ないのか……痛っ!」
「紛らわしい呼び方しないでっ(ヒソヒソ)」
「だからっていきなり踵で足を踏んづける事は無いだろっ(ヒソヒソ)」
「本っ当に恥ずかしいんですからっ(ヒソヒソ)」
『やん♪ もっと優しくノックしなきゃ、ダ・メ・ダ・ゾ』
「……」
「……」
声が聞こえて来た訳では無い。プレートの文面が変化していた。いつの間に。
「って、居るんじゃないかっ!」
「あっ、ユート様、いけませ」
「ぐおっ!」
「ユート様っ?!」
直後、うっかり扉の真正面に立ってしまった俺は、轟音が響いた、と思った瞬間、
タイミング良く吹っ飛んできた鋼鉄製の扉と反対側の壁にサンドイッチにされ、そのまま意識を失っていた。
「だから言ったじゃない、もっと優しくしなきゃ、ダ・メ・ダ・ゾ♪」
「痛っ! いたたたっ!」
「ユート様、もう少しですから動かないで下さい」
机を挟んだ向こうから、バトリさんがさも面白そうな声色で、顔中に出来た傷をぺちぺちと叩いていく。
そう、目の前で白衣を纏うポニーテールの女性技術者、セリア・バトリ。
彼女をラキオスへと異動させ、その道中の護衛を行う、それが俺達に与えられた任務だった。
ちなみにセリアは一心不乱に俺の顔を覗き込み、殊更丁寧に傷口一つ一つの治療を行っている。
嬉しいのだが、多分単に彼女を視界に入れたくないだけだろう。
「それにしてもエトランジェ~、相変わらず鈍いわねぇ」
「実験の爆発に巻き込んでおいてその言い草はないだろうっ」
「え~」
いや、そこで不満そうに口を尖らせても困る。
何だかいじいじと指を机に押し当ててるし。一体幾つだあんた。
「今、失礼な事考えたでしょう?」
「滅相もありません」
「ふ~ん、ま、いっか。ところで今日は、何の用?」
ことり、とお茶を差し出される。器がビーカーなのにはもう驚かない。
その前に試験管でかき混ぜていたように見えたのも、まぁ有りだろう。
変な紫色の煙がぽんっ、と軽い音を立てていたような気がするのは忘れることにする。
それよりも、比較的まともに進みそうな会話に俺は正直ほっとしていた。だがそれを、人は油断とも言う。
「ああ、ヨーティアが呼んでるから、またラキオスに来てくれないか、バトリさん」
「駄、目~」
「は?」
「お姉さん、バトリさんじゃないもん」
「もんって。いや、バトリさんだろ」
「ぶっぶ~、減点です~。あと一回で、Md -100なのだ~」
「……」
「わくわく」
机の上に両肘を付き、その上に乗せた顎ごと身を乗り出し、爛々と期待に輝く瞳。
多分ここで、歳不相応に違いない語尾への突っ込みは絶対にろくな結果を呼ばないだろう。
要求事項は判ったが、対処に困る。関係ないが、白衣の衿が大きく広がっているので目のやり所にも困る。
持て余し、誤魔化すようにがしがしと髪を掻いていると、隣からつんつんと肘で軽く突付かれてしまっていた。
「ユート様?(ヒソヒソ)」
「……ごめん、これ以上話を拗らせたくない(ヒソヒソ)」
「……仕方ありません(ヒソヒソ)」
セリアは本当に、どうしようもなく仕方が無い、という感じで了承してくる。
しかし綺麗に揃えた膝の上で、握りこんだ拳にニーソックスが巻き込まれ、皺になっているのにも気づいていない。
俺は、すまんと目線だけで頷き、それから正面に向き直り、
「わくわくわくわく」
「……」
子供っぽい表情に脱力し、挫けそうになりつつも、一言一句を噛み締めるように告げる。
「……セリアさん、ラキオスに来て下さい」
「ふっ」
「ふ?」
その瞬間、一瞬だけ垣間見せた悪魔のような邪悪な笑みを、俺は生涯忘れないだろう。
彼女はすばやく手を白衣のポケットに突っ込むと、小さな箱のようなものを取り出し、ボタンのようなものを押し、
「『紛らわしい呼び方しないでっ』」
そのリアルすぎる再生音は、紛れも無く先ほどセリアが囁いていた台詞だった。
がたがたがたっ!
