信頼

あの気まずい別れから数ヶ月。セリアは相変わらず配属待機状態のまま、
ラースの訓練所で特訓に明け暮れていた。
戦局は激しさの一途を辿っている。龍を倒してエーテルを確保したラキオスはバーンライトに宣戦布告していた。
サモドアに向かって進撃を開始したラキオスのスピリット部隊は
すでにリーザリオを陥落させ、リモドアに迫っている。そろそろ自分にも召集が来るだろう。
ある日ナナルゥが『あの男が部隊長として指揮を執っているらしい』と教えてくれた。
「・・・ふぅん、大丈夫なのかしら、あの腕で。多少は進歩したのかしらね。」
素振りをしながら関心が無い様に努めて振舞うセリカだったがやはり心中が穏やかではなかった。
(あの程度の腕で戦場に行くなんて・・・)
セリアは、それから悠人の戦いぶりを逐一チェックし始めた。
わざわざラキオスにいる予備隊のヒミカに頼み、その戦闘記録を送って貰ったほどだ。
結論からいって、こんなに危なっかしい戦い方は無かった。
龍との戦いはまぁ仕方が無いとして、それ以降の指揮の稚拙さといったらどうだ。
常に自分は危険なところに配置し、リーザリオ攻略にも自ら突っ込んで一度退却している。
細かく見ると敵スピリットの回復魔法を甘く見て、バニッシャーを使える青スピリットを配置していなかったらしい。
「全く、案の定これだから・・・。エスペリアさんももっと助言してあげればいいのに・・・
 アセリアは・・・ああ、東の分岐で待機していたのね・・・こんな時に私がいってあげれてたら・・・」
自分ならバニッシャーも使えるし、もっと適切に助言出来るのに・・・とそこまで思ってハッとする。
「やだ、なに考えてるのかしら、私。あんな奴の部隊なんて、命が幾つあってもたりないわ・・・」
わざと大声でそう言った後、どっと地図の上に伏せ、溜息を一つ付いた。
(もぅ、心配ばかり掛けて・・・・・・)


リモドアが陥落し、いよいよサモドアに向けて進撃準備が整いつつある頃、
ラキオス本城からセリアとナナルゥに使いが来た。
当然召集命令だったのだが、その使いがなんと前線にいるはずのネリーとシアーだった。
「貴女達、どうしてラースに?それに戦況は?サモドアに向かったはずでしょ?」
サモドアに向けての進軍ルートはリモドアから直接南下する方法と
ラセリオからサモドア山道を抜けていく2ルートあるが、
リモドア陥落に主要部隊を殆ど投入していた以上、そこから南下するのが自然だ。
それにラセリオからのルートは現在塞がれているはずだし、わざわざラキオスを迂回してまで
使うメリットはどこにもない。
なのに主要部隊の一員であるネリーとシアーがラキオスにほど近いラースにいる事に
セリアが驚いたのも無理は無かった。
「あのね~、実はね~」
「ラセリオの道が開いちゃったんだよ!それで敵さんがそっちに来て、
 ユートが守りに行くっていうから、ネリー達も付いてきたんだ!」
「そしたらね~、ラキオスでね~」
「お前達はラースに行ってセリアとナナルゥを呼んで来いっ!て言って
 ラセリオの方へ走って」
「行っちゃったんだ~~。」
緩急が妙に利いた説明を聞きながら、セリアはいつぞやと同じ眩暈を感じていた。
「・・・・・・あのねぇ、ネリー、シアー、一応聞くけど。」
「「なに~~?」」
「・・・アセリア達はまだリモドアにいるのよね?」
「いるよ~~。皆元気だよ~~」
「あっ、それでね、それでね、ユートったらカッコいいんだ、あのね、アセリアの手をこう・・・」
「その話は後でね。それで、悠人・・・隊長は、一人で走っていったの?」
「そうだよ~。先に行ってるって~~」
(ああ・・・・・・やっぱり・・・・・・)


