信頼

「くっ・・・援軍はまだなの?」
目の前で金色のマナに変わっていく敵スピリットを荒い息で確認しながら、
セリアは愚痴ともとれる一言を呟いた・・・・・・

ラキオスが誇る精鋭の一人、『理念のオルファリル・レッドスピリット』。
彼女の不在を狙ったかの様に、所属不明の敵がラースの街を襲撃して来ていた。
訓練所に残されていたスピリット達はまだ戦闘に耐えられる程ではなく、
兵ではスピリットに対して戦力にならない。
戦えるのはたまたま配属待ちだったセリアとナナルゥだけだった。
(敵の狙いは恐らくエーテル変換施設か研究所、もしくは両方。
 こちらは二人しかいないのだから、両方は守れない。だけど・・・)
「しかたない、ナナルゥ、貴女は研究所に行って。私はエーテル変換施設に向かう。いい?」
ナナルゥは少しの間セリアを見つめ、こくり、と頷くと研究所に向かって走り去った。
(これでいい・・・)セリアは心の中で呟き、次の瞬間ハイロゥを展開させていた。


逃げ惑う人々。所々で立ち上がる火と煙。
ラースの街は混乱しきっていた。
「なんて酷いことを・・・」
訓練されたスピリット達にとって人を殺すのは卵を割るより容易い。
しかし通常、スピリットが人に手を出す事はないはずだ。
だが今眼下で繰り広げられている惨劇は、間違いなく正体不明の敵によるものだった。
「・・・・・・・くっ」
怒りと焦燥で唇をかみ締めながら、セリアはエーテル変換施設に全力で向かった。
それによって、たとえ辿り着いた時に戦うマナが残って無くてもそうせずにはいられなかった。

エーテル変換施設に降り立ったセリアを待っていたのは敵の猛烈な斬撃だった。
咄嗟に自分から倒れつつ、横にかわす。そのまま門の中に転がり込んだ。
(敵の襲撃はまだ始まったばかりのようね。数は・・・・・・6!)
立ち上がりながら状況をすばやく判断する。目の前には先ほど切り込んできた敵スピリットが迫っていた。
「・・・いやぁぁぁあ!」
流しつつ、残りのマナを全開にして横殴りに払う。カウンター気味の一撃は敵に致命傷を与えていた。
どさっと鈍い音がして、敵スピリットが倒れる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・」
目の前で金色のマナに変わっていく敵スピリット。
それを目の当たりにして、セリアは初めて自分が初陣だった事を思い出した。とたん、体中を震えが走る。
(あ、あ・・・)何かが抜けていく感じ。
迎撃中は真っ白だった頭に今の絶望的な状況が蘇り、知らず剣を握り締め直す。
カタカタカタ・・・・・・
見ると、『熱病』がうっすらと輝いていた。喜びにうち震える様に。
「くっ、援軍はまだなの・・・・・・?」
セリアは自分を見失わないよう、懸命に強がりを呟いていた。


(どうやらまだ潜入はされていないようね・・・ならこのまま守りを固めて・・・)
混乱からやや立ち直ったセリアは入り口近くの草むらに潜んで敵の気配を探っていた。
どうやら囲まれているらしいが、敵もこちらの人数が判らないでいるのか、まだ動く気配はない。
それはありがたいのだが、しかしこちらから打って出る事もまた出来ない。
先程全力でハイロゥを展開したマナがまだ回復していないのだ。
持久戦は体力的に不利だが、しかし救援部隊を待つという意味では上策のように思えた。
(こちらの気配を悟られないようにしないと・・・。こちらが一人だと気付かれたらおしまいだわ・・・。)
そのときだった。
「ぅぉぉぉおおおおおお!!!!」ドドドドドドドドドド・・・
(な、なに?)
奇妙なアクセントの雄叫び?に思わず身を乗り出したセリアが見たものは、
物凄い勢いで長刀をかかげたまま突っ込んでくる男だった。
「!!!???」
混乱する頭で必死に考える。
(なに?なんなの、アレ?敵の増援?で、でも、それにしても・・・)
そう、それにしても、だった。
突撃してくるソレは、確かに迫力はあった。多分相当なマナの持ち主なのだろう。
だが、その剣技は稚拙そのものだったのだ。いや、剣技などと呼べるものではない。
ただ剣を振り回しているだけだ。あんなものを敵が増援として送りつけるだろうか?・・・・・・