「なっ、な、なななな」
「録音してたのかよっ!」
一斉に立ち上がる俺達。
特にセリアとかは血相を変えてというか噴火寸前の火山を思わせる程真っ赤なのだが、
何だか変な形の録音装置らしきものをひらひらと手の中で転がすセリアさんの方は全く動じていない。
そしてよせばいいのにけたけたと笑いながら、火に油を注いでいく。
「や~ねぇ、私も一度言ってみたいわぁ~。無防備で可愛いわよねぇ、つい出ちゃう素の口調って♪」
ぽちっとな。
「『本っ当に恥ずかしいんですからっ』」
「はうっ!」
「あ~んもう、この鋼鉄のツンが綿飴のデレに変わる瞬間! エトランジェの旦那、上手くやりましたなげへへ」
「俺は何もしてないっ! っていうかアンタこそ一体何がしたいんだ!」
無駄な事は承知で叫ぶ。突っ込みどころが多すぎる上に、突っ込んでも多分もう手遅れ。
調子に乗って顎に細い指を当ててきながら涎を拭うような仕草を見せるセリアさんを止める術はもう俺には無い。
そして当の羞恥プレイ受難真っ最中のセリアの方は全身がぷるぷると小刻みに震え始めている。
「こ、こここ」
「こけこっこ~?」
「壊すっ! 今すぐに壊すっ! 貴女ごと壊すっ!!」
「きゃ~っ♪ リアちゃんが怒ったぁ~」
「ちゃんでっ! リアでっ! 呼ぶなぁっ!」
「待て、落ち着けセリア! こんな所で『熱病』を振るったら」
「お姉さんは落ち着いてるわよん♪」
「アンタじゃないっ! うわしがみつくな俺を盾にするな背中に何かを押し付けるな~っっ!!」
「ふむ、いい筋肉してるなアンちゃん。これなら今すぐにでも立派な対スピリット防御壁になれるぞ」
「誰がなるかっ!」
「ユート様、どいて下さいっ!」
「いや、俺はどきたいんだがわひゃ、こらやめろくすぐったい」
「むふふ~。ここか? ここが良いのんか?」
「~~~~~っっっ馬鹿ぁっっ!!」
「ちょ、はがっ☆%#くぁwせdrftgyふじこlp!!!」
全身をまさぐられるくすぐったさと、少なくともセリアよりはボリュームのある柔らかさの狭間で、
これはなんの拷問なんだと思いながら『熱病』の強烈無比な一撃をまともに受けた俺は、
衝撃で研究所の外壁を突き抜け、もう何が何だか判らないまま本日二度目の気絶へとダイブを敢行していた。
「しっかし三階から落ちても死なないなんて、流石はエトランジェねぇ~」
「ええ、もう自分でもびっくりです」
いや、本当に。
ろくにマナの制御も出来ていないヘヴンズスウォードをクリティカルに受けて
肋骨三本に両大腿骨骨折、頭蓋骨陥没内臓破裂だけで済むなんて、俺は何て幸せ者なんだ。
――――エトランジェじゃなかったら確実に天国のばあちゃんと対面してたけどな。
「す、すみませんユート様」
「ああ、別にセリアのせいじゃないからさ。そんなに凹むなって」
「そうよぅ~。彼もこう言ってるんだから、気にしない気にしない」
「セリアさんは気にして下さい、むしろ盛大に」
「エトランジェ~、言ってる事が矛盾してるわよ」
「急に真面目な口調ぶっても駄目です」
しかし今更だが、同名だと実にややこしい。いちおうさん付けして区分けているのに、セリアの方が一々反応する。
ぴくっと震える肩とかその度に揺れるポニーテールとかが小動物みたいに怯えていて保護欲を駆り立てるというか。
「ほれほれ~、私だってポニーテールなんだぞ~」
「対抗すんなよっていうか人の心を読まないで下さいっ!」
いかん、いい加減敬語も甘くなってきた。気を落ち着かせる為に、周囲の緑に目を向ける。
研究所が半壊するとかラースに微震が走ったとか色々あったが、今俺達は無事街道をラキオスに向けて北上していた。
