編み目に籠めた想い

ふらっと訪れた第二詰所で、珍しい光景を見かけた。
ファーレーンとニムが応接間の机を挟んで座り、寛いでいる。
いや、ニムがファーレーンにべったりなのはいつもの事だし、
休憩時間に二人でお茶を飲んでいてもなんら不思議でもないのだが。
それでも俺は開いたばかりの扉の前で、思わず声をかけ損なう。

「ええっとこれをこう……ふぅ、難しいですね」
「……ていっ、ていっ」
「……」
彼女達は、揃ってありえないアイテムに夢中になっていた。
精確にはこの世界にはありえないアイテム。編み針と、毛糸玉に。
ファーレーンは忙しなく動く手元と真剣に睨めっこをしていて、
その手元から延びた毛糸が纏まった玉を、ニムが机の上で転がしている。
ふと、気配に気づいたのか手元を止めたファーレーンが丁度こちらを向いた。
集中を削いで悪いことをしたなと思いつつも、取りあえずは疑問を口にせずにはいられない。

「えっと……二人とも、何してるんだ?」
「え? あ、ユート様。こちらにいらっしゃってたのですか?」
「あ、ああ。暇だったからさ。それで、何してるんだ?」
「はい、アミモノです」
「やっぱり」
「はい?」
「……いや」
呟きながら、二人の正面に腰を下ろす。
すると接近にまだ緊張するのか、少し身を硬くするのが見えてしまう。
彼女の方を窺うと、恥ずかしそうに俯き、もじもじと手元を隠そうとさえしたりする。

「あの、あまりその……み、見ないで下さいますか……?」
「え、ああ、うん」
「あ、わ、私、お茶を入れて来ますねっ」
「ああいいよ、ごめん、邪魔をするつもりじゃなかったんだ」
「そんな、邪魔だなんて。それに、お茶もお出ししないなんていくらなんでも失礼です」
「いいって。それよりもさ」
礼儀に忠実な彼女の相手をするにはそれ相応の段階を踏まなければならない。
しかもやり取りの間にもおろおろと慌てたり耳元が真っ赤になってしまうので、
これ以上テンぱらせないように、出来るだけ何事も無かったかのようにさりげなく質問する必要がある。

「編み物って、この世界にもあるのか? 俺、初めて見たんだけど」

そう。ここはファンタズマゴリア。
いくらあっちの世界ではよく見かける光景でも、こっちでもスタンダードとは限らない。
実際、城下で手編みのセーターとかを着込んだ住人なんて見かけた事が無かったし。
立ち上がりかけていたファーレーンがきょとん、と首を傾げたまま目をぱちくりさせ、
静々と座りなおすと、項垂れるように膝の上に乗せたままの編み棒をじっと見つめる。

「いえ……これはその、カオリ様に教わりました。申し訳ありません」
「あ、いや別に責めてるんじゃ」
「本当に申し訳ありません。ユート様の許可も無くこのような出過ぎた真似を」
「いや、だから責めてる訳じゃないって。許可とかいらないし。そっか、佳織に教わったんだ」
「え、あ、はい、有難うございます。……あの、カオリ様は、とても器用な方ですね」
「んー、昔から家事とか得意だしなぁ。料理は俺が教えたんだけど、それは自分で覚えたのかな」
赤面症な彼女は異性に対して必要以上に謙る癖があるので、会話は慎重に進めなければならない。
しかし伊達に隊長なんかを長くやっているお陰か、最近はあしらい方も大分判ってきてはいる。
詰まる所、緊張させずに、自分が危害を加えない相手だと全身で伝えるように話せばいい。
丁度こう、初めて対面した時の佳織とか怯える小動物に対するコミュニケーションの要領だ。

