世界を跨ぐ共通則

戦争の狭間の、ささやかな日常。
柔らかな日差しに包まれた、穏かな昼下がり。
たまの休日でも落ち着かず、訓練施設に駆け込むやっかいな性(さが)を抱え込んだ年長組とはうって変わり、
ここ第二詰所の食堂に集まった4色5人の年少組は、テーブルを挟んで和やかな談笑なぞを交わしている。

「うーんそれにしても、ぽかぽかして気持ち良いねぇ。ねぇ、シアー?」
「むにゅぅ……zzz」
「ありゃ?」

もとい、1名は既に脱落。残り4名。
既に小1時間は花が咲いたソゥ・ユート談義に、元々ぼんやりとした精神が耐え切れなかった様子。
ニムントールが呆れた顔で、テーブルの中央に積まれたハリオンお手製ヨフアルの山に手を伸ばす。

「やっぱシアーっておやつよりもお昼寝なんだ。変なの」
「それは言いすぎなんじゃ……でもこんなに良い匂いがするのに起きないなんて、ある意味凄いですよね」

軽く窘めながら、ヘリオンも山の1部を切り崩し、口をつける。
ふんわりとした甘さがノロスィーの苦味に程よく合っていて、どんどん気持ちが穏かになっていく。
ちなみに何故イスィーではなくノロスィーなのかというと、彼女がブラックスピリットだから。
身長や他のなんやかやを地味に気にしているのか、ニムントールはモウラフをこくこくと飲み続けている。
そして普通に何も考えず、イスィーを飲んでいたネリーの視線がふとテーブルの上で止まり、次の瞬間、

「はむはむ……んぐ、ん、んんんーっ」
「わっ、わっ、ほらネリー、ウォーテ、ウォーテっ」

急にまとめてヨフアルを掻き込み、咽せて胸を激しく叩き始める。
隣に座ってもきゅもきゅと味わっていたオルファリルが驚き、側にあった水差しを渡す。
慌てて受け取り、そのまま流し込む涙目のネリーは、食べかすを頬っぺたに付けたままである。
つり目をぴくりと動かし、ちょっとだけ動揺を示したニムントールはそれでもまだ食べ続け、通算4個目。
一方お下げを反射的にぴんと伸ばし、判り易い動揺を示したヘリオンは3個目を口にしたまま止まってしまう。

「……ぷはぁ~。あー、びっくりした。ありがとね、オルファ」
「もー、びっくりしたのはこっちだよう」
「そうですよう。いきなりなんでそんなに急いで食べたんですか?」
「むぐむぐ、馬鹿じゃないのこんなに沢山あるのに――――あれ?」
「え?」
「いつの間に……」
「ほらぁっ! ネリー、見てたんだからぁっ! ニム、1個余計に食べたでしょーっ!!」
「……」
「……」
「……」

ばんっ、と両手で勢いよくテーブルを叩きつつ主張するネリーを前に、3人の表情が強張る。
それはそのはず、誰も数などチェックしてはいなかった。
しかし確かに言われてみれば、目の前の大皿に乗っていたヨフアルの減り方は、微妙に計算に合わない。
俄かに持ち上がったニムントールおやつ横取り疑惑が、場に気まずい空気を運んでくる。

「……気のせいじゃないですか?」
「そ、そうだよ、気のせいだよきっと」
「えー? だってだって」
「ほ、ほら、どうせ沢山ありますし。いいじゃありませんか、もう」
「うんうん、気のせい気のせい」
「むー、そっかなぁ……」

沈黙を破るのは、常に損なフォロー役を引き受けてしまうヘリオンオルファリルのご両人。
ニムントールがテキトーな相槌を打ち、ようやく不満げながらもネリーが席に座りなおす。
しかし、どことなく悪くなってしまった居心地はちょっと修正するのが難しい。
そこでオルファリルがあっそういえばパパがねぇ、とかなんとか話題を無理矢理変えて、間をとりなす。
するとそんな明け透けな努力にも、ソゥ・ユートの話題ならば簡単に乗る、それが年少組のやりとり。