本当は人間である彼女用にエクゥを一頭用意していたのだが、災厄に巻き込まれて燻製になっていたので徒歩である。
予定よりは大分遅れそうだが止むを得ない。ウイングハイロゥで運んで貰おうとも思ったが、今度こそセリアに
「い や で す」
と問答無用で却下され、俺もそれ以上は強く押せなかった。
見上げてくるつぶらな蒼い瞳にきらきらと見つめられ、その綺麗さと迫力に何も言えなくなった、というのもある。
そんな訳で両側に夜の森を望みつつ、満天の星空の下、軽い坂道を縦に三人並んで歩いている最中だった。
先頭は俺、真中にセリアさん、殿にセリア。これは護衛としての任務、という意味でもある。
しかし肝心の被護衛者は散漫な性格のせいか常に落ち着かず、俺の隣に来てはちょっかいをかけてくる。
俺はその度に後方で噴き出しかねない水のマナに戦々恐々となりながら、出来るだけ適当にあしらっていた。
「ねぇねぇエトランジェ」
「なんですか」
頭の後ろに手を組んだまま、暢気に口笛なぞ吹いていたお方が話しかけてくるので、警戒しつつ慎重に答える。
「あのね、エトランジェは神剣……えっと『求め』ね。それ、伸ばせる?」
「……は?」
「だ~か~ら~。それ、伸ばせる?」
「あ、いや、出来ないけど」
「そうなの? 残念」
「え? 出来る奴なんているのか?」
ちょっと不安になって聞いてみる。こんなんでも一応技術者だし、そういう知識があってもおかしくない。
そして出来れば便利そうだし、もし自分だけが出来ないのなら問題だし、訓練の方法とかも。
しかし肝心の当人は俺の質問などはとっくにスルーで、もうセリアに話しかけていた。とことんマイペースなお方だ。
「リアぁ、リアぁ♪」
「……」
「ねぇ、リアぁ?」
「……」
「む~、いつまで拗ねてるのよこの娘はぁ。セリア?」
「……はい」
「可愛く無いわねぇ。そんな顔してたらそのうち嫌われるわよ、ねぇエトランジェ?」
「ナッ?!」
「え、は? 俺? いや、俺は別にその」
「どうせこの娘の事だからぁ、いっつもこんなしかめっ面なんでしょ~?」
「あー、まぁ」
「でもね、騙されちゃだめよ? 昔っからこうなの。どうせ照れてるだけなんだから」
「はぁ、そっすか」
こういう所だけお姉さんっぽく説得力があるので困る。名付け親なだけに重みがあるというか。
しかし当然というか、セリアはぶんぶんと顔を左右に振り回し、
「嘘よっ! 嘘に決まってますっ! そ、そそそんな事より、一体なんの用事ですか!」
「そんな事ぉ~? ん~、ま、いいけど。『熱病』、伸ばせる?」
「伸ばせません。念の為ですが、縮める事も出来ません」
「え、そうなのか?」
「ええ。私に限らず、神剣は本人の成長と共に形を変える事はあっても、自分の意思でそれを行うのは難しいです」
「あ~、やっぱそっか~。残念」
「なんだ、判ってたのに聞いたのか?」
「だってぇ、ほら」
「ほら?」
「こう、旅の定番じゃない? 伸縮自在の棒を持ってたり巨大なフォーク持ってたり雲呼んだり」
「どうしてアンタが西遊記なんか知ってるんだっ!」
疲れる。どれだけ慎重に警戒していても摩訶不思議なこの人の頭脳には付いていけない。むしろ付いていきたくない。
「五月蝿いわね、いいわよもう。ところで、印籠使って悪人退治とかはもう何代目?」
「水戸黄門かよ?! ってヤバいネタはよせっ」
「むー」
そしてそこで、何故膨れる。いかん、この流れは『求め』の干渉より性質が悪い。
だんだん距離を取るようになってきたセリアの冷ややかな視線の対象が、俺含む、に広がっているような。
「あのね、そんなに叫んでばっかりで、喉枯れない?」
「アンタのせいだろがっ!……ぜーはー、ぜーはー」