そんな訳で、驚かせないようにゆっくりと立ち上がり、さり気なく告げる。
「あ、ごめん、無駄話で中断させちまったな。続けててくれよ、お茶は自分で入れるからさ」
「え……あ、そんな私が」
「いいから。もうすぐ完成なんだろう?」
「で、でも」
「その代わり、出来たら俺にも見せてくれよ。な?」
「あ、は、はい……はい?」
「はは、約束だ。楽しみだな」
「ぁぅ……判りました……」
ちょっと縮こまったファーレーンの呟きを背に、さっさっと厨房へ向かう。
出掛けにちらっと、珍しく会話に一切加わって来なかったニムの様子を窺ってみた。

「ていっ、ていっ」
「……」
猫だ。紛れも無い。
厨房でぼーっとお湯を沸かしながらも、夢中で毛糸玉とじゃれ合うニムの姿を反芻しては噴いてしまう。
お茶を淹れ、ついでにそこにあった茶菓子を皿に載せ、ようやく戻って来てもまだニムは毛糸玉とじゃれていた。

「ていっ、ていっ」
「……」
「……」
俺が部屋に戻って来るのを待っていてくれたファーレーンが一度小さく、
では失礼致します、と言って編み物を再開し、意外とちまちま器用に動く手元を眺め続けて数分後。
相変わらず毛糸玉と格闘しているニムを、頬杖を付きつつ眺める。
「ふあぁ……」
流石に退屈になってきた。
集中を解かないファーレーンと会話は覚束無いし、ニムは未だに俺に気づいてもいない。
ふと机の上に一冊の本を見つけ、生あくびを噛み殺しながら手にとってみる。
「……『初めてでもできる棒針編みのマフラー』。あっちの世界の本か。佳織のだな」
という事は、ファーレーンの編んでいるのはマフラーか。
ぱらぱらと捲ってみると写真や図解が多く、これなら言葉が通じなくても何となく判る。
しかも生真面目な性格からか、比較すると驚くべき事に棒の動きと本の手順が綺麗にシンクロしてしまっていた。
目通し、目外し、目寄せ、絞め。よく判らないが、本に書いてある動作がものの見事に次々と再現されていく。

「ん、ん……」
「……凄いな」
指の運びや糸の並び具合まで図解と全く同じで、ここまでくると律儀を通り越して一種のコピー能力だ。
初心者は料理でも何でも、取りあえず自己アレンジを施そうとしてそこで失敗する。
比較で言っちゃ悪いが、アセリアの初料理とかウルカの初料理とかレムリアのコロッケがその最たる例だ。
その点、この教科書に一切疑念を挟まない彼女のやり方は、非常に成果が期待出来るものだろう。
おまけにブラックスピリットのセンスなのか、調子が乗るとリズム良く回転も上がっていく。
自分で使うのか誰かにあげるのかは知らないが、いや、恐らくはニム用なのだろうが、ちょっぴり羨ましい。
あそこまで一心不乱というか一生懸命なのだから、きっと暖かいマフラーが出来るだろう。

「~♪」
「……って」
回転が、速すぎる。鼻歌混じりなのはいいのだが、だんだん編み棒や指先が霞んできた。
もの凄い勢いで糸が減っていくので、連結している毛糸玉も同然のようにぴょんぴょんと激しく跳ね飛ぶ。
「ていっ、ていていっ、ていていていっっ」
「……ピンボール?」
そしてますます夢中になり、ランダムに飛ぶ毛糸玉にカウンターを当てていくニム。
しかしグーに握った手の動きは素早すぎて、まるで千手観音を見ているような気になってくる。
スピリットは皆美形なのでファーレーンの手編み姿は実に癒されるものがあったし、
無邪気にはしゃぐニムの姿も微笑ましい光景だったのだが、こうなると何だか雲行きが怪しくなってきた。
ファーレーンの背中にはいつのまにかふぁさふぁさとウイングハイロゥが靡いているし、
ニムの頭上で輝くハイロゥは主の機嫌の良さを表すように嬉々としてコルーレの光を放ち始めている。

「……ああ、思い出した。ここって異世界だったんだよなぁ」
俺はありえないスピードで仕上がっていくマフラーや不動の姿勢で手元だけ見えないファーレーンや
額に爽やかな汗を掻きつつ猛烈なラリーの応酬を一人で繰り返しているニムを横目に窓の外を遠く眺め、
なんとなく悟った気分に浸りながら菓子を頬張り、やや冷めたお茶をぼんやりと飲み干していった。

