金銀砂子

「~♪~~♪」
「……ん?」
久しぶりに第二詰所へでも遊びに行くかと森の道を歩いていて、珍しい人物の後ろ姿を見かけた。
詰所へと続く一本道の向こうを歩くのは、鎌状の神剣を手に、ライトアーマーを着込んだスピリット。
特徴的な細く伸びたサイドヘアーが両肩から背中に流れ、彼女が歩くたびにゆらゆらと揺れる。
何か、唄のようなものを口ずさんでいた。束ねた枝のようなものを何本か肩に担いでいる。
細く鋭い硬そうな葉が沢山繁っていて、それが彼女の髪の色と見事なグラデーションを彩っていた。
「おーいクォーリン」
「はい? あ、ユート様」
「ああ。珍しいな、今日は王城じゃないのか?」
振り向いて俺に気付くとすぐにぺこりと行儀良く頭を下げるクォーリンを、片手で制しながら訊いてみる。
元稲妻部隊の彼女は武官として主にレスティーナの側で戦略方面を担当していた。
第二詰所の部屋割りに当面空きが無い為、普段の生活も王城内に設営された宿舎で営んでいる。
なので、特別な用事でも無い限りこうして第二詰所へ向かう小径で会うのは結構珍しい。
クォーリンは作法通り、さっと神剣を引き、それから顔を上げ、にっこりと微笑む。
「はい、今日はお暇を頂きました。その、皆さんと約束がありまして」
「ふーん、そっか。あ、俺も顔を出そうとしてたとこなんだ。折角だから一緒に行くか」

「あ、は、はい」
クォーリンは軽く胸に手を当て、はにかむように頷く。
俺が少し急ぎ足で追いつき、隣に並んだ所でどちらからともなく歩き出す。
最初は歩幅を気にしていたが、やがてそれも杞憂に過ぎないことに気がついた。
並んでみると判るが、彼女の背はかなり高い。そのせいか、ストライドもそれなりに大きく俺と馴染む。
「……」
「……」
暫く無言の時間が流れたが、不思議と退屈は感じなかった。のんびりと、見慣れた森の景色を眺めながら歩く。
時折なんとはなしにクォーリンの横顔を盗み見たりすると、同時に気付き、にっこりと微笑み返してくれる。
しかし、決して自分からは何かを話さない。逆に俺の方が赤くなり、そっぽを向かなくてはならなくなる。
それでもどこか穏やかな気分なのは、コルーレの持つ癒しの力のお陰なのかとふと思う。
「~♪ ~~♪」
ふと気がつくと、隣で口ずさまれている旋律。どこか懐かしいような、柔らかなメロディー。
少し堅苦しいイメージがあったので、これは意外だった。機嫌が良いのか、声色に涼しさがある。
梢で囀る鳥達とのハーモニーが調和して耳触りが良く、聖ヨト語の歌詞につい耳を傾け、意味を探ってしまう。
「ソ~ソ~の~は~さ~らさら~ マ~ハ~シ~に~ゆ~れ~る~♪」

「……ちょっと待て、クォーリン」
「お~ほしさ~ま~……はい?」
きょとん、と首を傾げられる。同時に、さらっと風に流れる前髪から漂う、清々しい香り。
至近距離から翡翠色の瞳でまじまじと見つめられ、突っ込みを入れたこちらの方が焦ってしまう。
「えっと、あのさ。その、ソソって何?」
「え、あ、わたし、ひょっとして唄っていました?」
「は? あ、ああ。わりとはっきりと」
「やだ、もう。恥ずかしい」
「……」
ひょっとして、結構なぼけぼけさんなのだろうか。やっぱりグリーンスピリットだから?
両手を頬に当て、真っ赤になって俯いてしまう仕草を見て、そんな風に思ってしまう俺がいる。
エスペリアとか意外と抜けたところがあるし、ハリオンは見たまんまだし。ニムは……まぁ。
「あー、それで、ソソって」
「これじゃまたコウイン様に……え? はい?」
「いや、だから。ソソ」
「あ……はい。ソソの葉ですね。これです」
「……これ?」
「はい。あ、触らないで下さいね、葉が鋭いので、指を切ったら大変ですから」
「……」

