青い空、青い水面、青い風、青い翳り

「俺は何故ここに居るーっ!」
ざっぱーん。いや、そんな打ちつける波は無い。せいぜいさざ波だ。さんさんと降り注ぐ陽射し、抜けるような高い空、煌めく青い水面[みなも]、焼けるような白い砂。そんな、海でこそないものの、いかにも夏らしい環境に、悠人の叫びが響いた。

 事の起こりは先月に遡る。いよいよ対サーギオス帝国戦に向けて準備が進む中、レスティーナが突然、
「あなたたち、長期休暇を取りなさい。これは命令です」
とのたまったのだ。要するに、部隊の方は鍛錬が充分過ぎてこれ以上は必要ないが、国政の方はやることが目白押し、という話。
「一応、非常事態への備えも考えて、第一詰所と第二詰所に分けて順に一週間ずつ。間に調整用に一週間挟んだ方が良いかもしれませんね。終わった後にも念のため一週間の予備を見て……計画の実施期間としては一ヶ月。
それだけあれば政治要件の方もさすがにそれなりに進んでいるはずです」
てきぱきと決めてしまうレスティーナ。だが、単なる時間調整というわけでもないらしい。
「なお、エトランジェは指導員として双方に適宜参加すること。事前に詰所ごとに何をして過ごすか決めさせ、それを実施させなさい。その際に、けっして『戦闘訓練』などということの無いよう、しっかり休暇を監督するように。
ただし、あくまでスピリットたちの自発性に拠ること。『休暇を監督』というのも変な話ですが、ただの休暇ではなく、あくまでこの戦を越えて先々を見据えた上での布石です」

 そんなこんなで突然降って湧いた長期休暇。先に実施することになった第一詰所は、面子の構成と力関係から主にエスペリアの性格を反映した無難な休暇になったのだが、第二詰所はそうも行かなかった。
「「カイスイヨクー~っ!」」
第一詰所にオルファリルあれば第二詰所にネリーあり。しかもシアーという反響板付きで。これまた第一詰所にエスペリアあれば第二詰所にはセリアありで窘めるのだが、第二詰所にはヒミカやハリオンがいる。
第一詰所に比べて二倍以上の人数かつ性向もばらけていて、第一詰所のエスペリアに相当する権威の一極集中もない。だもんだから、いつもの展開になる。
ネリーが突拍子もないことを言い出し、シアーが乗っかって、セリアが怒って、ヘリオンがおろおろし、ハリオンが宥めて、ヒミカが苦笑しながら見守り、
ニムントールが一見どうでもよさそうな様子を見せるのを見てファーレーンがクスクスニコニコして、ナナルゥが冷静に情勢を分析している。
そんで、いつものような着地をする。ネリーの言い出したことが通るのだ。
まぁ、本当にアレな時にはセリアの嗜めで止まるのだが、大抵の重大ではない部分では、ヒミカやハリオンのとりなしでしばしばネリーの意見が通ったりする。セリアに言わせれば「ヒミカもハリオンもネリーやシアーに甘い」ということになるのだが。

 ともあれ、諸々の事情で当初の『海水浴』でこそなくなったものの、悠人が叫びたくもなり心象風景に波濤を見てしまうぐらいには似通った水辺の休暇。そこはデオドガンから程近いオアシスだった。
   この夏くーるビューティーな貴女に送る、孤独な砂漠アイランド
                    ――デオドガン広報局――
そんな看板の前で佇んで、悠人はあまりに脳天気な状況に却って本来ならこんなのんびりしている場合ではないという思いが浮かんでしまう。

