風と怒りのページェント

「ニム! 下がれ!」
ユートの叫び声がニムの背中にぶつかってきた。
相変わらず勝手言ってる。ムカツク。大体こっちは声を返す余裕なんてないし。
だって――。

「く、ぅ!」
ニムのシールドがどんどん削れていく。
緑色の、自分でも不思議な光彩の壁に無数の亀裂が走っていって、
それと一緒にニムの張り詰めた気も削がれていく――のが自分でも分かる。
多分……もう一撃くらったら耐えきれないと思う。
納刀した相手の黒スピリットはジリジリと間合いをはかって仮面の奥で無表情にニムを見てる。一足飛びの距離。
口の端だけ少し上がってるかも知れない。
ゾッとする。けど――「ニムは……負けない!」
『曙光』の石突きをどんっと地面に突き叩いて声を振り絞った。
腰を落として細身の神剣を体で隠すように構えると、次に来るのは「居合いの太刀」だって分かってる。
もう一度、体中のマナを絞り出す。ぎゅっと『曙光』を握る。壁を意識。強く、マナよもっと強く!
だって――ニムが守らなきゃいけないんだから!

だけど――「うおおおおおおーー」
後ろから飛び込んできたユートが相手を吹っ飛ばした。ニムの気合いが台無し。
視界をふさぐ大きな背中も邪魔。ふにゃって気が抜けかけたけど、蹴りたい背中は後回し。
だって、まだそんな場面じゃないって、ニムには分かってるから。
息一つ。深く吸って、体に芯を通し直すと、向こうを見た。
ユートの今の一撃は全然傷を与えてない。相手はウィングハイロゥを開いて一回転すると大木の枝に音も無く留まった。
「ファーレーンッ、ニムと代わるんだ! 俺が前に出る!」
ユートの叫びに前方にいたお姉ちゃんがチラッと肩越しに振り向くと、
透かさず、切り結んでいた敵の青スピリットに蹴りを入れて跳び退って来た。
大丈夫。お姉ちゃんはかすり傷一つ無い。ホッとしたニムにユートの声。
「ニムは支援に回れ!」

ム。
ユートに指揮されるのは面白くないけど特別にここは従ってあげる。
大体ニムの防御に回せるマナはかなり乏しくなってるのは事実だし。結構ユートって見てる。それは少しだけ認めてあげようと思う。
支援役になるニムは、代わって防御を担うお姉ちゃんを守るのが務め。だから、マナを呼び起こす。
「風よ、お姉ちゃんに届けっ」
お姉ちゃん自身はすごくすごく強いけど、お姉ちゃんの守りの力はお世辞にも強くない。
意気込むニムの呼びかけに輝く魔法陣が展開し、思わず目を細めた。そしてお腹に力を込めて叫ぶ。
「ウィンドウィスパー!」
呼応した大地と風のマナが一瞬にして渦を巻いてお姉ちゃんを包み込む。
上昇する緑風。完成したニムの得意魔法。お姉ちゃんを守れ!
「キャァー」
え!? 出し抜けにお姉ちゃんのか細い悲鳴が聞こえる。
ニムなら、どんな戦場でもお姉ちゃんの声は聞き取れる。覆面三枚重ねでも大丈夫な位だし。
敵に突進していたユートも、ニムも、ハッとしてお姉ちゃんを見た。まさか伏兵!?

