選択権は、彼にある

聖ヨト暦332年エハの月。
例によって驚くべき順応力により飄々とラキオスに適応した光陰が、
例によって呆れるべき性懲りの無さを発揮して、第二詰所年少組に何がしかを吹き込んでいる。

「ふ~ん。それがハイペリアのホーリツなんだぁ」
「そうなんだよネリーちゃん。あくまで、日頃感謝している男の人にだけってとこがポイントだ」
「……明日、なの?」
「ああ。ちょいと急だったかも知れないが、まぁまだ間に合うだろ?」
「ん~とぉ……お菓子、用意するね」
「うんうん。シアーちゃんは素直だなぁ」
「シアーがするんだったらネリーもしようっと」
「そうそう。こういうのは、みんなでやるのが楽しいんだ。ね、ヘリオンちゃん?」
「ふぇっ?! あ、はい、そうですねっ……ユートさま、喜んでくれるかなぁ」
「え? 何か言ったかい?」
「いいいいえ、なんもないですっ」
「はは、そんな緊張しなくても大丈夫だって。受け取らないと死刑なんだから、ちゃんと渡せるさ」
「お姉ちゃんにも教えてあげよっと」
「おお、それは大いに結構。でもいいかいニムントールちゃん。くれぐれも今日子にだけは内緒だぜ」
「……なんでさ」
「なんでってそりゃ俺の身が危……げふんげふん。いや、ほら、あいつはそういうのに興味無いしな」
「……」
「……」
「……ふ~ん」
「うをっ、止めてくれよみんな。そんな刺すような視線でじっと見つめられたら流石に照れちまうぜ」

あほか。
呆れすぎて、突っ込む気にもなれん。
つか、こいつは本当に寺の息子か。ここまで嘘八百を並べ立てるなんて、詐欺師も吃驚の悪行だ。
いつかそのうち天罰……もとい、仏罰が下るだろう。それもそんな遠くはない日に。楽しみだ、いや実に。

「てな訳で明日は楽しみだな、悠人よ」
「いきなり現れて何意味不明なことを」
「おいおいご挨拶だな。折角の潤いを親友にも分け与えようかとわざわざ第一詰所まで足を運んだのに」
「は? おい、話が全然見えないんだが」
「ふふふ、そんなに詳しく聞きたいか? 聞きたいだろ? そうだろそうだろ」
「いや、全然。見て判るだろうが今は大切な会議中なんだ。忙しいから、冗談なら後にしてくれないか」
「あん? なになに、リレルラエル攻城策……はぁ、相変わらず肩肘張ってばかりいやがる」
「悪いかよ。俺は今度こそ瞬から佳織を救い出す。こんな戦いをとっとと終わらせる為にも」
「道理だな。だが悠人、佳織ちゃんを助けるのとこの世界自身の戦いはまた別物だろ。違うか?」
「……」
「両天秤って訳じゃないが、一度に背負おうとすると折れちまうぜ。言っただろ? 俺達だっているんだ」
「……光陰」
「まぁ、そう無理に深刻になるなってこった。大将がそんなツラしてちゃ、周りだって不安になっちまう」
「……ああ、そうだな。悪かった。で、なんだよ潤いって。今度は判るように話してくれ」
「そうそう、今の話にも関係がある。大切な仲間達に、戦い前の心のリフレッシュってやつだ」
「は?」
「こういう平和な時間を得てこそ、それを守る為の戦いにも身が入る。それはお前だって例外じゃないぞ」
「いや、なあ、光陰」
「うん? なんだその悟りを啓いた高僧の説法が全く理解出来ません、ってな顔は」
「生臭坊主の遠回しな世迷言がまともな俺には全っ然理解出来ないんだよっ!」
「ははは、相変わらず悠人は鈍いなぁ」
「鈍いのはお前だっ」
「おおっ?!」