セリアはラキオスの南、広大に広がる森を見下ろしながら、全力でウイング・ハイロゥを展開していた。
通常ちゃんとした道を使うとすると、ラキオス経由で南下するしかない。
空を飛べるブルースピリットのセリアだから出来るショートカットだが、それだけにマナを大量に消費する。
実際ネリーとシアー、それにナナルゥとは地上ルートから行くように指示して別れていた。
(でも多分、それじゃ間に合わない・・・もぅ!なんでいつもいつも無茶するのよ・・・・・・)
必死でラセリオに向かいつつ、セリアは悠人に対する苛立ちを隠せなかった。
なぜか『熱病』が共鳴してスピードが上がる。
(そのまま進軍してサモドアを陥とせばいいだけじゃない・・・
 その後でラセリオなんかいつでも奪回できるでしょうに・・・)
そこまで考えて、ふとあの時の彼の言葉を思い出す。
『誰かを助ける事が出来るのに、どっちか見捨てるなんてことは俺には出来ない!』
(くっ・・・!大体貴方は一人じゃまだ誰かを助ける事が「出来ない」でしょうが・・・!)
きっとそれは正しい事なのだろう。もちろんセリアだって理想はそうあるべきだと思っている。
(でもそれは、自分達スピリットに対して命じるべき事であって、
 決して隊長たる者、ましてやエトランジェ自らが危険を侵してまでするべき事じゃ、ない。)
それにネリーとシアーに先程聞かされた話。アセリアに言っていたという言葉。
『戦い以外の生きる意味』・・・そんな事は戦いが終わってから考えればいいじゃなぃ・・・
交錯した考えを振り払うようにそう呟くセリアの一言は、しかし語尾が微妙にかすれていた。


その頃悠人はラセリオの南、山間に続く道の手前で敵部隊の波状攻撃に晒されていた。
なんとかラセリオへの侵入は防いだものの、退却すれば一気になだれ込まれる。
かといって攻めようにもマナがもう残り少なかった。
「・・・・・・くっ!!」
ガキィィン!
初めて見る敵黒スピリットの攻撃は信じられないほど速くそして多く、みるみる防御力が削られる。
「まったくっ・・・!実はヘリオンって凄いんだな・・・・っとぅ!」
それでも一撃の重さにものを言わせ、なんとか黒スピリット達を倒したところに
赤スピリット達が殺到してくる。
(・・・・・・まずいな)
この無防備状態ではいくら悠人でも魔法を何発もくらえば危険すぎる。
「せめてアセリアかネリー、シアーあたりがいてくれたらなぁ・・・」
今更ながら自分の無鉄砲さに呆れてしまう。自分ひとりじゃ魔法の無効化ひとつ出来ないのだ。
これでは敵スピリットの詠唱が終わる瞬間、自分は間違いなく死ぬだろう。
(ごめんな、佳織・・・)
心の中で謝りながら、悠人は静かに目を閉じた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・?)
いつまでたっても来ない敵の攻撃を不思議に思い、
目を開けた悠人が最初に見たのは蒼く揺れるポニーテールだった。
物凄いマナが殺到してくるのを懸命に防いで悠人の前に立ちはだかっている。
「・・・・・・・・・ぁれ?」
「大丈夫ですか、悠人様!まだ動けるのでしたら、今のうちに!!」
セリアは背中越しに悠人に呼びかけた。こんな状態が長く持つ訳が無い。
「え?お、おぅ!」
全力で駆けつけたセリアにはもはやろくにマナが残っていなかった。
さらに複数の攻撃に対するバニッシュなどは訓練でも行った事はない。
それでも火事場の馬鹿力か、必死に打ち消しているセリアの横を、気を取り直した悠人が駆け抜けていった。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・やった・・・か?」
全ての魔法を解除され、動揺して崩れた隊列に切り込んだのが結果的にはよかった。
大部隊の敗走は一部隊の恐慌からよく始まるもので、今回の戦いは絵に描いたような敵の撤退に終わったのだ。
疲労で倒れこみそうな体を必死で剣で支えながら、話しかける。
「ふぅ~。ありがとう、君のおかげで助かっ・・・!」

「 な ん で い つ も 無 茶 を す る ん で す か 、 貴 方 は ! ! ! 」

「・・・・・・・・・・・・・へ?」
そこにはマナを使い切ってヘロヘロになりながらも仁王立ちしているセリアがいた。

「なんでいつもそう考えなしに行動するのですかっっ!!!
 貴方が一人ラセリオに来たからってどうなるものでもないでしょう??
 どうしてもっていうならネリーとシアーを連れて来ればこんな無茶な戦いにはならなかったはずですっ!!
 魔法一つ無効化も出来ない半人前のくせに、一体どうするつもりだったのですか?!!
 そもそも前にも言いましたが貴方はご自身の立場というものをもう少し、いえ、かなり考慮すべきですっ!!
 いつまでもこんな幸運がそう続くとでも思っているほどノンビリ屋な訳じゃないでしょうっ!!!
 全くわたしが間に合ったから良かったものの、なんかあったらどうするんですか!!!
 もぅ、いつもいつもいつもいつもいつもいつも心配させて・・・・・・」

最後は半泣きになりつつ延々と続けようとするセリア。
「う、いや、ちょっと待って、いつもってあのさ・・・・・・」
「ハァ、ハァ、ハァ・・・・・・ぐすっ、なんですか・・・?」
鼻をすすり上げるセリアを(あ、ちょっと可愛いな)とか思いつつ、悠人は致命的な一言を口にした。
「ええっと・・・・・・いや助けてもらってなんだけど・・・君、誰?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(怒#

            ぱしっ!

