残響

ギッ、ギシッ。
板張りの廊下を歩く。それほど古いわけでもないはずだけれど、やはり10人近い人数で生活していれば――それも、
はしゃぐのが仕事のような年端も行かない娘が数人もいれば、三年程度でも結構痛むものね。

廊下の真ん中。私は、自室の前に立って右手でノブを捻った。左手にはお茶の入った木製コップ。
誰もいない部屋は殺風景――当たり前ね。スピリットがそんなに物持ちが良いわけない。
あるのは、誰にでも平等に差し込む夕日だけ。
自嘲気味に笑う私はコップを机におくと、頬をなでる風につられて窓辺へ寄った。
小さく開いた観音開きの窓は冷えた夕暮れの風を招き入れていて、一緒に淋しげな音も運んできていた。
「あ、」
小さく開いた口を、四本の指で押さえた私は音の在りかを見つけ出す。
――チリーン。
また鳴った。風の手が短冊代わりの固い葉っぱを翻弄して金属的な音を響かせている。
そう言えばずいぶん前から仕舞うのを忘れていたっけ。
アセリアが作ってみた、ハイペリア所縁の工芸品。
オルファがこれを仕舞い忘れるとパパのお嫁に行けなくなるとか騒いで私の所に回ってきた物……。
ま、まあ遠征が重なったのだからしょうがないじゃない。うん。

窓を目一杯に開いた私は、窓枠に腰を預けて何とはなしに指を伸ばして弾いてみる。
――チィィーーーーン。
いい音。
ひと夏を過ぎた音が、変わることのない玲瓏さで空気を振るわせ私に染みこんできた。目を、閉じて……。
「よし」
踏ん切った。
腕を伸ばして金属製のフーリンを――「おーいヒミカ。なにやってんだ?」
――取り損なった。
ビクッと跳ねた心臓が平常心を叩いて囃し立てる。耳奥の鼓動音は玲瓏とは程遠すぎる。
とっさに見下ろすと、見慣れた黒髪。夕刻を示す濃い闇が生け垣沿いに立つユート様を包んでいた。
「も、申し訳ありません。あの、フーリンを仕舞おうかと」
「いや、別に謝る必要はないんだけどさ」
私は無駄にしゃちほこ張って答えてしまった。私は、いつも、こう。ユート様を前にすると。
地上と二階の会話であるため、私もユート様も、普段より大きな声にならざるを得ない。
ユート様は、いつもの、少しだけ困った声色で、
「ヘリオンが、夕食の材料を買い忘れたって言うんだ。俺だけじゃ良く分からないから付き合ってくれないか?」
両手を口に当てて強めに言ったユート様の申し出に、一瞬詰まって目まぐるしく計算して私は分かり切った答えを出した。
「は、はいっ、今行きます」
結局そのままのフーリンは、慌てふためく私を見送るように窓の外で揺れ続けていた。