光と闇のエトランジェ

天井で、きぃきぃと錆臭く揺れるマナ灯。
苔生した石壁の隙間からちょろちょろと湧いてくる、饐えた匂いの水。
陽光などは当然届かず、新鮮な空気とも縁を持たないラキオス城の地下深く。
刳り貫くように用意された監禁部屋で、今、1人の男が椅子に縛られ尋問を受けている。

「いい加減素直に吐いたらどうだ? 正直に下呂れば悪いようにはしないと言ってるだろ?」
「……騙されるかよ。へっ、お役人の戯言を素で信じる程、俺もお子様じゃないんでね」
「俺は役人じゃないが……まあいい。そういう態度なら、こっちにも考えがある」
「お、おい何を、よせ……ぐぉっ!」
「はは、苦しいか? 苦しいだろ? さあ、言うんだ。証言として記録された後ろ盾を俺によこせっ」
「くっ……だ、誰が……知ってるか、強制や拷問による証言は裁判じゃ効力が無いんだぜ……ぐあああっ」
「残念だが、ここはハイペリアじゃないんだ」

尋問者は、冷やかな目付きでぐったりと項垂れた容疑者を見下ろす。
その右手に握られているのは、いまだ雷光を放つ『空虚』。無論、今日子から無断拝借したものである。

「あれ? おい、もう終わりか? よせよ、昔っからハリセンにだけは慣れたもんだったろ?」
「ぐっは……ふざけんな、ハリセンと一緒にするんじゃねえ。『因果』無しで雷撃を防げる程鍛えられる訳が」
「ほほう、神剣が無きゃただのしがない高○生でちゅってか? この世界でそんな言い逃れが通用するとでも」
「ほほう、じゃあお前がやってみろよ悠人。それだけ大口を叩いたんだ、よもや出来ないとは言わせないぜ」
「む……ふ、ふん、いいだろう(おいバカ剣。判ってるな、レジストを頼む)」
『断る。下らぬ用で我を呼び出すな、そんな事よりマナをよこせ』
「……」
「……」
「や、やっぱりこれを屋内で使うのは危険だな、うん。脇に置いておこう……よっこらせ」
「……お前、ある意味本当に主人公向けな性格してるよなぁ」
「さて、尋問を再開する」

木製にも拘らず未だぱりぱりと静電気を纏う椅子へと感電しないよう慎重に座りなおし、
気まずさが漂う空気と光陰の冷やかな視線を誤魔化すようにこほん、と1つ咳払いをしながら悠人は続ける。

「で、なんだって無視なんてしたんだよ?」

事の発端は、実にささいないつもの出来事にすぎない。
普段のようにオルファリルを追っかけていた光陰が、途中からその獲物をどんどん増やしていっただけ。
具体的にはネリー、シアー、ヘリオン、ニムントール。いつも通り、訓練をしようと集まった際の災難だった。
お約束どおり、今日子に見つかった光陰がライトニングハリセンを喰らった所で騒ぎは一応終結している。
ただ、その直後、たまたま剣の修練にやって来たセリアが1人蹲るクォーリンを発見したのが拙かった。
訓練所の真ん中でめそめそしくしくいじけている彼女に何事かと尋ねた所、"私だけ無視されました"と
縋るような目付きで訴えられ、義憤に駆られたいいんちょが颯爽と立ち上がり、署名を集め始めたのが午前中。
恐ろしい事に昼にはラキオス王国議会臨時審査委員会はその嘆願を圧倒的支持で可決通過させてしまい、
女王陛下直々による"事の真偽を質すように"との光陰捕縛命令が全軍に下されたのは、その2時間後という速やかさ。
その頃には当のクォーリンも冷静さを取り戻し、"わ、私なら大丈夫ですから"と武装派集団を抑えようとしたが、
沸騰した世論はそう簡単に収まらず、むしろ発令が広がるにつれ同情や自分に置き換える者が続出し、城内は騒乱状態に。
結局第一詰所の廊下で呑気に鼻歌を歌っていた光陰がエスペリアのネイチャーフォースにより発見襲撃され、
待機していたアセリアに光輪の縄で動きを封じられ、そのまま狩られた猪のように城の地下へと連行されて今に到る。

