階段を登る。
白い息を靡かせながら振り向けば、
「あーこの階段上るのはキツいぜ。流石陸上部のホープは違うねえ」
「あったりまえよ。この今日子様はどこぞの生臭坊主とは鍛え方が違うものね」
「よーし、そんなら俺も陸上部にぶほっ!」
と言う風に見慣れた光景が晴天の下繰り広げられている。
「あんたが入ったら女子が逃げるに決まってるでしょうが!」
スパパンと連撃追撃が入る。これまたいつものことだが、悠人は、光陰が食らいながらも微妙に芯を外して、
スタンディングを維持している事に無駄な感心を持ってしまう。
「お前ら騒ぐなよ。ここですっころんだら池田屋だぞ」
年末の映画で見たシーンを思い浮かべて、一応は今年の初ハリセンにストップを掛けておく。
傍らの佳織は、困ったような笑顔で一段上で立ち止まり、その隣の小鳥はあからさまに呆れた顔で振り返った。
ここは、神木神社の表階段。いわゆる参道という奴だ。
悠に建物三階分はあるのではという高さと長さを誇る階段が威容を誇っている。
普段は気にもとめないけれど、それはそれは立派なものだった。近くの中学生がよく部活の体力作りに訪れていたのを見た覚えがある。
「ふ、その時は死なば諸共。今日子と一緒に俺があいつであいつがおぶへっ!!」
断末魔と共に光陰は崩れ落ち、わざとらしくも今日子の腰に縋りついた。
タックルを切れないストライカーがギャーギャー騒ぐのを置き去りにして、悠人は、少女二人を両手に花で、神社の敷地へとさっさとたどり着くのだった。
「結構いますね悠人先輩」
「ああそうだなー」
「えへへへ。また今年もこれたね」
佳織が本当に嬉しそうだ。小鳥と一緒にはしゃいでいる。この何気ない時間がとても嬉しいのだろう。
既に何十人も並んでいる列に加わり年末年始のテレビ番組に花を咲かせていると、光陰達がようやっと追いついて来た。
ハリセンの跡がいくつもの筋になって残っているのが、数多の戦歴を物語っているようだった。今日子の息が荒い。
出店も幾つか開いていて、定番のたこ焼きやフランクフルトの香りが食欲を誘うようだった。
そのまま、列に並ぶこと数分。社殿まで数歩という距離まで進んだとき、光陰に脇腹を小突かれた。
「何だよ」
「まあ良いからあれ見ろって、凄え美人だぜ」
シシシと笑う光陰が小さく指さす方向を見ると、破魔矢の売り子役であろうか、長い黒髪に楚々とした仕草。赤いはちまきに巫女服が似合う妙齢の女性の姿。
悠人は不覚にも、見とれてしまった。それはまるで時が止まったかのような感覚。
そして、その女性は首をかしげて悠人と目を合わせ、ニッコリと――。
「あの時、悠人さんたら見とれていたんでしょう?」
クスクス笑いつつ体を押しつけてくる時深。悠人の顔のすぐしたには、艶々した黒髪と、その分け目と旋毛まで見えてしまう。
そのことが、何故か非常にイケないことのような気がして悠人は、焦って吃って顔を逸らす。
「そ、そんなわけないだろ! あ、あれはただなんだ」
「なんですか、ただ?」
「見慣れない人がいたからさ、め、珍しいなと思っただけだよ」
「ふふっ。そういうことにしておきましょうか。悠人さんのあの時の顔はしっかり覚えていますしね」
「うっ……言ってろ」
ふて腐れた悠人は、社殿の石段を駆け下りて神木神社の敷石の上を歩いて行く。
あの時と大して変わらぬ風景がそこには当たり前のようにあった。とは言え季節の差があるので出店まで同じではないけれど。
振り返って声を出す。
「本当に良いのか? 俺もいた方が」
「良いんですよ。私一人で十分ですから。それとも、もしかして焼き餅ですか?」
ニンマリと笑う時深に背中を向けて髪をバリバリ掻くことで答えて、『聖賢』に頼んで門を開いた。
「ちぇ、あの時の清楚な笑顔はどこに……詐偽ってレベルじゃねえぞ」
「何か言いましたか?」
背後に炎立つ殺気に慌てて右手の親指を立てた悠人は、逃げるように次元を越える門へ飛び込んだ。
時深の仕事を邪魔するわけにはいかない。重要人物に会う予定らしいが、きっと上手くやるのだろう。
「時深の言う面白い事ってろくな事にならないよなあ」
今までの経験が走馬燈のように脳裏を流れる中、呟いてみた。
苦笑しか出てこないけれど、それでも、そんな生活が楽しいことだけは時深と同感だった。
精霊光の群れが銀河のように渦を巻き、いまだ尽きせぬ多元世界。
悠人は、久しぶりのシングル生活を満喫するのも悪くないかもな、と精神を移動先へ慎重に向けるのだった。