「それでね、オルファ、頭撫でて貰ったんだぁ。えへへ」
「……」
「……」
「……」
「あ……えっと」

しかし、そんな空虚かつノロケな場繋ぎには、やはりというかあっけない限界が待ち受けている。
ひと悶着から十数分後、一同の視線が注がれているテーブル上の大皿に、乗っているのはヨフアル残1個。
既に皆興味の焦点はソゥ・ユートよりも目の前のヨフアル、花より団子に火花を散らせている。
だが、乙女の嗜みが邪魔でもしているのか、誰もが互いに牽制し合い、それでいて手は出せない。
その上誰かが食べなければ、このお茶会もいつまで経っても終わってくれないという困った状況。
部屋中に立ち込めるノロスィーとイスィーの芳香やヨフアルの甘さが色々と場違いだらけのアクセント。

「へーそーなんだー」
「そーなんだよー」
「なるほどー」
「ふーん」
「……」
「……」
「……」

次第に感情の全く篭っていないぎくしゃくとした会話ばかりとなり、
棒読みのミスキャッチのみが延々と繰り返されていく無限地獄へと嵌り込んでいく。

「――――はっっっ!!」
そしてやはり最初に耐え切れなくなるのはどんな時にもじっとはしていられない、『静寂』のネリー。
動いていないと呼吸が出来ないとでも言わんばかりの動きで、かっさらおうと水平に左手を薙ぐ。
僅かな動きに敏感に反応するのは隣に座っていた、彼女だけ第一詰所付け精鋭部隊『理念』のオルファリル。
長年の喧嘩友達は伊達ではない動きで、僅かに浮いたネリーの膝下を気配だけで悟り、片足爪先でかっくん攻撃。
「えいっ」
「わ、わわわっ」
「……チャンス」
「……今ですっ」
そして目の前の騒ぎに乗じて同時に手を伸ばしかけたニムントールとヘリオンの指先は
「きゃんっ!」
「痛っ! なにするのよっ」
「ゆっ、指が変な方向にぃ~」
テーブルの下で正面衝突し、互いの人差し指をこう、ぐきっと挫き合い双方共倒れ。
肩をぷるぷると震わせつつ俯き、膝の上に乗せた手で故障した指を庇いながら悶絶している。
しかし咄嗟に悲鳴だけは懸命に押し殺し、額に流れる脂汗のみで抑えたのは流石小さくてもスピリットといった所。

一方で大きく体勢を崩されたネリーは、こちらも流石はスピリット。
どんがらがっしゃんと派手に椅子から転げ落ちても、闘争本能剥き出し涙目でオルファリルを睨みつける。
「痛ったーっ! なにするのさーっ!」
「あれぇ、どうしたのネリー。いきなり転んじゃってぇ」
「いきなりって、オルファがやったんじゃんっ」
「えー、オルファ、知らないよぅ?」
「こ……こんのぉ~。もー怒った。怒ったからぁっ! てりゃああっ!!」
「わっ、危なっ……もー、そっちがその気ならオルファだって負けないよ! いっけぇぇぇぇっ!!」
「ま、待って下さいお二人とも、こんな所で神剣なんか使ったらあああああ」
「精霊よ、全てを貫く衝撃となれ……」
「ふぇ? ニム、何か言いましt」
「……エレメンタル、ブラストっ!」
「ひえぇぇぇぇっ!!」
「きゃうっ!? な、なんでネリーまでえぇぇぇ……」
「きゃうっ!? な、なんでオルファまでえぇぇぇ……」
「んぐぅっっ!! ぢ、自爆……過ぎたぁ……お姉ちゃん……助…け……」
「……きゅぅ」
「……きゅぅ」
「……きゅぅ」
「……きゅぅ」
荒れ狂う大音響の後に、残されたのは狭い室内の四隅でうつ伏せになり、
真っ黒こげに被爆して失神しているスピリット達と落雷を逃れたヨフアル1個。4名脱落、残り

「ん~~……はむっ♪……むにゃぁ……ん……甘いの……」

残り1名。

頬に大量の食べかすを付けたシアーが寝惚けたまま口にした最後のヨフアルは彼女自身本日通算10個目、
すやすやと平和そうに涎をくった寝顔で見事二桁の大台に乗せちゃいましたとさ。よかったねよかったね。