ラキオスネズミの憂鬱

「時に、ウルカ。初期の頃ってさ、何でキャラの違う言動をしていたんだ?」
昼を腹に入れた俺は、楊枝を咥えながら(ユートさまお行儀が悪いです!)窓際のウルカに対して暇つぶしを試みてみた。
渋目の熱いお茶の湯飲みを、両手で丁寧に持ち口を付けていたウルカは、
チチチ、と鳴く小鳥たちを眺めていた目線を俺に寄こしてから、片眉を軽く上げた。
「は? それは……もしやネズミの話しで御座りましょうか?」
ウルカはにわかに口ごもってから、やや思案して俺の聞きたい部分に思い当たってくれた。

「ああ、それそれ。ラキオスのネズミよ死ねってやつ。ああ、答えづらいなら……」
「いえ。お気遣いは無用ですが……そうですな、弁解となるのをお許しいただけるでしょうか?」
「弁解?」
余りにも不躾だったかと、早くも後悔していた俺は、思いがけない物言いに疑問の声を上げた。
弁解とは一体なんだろうか……?

「はい。手前が未熟故に誤解を生むこととなったのです。【ラキオスのネズミ】とは、
真実は【ラキオス野ネズミ】――この世界に不案内なユート殿が知らぬのも道理でありましょう」
目を閉じた静かな言と予想外の真実に俺は衝撃を受けた。なんたることか、設定変更ではなかったのだ!
なんら動じず、ウルカは続ける。
「野ネズミではありますが生態を適応させ、特に、石造りの城などを好み生息する大型のネズミであります」
「城にだって? いや見たこと無いな」
「さもありなん。奴らは狡猾でありますゆえ」
「そうなのか」
「寿命も驚異的であります」
顎をなでながら相づちを打つ。そんなのがいたらレスティーナも大変だな。
厨房にやっぱり多いのだろうか。女王がそんなとこ近づくわけもないけど。

「しかし、知らぬままでは、いざというとき躊躇なさって後世への害悪となるやも……そうです、
ユート殿の為に、最近アセリア殿に手習い中の墨絵を一つ御覧入れましょう」
そいつは願ってもない。
ウルカは何処から取り出したのか、硯と白い和紙(なのか?)とエクゥのしっぽ毛の筆を卓上に置くと、星火燎原に墨を擦ってから(所要時間三秒)おもむろに書き出した。

「まずは丸くて大きな黒い耳」
すら。
「ふんふん」

「前足はまるで手袋をはめたような白さでして」
すらすら。
「ふむ」

「不格好な腹部から腰の辺りは赤い毛に覆われ」
すらすらすら。
「……う、ふむ」

「そして、後足は末端肥大症の如くに黄i」
「わーわーわー! 待てストップ!」
「む、何故でありましょう? まだ完成では」
「待て! 完成したら困るって言うか、赤とかどっから!?」
あ、あまりにもデンジャー。どきどき。
「ユートさま食後のお茶に砂糖は?」
「ありがとうエスペリア。砂糖はいらないから」
エスペリアはお盆を胸に抱えて覗き込む。卓上で抑えこんだ褐色の右腕は不敵に笑うウルカに一瞥されて追加で鼻で笑われる。
「小心翼々と鬼胎を抱く必要などありませぬ。流石の強突張り共もここまでは追っ手をかけることなど出来ぬでしょう」
「ま、まあそのプールってわけじゃないしそりゃそうだろうけど……大人の世界って言うか、って何でウルカが知ってる!?」
世界って意外と狭いんだな、とか感心している場合ではない、と言うか、待てウルカ。一体何時の間にファーレーン用覆面を装着したんだっ!?
「ふ……意外とユート殿も小心なようで」