小っちゃいってことは便利だね

窓から差し込む少し高めの陽光に目を細め、ああ、秋だなぁと実感する。
といってもこの世界は常春だから、春っぽい温暖な気候に変化などは無いのだが。
だがしかし、今日の日付はこっちで表記するところの「ソネスの月青ふたつ」。
ヨーティアがマナ障壁解除の失敗というポカをやらかした為全軍が一時撤退し、
俺はというとこうして問題解決までの間暇を持て余し、第二詰所の廊下を歩いている所。
とそんなことはどうでもいいのだが、とりあえず元の世界じゃ九月なので、
エトランジェとしてはどうしても今は秋だというイメージが先行してしまう。
「……お」
などとぼんやり歩いているうちに、廊下の先に第一村人、もとい、第一第二詰所スピリット発見。
特徴的な背の低い後ろ姿は、見慣れた黒い戦闘服に、これまた見慣れた黒髪ツインテール。
前が見えないほどの書類を両手一杯抱えているらしく、よたよたと足元が覚束ない。あ、バケツ。
「おい危n」
「わきゃっ!」
「……」
なんてお約束な奴だ。早速おいしい所全部独り占めですか。

「あたたたぁ~……ゔう、なんでこんな所にバケツがぁ」
「大丈夫か? ヘリオン」
「あ、はい……ふぇ?」
手を差し伸べた俺にようやく気が付いたのか、きょとんと涙目のまま見上げてくる。
鼻の頭が真っ赤になっていた。どうやら真っ正直に顔から床へとダイブを敢行したらしい。
どうでもいいが、あひる座りのまんまなので捲くれたスカートからはパンツ丸出し。
ベタすぎて、つい噴き出しそうになってしまう。とか言ってる間にも頬っぺたがみるみる赤くなって。
「……あ、わ、わわわっ?! ユートさまっ?!」
まるで反応の良すぎる起き上がり小法師のように、ぴょこん、と勢い良く立ち上がるヘリオン。
よほど驚いたらしく、戦闘でも見せないような素早い身のこなしだ。
どうして敬礼しているのかは意味不明だが、これで頭にバケツを被ったままじゃなければなぁ。

 ==== 教えて!ネリー先生の一口いんたらぷとメモ Mind 1 ====


         ,べV   ゚・ 。  ・。
        / 〃  ̄ ヾ;   。・゚・⌒)    オキアガリコボシっていうのはね、
  -=≡ ! i ミ(ノハソ o━ヽニニフ ))  ユートさまの世界に古くから伝わるキョウドガングの一つなんだよっ
 -=≡  !ik(i|゚ ヮ゚ハ彡。・゚。・⌒)     可愛い上に、何度倒しても起き上がってくるんだって。
-=≡   リ⊂! |T|!o━ヽニニフ ))    へへ、ネリーみたいだね。ユートさま、褒めてくれるかなぁ。
 -=≡   く/ ⌒)
  -=≡  c し' 


「……なんですか、今の」
「……さあ。それにしても、ふーん、なるほどなぁ。エーテルジャンプの影響、ねぇ」
「はい、シンギジュツですので、ヒケンシャのツイセキチョウサをしてみたいそうです」
「……被験者や追跡調査という言葉の使い方に微妙な不安を覚えるのは気のせいか?」
「はい?」
「いや。なるほど、今更ってそれでとりあえず健康診断と身体測定、って訳か」
「ええ、それで結果をヨーティアさまの所にお運びしていたのですけど」
半分書類を受け持ち、廊下を歩きながら話す。つまりその「調査」結果がこの書類ってわけか。
それにしては随分な量だけど、一体どこまで細かく調べたのだろう。ちょっと気になる。
「で、実際、問題は無かったのか?」
「あ、えと」
「?」
エーテルジャンプ施設は確かに便利だが、それで体調に影響が出るようだったら使用は出来ない。
しかしなんだかんだ言ってもあの自称天才科学者はこの方面に関して"だけは"信用できるので、
俺としてはごく軽い話題振りのつもりだった。しかし当のヘリオンは口ごもり、俯いてしまう。
「……あのですね。えっと……その」
「うん?」
「実は……」
「え? 聞こえない」
ごにょごにょと歯切れが悪い上、俯いたまま呟くので何を言っているのか聞き取れない。
しかたがないので少し身を屈め、ヘリオンの口元へと耳を近づける。
するとお下げを纏めている白いリボンに髪が当たり、当のヘリオンは一瞬ぴくりと身を硬くした。
それが引き金になったのか、何かを決意したように唇を引き締め、見上げてくる。
「は、恥ずかしいですから一度しか言いませんよ? その、みなさん胸囲と身長が……縮んでいるんです」

