いんたぁでぃぺんでぃんす

「暇だね~~」
「ああ、暇だな」
「ニムは別にいいけど」
「ああ、ニムはそうかもな」
「ネリー、ちゃんと休息を取るのもわたし達の仕事よ」
「そうよ、他のメンバーが帰って来たら交代なんだから」
「だってさあ~」

戦いは、小康状態を保ち続けている。
ので、本格的な戦闘は無いものの、前線警備や他の用事で常に半分以上の仲間達がラキオスにはいない。
とはいっても取りあえずここ、第二詰所はすっかり緩みきった空気に満ち溢れている。
うららかな昼下がりに集まったのは、セリア、ネリー、ニム、ヒミカ、ナナルゥ、それに俺。
つまり今回の待機組全員がテーブルを囲み、お茶を飲みながら休息という名の一時の平穏を過ごしている訳だが。

「休息ったって、こう暇だと身体が鈍っちゃうよ。ね、ナナルゥ?」
「問題ありません。身体機能は正常に稼動しています」
「そうじゃなくて~」
「うるさいなあもう。隣で騒がないで」
「なにをー」
「……ふんっ」
そわそわと落ち着かないネリーに、テーブルにこてんと頭を預け、横を向いたままのニムが突っかかる。
しかしこの程度の事で睨む目付きが鋭すぎるというのは、やっぱりどこか機嫌が悪い証拠だろう。
がるるる、ふーっ、という擬音が聞こえそうな感じで牽制し合う二人に呆れながら、隣のヒミカに囁いてみる。

「なあ、止めた方がいいんじゃないか?」
「あ、はい、大丈夫だと思います。どうせいつもの事ですし」
「いつもの事?」
「はい。シアーとファーレーンがいないのが寂しいのでしょう」
「……ああ」
いつもの相棒が隣に居ない。それがいらいらの原因か。
言われてみればネリーはたまに誰も居ない空間を振り返っているし、突っ込むニムもニムで何だか覇気が無い。
納得していると、ナナルゥが黙って俺のお茶を注ぎ足してくれる。仄かな香りが鼻をくすぐり、気持ちが落ち着く。
口をつけると、以前どこかで味わったような甘く爽やかなブレンドだった。これは確か、ヘリオンが料理の訓練で。
「なあナナルゥ、これって」
「はい。ヘリオンに教わった通りに再現してみました」
「やっぱりか。うん、美味しいよこれ」
「……ありがとうございます」
「?」
珍しく頬を染めて俯くのは新鮮でいいのだけれど、そのわりには何だか元気が無い。
自分の分も注ぎ、そっと口に含む仕草もどことなく普段の機械的なものが影を薄めているというか。
いや、それはそれで喜ばしい事なんだが、何か引っかかるというか。

「……熱っ!」
「お、おい!」
「ちょっとセリア、大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと零しただけ」
「カップ、割れなくて良かったね」
「ニム、そんな事言ってる場合じゃないよ! ほらセリア、ハンカチ」
「え、ええ。ありがとう、ネリー」
「へへ~、セリアでも失敗するんだね~」
「……もう」
「で、本当に大丈夫なのか? 火傷とかしてないだろうな」
「あ、あ、あああありがとうございますユート様。でも、本当に平気ですから」
「セリア、顔が赤いですよ」
「う、五月蝿いわね!」
咄嗟にお茶のかかった掌を調べてみたが、少し赤くなっているだけで、どうやら水ぶくれとかにはなっていない。
しかし安心して手を離すと、その途端セリアはそそくさとその手を庇うように胸に抱え、縮こまってしまう。
良く考えてみたら普段の彼女なら怒鳴り飛ばされていてもおかしくない局面だったので、どうにも調子が狂う。
誤魔化すようにカップを摘み、窓の外を眺める。相変わらずぽかぽかとした日差しの中を、鳥が一羽飛んで行く。