「―――― 出来ましたっ」
「ぶべらっ!」
「……どうかしましたか?」
「い、いや……」
唐突にファーレーンが叫んだのと、ニムが打ち損ねた毛糸玉が顎にヒットしたのは同時だった。
スピリットのパンチ力とへたに毛糸玉自体がゴルフボール大位にまで小さくなっていたせいで、
ピンポイントにめり込んだ衝撃力は想像を遥かに超えて凄まじく、あやうく舌を噛みそうになる。
しかしその弾みでニムがようやく俺の存在に気づいたらしい。何故かジト目で睨みつけられていた。
「あれ? なんだユート、いたんだ」
「いたよっ! さっきからっ!」
「こらニム、ユート様にむかって」
「あ、出来たんだお姉ちゃん」
「え? う、うん。後は糸端を切るだけです」
「へぇ、上手じゃないか。暖ったかそうだな」
「そ、そんな大したものじゃありませんよ。私、初めてですし……」
ファーレーンが恥ずかしそうに抱えているのは、厚手のごくスタンダードなマフラー。
萌黄色で、網目も綺麗に揃い、愛情が詰まっているのが一目で判り、とても暖かそうだ。
また謙遜しているが、良く判らない俺が見ても初心者にしてはかなり上出来に思えた。
隣で身を乗り出したニムもきらきらと瞳を輝かせつつ、興味津々で眺めている。

「ねね、お姉ちゃん、触ってみてもいい?」
「あ、はい。良いですよ」
「あ、俺も」
「やだ。ニムが先なんだから」
「なんだよ、少しくらいいいじゃないか、けち」
「けちじゃないっ! ユートが触ったら壊れるっ」
「なわけないだろ。……おっと」
「あら?」
「えっ……」
なんとなくの流れでニムと言い争っていると、何か柔らかいものが足に当った。
と思った時にはどうやら蹴ったらしいそれが丁度三人の真ん中にふわっと浮かび上がり、全員が目で追う。
軽くゴルフボール位の大きさの、どっかで見たような萌黄色の球体……って。


「やばっ……ニムっ!」
「ていっ! ていていていていていていていっ!!」
「うわあああああっ! やっぱりっ!」
遅かった。反射的に押さえつけようとしたが、もうその場にはいない。
玉に飛びつき、一緒になって部屋中を飛び跳ねるニムに尻尾が生えて見える。
そしてさっき、ファーレーンは言っていた。まだ、糸端は切っていない筈。
編んでいる時なら編み棒を軸に支える事も出来るが、今その編み棒はマフラーから抜かれ、机の上に。

「きゃあああっっ! あっ、あっ、ニムぅ~~っ!」
「ていっ、ていっ、ていっ、ていぃっ!!」
「……あー」
毛糸玉に引っ張られ、解け始めるマフラー。
それを大事そうに抱えつつ、涙目でこれ以上解かれまいと懸命にニムを追走するファーレーン。
距離を縮めようとするファーレーンにも気づかず、転々と転がる毛糸玉を四つん這いで追いかけるニム。
「その、……ごめん」
この洗濯槽の中のようにぐるぐると回る光景を、止める術は俺には無い。
ただマフラーの無事を祈りつつ、誰も聞いていないであろう謝罪を繰り返すだけで精一杯だった。

「……」
「ねぇお姉ちゃん、そろそろ機嫌直してよ」
「その、なんだ。半分事故みたいなものだし」
「……」
「ニム、ちゃんと謝るから。ごめんなさい。ね」
「俺も。悪かったよ、ごめんな。まさかあんなトラップがあるとは思わなかったんだ」
「……頑張ったのに」
「ぁぅ゙~……ごめんなさい」
「……ごめん」
結局、騒動は壁に思い切り突進したニムが額から衝突し、我に返ったと同時に終結した。
しかしその頃にはマフラーの長さは約3/4程、丁度俺が来た時と同じ位に縮んでしまっていた。
今はどんよりと真っ黒なオーラを背中に背負い、膝を抱え込んでしまったファーレーンを二人で慰めている。
しかし被害は甚大で、そう簡単には立ち直ってくれそうもない。
ニムが爪先で脛を軽く小突きながら、なんとかしなさいよ、とか囁いてくる。なんとかって言ったって。