もうマナが残ってないはずのセリアが放った平手打ちは下手なヘブンズスウォードより強烈だった。


「本当に悪かったと思ってるよ、ごめん、この通りだ。スマン。」

ラセリオ防衛に成功した悠人達は本格的なサモドア攻略への準備を進めていた。
幸か不幸かバーンライト側がラセリオ南下ルートを開いてくれたお陰で、二方面作戦が可能になったのだ。
そこでリモドア方面からは待機しているアセリア達主力部隊が、
ラセリオからは新たに編成した新部隊が進軍することになっていた。
という訳で目下悠人の主な仕事は新部隊の編成のはずなのだが、何故か今はただ平謝りに謝っている。
もちろん目の前には仏頂面のセリア。
あの後怒って行ってしまったセリアが自分の新部隊の配下だったこと、
それになによりラースで助けられた女の子だった事をすっかり忘れていた事をナナルゥから聞かされた時、
悠人は血の気が引く思いだった。殴られて当然だろう。とりあえず謝るために隊長室に呼び出してみた。
そうはいってもラースの時も今回も喧嘩別れみたいな感じだったので呼び出しに応じてくれるか不安だったのだが、
セリアは案外あっさりと隊長室を訪れてくれた。しかしその反応は冷たいものだった。
「・・・いえ、あの事はこちらも怒鳴ってしまって申し訳ありませんでした。御無礼をお許しください、隊長。
 それから、隊長がお忘れになっていてもご無理はありません。
 あの時は一瞬でしたし、あれから数ヶ月も経っております。た か が 一 ス ピ リ ッ ト の事など
 憶えておられる程の事でもないのでしょう。」
「・・・・・・本当にもう怒ってないのか?」
「・・・・・・・・・ ハ イ 。」


「・・・なんだ今の間は?ホントはまだ怒ってるんだろ、忘れてた事。」
「・・・しつこいですね。では一言だけ言わせていただけるなら、もう前回のようなことはお止めください。
 私自身は貴方の指揮能力を 全 く 信用していませんが、隊長は隊長です。まして貴方はエトランジェ。
 それを失う事の我が国における影響というものを少しは御考慮にいれてから行動して下さい。
 御命令があれば、我々スピリットが参ります。
 こ れ は 以 前 に も 御 忠 告 致 し ま し た が 。」
「・・・・・・やっぱり根に持ってるじゃないか。しかも一言じゃないし・・・」
 ( キッ!!! )
「イエ、ナンデモアリマセン。・・・うん、判った、セリアの言う通りにするよう善処する。これでいいだろ?」
「(ピクッ)・・・・・・御用はこれだけでしょうか?」
「いや、とりあえず仲直りがしたかったんだけど、
 もう少しセリアと話がしてみたかったというか何と言うか・・・」
照れ隠しに横を向く悠人にセリアは冷たく言い放った。

「・・・・・・サリィセ、ハサキカナラス、ナ、マナケン。ハケサセイシス。」

「・・・・・・え?」
悠人が戸惑っている隙に、セリアはさっさと部屋を出て行った。


注:サリィセ、ハサキカナラス、ナ、マナケン。ハケサセイシス。
 (それでは訓練に戻ります。失礼します。) 永遠のアセリア オフィシャル設定集より。

悠人が複雑なヨト語をまだ理解できない事は知っていた。
自分でも気付かないうちにそれを利用して逃げてきたセリアはしかし、
そんな事より今の自分の動揺を扉の向こうにいる人物に気付かれないよう出てくるのが精一杯だった。

(初めて名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた・・・♪♪)

そのまま扉にもたれかかり、胸の前で手を合わせつつ目をつむり、幸せを反芻する。
ちょっと前まで忘れられていた事や、その事でヘコんでいたことなどどこへやら、意外と幸せな性格である。
(それはそれとして・・・)
持ち前の切り返しの速さを発揮して、考え込むセリア。
(指揮能力の欠如は確かだし、無鉄砲な所は危なっかしくて仕方が無い。
 どうやら考えを改める気は無いようだし、彼の指揮を鵜呑みにしているのは危険ね・・・。)
いざというときは彼の指揮を離れてでも・・・そんな事を考えながら、セリアは今度は本当に訓練にむかった