「……はあ~~」
「……」
今度はヒミカか。見ると、お茶請けのヨフアルをじっと眺めた姿勢のまま考え事をしている。
赤い瞳の視線の先がヨフアルの一点に集中されているので、放っておくと燃え出しそうだ。
などと妙な連想をしながら同じようにヨフアルを摘み、何気無くぱくついてみる。
「……ぐっ」
口中に広がる芳醇な味わい。粉っぽさ。というか塩辛い。そして苦い。
しかし吐き出す訳にもいかないので、慌ててお茶で流し込む。落ち着くと、何故か笑いが込み上げてきた。
「ははっ。ヒミカでも失敗するんだな」
「……申し訳ありません、ユート様」
「……あれ? ……あ痛っ」
「ばかユート」
ネリーを真似て冗談にしたつもりだったのに、ヒミカはしゅん、と余計に項垂れ、部屋に重い空気が漂う。
しかも直後、テーブルの下ではニムには思いっきり脛を蹴り上げられてしまうというおまけ付き。
涙目になりながら足を抱え込んでいると、いつの間にか側に来たセリアが気遣うように耳打ちしてくれる。
「今日は、ハリオンがいませんから」
「……そっか」
「ですから、その」
「分かってる、そっとしとくよ……お?」
納得しつつ、改めて席に座りなおすと、しょんぼりしたヒミカを除く全員が無言で冷やかな視線を送ってきていた。
その中でも特に、ニムとナナルゥの視線が痛い。気のせいか、殺気のようなものまで籠められている。
しかし自業自得なので耐えていると、ネリーが突然呆れたように両手を広げ、すっとんきょうな声を上げた。
「も~、しょうがないなぁユートさまはぁ。駄目だよ、そーゆう事言っちゃ」
「あ、ああ、ごめんな」
「くーるなネリーはへーきだけどね。ニムもナナルゥもヒミカもセリアも、寂しいの我慢してるんだからぁ」
「そ、そうだよな。ニムもナナルゥもヒミカもセリアも、みんな寂しいのを我慢してるんだよな」
ずびしっ、と指を指しつつ文字通り指摘してくるので、思わず苦笑いを返しながら復唱してしまった。
すると妙にお姉さんぶったネリーもよし、許そう! とか偉そうににーっと笑ってくれたので、ほっとする。
と、ここまでが明るい雰囲気に助けられたと思った瞬間だった。だがしかし。

「……え?」
がたがたっと椅子の音が響き渡ったかと思うと、残りの4人が取り囲みつつ詰め寄ってくる所だった。
「な、なんだろう?」
「ニムは寂しくなんかないぃっ! ネリーやナナルゥやセリアやヒミカは知らないけどさ!」
「アセリアが居なくても寂しくなんてありません! ネリーやナナルゥやヒミカやニムとは違います!」
「ヨフアルを失敗したのは認めますが、ネリーやナナルゥやニムやセリアみたいに寂しくはありません!」
「理解不能です。ヘリオンが不在だと、ネリーやニムントールやセリアやヒミカと同症状に陥るのでしょうか」
「だ、だからネリーはくーるだからシアーがいなくてもへっちゃらなの!」
「ちょ、ちょっとみんな落ち着」
「ふん、大体ニム、知ってるんだから。ネリー、いっつも寝言でシアー、シアーって」
「うわっ! ニ、ニムだってファーレーンの居ない部屋でカビ生やしてたくせに~~っ」
「セリア、貴女が部屋でアセリアの創った銀製の指輪を触りながら溜息をついているのは何か関係があるのですか?」
「ななななっ! なんで知って」
「ヒミカが文句を言いながらもハリオンの家事一切を代わりに勤めているのも何か関係が」
「あーあーっ! ナナナナナルゥ? 貴女だってよくヘリオンの部屋でぼーっと髪飾りを物色してるでしょうが!」
「あー、その、な」
「ユートさまは黙っててっ!」「「ユート様は黙ってて下さい!」」「ユートは黙ってて!」「なんでしょうか」
「……はい」

