信頼

遂にサモドア攻略戦が始まった。ここを落とせばバーンライトは陥落し、
ダーツィ大公国への道が開ける。ラキオス王はまだ言明していなかったが、
王の狙いが龍の魂同盟制覇にある事はスピリット達の間ですら囁かれている公然の事実だった。
それゆえにダーツィ攻略もまた避けられないものであり、
そのための足がかりとしてこの攻略戦は大きな意味を持つものだったのである。
その為ラキオスはその持てるスピリット隊のほぼ全部隊を出撃させていた。
そしてその部隊を二手に分け、ラセリオ、リモドア両町から南下させていく。
ただ、同時に向かっては各個に対応されて苦戦してしまう。
四つに組んでしまえば篭城戦になるバーンライト側が数の上でも圧倒的に有利だからだ。
この後ダーツィとの戦いも控えているラキオスとしては、消耗戦を出来るだけ避けたい。
そこで悠人が考えたのは、ラセリオ方面に敵を引き付けるという作戦だった。
ラキオスの主力はリモドアにいる。つまりラセリア部隊はいわば予備隊なのだが、
これを利用して敵の大部隊を吊り出し、その隙にリモドアの主力が敵本陣を一気に突く、というものだ。
部隊全員に作戦の趣旨が言い渡された時、セリアは
(またそんな自分を囮にするような真似をして・・・)
と不満だったが、今度はまさか彼一人で囮になる訳でもなし、と考え直した。


「ネリー、アイスバニッシャー頼む!」
「オッケー♪ いくよ~!」
「よし、隊列が崩れた、セリア、切り込め!」
「了解!」
ザシュッ!
どさっと音を立てて敵スピリットがマナに変わっていく。
セリフのやり取りとは裏腹に、敵の攻撃は熾烈だった。
どこにこんなに、と思うくらい次から次へと城から向かってくる。敵も必死なのだ。
最初の戦闘から3日目。すでにラセリアは敵大部隊に包囲されつつあった。
(主力は、まだなの?早く陥としてくれないと・・・!!)
ドォーーーン・・・・という音が時々サモドア方面から聞こえてくる。
しかしセリアには、それは事態の膠着としか思えなかった。
(・・・まだ当分はかかりそうね・・・くっっ!!)
森の中から飛び出てきた黒スピリットの斬り込みをかろうじてかわす。
渾身の攻撃を防がれた敵スピリットはそのままの体勢で、悠人のオーラフォトンに斬られていた。
「なにしてる!セリア、隊列を離れるな!」
「判ってます!今行きます!」
(元はと言えば、自分の作戦ミスのせいでしょ!)
セリアは知らず、呟いていた。


戦闘初期に、こちらのマナの消費を抑えようと、
必要最小限の防御&攻撃で敵を逐一撤退させてしのいでいたのが裏目に出ていた。
一旦撤退した敵スピリット部隊は、サモドアから戻ってくると倍に増えていたのだ。
最初はローテを組んで休憩を繰り返し、マナを回復しつつ戦っていたのだが、
こうなってはこちらもなけなしの戦力を全力出撃させざるを得なくなった。
そうして全力出撃からもう半日。皆のマナ残量を考えても、あと半日持てばいい方だろう。
その間にサモドアが陥落しなければ、こちらが先に潰れてしまう。
そうなってしまっては、戦力温存もなにもない。
「こうなったら、イチかバチか、仕掛けてみるか・・・」
悠人は周りを見回してみた。一番消耗が激しいのはナナルゥだ。
敵をまとめて倒せるのはナナルゥの魔法しかないのだが、その消耗もまた激しい。
シアーとネリーはやはりというか絶妙なコンビネーションで攻撃と補助を交代して行っている。
体力に不安はあるが、ある程度は持たせるだろう。
(あとはセリアか・・・う~ん、でもなぁ・・・)
和解?の後何となく気になり出した彼女を、悠人は暇を見ては観察していた。
いつも冷たい印象しか与えない彼女が、実に判り難い態度で、
それでも人の事を常に気に掛けているのに気付いてからは、目が自然に追う様になった。
きつい事をいうのも彼女の優しさの裏返しなのだと、悠人はとっくに気付いている。
冷静な判断力を持つセリアはこの考えには適任なのだが、しかし・・・
(セリアにはやらせたくないな、こんな事。)
話せば自分が行くと言って訊かないだろう。だが、こんな危険を他人、ましてや気になる女の子に押し付けるのは嫌だった。
(それにセリアなら、俺がちょっと居ない間もうまく部隊をまとめてくれるだろうし。)
(言えば絶対怒って止めるだろうな・・・・・・)
そう思い黙って森の方へ駆け出そうとした悠人の前に、当のセリアが立ちふさがっていた。