「あーぁーー、」
もうっ、そう続くはずだった悠人の言葉に、
「果てしないー♪、ってか?」
割り込んだのは光陰だった。
「違う! というか、ヤバイからやめろって」
「なんだよ、あっちじゃないんだから大丈夫だろ」
「いや、ヤツラなら…ヤツラなら、こっちまで来るかもしれない。忘れたのか、ヤツラのせいで音楽がどんな状態にあるのかを」
「いやぁ、さすがに邪巣落でも無理だろ、というか、そんな簡単に行き来できるぐらいなら、今頃とっくにヨーティアがどうにかしてそうなもんだぜ」
「まぁ、そうは思うんだけどな。なにせヤツラだからな」
「で、『心に火を灯す僅かな愛』は見つかったのか、悠人?」
「いや、どうだろうな……って、だからやめろって」
深刻なようなおちゃらけたような際どいような会話を繰り広げる二人の脇を駆け抜ける、青い影、影。
「「きゃっほー~」」
「お♪」
光陰がこう反応するのは、青い影がネリーとシアーだったからだ。悠人はただただ、相変わらず元気だなぁ、といった表情で、
「あー」
二人の行く手を眺める。漏れた感嘆をまたも光陰が拾う。
「『青い風切って走れ』って感じだな」
「……」
「どした、悠人?」
「いや、今回はオレもそれを思い浮かべちまったんだ」
「うむ、そうだろうとも。二人の行く手にちょうど島みたいなのもあるしな」
「あぁ、風も南から吹いてるし」
二人はしばし佇む。

「こら、二人とも、勝手に沖まで行かないの!」
セリアがネリーとシアーを叱る声に、悠人と光陰は意識を引き戻された。ネリーとシアーの方は、踏み出す足、そして水面の振動すら凍結されたようだったが。
 セリアに続いて皆がぞろぞろと現われる。当然皆水着姿だ。年少組から感じるのは微笑ましさなのでそれはいいんだが、年長組はアレがソレで、悠人は前屈みになり、そうし続けてもいられないので腰を下ろしてしまう。
一応は監督ということになっていることでもあり、そこはかとなく皆を見守ってみる。

 ネリーとシアーを叱るセリアをやれやれと放置して、それぞれ勝手気ままに寛ぎ始めた。浜辺でうつ伏せに寝そべるニムントール。はふ、というため息が聞こえてきそうな表情で。よく見ると足先が水中に入っている。光合成して成長しそうな構図だ。
そんなニムントールの枕許に陣取るファーレーン。大きくなるのよ、と表情が言っている気がするのははたして気のせいか。
少し離れた所では、ハリオンがやはり足先を水に浸して、こちらは仰向けに寝そべっていた。山だ。山があった。二つも。もはや丘ではない。たゆん、たゆん。どうみても背丈ではない所が成長しそうです、ほんとうにありがとうございました。
鼻の奥にツンとしたものを感じた悠人は慌てて視線を逸らす。
が、その先にも、なかなかの威容を誇るナナルゥが。当人は呆と辺りを眺めているだけのようではあるが、平常なら衣服の下に隠れてわからないようなちょっとした動きで起こる揺れまでビキニで余さず絶賛公開中とあっては、炎のつぶてどころの話ではない。
倍率ドン。アポカリプス。
その隣でヒミカがやはり辺りを眺めているが、こちらはただ呆とではなくどこか鋭さを感じさせる。口にはしないが、皆の無事に気を配っているのだろう。
その均整の取れた引き締まった肢体は、ハリオンやナナルゥのような派手さこそないものの、ノーマークなふとした瞬間にトリプルスィングを決めてくる油断のならない相手だ。年少組とは違うのだよ、年少組とは。
そう、たとえば、恨みがましくしかしどこか憧憬を感じさせる目つきで指を咥えてハリオンを見つめているヘリオンとは。それはそれで微笑ましさは絶大なのだが。
どうにも落ち着け所がないまま悠人の視線は目の前のセリアへ。セリア本人は自分をしっかり者だと思っているらしくまた実際にしっかりしてる面もあるのだが、意外と抜けてるというか隙が多いことに悠人が気づいてしばらく経つ。
ほら、遠くのネリーとシアーを仁王立ちで叱るセリアのお尻が悠人の目の前にあり、声を出す前に大きく息を吸い込む時に伸びをするようにお尻の筋肉がキュッと締まる様子まで手に取るようにわかる状態なのにも気づいていない。
 限界を感じた悠人は自らの膝を抱えるようにうな垂れて密かに鼻を擦ってみる。かろうじて今の所鼻血は出ていないようだ。ありもしない威厳を保とうと誰も気にとめてないことを気に病む悠人の両腕に濡れた感触。ぴと。ぴと。

