ハリオン・リヴァイブ

「痛ててて…。ハリオン、回復して欲しいんだけど良いかな?」
「はいは~い。お姉さんにお任せですよ~?」
 戦いを終え、傷を負った者たちは各々の部隊で最も回復に長けた者の元で治療を受けていた。
 そして、悠人もその例に漏れず同じ部隊であったハリオンの世話になっていた。
「お、ナナルゥも怪我したのか?」
 ハリオンの元にやって来た悠人は先客がいた事に気が付いた。
 主に後方支援に徹している彼女が怪我をするなどとは珍しい事態である。
「敵の<アイス・バニッシャー>の消化と、下がりすぎたマインドを上げる為の戦略的負傷です。問題ありません…」
「?」
 首を傾げた悠人であったが、ナナルゥの判断の的確さを信用してそこは聞き流す事にした。
「お待たせしました~。次はユート様の番ですね~」
 ナナルゥの治療を終えたハリオンが『大樹』を構えて悠人を呼んだ。
「あぁ、それじゃあ頼むな。ハリオン」
「はい、それでは~。『大樹』~、お願いしますね~…」
 ハリオンの詠唱に呼応する様に周囲に緑のマナが満ち始め、癒しのオーラが立ち昇った。
 と、
「あら~?」
 そんなハリオンの不思議そうな声と同時に、発動しかけていた回復の魔法が霧散した。
 「おかしいですね~?」とハリオンが再び詠唱を始めるが、やはり魔法は不発してしまうのだった。
「どうしたんだ?ハリオン」
「え~っとぉ。どうやら回復魔法のマナが底を尽いたみたいですね~」
「えぇっ!?」
 「困りましたね~」と、ハリオンは申し訳無さそうに悠人を見た。
「………」
「いや、別にナナルゥが悪いわけじゃないからな?今日も活躍してくれてたし、充分援護して貰ったしな」
 じっと見詰めてきた無言のナナルゥに悠人は焦った声を上げた。こんな仕草で来られては悠人の方が反応に困ってしまう。

「あ~…」
「ん、どうしたんだ?ハリオン」
 声を上げたハリオンに、悠人が思わず声を掛けた。
「新たな技を習得しました~♪」
「え、もしかして回復魔法か?」
「はい~。アタック・スキルでも~ディフェンス・スキルでもないですよ~」
 天啓が下ったかの様に、ハリオンは胸の前に手を組んでニコニコと微笑んだ。
「じゃあ早速その魔法で回復してくれ。ハリオン」
「解りました~」
 『大樹』を構え直したハリオンの前で、悠人は治療を待った。
「それではいきますよ~?『大樹』~もう一度お願いしますね~」
 ハリオンの詠唱に伴い、周囲に再び癒しのオーラが満ちていく。
(アレ?そう言えばハリオンって何の魔法を覚えたんだろうな?)
 回復魔法を受けながら、悠人はふとそんな事を考えた。
(確か、<アース・プライヤー>や<キュアー>とか<エレメンタル・ブラスト>を覚えてた筈なんだよな?あぁ、多分<ハーベスト>かな?)
 ハリオンの魔法を思い出していた悠人であったが、癒しのオーラで傷が治る心地良さに次第に気にしなくなっていた。
(まぁ、傷が治るなら贅沢は言ってられないよなぁ…)
 悠人がそう思った瞬間、ハリオンが『大樹』を掲げて魔法の発動を宣言したのであった。
「<リヴァイブ>~!!」
 悠人が、ほんわかと緑のマナに包まれた。