「ほら、言ってる側から。はいどうぞ」
「親切に水を渡すような台詞で胸を突き出してくるなぁっ!!」
「ほりほり、我慢は身体によくないぞ~?」
「セクハラだ!」
「……楽しそうですね」
「え゛」
限りなく低いトーンの声に、はっと我に返る。
気が付くと、俺とセリアさんは間に『求め』を挟んで密着したまま、ぐいぐいと互いを押し合っていた。
これじゃ傍目からは、現代世界で俺自身が散々冷笑していた、公然といちゃつくバカップルと同じ構図だ。
そしてそんな俺達を置いてけぼりにして、セリアは重金属のような重たい空気を醸し出しつつすたすたと歩き出してしまう。
「いや、セリア、これは違」
「あららぁ、妬いちゃったのかしらん♪」
「違いますっ」
しっかりと踵を返して反論し、そして競歩のように歩き出すセリアの背中でポニーテールがぶんぶんと揺れている。
白いウイングハイロゥまで足並みに合わせてばさばさと大きく羽ばたいているのはきっと無意識の行動なんだろう。
「こ、ら。お姉さんの隣で、他の女の子を見ないの」
「耳っ! 痛っ、耳っ!」
「そういえば知ってる、エトランジェ~?」
「あたた……何を?」
「さっき貴方が凝視していたリアのすらっとした太腿~、こう、付け根の所に可愛いホクロがね~」
「え、え?」
反射的に前を行くセリアの青いニーソックスに目が行ってしまうのは、悲しいかな男の性で。
「あれ? 居ない……げふうっ?!」
「あらあら怖いわねぇ、死角からの膝蹴り、顎への突き上げ」
「……フンッ」
何故その技を繰り出したのかは知らないが、ばっちり確認を取らせて頂きました。じゃなくて。
「ご、誤解だっ」
「しっかり見たくせに、五階も六階もないわよねん♪」
「そんなベタなオチまでっ?!」
慌ててセリアに追いすがりながら、背中からのからかいにもしっかり突っ込みを入れるほど毒されていた。
「とうちゃ~くっ。ん? どしたの?」
「……はぁ~」
「……はぁ~」
そうして朝日が再び昇ろうとしている頃。
まだ元気一杯なお姉さんを尻目に、俺達はどっかりと腰を下ろし、背中合わせに溜息を付き合っていた。
目の前に聳え立つ、ラキオスの城門。ここに辿り着くまでに、まさかこんなに疲労困憊してしまうとは。
結局夜盗の類とかにも一切遭遇しなかったのに、戦場から帰還した時よりも気力体力共に使い果たしてしまっている。
そんな俺達の様子を不思議そうに覗き込んでくる元凶に、あんたのせいだと指を突きつける元気ももう無かった。
「俺達の戦いは終わった。だがこれは、新たなる壮大な戦いへの単なる序章に過ぎない」
「……」
「……」
びしっ、と指を突きつけていたのは、逆にお姉さんの方だった。
ノリノリで芝居がかり、何故か門を背にして白衣を翻し、今来た道を指差している。
たまたま馬車で通りかかった農家のおっさんがビビりまくりながら迂回していった。すみません、困った奴で。
「全く若いくせに元気ないわねぇ。そんなんで戦えるの?」
「……」
「……」
「あらら、返事がない。ただの屍以下略。ところでエトランジェ、一つ訊きたいんだけど」
「……真面目な話ですか?」
「やぁねぇ、私は真面目な話しかしないわよぉ」
「……」
「……」
「そこで無言っ?! およよ、お姉さん傷ついちゃった~」
なよなよと崩れ落ちるセリアさんを見ても、何の感傷も起こらない。自業自得という言葉の意味を理解した。
こつ、と頭を預けられたのでそっと振り返ると、すーすーと穏やかな寝息が聞こえてくる。
どうやらセリアはとうとう力尽き、寝てしまったようだった。全身の重さがゆったりと背中に委ねられている。
「ふふっ。こうしてると可愛いのにね~。このこのっ」