「だから信用してくれよ、俺は無視なんかしちゃいない。天地神明に誓ってもいいぜ」
「じゃあ光陰、お前はクォーリンが嘘をついているっていうのか?」
「あいつが嘘なんかつく訳無いだろう。どれだけ長い間一緒に居たと思ってるんだ、見くびるなよ」
「……」
「……」
「……なあ、本当に無視してないのか?」
「ああ、本当だ。純粋に視えなかっただけdぶわっ!」
「最低だなお前」
「冷てーな! こりゃ井戸水か? まったく、修行じゃあるまいし」
「うるさい。エセ盲目の親友を持ったお陰で、とんだ飛ばっちりだ。こんな尋問事項まで追加されてるんだぞ」

悠人は忌々しそうに机の上に積上げられた書類の束をばん、と叩く。
その中には、光陰に追っかけられていたネリシアやニムントールやオルファリルやヘリオンの名も見えた。
今日子の分は見当たらないが、端が少し焦げて黒いのが多分それだろう。彼女達の本気度が窺える。

「おいおい、まだあるのかよ」
「多分、署名はこっちの方が肝だ。お前がこれに答えるまで、俺もお前も恐らくここからは永遠に出られない」
「やれやれだぜ、急に深刻な顔になってやがる。いいぜ、それもさっくり答えてやるから早く縄から開放してくれ」
「さっくり答えられてもきっとロクな結果にならないんだろうが……まぁいいや。一応訊くけど、光陰」
「おう」

「お前、一体誰に気があるんだ?」

「……」
「……」
「……やけに直球ど真ん中な質問だな」
「しかもただの直球じゃない、マナのたっぷり篭められた剛速球だ。慎重に振れよ光陰、三振は許されないぞ」
「いや、三振も何も。ちと恥ずかしいが、悠人だって知ってるだろ。俺が好きなのは今日子うおっ! 眩しっ! 眩しいって!」
「そんな通り一遍の答えは、もう通用しない所まで来ちまったんだよ俺達は。なにせもう9回裏2死満塁カウント2-3だ」
「な、何故そこまで土壇場なんだ。そもそも普段の行動をしっかり見てくれていれば、判り切った事だろうが」
「あーん? その判り切った普段の行動が話をややこしくしたんだろうが。四の五の言わずにとっとと吐け。真実を」
「だからだな、何度も言うが俺は今日kうおお目がっ、目があーー!」
「し、ん、じ、つ、を吐け、と言ったんだ」
「はあっ、はあっ、はあっ……くそ、たかが光と侮れねえな。あやうくム○カになるとこだった」
「飛○石なぞどうでもいい。なあ、もう観念しろよ。俺だってこんな事、本当はしたくないんだ」

光陰の顔へ向けて刑事ドラマよろしくマナ灯を近づけた悠人の台詞にも、嘘は無い。
正直、まさか自分が尋問役に抜擢される羽目になるとは考えてもいなかった。
しかしこの役目を放棄すると、部屋の向こうで待機しているスピリットの面々を全て敵に回す事になる。
なにせ署名で集まったのはラキオス部隊全員分のみならず、何故か元稲妻部隊や人間の分まであり、
ここに種族を超えた女性差別反対運動が急速に広まりつつあると悠人にでもひたひたと実感出来る程。
光陰の本命が今日子だという事は親友として実は微塵も疑ってはいないが、それではもうこの事態は収まらない。
もう正義とか法とかではなく、取りあえずクォーリンに対して何らかの有利な証言を取らないと。
具体的には光陰の行動に女性差別やセクハラの意図が無いと証明しないと、次の矛先は確実に自分に向かってくる。
こうなってくるともう誰が生贄になって責任を取るかという某国某機関みたいな見苦しさがあるが、
なにせ命がかかっているので本人としては必死にならざるを得ない。