「ほら、ニムも反省しているようだし、今度は俺が監視してるからさ」
「そうそう、ユートも反省してるし、許してあげなよ」
「……」
「……」
「……なんでそんなに偉そうなんだよ」
「偉くない。なによ、ユートがいなきゃ、こんな事にはならなかったんだから」
「いや、そうかもしれないけど。そもそもニムがあんな変な習性持ってなければ何も問題はぶべらっ!」
「習性じゃない! ニム、獣じゃないんだからっ」
「同じようなものだろべがはっ!」
「……ユート、失礼。いい加減にしないと、殺すよ」
「ぐっ……お前、一々『曙光』は反則だろ」
「……ニム、ユート様」
「うわっ!」
「ひゃっ!」
「そこに、座って下さい」
「……はい」
「……うん」
一語一語区切った地獄の底から響くような低音の呟きが、争う二人の背筋を平等に直撃する。
と思った時にはもう反射的に正座をしてしまっていた。ニムの体なんか、縦に揺れてしまっている。
「……もう。しょうがないですね、二人とも」
しかし顔を上げたファーレーンは、まだ少し拗ねながらも苦笑いのようなものを浮かべていた。

俺とニムは一瞬顔を見合わせ、どうやらもう怒っていないらしいと確認すると、ほっと胸を撫で下ろす。
そして俺は余計な事に、上気した頬をちょっぴり膨らませているファーレーンの子供っぽい意外な表情に、
不覚にも少なからずドキっとしてしまい、自分から視線を逸らしてしまっていた。非常に落ち着かない。
その間に編み棒を手に取り、大事に抱えているマフラーに再び通したファーレーンは静かに話し始める。
「いいニム、ユート様を呼び捨てにしてはいけません。喧嘩も駄目」
「……うん」
「ユート様」
「え? あ、おう?」
「申し訳ありませんでした、お見苦しい所をお見せしてしまって」
「……うん。いや、ごめんな。編み直すんだろ? 今度も楽しみにしてるから」
「あ……はいっ。頑張りますね!」
「~~っ、お、おう」
「う~、なんだか面白くない」
不満そうなニムが机の下でがしがしと脛を蹴って来ていたが、俺はそれどころでは無かった。
あんなににっこりと微笑みかけられたのは初めてだったし、小さくガッツポーズするなんて不意打ちすぎる。
なにより、これほど激しく大人と子供の表情を使い分けられてしまうと、振幅する感情の整理がつかない。
とりあえず誤魔化すように、もう冷え切ってしまったお茶を口にする。
「……あ、そうだ、ニム」
「……なによ」
「お茶を淹れて来てあげようぜ。ファーレーンの分も」
「……う、うん」
軽くぽん、と髪を撫でてやりながら立ち上がると、ニムも渋々ながらも自分のカップを手に取る。
ファーレーンのカップも取ってみたが、集中してしまっている彼女には気づかれなかったようだ。
ニムと二人目配せしながら、そっと厨房に向かう。部屋を出る時、気分の良さそうな鼻歌が微かに流れていた。