「ニム、カビなんて生やしてないっ!」
「ふっふ~ん。いーや、生えてたね。さっすがグリーンスピリットって、ネリー感心しちゃったもんっ」
「くぅ~~~こんのぉっ。枕にシアーって名前付けて抱きついてたこと、言いつけてやるからっ!」
「ぬなっ! ……がるるるーっ!」
「ふーっ!」
「ナナルゥ! 覗きはあれほど止めなさいとっ」
「今度やったら天井裏ごと蒸し焼きにするわよっ!」
「で、ユート様。なんでしょうか」
「「人の話を聞きなさいっっ」」
「……あーもう、勝手にしてくれ」
結局全員が誰かの安否を気遣ってぴりぴりしているのは良く判ったので潔く諦め、居直ってカップを手に取る。
喧騒をよそに窓の外を眺めると大きな木の枝に小鳥が二羽、仲睦まじげに寄り添い囀っていた。
そよ風が靡いているらしく、揺れる枝の先で生い茂った葉が揺れている。……心底、その景色が羨ましかった。

「……ん?」
そんなこんなで小一時間。ふと、玄関の方から物音が聞こえたような気がしたので立ち上がる。
応接間のノブを握ると、扉の向こうから賑やかな声達が聞こえてきた。どうやら帰ってきたらしい。
しかし振り返ってみても、喧々諤々激論に夢中な5人はどうやら気づいてもいないようだった。
仕方が無く自分だけでも迎えに行こうと扉を開く。すると玄関の声が、よりはっきりと伝わってくる。
『た~だ~い~ま~か~え~り~』
『ん。帰った』
『ただいま戻りました』
『帰ったの~』
『ただいまです~』
「ああ、おか」

    ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨

  「「「「「おかえり(なさい)っ!!!♪」」」」」

「……ぇ、り」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。ふと気が付くと、いつの間にか地べたを這いずっている俺がいる。
それに、何だか背中が酷く痛い。丁度こう、背後から象の大軍にでも踏み越えられてしまったような。
『あらあらヒミカさん~、そんなに急いでどうかしましたかぁ~』
『あ、や、なんでもないわよ。それよりヨフアル作るの手伝って、一人でみんなの分作るの大変なんだから』
『あらあらぁ~、はいはい~』
『セリア、待たせた』
『だ、誰も貴女なんか待ってないわ』
『ん、ただいま』
『……お帰りなさい、アセリア』
『あっ、ナナルゥさん、ただいまです』
『……不思議ですね。何だか心が落ち着きます』
『ふえ?』
『へへ~、シアーぁ』
『やんっ! も~どうしたの~、くすぐったいよネリー』
『……お姉ちゃん、お帰り』
『あら……ふふ、ただいまニム』

 
「……なるほどね」
玄関の方から、黄色い歓声が聞こえてくる。なんて判り易い、もとい素直じゃない連中なんだ。
っていうか、今の俺の立場は一体。ああ、床が冷たくて気持ちいいなぁ。
まあ、みんなが笑ってるなら俺の立場なんてどうでもいいんだけど。
少なくとも先程までの重苦しい雰囲気よりは断然良い。それに、俺だって。
「ユ、ユート殿?!」
「うわあ、パパ、どうしてこんな所で寝てるのぉ~?」
「ウルカにオルファか……放っといてくれ、俺は今もの凄く気分が良いんだ」
「何を馬鹿な……お待ち下さい、今回復して差し上げますから」
「ああ、ありがとうエスペリア、でも本当に大丈夫だから……あ、そうだみんな」
「はい、なんでしょう?」
「なになに~?」
「どうか致しましたか、ユート様」
「お疲れさま。おかえり」
「「「あ……はいっ」」」
それに俺だって、寂しかったのは一緒だし。
この満面の笑みが見られるのならば、多少踏みつけられる位はどうって事ない。なんたって、カゾクだからな。

  == 余談 ==

数日後。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ユート様、今度はセリアとヒミカとニムとナナルゥとネリーが前線に赴いておりますので……」
「うん、そうだよな、暇だよな」
「は?」
「あ、いやなんでもない。お、このヨフアル美味いな」
「ユ、ユート様、いつの間に苦味を克服されたのですか?」
「ははは変な奴だなぁ。何言ってるんだよエスペリア」
「ですがそれは失敗……いえ、何でもありません」

どっとはらい。