「ま、こんな状況だからさ、俺達にはもう選択権なんて無いんだよ。諦めろ。そして楽になれ」
「……はっ、ははは。笑わせてくれる。まったく、しゃれにならないよなぁ」
「? 決心はついたか? ならとっとと」
「偽証が必要って、一体どんな状況なんだか。大体こうなったのも、元はといえば悠人のせいだろ?」
「……どういう意味だよ」
「自分で気づいていないのか? あっちこっちに期待を安売りしてるのは、むしろお前じゃないかって事だ」
「なっ、それは違」
「あっちの世界で看病したり昔の男に嫉妬したり命の大切さを教えたり背負って帰ったり3回目は運命だったり」
『契約者よ、マナをよこせ』
「う、うるさいうるさいうるさいっ!」
「いーや聞いて貰う。両手に花で買い物したり胡坐で反省させたり姉妹愛を確認させたりマナ蛍の中で昔話を」
『マナだ、マナが足りない』
「うわあああああっ! もうやめてくれえぇぇぇっ!」
「ふっ、語るに落ちたとはよく言ったもんだな。悠人よ、これでもお前は俺だけを責めるというのか?」
『うむ、求めには代償が必要だ』
「はぁっ、はぁ……くそ、突然割り込んできたバカ剣はともかく……光陰、お前一体どこでそんな異次元の情報を」
「ん? ああ、ここ数日、まるでダイジェストみたいに夢で見るんだ。枕元で巫女装束の誰かが囁いてだな」
「あ? なんだよそれ。そんな薄い根拠でカマかけたってのか」
「俺は仏に仕える身だからな、夢枕は信じないでもない。それに、まんざら嘘でもないんだろ?」
『この世界に来てから、ずっと我々を監視していた者だ』
(五月蝿い、黙れ。ネタばれはよせ)
「くっ……証拠不十分は不起訴と相場が」
「悪いな。残念だが、ここはハイペリアじゃないんだ」
「……要求は、なんだよ」
「話が早くて助かる。とりあえずはそうだな……腹減ったし、カツ丼でも貰おうか。それで今のは忘れよう」
「ほれ」
「……早いのは話だけじゃないってか?」
「定番だからな。早く喰え」
「ああ、縄も解いてくれ。それともあーんとでもしてくれるのか? どこぞのスピリットみたいに」
「……」

ここに、上下関係は完全に逆転した。
観念した悠人は渋々光陰の両腕を解き、形から入ったエスペリア特製の丼を差し出す。
かぱっと丼の蓋を開けると湯気の立つそれを、机を挟んで向かい合ったままの2人は黙々と頂く。
途中、この肉は果たしてカツと呼んでも良いのだろうかと軽く雑談めいた議論は交わされたが。


そしてごちそうさまの合図と共にばんっ、と勢いよく机が叩かれ、尋問もとい密談は再開される。

「で、外はどんな状況なんだ?」
「しっ、声が大きい。壁1枚向こうでみんなが耳を欹ててる。盗聴されてる可能性が高いっていうか絶対だ」

食を共にした2人はすっかり剣呑な雰囲気が取れ、親友らしく結束をより強固なものへと変えていた。
というか互いの平等すぎる立ち位置が暴露されてしまった以上、もう仲違いしている場合ではない。

「警戒は万全って訳か。男同士なら簡単に口を割ると考えたんだろうが……ちっ、しゃあねえ。おい悠人」
「あん?」
「 俺 が 好 き な の は 、 お 前 な ん だ ! 」
「ナッ、ナンダッテー!(AAry むぐっ! むむむっ……」

突然の抱擁。
手で口まで塞がれた悠人は目を白黒させる。顔を近づけた光陰は耳元で囁く。
その間に廊下の方からは、がたがたと何かが膝を屈したような雑音がコーラスで響いている。