「……は?」
耳に吹きかけられる息の柔らかさにどきっとしたのも束の間。
頭の中は、たった今入ってきた情報整理の為だけに回転を止め、フリーズしてしまった。縮むって。
「……なんで?」
「わ、私にはわかりませんよぅ。でも、測ってみたら縮んでるんです」
「いや、別にそうは見えないけど」
少なくとも、ヘリオンの後ろ姿を見かけた時には、何も違和感は覚えなかった。胸囲は知らないけど。
しかし何を勘違いしたのか、俺の視線を受け止めたヘリオンは慌てて胸元を書類ごと両手で抑える。
「あっ、あっ、違います! 私はその……大丈夫でしたっ」
「え? そうなんだ」
「は、はいっ。えっと、私とニムと、それにオルファとネリーだけですけど……」
「そ、そっか。全色揃って、それは何より」
「いいいえ、こちらこそっ。ご、ご心配おかけしました!」
「……」
「……」
なんだ、この微妙に気まずい空気は。

「なんだい、遅いと思ったらこんな所で見つめ合って」
「お、ヨーティア」
廊下の角からひょい、と現れた天才科学者に、この時ばかりは心の底から感謝した。
誤解を招くような台詞はこの際置いておくとして、状況の打破には充分だ。
ぼさぼさな髪をがしがしと掻きながら、つまらなそうに歩いてくる。
「みみみ見つめ合っているなんでとととんでもありませんっ」
「冗談だよ。お、ごくろうさん。これで全部かい?」
「はいっ。すみません、お待たせしました」
「ああ、構わないさ。助けて貰っているのはこっちなんだ」
「あ……えへへ」
「丁度いいところに。あのさ」
「あん? なんだボンクラ、いたのか」
「いただろ、さっきからっ」
「五月蝿いねぇ。あたしは忙しいんだ、手短にしておくれよ」
「く、こいつは……」
面倒臭そうに言いながら、ヘリオンが持つ書類を数枚手に取り、ざっと目を通している。
それはいいのだが、なんでこんなに偉そうなんだ。
というか、髪を撫でて労って貰っているヘリオンと扱いが違いすぎないか。
いや別に撫でて貰いたいとかそんなんではないのだが、こう、人として。

「ふん、ほほう。少し調整が甘かったようだね。うん、もういいよ、机に置いておいてくれ」
「は、はいっ」
そしてそんなことを考えている間に、言い渡されたヘリオンがぱたぱたと廊下を急いでいく。
その頼りない後姿を目で追いながら、改めて尋ねてみた。
「で、一人で納得してないで教えてくれよ。エーテルジャンプなんだけど」
「ああ、知ってるのか。調整が甘いって言ったろ? 次には問題なく使えるようにしておくさ」
「次って、そんなに簡単に直せるものなのか?」
「装置の仕組みは前に教えてやったろ? つまり、エーテル化させた肉体を再構成する際の、概念との差だ」
「……は?」
「あー……やれやれ、凡人に噛み砕いて説明するのは難しいねぇ」
「凡人で悪かったな。だけど隊長として、理解出来なきゃ使う訳にはいかないぞ」
「……ふうん。つまりだ。概念とは、まぁ、肉体の設計図みたいなものさね」
「肉体の設計図? DNAみたいなものか」
「DNA? なんだい、そりゃ」
「いや、実は俺もよく知らないんだけど、あっちの世界で」