「ハリオン、ナナルゥ。先程の戦闘からユート様のお姿が見えないのですが、存じませんか?確か、今日は貴女たちと一緒だった筈です」
 任務後の全員の点呼を確認していたエスペリアはハリオンとナナルゥを呼び止めた。
 既に先の戦闘からは結構な時間が経っているにも関わらず、悠人は一向に点呼に集まって来なかったのだ。
「まさか…!!ユート様に何かあったのですか…!?」
 不吉な想像に襲われたエスペリアが有無を言わさぬ強い口調で詰め寄った。
 だが、ハリオンもナナルゥもそんな重大な事を隠す様な人物ではない。そうエスペリアは思い直して再び思案に暮れた。
 では、何故悠人は姿を見せないのであろうか。
「え~っとぉ。ユート様でしたら今着替えをなさっていると思いますので~、もう少しすればお見えになると思いますよ~?」
 ハリオンの答えに、エスペリアは胸を撫で下ろした。
「全く、着替えをなさるのでしたら私に報告なさってからして頂ければ良かったのに…。それに貴女たちも貴女たちです。ユート様が来られないと知っていたのなら、私に――」
とたとたとた…!!
 間隔の短い足音を響かせ、幼い少年が三人の元に駆けて来た。
「ごめんなさい、着替えてたら遅くなっちゃって…!!」
 息を切らせた少年がペコリとエスペリアに頭を下げた。
「え?あ、あの…?」
 突然の少年の言動に、エスペリアが狼狽えた。一体、この少年は誰であろうか?
「あらあら~。ちゃんと一人で着替えられたんですね~」
 そんなエスペリアを尻目に、ハリオンは少年の頭を優しく撫でて褒めた。少し照れ臭そうな仕草が可愛く見えた。
「えっと、ハリオン。失礼ですが、そちらの方は…?」
 説明を求めるエスペリアに、ハリオンが少し考える素振りをした。言いたくないと言うよりも、どう説明すれば良いのか解らないと言う具合であった。

「えっと、僕は――」
 言いかけた少年を、ナナルゥが後ろから抱き上げた。
「ウチの子です…」
「はい…?」
 ナナルゥの意味不明な言葉に、エスペリアも間の抜けた返事をしてしまった。
 そんな二人を見兼ね、ハリオンがおずおずと喋りだした。
「え~っとですね~。エスペリアも薄々気付いているかもしれませんが~、この男の子はですね~」
 何やらハリオンが説明を始めたが、エスペリアはそれが異世界の言葉にしか聞こえてこなくなっていた。
 確かに、最初に見た瞬間から強烈な既視感を感じていた。
 硬質そうなさんばらの黒髪に、同じ色をした漆黒の双眸。腰に差された少年が持つにしては長大な鉈の如き蒼い刀剣。
「まさか…」
 エスペリアの中で、在り得ない仮説が導かれる。
 理性がそれを否定する一方で、もう一つの理性が冷静に事態を認識しようとしていた。
 神剣は時に人智をも自然法則をも超越した、信じられない奇跡を起こすと言う事を。
 半信半疑のエスペリアと、ナナルゥに抱き抱えられた少年との目があった。
「はい、高嶺悠人です。点呼完了しました~」
 にぱっ、と少年が――若返った悠人が元気良く宣言した。

「つまり、ハリオンの<リヴァイブ>で悠人を治療した結果。ユートはあの様になってしまったと…」
「は~い、そうですね~」
 レスティーナ女王の質問にハリオンがのほほんと答えた。
 ラキオス城の作戦会議室は、物々しい雰囲気で満ちていた。
 集められたメンバーはレスティーナ女王を始め、スピリット隊全員。それにヨーティアとイオを合わせた総勢16名。
 因みに悠人はナナルゥの膝の上に抱えられ、事の成り行きを黙って見ていた。
「まぁ、一応今回の件について私なりに仮説を立ててみたけど。先ず、それについて説明しようじゃないか」
 会議中、今まで聞き役に徹していたヨーティアが板書しながら説明を始めた。

「神剣魔法についてだが、これには大きく二種類の魔法に分類される。対象を選ぶ魔法と選ばない魔法だ」
 カツカツと図を描き、ヨーティアが説明を書き込んでいく。
「で、だ。先ず対象を選ぶ魔法についてだが、これは条件が揃わないと発動しないタイプの魔法だな。まぁ、青スピリットの<アイス・バニッシャー>とかだと解り易いか?」
 ヨーティアの説明に、年少組を中心にして、おぉ!!と声湧き上がった。
「で、次に対象を選ばない魔法だが、これは術者のみで発動出来る魔法だ。今回の<リヴァイブ>もそうだが、対象を選ばないから必ず発動するのが特徴だ。ここで便宜的に前者を不完全魔法、後者を完全魔法と呼ぶ事にするよ」
 主に年少組以外が頷くのを確認すると、ヨーティアは更に説明を続けていった。
「不完全魔法についてだが、この魔法は基本的にマナを通す回路が一部致命的に欠落している。対象がいないと発動しないのはその為だな。だから、対象そのものを回路に取り込む事で回路を完成させて発動しているワケだ」
 頭脳派が頷いた。
「今度は完全魔法だが、これは初めから魔法が発動する回路が出来上がっている。だから術者がマナを注ぐだけで発動出来るんだな」
 年少組の中から、幾つかの寝息が聞こえ始めた。
「そして問題の<リヴァイブ>だが、これは普通の回復魔法とは大きく違う。何せ一度霧散したマナを回収して再構築する魔法だ。限定的だが、ある意味死を超越した究極の魔法だと言えるね」
 「全く、神剣ってぇのは恐ろしいモンだね」と、賢者は笑った。
「そこでだ、何故ボンクラが縮んだのかについてだが、その前にハリオン。一つ訊いくけど正直に答えるんだよ?」
「ふぁい~。どうぞ仰って下さい~」
 ぽわぽわと、半分夢見心地なハリオンが目を擦りながら答えた。