クォーリンが示したのは、彼女が肩に担いでいた植物。
いや、それも確かにさっきから気にはなっていたのだが。
というかどこかで見たような気がしてはいたのだが、するとこれはやはり。
「……ひょっとして、これに何か結いつけたりするのか?」
「はい! よくご存知ですね、ユート様」
「うおっ! ま、まぁ、さっきのクォーリンの唄に聞き覚えがあったというか」
目を丸くして驚くクォーリンの顔が急接近してきたので、思わず目を逸らす。
しかし共通の話題を見つけたのがよほど嬉しかったのかクォーリンは気にした風も無く、
長い神剣を小脇に抱え直し、枝を両手で持ちながら説明を続けていく。……ひょっとしてあれで刈ってきたのだろうか。
「実はこれマロリガンの文化なのですけれど、毎年コサトの月赤ふたつの日に、タカヅキを飾るんです」
「え、あ、そうなんだ」
「あ、タカヅキというのはですね、色紙を細く切ったもので、そこに願い事を書いたりします」
「ふんふん」
「そして飾られたソソの葉を一晩寝かせると、願い事が叶う……伝説なんですけど、ね」
「あ、ああ」
「でも、年に一回ですし、折角だから皆さんとって。自分でも子供っぽいとは思うんですけど」
「いや、そんなことは」
「元々は天空の中で一際大きく輝いている二つの星が――――」

「……」
こんな饒舌なクォーリンは初めて見た。瞳がきらきらと輝いて、頬も少し紅潮している。
ずずっと詰め寄りすぎたせいで胸が当っているのにもきっと気が付いてはいないだろう。
焦りもしたが、それ以上に、真剣な眼差しに、やっぱり女の子なんだなと変なところで少し安心してしまう。
そしてきっとそんな感情が表情に出ていたのだろう、はっと我に返ったクォーリンは慌てて頭を下げてくる。
「……あっ。も、申し訳ありません。こんなお話、退屈ですよね」
「いや、楽しいよ。へぇ、そっか、こっちの世界でも同じようなイベントがあるんだな」
「は、はぁ。……?」
そしてまた、不思議そうに首を傾げる。微妙なハイペリア語が判らないので反応出来ずに戸惑っているのか。
しかしそれにしても、ころころと変わる意外な表情が何だか子供っぽく、ついからかいたくなってくる。
俺は笹……じゃなくてソソの葉を指差し、いかにも興味がある、といった真面目な顔を作り、
「で、そのタカヅキに、クォーリンはどんな願い事を書いたんだ?」

 ―――― ピキッ

あれ? 今、何だかネリーが唱え損なったアイスバニッシャーのような音が聞こえたような。
いつの間にか背筋に、セリアが放つ殺気の塊を浴びた時のような大量の冷や汗も流れてるし。
ばさばさと大量の羽ばたきが聞こえたと思ったら、どういう訳か森中の鳥達が逃げ出してるし。
目の前のクォーリンからは表情が消え去り、まるで神剣に意志を奪われたみたいな瞳の色になってるし。
その頬から、つつーと漫画のような大粒の汗が一筋、顎を伝って流れていくし。気まずい。凄く気まずい。
「あ、あのさ」
「……ユート様、それは乙女の秘密です」
「……お、おう」
こうして和やかな時間は終わりを告げ、それから第二詰所に到着するまで、俺達はただ無言で歩いた。
同じ無言でも、さっきまで感じていたコルーレの暖かみや優しさが微塵も無かったのは言うまでも無い。
俺は改めて触れてはいけない部分に触れた時のグリーンスピリットに共通した恐ろしさというものを実感していた。
途中で一度強い横風に煽られ、ぴらっと捲れたタカヅキ、いや短冊の、うっかり視界に入ってしまったその文面、

  『せめてボ○スを、あわよくばイ○○トの1つも出来ますように』

は伏字も含め、永遠に俺だけの心の中に仕舞っておこうと思う。主に俺の身の安全の為に。