「―――― はい、出来ましたっ」
「おおー」
「やったね、お姉ちゃん!」
「ありがと、ニム」
夕日も傾き、部屋がややオレンジ色に滲み始めた頃。こうしてようやくファーレーンのマフラーは完成した。
今度はしっかりと切った糸端も織り込んでいるので、もう解ける心配はない。
嬉しそうに、満面の笑顔で広げて見せてくれる。結構長い。編み目もきちんと整えられていた。
この短時間で一騒動あったにも拘らず3m位は編まれており、改めて彼女の技能吸収能力に感心してしまう。
「……って、あれ? それニム用だろ? 何だか長くないか?」
「ふふ、そんな事はありませんよ……はい、ユート様」
「え?」
「はい? ユート? ちょっとお姉ちゃん!?」
「あの……受け取って、頂けますか?」
「は、……へ? 俺?」
差し出されたマフラー。ちょっと俯きがちに、両手を伸ばすファーレーン。赤く染まっている頬。
硬直していると、ふわっと首に巻かれる感触。微かに香る、草のような匂い。そっと離れるファーレーン。
一瞬、頭が真っ白になる。何が起きたか判らない。馬鹿みたいにその場に立ち尽くす。ぐきっ。

「って、痛っ! 痛たたたたっ! 首っ、首ぃっ!!」
「ちょ、ちょっとニム何を!?」
「むっきーっ! ユート、離しなさいよっ!」
「ぐっ、待て、引っ張るな、絞まるっ! 首が絞まるぅっ!」
飛びかかってきたニムがマフラーを取り返そうと引っ張る。
それも手加減無しの全力で引っ張るものだから、俺の首も全力で絞まる。
しかも幸か不幸か急所に極まっているものだから、呼吸うんぬんの前に意識が飛びそうになる。
っていうか、なんて丈夫な毛糸なんだ。普通、千切れてるって。流石ファンタズマゴリア製。
とか変な感想に耽っている場合じゃない。死ぬ。本当に死んでしまう。いやだ、こんな死に方。

「お~姉~ち~ゃ~ん~の~マ~フ~ラ~、離~せ~ぇ~」
「ぬおぉぉっ、ちょ、ギブ、ギブぅっ!」
「止めなさいニム、ユート様が死んでしまいますっ!」
「の~ろ~っ~て~や~る~っっ」
「もう……ほら、ニ、ム?」

ふわっ。

「こ~ん~の~ぉ~……へっ?……ぅ、ぇ?」
「―――― ぐはっ、はぁはぁ、し、死ぬかと……お?」
「ふふっ、ぴったりですね」
「……」
「……ごほ」
咳き込みながら改めて見ると、ようやく大人しくなったニムの首には見覚えのあるマフラーがすっぽりと。
ちょっと目が合うと、どういう訳か照れ臭そうに、すぐにそっぽを向いてしまう。
そして正面には、そんな俺達を楽しそうに見つめるファーレーン。胸に手を当て、何だかほっとしている。

「……あ、あれ?」
「良かった、ちゃんと寸法が合っていて」
「あ、あのさ、ファーレーン」
「ええ、これは二人用ですから」
「……」
「ぅ゙~~」
つまり。俺とニムは、マフラーの両端でものの見事に繋げられていた。

「……外す」
「だめですよ、ニム。さっきの罰なのですから、もう少しそうしていて」
「ぅ゙ぅ~~」
すっかり日も沈み、もうすぐ晩飯の時間。
俺とニムは首にマフラーを巻いたまま、もうかれこれ半刻以上、応接間の椅子に座らされていた。
ちなみにしっかり三重に巻かれているので、二人の間に隙間は殆ど無い。
ちょっと動くだけでもすぐに肩と肩が触れ合ってしまい、その度にニムがぴくんと反応する。
そして正面には、何故かご満悦のファーレーン。頬杖を付き、嬉しそうに目を細めている。
一体何が楽しいのかよく判らない。二人用なら自分とニムで使えばいいのにと思ってしまう。

「なあ、ファーレーン」
「……ちょっと、動かないで」
「あ、悪い」
「もう、素直じゃありませんねニムは。折角なのですから、もっと仲良くしないと」
「……ふん。なんで、ニムがユートと」
「……ああ、そっか」
「何よ」
「いや、何でも。……でも」
人見知りのニムと俺を仲良くさせようと頑張ってくれたのは判った。
きっと佳織も、その辺を察して編み物を提案してくれたのだろう。
しかし、二人はきっと誤解をしている。少なくとも俺はニムを嫌っている訳じゃない。
隣で不貞腐れているニムにしても、それは照れ隠しだと知っているから、俺が嫌われている訳でも無いだろう。

