残酷な世界のテーセー

「クォーリン。あなたにも迷惑を掛けました」
人目もある城の中庭で、レスティーナはまるで自然に頭を下げる。
「そ、そんな女王陛下、もったいないことです。お顔をお上げ下さい」
あまりに予想外なレスティーナの行為の為、クォーリンは戸惑いと緊張に包まれた。
こんなに素直に、この国の頂点に頭を垂れられては、どんな表情をしていいかすら分からないものだ。
クォーリンは、一気に吹き出す汗を感じながら、助けを求めるように傍らの大柄な男――エトランジェ・コウインを見上げた。
「ああ、そうだな。俺も含めて、ずいぶんと迷惑を掛けたもんだ。惚れちまいそうなくらいだ」
「コ、コウイン様……」
見上げるいたいけな瞳の正面には、無精髭を撫でながら片目をつぶる顔。場所もわきまえず舞い上がるときめく心。茹でたテミ色と頭上の蒸気。
クォーリンは熱い頬に気付かれやしないか気が気ではなかったが……こんな機会は今までもこれからも望みようがないのでは。いやきっと無い!

今ここにいるのは生まれ変わったクォーリン。クォーリン不幸! なんて言わせない。
今こそは不吉な考えを振り払い自分にリンゴーンとした大地の祝福!
今よ、クォーリン! 陛下の御前だなんて控えていたら、たった一歩すら進めない。今しかない! 思いの丈をぶつけるの!

胸の奥でアクセラレイトする想いは爆発寸前。もう喉の奥まで出かかって、
「ふふふ。でも本当に良かった。わたくしは最初の頃ですが、クォーリンはコウインを嫌っているのかと思っていました」
意味ありげな目線でクォーリンに口元を覆った笑みを送る冠も重そうな女王陛下によって喉奥がつんのめる。

ゴホッ、ゴホッ……? 意味が分かりません……? ――クォーリンの頭上渦巻く「?」「?」「?」

「へへ、確かにな。初めてあったときなんか、ホントにしばれるくらいの冷たい目で俺を見るんだもんなあ。あなたのこと信用してません、てさ。あれは怖かったなー」
「それも、きっとコウインを心配する余りだったのでしょう」
「あ、あの?」
うなずき合うふたりが、クォーリンには何処か遠いものに見えた。
が、身に覚えのないことで身の回りのことが決定していく恐怖に抗う強い意志がクォーリンにはあるにはあった。
「わ、私そんなの知りません! 私とコウイン様の出会いは、い、稲妻の選別試験の時です!」
必死の抗議も、暖簾に腕押し何処吹く風。
レスティーナは、微笑ましくもわたくしは見守っています、な表情で頷くばかりだ。冠落ちそう。
「あれそうだっけ? 全然覚えてないぞ。俺の記憶ではクォーリンが誰だったか赤スピリットと訓練中のとこで初めて出会ったんだがなあ」
全てを承知している感じで笑う女王と、首を捻るコウインが、とてもとても遠く見えた。
敵はこの世界そのものなのではないか。ありもしない妄想に囚われるクォーリンであった。