「や、やぁセリア、どうしたんだ、こんなところで?」
「どちらへ行かれるんですか、隊長。そちらは敵正面ではありませんが。」
動揺した悠人のセリフを完全に無視してセリアは問い詰めた。
まさか考えを見透かしてるんじゃないだろうな、と思いながらとりあえず無難な所を答えてみる。
「いや~、なんていうか、その、ちょっと用足しに・・・」
「なるほど、ずいぶん遠くまで行かれるんですね。そちらにはサモドアしかありませんが。」
「なっ!・・・バカ、別にアセリア達の陽動をなんて考えて・・・」
何とかごまかそうとした口はあっさりと滑らされてしまっていた。はっとして口をつむぐが、もう遅い。
「サモドア平原を抜けて単身敵の側面に切り込む。時機を見て森に逃げ込む。
 自分が犠牲になって時間を稼ぐ間に主力がサモドア城に。これで何とかなるだろう。隊長の考えそうな事です。」
「うっ・・・・・・」
一言もない。というか、本当に考えを見透かされていた。とまどう悠人に、小さく溜息をついたセリアが続ける。
「・・・・・・私も同じことを考えていましたから。でも前にも何度も言いましたよね?
 そういう事は隊長のすることじゃない。私たちスピリットの仕事です、って。また忘れちゃったんですか?」
そう言ったセリアは今までに見た事のない笑顔だった。しかし目はしっかりと悠人を見つめている。
思わず見とれて惚けてしまった悠人にもう一度「もう、しようが無い人ですね。」
そう言い残して、セリアは森の中へと飛び込んでいった。


ウイング・ハイロウは使えなかった。マナの消耗が激しいというのもあるけど、
展開して目立ちすぎ、山道を下ってくる敵に見つかっては元も子もないからだ。
平原中央に出るまでは駆け抜けるしかない。
もっとも草原はあまり深くなく、走りづらいという事はないけど。
今の場合、大切なのは2点。見つからない事、出来るだけ急ぐ事。
自分が抜けたことでラセリオの防御力が低下したことは間違いない。
草原を抜けるまで早くて3時間。サモドアを主力が攻略しきる時間を考えるとギリギリといえる。
そう状況判断を終えると、そっと剣を握る手に力を込める。
使えばマナと同時に精神をも奪われる事はもう知っていた。しかしセリアは迷わず剣に話しかけた。
「・・・・・・『熱病』、力を貸して!」
セリアは限界までスピードを上げて草原を駆け抜けていた。

「はぁ、はぁ、あれね・・・」
きっちり3時間後。セリアの眼前に、敵最終防衛ラインの黒スピリット達と主力部隊の混戦が一望できた。
抜けるような感覚が体中を覆っていたが、それでもどうやら間に合ったようだ。
「いくわよ、『熱病』。ヤァァァァァァ・・・・・」
斬り込むセリアの脳裏に、ふと頼りなさげな隊長・・・悠人の笑顔が浮かんでいた。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉお!頑張れ、皆、あと少しだ!」
言いながら正面に残った一部隊の真ん中に悠人は切り込んだ。
同時にマナを爆発的に開放する。
炸裂するオーラフォトン、それが敵スピリットどころか辺りの木々まで吹き飛ばす。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ・・・・・・」
あの後思わずセリアを追いかけようとした自分を、ぐっと押しとどめた。
彼女が自分に託したのはそんなことじゃない。ならまず自分の為すべき事をやろう。一刻も早く。
もちろんセリアは追いかけたい。が、今はダメだ。目の前の敵を倒してからじゃないと・・・
そんな心の葛藤が神剣・『求め』の力を一時的に引き出している事にも今は気付かなかった。
とにかく敵を山道に押し戻す。そうすれば一部隊でもなんとか支えられるだろう。
その一念で押し切った。そして幸いにも悠人のその迫力に気圧されたのか、やがて敵は山道に消えていった。
「すご~い悠人、敵さん全部やっつけた~!」「すご~い、っけた~」「・・・・・・お見事でした。・・・」
ネリー、シアー、ナナルゥが驚きながら悠人を囲む。やや疲れてはいるが、皆まだまだ元気そうだ。
「・・・何時間、経った?」「え?時間?」「えっと~なんの~?」「・・・・・・4時間、です。」
察しのいいナナルゥが答える。セリアが別任務についてから、既に4時間が経過していたのだ。
「・・・・・・よし、まだ間に合う。ナナルゥ、まだやれるか?」
「・・・は?はぁ・・・・・・」
いきなりの質問に戸惑いつつも、ナナルゥは答えてみた。まだもなにも、この状況ではやれなくても戦うしかないだろう。
「・・・よし、ネリー、シアーは?」「ネリー、まだまだいけるよ~!」「シ、シアーも・・・も~!」
こちらは何も考えていなそうに答える。実際疲れてないかどうかは見れば判るのだが、
悠人は心遣いに感謝しつつ、頭を撫ぜてやった。
「よし、二人ともいい子だ。・・・・・・ナナルゥ、悪いが後、頼んでいいか?」
えへへ~と喜んでいる二人を見つつ、ナナルゥに話しかける。
ちょっと悠人の目をのぞきこんだ後、察したナナルゥはコクリと頷いた。
「・・・・・・よしっ!じゃ、ちょっと行ってくる!」
そう叫ぶと悠人は山道に向かって駆け上がっていった。
(セリア、無事でいろよ!)そう呟きながら。