「ぷるぷるっと」
「ぴちぴちっと」
「「遊んでよー~」」
いつの間にか戻って来てたらしいネリーとシアーだ。そのぺたんこだったりそこはかとなかったりな感触は人によってはたまらないのかもしれない。隣で光陰がわなわなと震えてるし。
だが、そこらの兄と違って早くから自覚的に兄道を歩んで来た悠人にとっては純粋に保護欲が湧いて落ち着いたりする。のだが、
「こらっ、二人とも」
セリアがこちらへ向き直ったものだから、当然のようにその股間が悠人の目の前に。
「え?」
「あ……」
と、そこでネリーが首をすくめた拍子にその濡れた髪から水が飛んで、セリアの水着の股間部分へ。じわ。そこだけ湿った様子はさながらお漏らししたかのようで、それはそれで大変な事態ではあるのだが、もっと重大な事態が発生していた。翳りと溝がくっきりと浮かび上がって
「あ、セリア、直穿き……」
思わず呟いてしまった悠人の声でセリアは自らの体を見下ろして事態を悟った。瞬間、股間を両手で隠して蹲る。そして、セリアの周囲に恐ろしい勢いで冷気が凝集していく。
「ネリー、シアー、逃げるぞ」
言い終わる前に悠人は二人を脇に抱えて走り出す。

一方その頃、光陰は。
「ヘリオンちゃーん。大きい胸が欲しいんだね。俺がヘリオンちゃんの胸を大きくしてあげよう」
『いつもの』光陰だった。
「へ? え? あ、あの……コウインさん? え、遠慮しておきます。えと、あの、何だかとても嫌な予感がしますので。……あ」
ぶんぶんと振られていたヘリオンの手がふと止まる。
「光~~陰~~~!」
遅れて現われた今日子が紫電を纏ったハリセンを手に光陰の背後に立っていた。
「む!?」
瞬時に走り出す光陰だが、今日子はぐっと振りかぶる。
「ライトニング~~~」
今日子が気合を込めながら光陰を追いかけて来るのを、ちらりと視界の隅に認めた光陰は踏み切って跳ぶ。
「ハリセン!!」
ガッ、ガッ、ガッ、ゴス、バキ、ドス。
「ちょ、ごめ、ほんと、勘弁、死」
ぷすぷすと煙を立てて倒れた光陰の顔は、観衆を巻き込まずにツッコミを受け切った誇りに輝いていたというが、気に留めた者はいない。

光陰が砂に沈んだ頃、悠人はなおも走っていた。多少の距離は稼いだとも思いつつも、ネリーとシアーを抱えているだけに速度が出ず、充分には離れられたとは言えまい。
「「きゃっほー~」」
「二人とも、少しは、緊張感と、いうものを……」
さすがに息が切れる。
「ぱっしょーん!」
「もっとだ……もっと力を引き出せ! 俺たちの力はこんなんじゃないぞっ! ……って、ネリー、それはオレの台詞もといスキルだ。というか、この場合は、パッションじゃなくてレジストだろ!」
悠人は悪寒を感じて振り返る。セリアがゆらりと立ち上がった。そろそろ水着が乾いた頃合か。
「クッ…どうする…このままじゃ…」
しばし逡巡の後、決断。
「ネリー、シアー、飛べ!」
二人を水面に沿った軌道で投げる。そのまま落ちても着水の衝撃が大きくならないように上空には投げない。また、落ちたとしても浅すぎず深すぎずな辺りに落ちるような軌道を選ぶ。
二人を射出した悠人は旋回し、セリアの沖合い目掛けて突っ込んで行く。セリアが無言で腕を掲げるのが視界に入る。次の瞬間、来る、と思う間もなく、悠人は衝撃に襲われていた。
「くっ…コイツは、やばい…!」
アイスバニッシャーなのかエーテルシンクなのか、はたまた似て非なる何かなのか、それはわからない。バニッシュ効果自体は悠人にとっては関係ないが、今回は冷気が尋常ではなかった。
冷気に刈り取られて行く意識に最後に上ったのは「サポーターも穿かずにサポートスキルとな!?(AAry」という命知らずなボケであった。