「…今日は、こっちの服にしてみようかなあ」
そう言って、タンスから丁寧に畳まれたメイド服一式を取り出す。
窓から柔らかく朝陽がさしこむ中、寝間着を脱いで下着姿だったシアーはそれを着ていく。
マロリガンの激戦が終わって、ラキオススピリット隊にもしばしの休暇が与えられていた。
休暇と言っても、戦闘訓練はするし有事に対しての備えもしているのであまり変わらなかったが。
それでも今日は戦闘訓練もこれといった任務も出されていない、休暇らしい休暇だった。
相方のネリーはシアーとローテーションが違い、すでに訓練場での早朝戦闘訓練に出ている。
胸元のリボンもきっちりしめて、シックなメイド服に着替え終わる。
部屋にある姿見で、全体のずれを直したり髪をブラシでとかして整えたりする。
姿見に映る、青いオカッパのメイド服のどこか小動物っぽさを感じさせる小柄な少女。
ぼんやりと自分の姿を眺めて、シアーはふと以前に悠人に言われた事を思い出す。
-シアーやネリーって、なんだか仔犬っぽい感じだよなあ。ん?はは、素直で可愛いって事だよ。
つい、と自分の頭に両手をやって動物の耳がそこにあるような仕草をしてみる。
そこでまた思い出して、タンスの別の引き出しから一種のヘアバンドのような小物を取り出す。
それはハリオンの手作りの、シアーの頭のサイズにぴったりの犬耳バンドだった。
それを装着して、また姿見に自分のそんな姿を映してみる。
「…わんっ?」
くるっと回って一回転、スカートがぶわーっと。
何だか面白いので、手でスカートの両端を少しつまんで…またぶわーっと回転してみる。
そうしていたら、何故だか無性にご機嫌になってくる。
そのままで食堂に下りていくと、同じく休暇らしい休暇の悠人が食卓についていた。
悠人は本来第一詰め所で寝泊りする身だが、ある程度の間隔で第二詰め所で寝泊りする事もある。
昨日から、ちょうどしばらく第二詰め所で寝泊りする番になっていた。
「お、シアーか。おはよう」
まだ眠気がとれないのか、目をゴシゴシこすって欠伸をしながらシアーに軽く手を振る。
そうして、しばらくシアーの姿をぼーっと見続けていて、だんだん視線が顔から動いて…一点で止まる。
「ユート様、おはよう~。おなかすいたね~」
にこにこと無邪気に挨拶してくるシアーに軽く頷きながらも、視線は犬耳バンドに止まったままで。
「シアー、その…何ていうのかな、髪飾り?」
悠人の問いにシアーは右手をそっと頭部の犬耳にやって、一度だけぱたんと開いて閉じてみせる。
「あ、これ?前にね、ハリオンが作ってくれたんだよ~。
ネリーやヘリオンやニムやオルファのもあるの~。みんな、形や色合いとかちゃんと違うんだよ~」
ニコニコとそう言いながら、悠人の前でさっきやったように、くるっと回ってスカートぶわーっと。
悠人は、目の前のシアーから完全に目が離せないでいた。
トコトコと歩いて、悠人の隣りに座る一連の動きの間も、悠人はシアーをじっと見ていた。
それは普段からの保護欲をかきたてられたのか別の感情か、悠人の手がシアーの髪にすっとふれる。
「ん~?どうしたの、ユート様~?」
まるでアセリアのように、ん、とだけ呟いて普段以上にシアーの髪を優しく丁寧に撫でてやる。
頭に疑問符を浮かべながらも、悠人に髪を撫でてもらえてシアーはますますにこにこと笑顔になる。
「犬耳メイド服シアーたん萌え」
唐突に背後から耳に囁かれた一言に、悠人はギクリと手を止めてしまう。
ギギギ、とイヤな音がする感覚で首を回して背後に目をやると、そこには呆れ顔の今日子がいた。
「いや、今日子、これはだな、別にやましい事があるわけじゃなくてだな、つまり何と言うか」
シアーの髪に手を置いたままの格好で狼狽する悠人に、今日子はやれやれと首を横に振る。
「くれぐれも、あの破戒坊主と同じレベルに堕ちるんじゃないわよ?」
今日子のその台詞に、悠人はぐっと唸ってしまう。
「ユート様、どうしたの~?あ、キョウコ様、おはよう~」
何でもない、と言いたげにシアーに向き直って、また髪を優しく撫でてやる悠人。
そうしていたら、厨房のほうからハリオンとヘリオンが料理を運んできた。
優しい陽射しの中で、優しいにおいが鼻をくすぐり、目の前の少女にいつもより優しい感情が湧いてくる。
何だかちょっと色々な意味で色々ある気もするけれど、なんだかいつもより優しい感じの朝だった。
終わり