でも、ファーレーンはどうなのだろう。これで、本当に嬉しいのだろうか。寂しくはないのだろうか。
俺ならもし、佳織が他の誰かと仲良くしていたらそれはそれで喜ばしいが、兄妹としては少し寂しい。

そしてそれを俺よりも良く知っている筈のニムが、こんな時黙っている筈もなく。
「……ねぇ、お姉ちゃん」
「ん? どうしたの、ニム」
「罰だから、仕方ないけどさ……けど、お、お姉ちゃんも一緒じゃなきゃヤだ」
「……はい?」
「そうだな、俺もファーレーンと一緒の方が暖ったかいと思う」
「え、え、ふえぇっ? ユート様、ななな何を」
「ほらお姉ちゃん、こっち」
「あ、ちょっとニム」
「よし、ニム、このままじゃ長さが足りないから、一巻き緩めるぞ」
「判ってるってば。ニムに命令しないで」
「ほら、ファーレーンも」
「……は、はいぃ……」
「後いい、ユートが混ざるのは、仕方なくだからね。本当に仕方なく許してあげるんだから」
「ははっ。判ってるって。さんきゅな」
「……ふんっ」
「じゃあ、……その、お、お邪魔、します……」

こうして。
「あ、暖かいですね……」
「そ、そうだな」
「ニム……離してくれませんね」
「もうそろそろ晩飯なのになぁ」
「zzz……」
「……ふふ」
「……ははっ」
三人で車座になり、一本のマフラーに包まれた途端、何故か安心しきったようにニムは寝こけてしまった。
しかもいつの間にか俺の服の裾をしっかりと握ったまま離さず、頭も俺の腕に預けられている。
きっと昼間、遊びすぎて疲れたのだろう。遊び相手が毛糸玉っていうのがいかにも子供っぽいけれど。
それがいかにもニムっぽくてつい可笑しくなる。起さないように慎重に髪を撫でると頬を摺り寄せてきた。
「ん~、暖ったかぁい……」
「……ありがとうございます、ユート様」
「ん? いや、俺こそありがとな、こんないいマフラー貰っちまって。ニムと二人分」
「いいえ、そんな事……もしかして、気づいてらっしゃったのですか?」
「途中からかな。ファーレーンの目が、お姉さんになっていた辺りか」
「っっ~~~。こ、この子、ちょっと素直じゃないだけで、本当は凄く良い子なんです」
「知ってるよ。だから、そんなに心配しなくても、大丈夫だと思う。ちゃんと皆と仲良くやってるからさ」
「……そうでしょうか」
「ああ、ファーレーンの気持ちも伝わってる。だからこうして安心出来るんだよ」
「……本当に……そう、でしたら……嬉しいの、です、けれ、ど……」

「……ファーレーン?」
「zzz……ニムぅ……」
「……お疲れ様。頑張ったな」
「zzz……む~、お姉ちゃんに、近づくなぁ~……」
「……ははっ。眠ってても、仲は良いんだな」
動けない。でも、その不自由さがやけに心地良い。
もう一方の肩もファーレーンの頭にちょこんと占拠されてしまった俺は、
そのまま二人を起さないよう壁にもたれ、窓の外に上り始めた月を眺めてみる。
暗闇の中で両脇を女の子に挟まれているというのに、不思議に心は落ち着いていた。
途中で応接間の灯りが灯っていないのに不審がったのか遠慮気味なノックがされ、
晩飯に呼びに来たヒミカがそっと入ってきたが、俺が口元で指を立てると頷き、微笑みながら立ち去っていく。
食堂にいる筈の他のメンバーも気を使ったのか、その後誰も訪ねては来ない。

「……お、月だ」
気づけば、部屋は月光と静寂で満たされている。
先程マフラーに滲んだ香りが仄かな光の中で混ざり合い、三人分の温もりの中に溶け込んでいく。
俺は、ゆっくりと瞼を閉じた。すっかり馴染んでしまった"安心"の全てを全身で受け止めながら。