どれくらいの時間だったか――ほんの僅かだったかも。でも、ニムにも許せることと許せないことがある。
『曙光』を振りかぶる。何故って、お姉ちゃんを守るために!!
ニムの怒りを纏った『曙光』が螺旋回転で空気をつんざいて迫る。「ぶべらっ!?」
ユートに。っていうかもう当たってるし。
両手両脚を投げ出したグルグル回転で結構遠くの茂みに飛行していったユートのことは鼻を鳴らすだけで放っておいて、
「お姉ちゃん大丈夫?」
ぺたんと女の子座りなお姉ちゃんに駆け寄っていったニムは、お姉ちゃんの頭をなでてあげる。と言っても兜だけど。
同時に、戻ってきた『曙光』を回収。目元だけ覗いてる顔を見ると、まっ赤っかな羞恥心に染まってる。
戦闘服の裾を押さえて、見られたとか責任とかふしだらとかお嫁にとかあなたをころしてわたしもとかうわごとを呟いて固まってるお姉ちゃん。
その姿に、ニムのココロに沸々と怒りがこみ上げてくる――ユート、お姉ちゃんのパンツ見た!!!

ムカつくお腹と一緒に思いっ切り立ち上がったけれど、ニムは冷静さを失ったりはしない。ここは紛れもない戦場だから。
黒。青。青。
ちょっとの間だけど、虚を突かれて停止していた敵のスピリット3人が、白刃を振り回しつつ散開するのが目の端に掛かる。
だけど――もう遅い。
独りでに脳裏に浮かび上がってくるマナを紡ぐ言葉。ニムの気持ちが呼び水になり、自然と力が織り上がっていく。
即座に口をついて出るのは、どこか遠くで、でも元々ニムの中にあった詠唱。

「神剣の主が命じる」――『曙光』を頭上に掲げる。展開していく魔法陣。ひとつ、ふたつ……ななつで最後。
「精霊よ、まばゆき光にて」――ニムを真ん中にして植物の蔦のように走る複雑な文様。上昇するそれは、
「すべての敵をなぎ払え!」――『曙光』の先端に収束して魔法陣は大きな、たったひとつになった。

――叩きつける。
「エレメンタルブラスト!」

パシュン――え? 
脈絡無く、ニムの頭上に輝く巨大なマナが四散した。
と同時に、ひりつく様な冷気。ゴツンという鈍い痛みが頭頂部に走る。
慌てて振り向き見上げた先には、ピクピクとこめかみに皺を寄せた見慣れたスピリット。
「痛い。お姉ちゃんにだってぶたれたこと無いのに」
ムカツクから言い返す。う~ホントに痛いんだから。
「あ、そう」
まだ何か言いたげだけど、鬼の青スピリット・セリアはニムの抗議をあっさり無視してくれちゃって、
近づいてきた敵の……って言うか敵役のスピリット達に向き直った。
元マロリガンのエリートだった奴らは、開口一番文句ばかり。
「ふざけてるの? せっかくの訓練で味方に攻撃って何なのよ」
「だいたい何するのさっ! 攻撃魔法は使用禁止でしょ!」
「あの……それより吹っ飛んだ方は大丈夫なんでしょうか」
ぐいって頭を抑えられた。
「ごめんなさい。どうにもその、ね。公私の別が付けられないのよ。ウチのがきんちょ達は」
セリアが頭を下げてる。ニムも仕方ないから抵抗をやめて頭を下げてやった。
ユートが悪い――呟いたニムの声をバルガ・ロアー耳が聞きつけた。危険。
「この子にはキツく叱っておくから。今日の所は勘弁してやってくれないかしら」
さらにぐぐぐって押し込められる。今ごろきっと笑顔で氷鬼な顔してる。

「あ、あの本当に済みません。私が到らないばかりにご迷惑を掛けてしまいました。
ニムは、その、悪い子じゃないんです。本当に。ただ、そのえっと少しだけ素直じゃなくて」
復活したお姉ちゃんが駆け寄ってきてぺこぺこ頭下げてる気配。……む。悪い気がしてきた。少しだけ。
けど、一番悪いのはユート――ほら、いつの間にかさっきの元マロリガンの青スピリットが介抱してる。
上目遣いのギリギリ視界で見えるユートは、大して痛くないくせにデレデレして……ちゃんと手加減したんだから。
やっぱりエレメンタルブラストで……あ。ニム覚えた。