一方、突然の襲撃者に驚いた敵部隊は、動揺して全員飛び出していた。
「そこかっ!!!!」
目標を確認した悠人はなにも考えずにその中に飛び込むと、力任せに剣を振り回した。
桁違いのオーラフォトン。その前では多少の剣技では太刀打ちできる訳も無く、
防ぎそこなった敵スピリットが二体金色の霧と化した。
「・・・すごい・・・・・・・・・っ!」
セリアは既に敵では無くなった男の正体に気付いていた。最近聞いた噂。異世界からの勇者。
(あのオーラフォトン・・・もしかして彼がハイペリアからのエトランジェ・・・
 ・・・ううん、だけどあの剣技は一体?まるで素人じゃないの・・・)
しかしその時動揺から立ち直った敵の赤スピリットが男に向けて何かを唱えているのが見えた。
剣を振り回すのに無我夢中の男はまるっきり気付く様子もない。
「あぶないっ!!」
思わず不覚にも男に見とれていたセリアは、それでも反射的に飛び出していた。
突然死角から出現したセリアに対して全く反応出来ない赤スピリットが驚いてこちらを向いたが、
完全に無防備だった彼女を倒すのはマナが殆ど残ってない状態でも簡単だった。
しかし、そこでさすがに膝から力が抜けていく。
(ああ・・・・・・)
心が抜けていくような、先ほど味わった感覚をまた感じながら、セリアは地面に倒れていった。


「おいっ、大丈夫か?しっかりしろ!」
体を軽く揺さぶられる感覚。心地よいその感覚に、セリアは意識を引き上げられた。
(・・・・・・ん・・・)
「おい、バカ剣、どうなんだこの娘・・・え?マナが極端に少なくなってるって?
なんとか回復する方法はないのか!あ?おい、こんな時だけ沈黙するな、バカ剣!
くっ、エスペリアもアセリアも研究所に向かっちまったから回復も移動もできない!」
怒鳴り声を訊きながら、セリアは自分が先ほどの男に抱きかかえられている事に気付いた。
(・・・・・・気持ちいい・・・)
先ほど敵を倒した時に抜け落ちていった何か。それが再び満たされていく様だった。
うっすらと目を開ける。男の顔が目の前に広がった。硬そうな髪の毛が印象的だった。
「おっ、気が付いたか?大丈夫?」
「・・・はい。問題ありません。もう少しで回復します。・・・貴方は?」
「ああ、俺は悠人、こっちじゃエトランジェって呼ばれてる。ラキオスからの援軍に来た。
 もう大丈夫。研究所も今頃アセリア達が奪回しているだろう。」
(そうか、精鋭部隊が間に合ったんだ・・・良かった・・・)
アセリアの名を聞いてセリアはほっと溜息をついた。
『アセリア・ブルースピリット』、第七位神剣『存在』の使い手がいるラキオスきっての精鋭部隊。
彼女らが来てくれたのなら大丈夫だろう。
神剣の位は『熱病』と一緒だが、彼女と自分とでは実戦経験の差がはっきりしている。
ましてや彼女の部隊には攻撃魔法に長けた『理念のオルファリル・レッドスピリット』、
そして回復のエキスパート『献身のエスペリア・グリーンスピリット』までいるのだ。
そして今自分を抱いてくれている男。エトランジェと名乗っていた。噂は本当だったのだ。
ナナルゥもきっと無事だろう。本当に良かった。