どげしっとか鈍い音と閃光のような右ストレートが光陰の頬にめりこむ。
ちなみにバカ二人の正面には、最早口を挟む機会も失ったまま呆然と佇むエスペリアがいる。
彼女の性格なら仕方が無いが、手元でくしゃくしゃになった地図とかが何だか怖い。怖すぎる。
更にちなみに彼女の隣には、新たにラキオススピリット隊参謀として加わっているクォーリンもいる。
なんだかもじもじと落ち着かないのは、恐らく既に何がしかを吹き込まれている為だろう。全く。

「はいっ。ユートさま、これあげるっ」
「……あげるの」
「ん? なんだ、ネリーもシアーもか」
「え~、他にも貰ったの~?」
「……なんか、ヤだぁ」
「いや、そう言われても。あのさ、今日のヨフアルって美味しくなかったのか?」
「ううん、凄っごく美味しいよっ」
「いつもより、美味しいの~」
「変だなぁ。さっきニムが投げつけてきたからさ。こう、ライトニングストライクばりに」
「……はっは~ん。へっへっへ~、ユートさま、ニブいなぁ」
「ニブいなぁ~」
「なんだよそれ。二人とも何をニヤニヤ……うわっ」
「こっこっここここれ、受け取って下さいっ」
「ああ、ありが……ってもういないし。……あれ? ネリーもシアーもか。何なんだ」
「ヨフアルだらけですね」
「うわびっくりしたっ! ……なんだ、セリアか」
「年長組代表として来ました。あくまで年長組代表としてです」
「? お、おう」
「本当は甚だ不本意なのですが。ですが籤で引いてしまった以上、あくまで任務として割り切り」
「……ああ、嫌なのは悲しいくらい伝わったから。で、その大量に抱えてるのはもしかして」
「はい。折角ですのでここに追加しておきます。落としたら承知しません」
「いやちょっと待てってうわっ、おっとっとと。……ふい~、危なかった」
「念の為ですが、一つでも食べ残したりしたらスピリット隊全員が敵に回りますので。では失礼します」
「え゙。いやだからこれはなんの仕打ち……いないし。本当になんなんだよみんな」

相変わらずモテまくっているが、本人だけに自覚が無いという最悪のパターン。
恐らく日付にも気が付いてはいないだろう。らしいっちゃらしいが、贈る方はたまったものじゃない。
今頃第一詰所の部屋にもこっそり積上げられているであろうヨフアル達が哀れすぎて涙をそそる。

そして哀れすぎるといえば、この男。夕暮れ時に自室でぽつねん、と一人寂しく膝を抱えているアホ。

「なぜだ……なぜ誰も来ないんだ……はは、そうだよな。みんな訓練とかで忙しいんだそうなんだ……」

いや、奴の部屋の扉の前にだって、慎ましくラッピングされたヨフアルが一個だけそっと置かれている。
全く、贈った方も贈られる方も、扉一枚を乗り越えられればまた違った展開もあっただろうにさ。
その頃の記憶は飛んでるんだけど、きっとマロリガンからこっち、ずっとこの調子だったんだろうなぁ。
可哀想に。当時のアタシよりあの娘なら、なんてふらふらしてるアタシが偉そうに言う台詞でもないけど。

「……さて、それはそれとして」

こんな楽しそうなイベントでアタシだけハブにしようとした落とし前だけは、きっちりと付けて貰うわよ。
なんも知らない女の子達を騙くらかした大罪も引っくるめて。まぁそっちの方はどうやら自爆気味だけど。
というか健気な乙女心に鈍すぎるって方が腹立って来た。ライバルなだけに、何だかこう、クるものが。

「おっと、用意したヨフアルはポケットにっと……いい、『空虚』。気配を感じさせちゃだめだかんね」

きっ、と軽い音を立て、ノブが回る。
今頃中では遂に訪れた来客に気づき、緩みきったアホづらが期待に満ちつつ振り向いている最中だろう。
フェンシング宜しく構えたアタシを見て、表情がどういった具合に化学変化を起こすのか、実に楽しみだ。
多分、99.9%までは見るも無残な驚愕の表情。そして0.1%だけど、満面の笑顔の可能性も……ないか。
さて、御開帳。まぐれでもなんでも喜んでくれれば、それだけで勘弁してあげちゃうんだけど……ねぇ?