「ボンクラに<リヴァイブ>を掛ける時に、今のボンクラを想像してなかったかい?それも相当強烈に…」
「そうですね~。きっと子供の頃のユート様はこんな風なんでしょうね~、って考えちゃいましたね~」
 ハリオンのあっさりとした物言いに、ヨーティアは眼鏡のズレを直した。
「まぁ、ハリオンの言った通り。多分これが今回の原因だろうね。術者に完全に依存して発動出来る上に再構築の魔法だ。
本来は対象者の意識によって再構築の情報が上書きさせられるのが普通だが、ボンクラが気を抜いたのかハリオンの想像が逞し過ぎたのか。兎に角、こうなっちまったってワケだ」
「あらあら~。そうだったんですね~」
「何で、アンタはそんな事を考えてたのよ…?」
 ヒミカが額を押さえて頭を振っていたが、ハリオンはほんわかと平常通りに微笑んでいた。
「あ、でも~。もう一度<リヴァイブ>を掛けたら元に戻られましたから~、大丈夫だと思いますよ~?」
 ハリオンの台詞に、会議室の空気が凍結した。
「それを早く言いなさい!!」
「やぁん♪」
「まぁ、ボンクラをイメージしてもう一度再構成すれば元に戻るのは道理と言うワケだ…」
 一応、解決策として予想してはいたものの。こうもあっさり辿り着いてしまった事に疲れたのか、ヨーティアが何処か気だるそうに呟いた。
「それでは私が元に戻しますので。ナナルゥ、ユート様をこちらへ」
 エスペリアが名乗りを上げ、この件は終了と誰もが思っていた。
 否、一人だけは。或いは、二人はそうは思っていなかったのかもしれない。
「その命令には、従えません…」
「え…?」
 まさかのナナルゥの反対意見に、エスペリアのみならずその場の全員が耳を疑った。

「今元に戻った場合、ユート様の着ていらっしゃる服が破れてしまう可能性があります…」
「あ…。そ、そうでしたね…」
 ナナルゥの説明に、エスペリアは安堵した。
 確かに、ナナルゥの言う通りである。
「では、服を脱がせて差し上げて、その上に何か羽織らせましょう。そうすればユート様が元に戻られても大丈夫ですから…」
 エスペリアが手を伸ばして悠人を受け取ろうとするが、ナナルゥは黙ってエスペリアを眺めていた。
「ナナルゥ?」
 思えば、ずっと最初に気付くべきであった。
「………」
 片時も悠人を抱いて話さないナナルゥの状態に。
「ナナルゥ!?」
 そう、気付くべき時には遅過ぎたのだ。
 しゅばっ!!
 突如、ナナルゥが跳躍し、会議室の出入り口に降り立った。
 その光景に、誰もが目を疑った。
「う…ん?ナナルゥお姉ちゃん?」
 今まで寝ていた悠人が目を覚ましたが、本人は少し揺れた位にしか感じていないのだろう。怯えた様子は微塵も無かった。
「何でもありません。眠いのでしたらまだ眠って頂いて構いませんので…」
 ナナルゥがそう言うと、悠人は再びナナルゥに抱き抱えられたまま眠り始めた。
「訓練の賜物です…」
 何処か誇らし気に語るナナルゥであった。
「それでは、失礼します…」
 そう言い残し、ナナルゥは悠人を抱いて走り去って行ったのだった。
「あらあら~。ユート様が気に入っちゃったんですね~」
「それだけっ!?」
 ハリオンが盛大に突っ込まれた。
「まぁ、面白そうだから暫くはこの儘でも良いんじゃないのか?」
 「ナナルゥを捕まえて~!!」「ユート様が攫われた~!!」と、俄かに賑やかに成り始めた様を見ながら、ヨーティアは一人かんらかんらと笑っていた。
 悠人争奪戦の火蓋が切って落とされた。