そこまで考えて、ふと見ると悠人が心配そうな顔でのぞきこんでいた。
至近距離で初めて見る異性の顔。吸い込まれそうな純粋な黒い眸。
自分が置かれているシチュエーションに気付いたセリアは恥ずかしさに慌てて飛び起きようとしたが、
しかしやっぱりこのままじっとしている事にした。
先程から感じている心地よさをもう少し感じていたかったのだ。
(まだ充分にマナが回復した訳じゃないしね・・・)
顔に体中の血液が集まるのを感じながら、セリアはそんな言い訳を自分に言い聞かせていた。
「残りの敵は逃げていった。君がいて助かったよ、ありがとう。」
「私はセリアと申します、ラキオスの悠人様。こちらこそ助かりました。
 ・・・ところで、精鋭部隊の残りの方々は・・・?」
大分落ち着いたセリアはさっきから妙に静かな周囲を気にしながら素朴な疑問を口にしていた。
周りに人の気配が全くしないのだ。
「え?あぁ、皆で研究所に向かっている、多分大丈夫だろう、あいつら強いから。
 それにしても俺が言った通りじゃないか、敵は少数だから二方面作戦なんてとりません!なんて
 エスペリアは言い張ってたけど・・・」
「・・・・・・は?」
「え?いや、3人は研究所を優先するべきだ!って主張していたんだけどさ、
 それじゃこっちが助けられないかもしれないだろ?だから研究所は3人に任せて・・・」
「・・・・・・任せ、て?」
「とりあえず俺一人でもって、飛び出して来ちまった。はは。」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そう言ってはにかむ悠人を、セリアは眩暈がする思いで見ていた。
(精鋭部隊は皆研究所に向かったっていうの?)
(え?じゃあこの人はたった一人でここへ来たの?)
(部隊を抜けてまで?ってちょっと待って、この人本当に精鋭部隊なの?)
(エトランジェっていうのに嘘は無いみたいだけど・・・)
(よく考えたら剣技はまるで素人だし・・・そりゃ凄いマナは秘めてそうだけど・・・
 ・・・あ、でも助けてもらったのは事実だし・・・ちょっとカッコ良かったっていうか・・・
 ・・・違う違う、問題はそこじゃないでしょ!とりあえず!)
一人で百面相をしていたセリアは急に立ち上がると、キッと悠人を睨みつけた。


ビックリして見上げたままの悠人にセリアの怒鳴り声が響く。
「たまたま上手くいったから良かったようなものの、もう少し考えて行動して下さい!
 あなたはわが国の切り札的存在なんですよ?もしこんなつまらないオペレーションで失ってしまったら
 どうするんですか!全く、その程度の腕で、一人で敵に突っ込んで行くなんて・・・!」
一度口火を切ってしまうと引っ込みが付かなくなったセリアは言わずもがなの事まで批難し始めた。
最初は呆然と聞いていた悠人もムッとして反撃を始める。
「なんだよ、その程度の腕で悪かったな!セリアだって見たところ一人じゃないか。俺の事どうこう言える
立場じゃないだろ?それに実際こっちも危なかったんだし、結果的に皆助かったんだからいいじゃないか。」
「私と貴方とは立場が違いますっ!私達はスピリットなんだから、幾らでも補充は利きます。
 私一人とこのエーテル変換施設一つ、どちらが重要かなんて考えるまでもありません。でも貴方は・・・!」
「っ!人とかスピリットとか、そんなの関係あるかっ!!!」
「・・・・・・・・・・っ!」
「ごめん、怒鳴ったりして。無鉄砲だったのは謝る。でも、つまらないオペレーションなんて事、言うなよ。
 誰かを助ける事が出来るのに、どっちか見捨てるなんてことは俺には出来ない。
 それに人もスピリットも関係ない。命より大切な施設なんか、ない。」
訥々と説かれて今度はセリアが黙り込む。軽く唇を噛み締める。
(ちがう、そんなことが言いたいんじゃないのに・・・)
セリアは悔しいのか恥ずかしいのか、よく判らないまま後ろを向き、そのまま歩き出していた。
いたたまれなくてもうここには居られそうもなかった。
「おいっ!ちょっと待てよ!もう大丈夫なのか?・・・」
心配する悠人の一言も、しかしもうセリアには聞こえてなかった。
(バカバカバカバカバカバカ・・・・・)

これがセリアと悠人の出会いだった。