「敵だ! バカ剣、気を抜くなよっ!」
今日も今日とて響き渡る、元気な悠人の叫び声。
巨大な神剣『求め』を翻し、一度振り返る。
「ネリー、アタッカー頼む! ナナルゥはいつもの!」
「……了解。マナよ疾く進め、破壊となりて彼の者どもを包め……イグニッションッ!!」
直後、巻き起こる轟音。『消沈』の剣先から迸る巨大な炎の嵐が敵の陣営を焼き尽くす。
「ふふん~♪ 剣の扱いは得意なんだからっ」
衝撃と灼熱を受け、それでも尚辛うじて立っている敵に襲いかかるのは、『静寂』の切っ先。
水のマナが凍てつく刃となり、防御をすり抜け殲滅させる。こうしてまた、拠点は陥落する。
「……ふぅ、お疲れ、二人とも」
ディフェンススキルを使う必要も無かった悠人が満面の笑みで迎え、
「ユートさまぁ、早く次に行こっ」
「お、おいおい。わかったから」
気分爽快なネリーが引っ張るような形で部隊は侵攻を続ける。
「こんなところで命のやり取りか… 馬鹿げてるけど、仕方ない」
そして、立て続けの戦闘。アタックスキルを存分に使い切ったネリーは交替している。
先ほどのように振り返り、悠人が叫ぶ。
「シアー、アタッカー頼む! ナナルゥはいつもの!」
「う、うん……『孤独』よ、お願い……力を!」
「……まとめて、消し飛ばします。アポカリプス!」
イグニッションが尽きてしまったナナルゥの詠唱よりも先に、シアーが飛び込む。
巨大な一撃が吹雪のように吹き荒れ、浮き足立った敵の集団に殺到するのは赤雷の群れ。
全身を痺れさせ、動きの取れなくなった敵部隊はあっけなくシアーによって一掃されてしまう。
「……ふぅ、お疲れ、二人とも」
ディフェンススキルを使う必要も無かった悠人が満面の笑みで迎え、
「えへへへぇ……ユートさまぁ」
「うん、よく頑張ったな、シアー」
とことこと駆け寄り、服の裾を握るシアーを優しく撫でる。それも繰り返される定番。
「ちっ、切っ先に迷いが出る……いや、今は何も考えるな」
そして、数回目の戦闘。アタックスキルを満足に使いこなしたシアーは交替している。
いつものように振り返り、悠人が叫ぶ。
「セリア、アタッカーを頼む! ナナルゥはいつもの!」
「了解!」
「……」
「ん? ナナルゥ、どうした?」
「……(フルフルフルフル)」
「え、もうないの? "いつもの"」
「……(コクリ)」
「そっか、連戦だからな。じゃあ誰か代わりを――――」
ぎゅっ。
「へ?」
「……」
「あ、えっと……何?」
「……(ボソ)」
「は? アタッカー?……もしかして、やりたいのか?」
「……(コクコクコクコク)」
「いや、でもなぁ。こう言っちゃなんだけど、ナナルゥのアタックスキルって意味がないというか」
「……(プゥッ)」
「あああ悪かった、悪かったから頬を膨らませるな!……じゃ、一回だけだぞ」
「……(♪)」
「じゃ、そういう訳だから、ごめんセリア、サポートに回ってくれないか?」
「え、ええそれは構いませんが……本当にいいのですね?(ボソッ)」
「しょうがないだろ(ボソッ)。それじゃ……いくぞっ!」
「疾く進め 破壊となりて彼の者どもを包め!」
「効くかどうか賭けになってしまうけど こういう戦い方だってあるのよ!」
「うわぁぁぁしまったぁ~!」
言い争いを黙って待っていてくれた敵サポーターが放つイグニッションで戦闘は再開され、
直後飛来した炎の弾丸はセリアが唱えたアイスバニッシャーによって打ち落とされる。
ナナルゥはタイミングを見計らい、全力で飛び込む。
初めて剣として振るう『消沈』の標的は、敵ディフェンダー、グリーンスピリット。
「手加減はしません……決めます!」
重量を乗せ、展開されているシールドハイロゥごと斬り伏せる。渾身の一撃、乾坤一擲スイングⅢ。
―――― かきん。 [ damage 0 ]
「……」
「……」
「……」
「こ、これは戦争なんです、わたしが悪いんじゃないんですよ!」
「くぅっ! 食らっちまったか。だが、まだまだこれからだ!」
ナナルゥとグリーンスピリットの間に微妙な空気が流れていく間にも、反撃は始まっている。
一方的な敵のターンを受けた悠人は必死になって防戦を繰り返し、辛うじて凌ぐ。
やがて、撤退していく敵部隊。所謂痛み分けになり、戦場は再び静まり返る。
「はぁ、はぁ……危なかった……ん? ナナルゥ?」
それを見送ってようやく一息ついた悠人の前に、しおしおになったナナルゥが帰って来る。
彼女は『消沈』の細い柄を両手でぎゅっと握り締めたまま、やや俯き加減で近づいてきた。
声をかけられた途端、怯えるように一度びくっと肩を震わせ、
恐る恐る上げた眼差しは主人に叱られた仔犬のようで、さらさらの長い髪も不安そうに揺れている。
「……(ボソ)」
「は? ああいや、大した怪我じゃないよ、こんなの唾付けときゃ治るし。それより、さ」
「……」
「あ、その、なんというか……お疲れ」
「……」
「いや、今回は運が悪かっただけだよ、ほら、なぁ、セリア?」
「え゛? え、ええそうですね。ブラックスピリットとかなら防御も弱いし(何故私に振るのですか?!)」
「……」
「(しょうがないだろっ!)そうそう、レッドスピリットも弱いよな。まぁ大体サポーターにしかいないけど」
「ユート様っ」
「――――あ゛」
「……(ウルッ)」
「わあっ! ごめん、泣くな、泣かないでくれ! あ、そうだ、一度拠点に戻って休もう。スキルを回復して」
「……(フルフルフルフル)」
「え、ヤなの? なんで? そうしたらナナルゥだって い つ も の」
「……(ウルッ!)」
「何故っ?! ちょ、良く判らないけど俺が悪かったからごめんなさい! ってああっ、セリアどこへ?!」
「……知りません。掘った墓穴はご自分でお埋めになって下さい」
「……(ウルウルウルウルウルウルウルウル)」
慌てふためき、どうしていいか判らなくなり、ただおろおろと戸惑うばかりの悠人。
その目の前でただぽつねんと立ち尽くし、つぶらな瞳からだばだばと大粒の涙を流し続けるナナルゥ。
ちょっぴり甘酸っぱい感情というものを初めて知った、ような気がする無口な砲台、Lv.33の春であった。