(馬鹿、合わせろよ。この場を切り抜けるにはこれしかない。俺も、お前も)
(な、なるほど)
「 じ 、 実 は 俺 も お 前 の 腰 が 前 か ら ず っ と 」

『工工工エエエェェェ;゚Д゚ェェェエエエ工工工!!!』

どんがらがっしゃん。
悠人が慌てて噛んだ途端、一気に騒然とする廊下。
そして次の瞬間には扉が廊下側から押し開けられ、スピリットのメンバーが将棋倒しで雪崩込んでくる。
悠人の台詞は、それ程までに彼女達の何か触れてはいけない琴線へと確実なダメージを与えていた。
驚いた事に、扉だけでは無く四方の壁もドリフのように崩落し、室内の人口密度があっという間に加速する。

だが、そんな混乱の中、ただ1人だけ冷静な男が居た。
素早く『因果』を取り戻し、咄嗟に脱出口を見極めつつ悠人の腕を取る。

「よし、こっちが手薄だ、行くぞ悠人っ!」
「お、おうっ! みんなごめんな!」
「はーっはっは、さらば女性諸君! 茶番は終いだ、今こそ自由恋愛を我が手にっ!」
「いや俺は別に……って、え゙」
『なっ、にっ、がっ!』

しかし、そんな混乱の中、ただ1人だけ冷静な女も居た。
堆く積み上がるスピリットの群れを飛び越えようとした所で正面から襲い掛かるのは茶毛の弾丸。

「ん、どうした悠人よ……ってお、おおおおっ?!」
「なっ、にっ、がっ、じゆー恋愛よ! こーんの馬鹿コンビ!!」
「きょ、今日子これには訳がだな」
「お、落ち着」
「問答無用っ! 天誅っっ!!!」
「くぁwせdrftgyふじこl;p!!」
「亜qwせdrftgyふじこl;p@:!!」

鋭い眼光と鞭のような四肢を撓らせて振るった巨大ハリセンが、宙に浮いた2人をカウンター気味に捉える。
ハリセンブラストの前では、たとえ『因果』があっても全く通用しないという事が立証された瞬間だった。

「あはっ、なんかぴくぴくしてるよー」
「真っ黒焦げなの……」
「ごめんねクォーリン。本人達も反省してると思うから、これでもう勘弁してやってくれない?」
「え、ええ……(ていうかここまでしてくれなんて誰も頼んでいませんけど……大地の祈り大地の祈り)」

「あらあらぁ~。んふふ~ユート様、大丈夫ですかぁ~」
「大丈夫もなにも、心肺機能が停止していると思われます」
「しっかり生き返らせないといけませんよハリオン、御訊きしたい事がまだまだ沢山あるのですから」
「ふう、面倒」
「こらニム、いつも言ってるでしょ。これも神剣魔法の訓練なのですから」
「……それは情操教育としてはどうなのでしょうか」

「ユート様とコウイン様が実は……だなんて……受けが……こう、攻めて……なんとか新刊に……」
「ヒミカお姉ちゃん、何だかお顔が怖いよぅ」
「放っておきなさい、どうせまた下らないシナリオを練っているだけだから」
「ん、セリア、頬赤い」

「結局、よく判らないままでしたね」
「ヘリオン殿、それは致し方無いかと」
「ふえ? どうしてですか?」
「現在の所、コウイン殿のるーとは確認されていませんので」
「……(そっちじゃないですよぅ)」


ラキオス城下を巻き込んだ世界初の女性権利運動は、こうしてうやむやのままに幕を閉じた。
だが、混乱に乗じて一応法制上の雛形も整えられたのだが、世界観の違いからか、
はたまた単なる麻疹のような社会現象だったのか、それとも女王陛下殿の飽きっぽい性格のせいか、
肝心の女性(主にメインヒロイン)の方から権利を放棄する事もしばしばだったという。悲喜こもごも。どっとはらい。