「そうだな……って止めろよ、起こしたら可愛そうだろっ!」
「ありゃ。セリアの頬っぺたは俺だけのものって~? まっ、彼氏の頼みじゃ仕方が無いかぁ」
「そんなんじゃないよ。ただ、こんな風に無防備なセリアは珍しいからさ、本当に疲れてるんじゃないかと思う」
「っ……ふ~ん。なるほど、ちゃんと見てるんだ」
「隊長だからな、一応」
「はいはい。でもね、まだまだだよ坊や♪」
「ちぇ、もう、それでいいや。で、なんだよ訊きたいことって」
「ふぇ? ああ、どうでもいいんだけど。なんでエーテルジャンプクライアントを使わなかったのかなぁ、って」
「……はい?」
「エーテルジャンプクライアント。なに、知らないの? ラースにしか無い訳じゃないでしょ?」
「……」
「まぁ私は散歩みたいで、たまの気晴らしには丁度良かったけど。って、エトランジェ?」
「さ、さ、さささ」
「ほいさっさ?」
「先に言えぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!!」
「わ、おっきなお口」
「きゃっ! な、なに?」
「あ~あ、起きちゃった」
「……え? あ、ユート様?」
「うわっ、ご、ごめんっ」
「い、いえ……」
謝ったのは、急に大声を出したせいで、起こしてしまった事に対してだった。
だから俺は暫くの間、びっくりした拍子に多分反射的にセリアがしがみついてきた事にも、
その華奢な肩を思わず引き寄せ、柔らかい髪を包み込むように自分の胸へと埋めてしまっていた事も、
それに対してセリアが何の抵抗も見せずにじっと大人しく縮こまっている事にも、
彼女の頬が真っ赤に染まっている事にも気づかずにいた。
なのでそれら全てを横目で見ながらつまんなそうに門を潜り抜けていくお姉さんが通りすがりに呟いた
「無防備なのは、誰かさんに対してだけじゃないの?」
という台詞などは、当然のように耳に入ってはこなかった。
ところで。
『ユート様……~~~~~っっっ馬鹿ぁっっ!!』
「ヒミカ離してっ! せめて、せめて一太刀だけでもっ!」
「ちょっと止めなさいよセリア、技術者相手に大人気ない」
『ユート様……~~~~~っっっ馬鹿ぁっっ!!』
「そうですよぉ~、セリア、可愛いですぅ」
「何度も聞かないでよっ! 渡しなさい、そんなもの!」
「渡したらセリア、壊すよね~」
「よね~」
『ユート様……~~~~~っっっ馬鹿ぁっっ!!』
「馬鹿って言う方が馬鹿。でもユートは馬鹿」
「こ、こらニム」
「合成よっ! ユート様が馬鹿だなんて言ってないわっ!」
「セリア、言い訳は見苦しいですよ」
『ユート様……~~~~~っっっ馬鹿ぁっっ!!』
「言い訳じゃないわよっ!」
「っていいますか、一体何があったんですか?」
「手前も良くは知りませぬが……どうやら痴話喧嘩かと」
「ふえぇ~、痴話喧嘩なんですかあ」
「ちっ、がっ、うっっ!!!」
「……なぁ、アセリア」
「ん、なんだ、ユート」
「その装置、どうしたんだ?」
「ん、セリアに貰った。壊れて止まらない」
ぽちっとな。
『嘘よっ! 嘘に決まってますっ!』「わざとに決まってる~~~~っっ!!!」
しかし腐っても優秀な技術者、お姉さん謹製のその装置はえらく丈夫で、
一体どういう構造なのか、全員の神剣総がかりでも破壊出来なかった。
喧しいので土に埋めたが、それは結局マナ電池が尽きるまで丸一ヶ月の間地面の下から絶叫し続けて噂になり、
ついにはレスティーナの耳にまで入り、奇妙にもラキオスにおける盗聴法の制定に大きく貢献する事となった。
「う~ん造ったはいいけど、あんまり戦闘には役立たないわねぇ」
どっとはらい。