 ==== 教えて!ネリー先生の一口いんたらぷとメモ Mind 2 ====


         ,べV   ゚・ 。  ・。
        / 〃  ̄ ヾ;   。・゚・⌒)    DNAっていうのはね、ユートさまの世界の言葉で、
  -=≡ ! i ミ(ノハソ o━ヽニニフ ))  お魚に含まれるエーヨーソのことなんだよっ。
 -=≡  !ik(i|゚ ヮ゚ハ彡。・゚。・⌒)     食べるとすっごく頭が良くなるんだって。
-=≡   リ⊂! |T|!o━ヽニニフ ))    あ、でも、ネリーには必要ないけどねっ
 -=≡   く/ ⌒)
  -=≡  c し' 


「……なんだい、今のは」
「……さあ」
「つまりその生体物質が遺伝子情報とやらを司る塩基配合になっているのか。なるほど、興味深い考察だね」
「いつの間にか俺より理解している!?」
何だかよく判らないが、恐るべしヨーティア。伊達に大天才とか自画自賛している訳じゃ無いってことか。
メモとか取ってるし。俺、そこまで詳しく説明していないよな。本当に大丈夫なのか?
「まぁ、それは置いといてだ。そのDNAとやらの命令が、上手く肉体にまで伝わらなかったらどうなる?」
「……困る」
「そのスカスカな頭にはラナハナ程の価値も無いのかい。落書きされた設計図を渡されたら、どうなるかって話だ」
「……お、おお。なるほど」
微妙に馬鹿にされているような気もするが、言いたい事はぼんやりと判った。
つまり、設計図の通りに作ろうとしてもそこに誤った寸法が混じりこんでしまったら。
「そうだ、再生された肉体の構成にもずれが生じてしまう。なら、落書きされないようにすればいい」
「なるほど。で、つまりはどうするんだ?」
「……いや、期待したあたしが馬鹿だった。まあその辺は任せておけ。原因が判れば解決可能、そういう事だよ」
「? まぁいいや。で、何だってヘリオン達だけには影響が出なかったんだ? そこだけ教えてくれよ」
「出なかったんじゃない。減少は、絶対値ではなく比率で生じていた。極小だが、観測されないだけで影響は出ている」
「???」
「……ユート、もう少し数学を勉強しろ。自分で考えたり予測する脳みそくらいは詰まってるんだろ?」
「……悪かったよ」
ぽんぽん、と頭を軽く叩いてくるヨーティアの眼差しが、普段絶対に見せない慈愛に満ちてきているのが心に痛い。
口は悪いが、本気で心配してくれているのが伝わってくるので、余計凹むというか。
これならいっそ呆れ顔で罵声を飛ばしてくれた方が、こっちも幾らか気が楽だ。

「そうさね、%攻撃を受けたと思えばいい。HPが多ければ多いほど被害は甚大になるだろう?」
「……おお!」
急に判り易い説明がきた。これなら俺にも理解できる。なるほどなあ、って。
「強く打てば、大きく響く。打楽器と同じさ。逆にポテンシャルが低ければ、影響力は殆ど干渉しない。当然だ」
「……なぁ、それって」
「理解できたかい? まぁ、そっとしておいてやんな。幸い、気づいていないようだし」
「……」
ヨーティアと二人、丁度廊下の角を曲がろうとしているヘリオンを無言で見送る。
急に差し込んできた西日がそのちんまい背中を殊更強調してオレンジ色に黄昏させていた。
悪いと思いながらも、つい心の中だけでこっそり応援してしまう。あ、たらい。

「はぅっ! ……あいたたたぁ」
「……」
「ゔゔう~、なんで天井から金たらいがぁ。縮んじゃうじゃないですかぁ」
「……」

頑張れヘリオン、晩成型なのは伊達じゃないんだ。……多分。きっと。もしかしたら。