戦いは峠を越していた。不意に死角から現れたたった一体の青スピリットによって、
サモドア城の守備部隊はあっけないほどもろく崩れたのだ。
城の堅固さに攻めあぐんでいたラキオス主力部隊だったが、その動揺を見逃しはしなかった。
あっという間に城内に攻め込み、サモドアを陥としつつあったのである。バーンライトは最早風前の灯といえた。

「よかった・・・・・・これで・・・皆・・・助かる・・・」
一方その頃乱れきった呼吸を抑えて、セリアは一本の大樹にもたれかかっていた。
(ふふっ・・・ついでに、悠人様も・・・ね・・・)

敵に突入してからは無我夢中だった。ただ剣の声のままにそれを振るい、敵を切り崩した。
まるで自分の感覚ではなかった。それはまさに『熱病』に浮かされた様だった。
そして敵が総崩れになったと思われる頃、初めて我に返ったセリアは状況を確認すると、
敵部隊の引き付けつつ平原に逃げ込んだ。もちろんいつまでも平原にいては
自分の姿が丸見えだから、早々に森に入るつもりだった。しかし、異変はそこで起きた。

体が急に重くなったのだ。いや、正確に言うとマナが圧倒的に足りてなかった。
それが剣に身を任せて戦い抜いた代賞だと気づいた時、セリアは敵追撃部隊に囲まれていた。
どうやって囲みを抜けたかはもう憶えていない。
ただ、森に駆け込んだ時にはもはや立てそうもなかった。


サモドア平原の西に長く伸びる森の中。敵はもうすぐそこまで迫っていた。
(城はもう陥ちたと思うけど・・・しつこい連中ね・・・)
マナの消耗はもはや致命的なものかも知れなかった。うっかりすると意識が落ちそうになる。
「でも、もう、いいや・・・」
仲間の姿が順に思い浮かぶ。彼女達を守れた事が嬉しかった。満足だった。
「私の生きる意味・・・戦い以外ってのはなかったけど・・・見つけたし・・・」
誰にも言わなかったが、以前ネリーから聞かされた悠人の『戦い以外に生きる意味』というセリフ。
そのセリフの答えを、セリアは機会ある度に考え続けていた。そして見つけていたのだ。
それは皮肉な事に、ずっと否定していた悠人の言葉だった。

『人とかスピリットとか、そんなの関係あるかっ!!!』

そう、人とかスピリットとかは、問題じゃなかったのだ。

『誰かを助ける事が出来るのに、どっちか見捨てるなんてことは俺には出来ない。』

そう、人とかスピリットとかじゃなく、ただ「悠人」を守りたかったのだ。

ただ、不器用だったから、戦いでしかそれを行うことが出来なかっただけ。

ただ、不器用だったから、その想いをうまく伝えられなかっただけ。

(・・・それだけが、心残り、かなぁ・・・)

「・・・まぁ、伝えられたとして、何を期待する訳でもないけど。彼って節操ないし♪」

意識して「彼」と口にしてみる。気恥ずかしさと悠人の優柔不断っぷりを思い出し、セリアはクスッと微笑んだ。
(いいよね、今くらい少し幸せな気分に浸ってても・・・)

死を目前にして、セリアは不思議なほどの幸せに包まれていた。


セリアが幻聴を聞いたのは、その時だった。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!セーーーリーーーアーーーー!!!!!」

「・・・・・・え・・・・?」

ドカッ!バキッ!・・・・ズゥゥゥゥゥゥゥン・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・シーン・・・

(・・・・・・・・・・・?)
何が起きたのか、とセリアが考える間もなく、森の奥から悠人が飛び出してきていた。
「セリア、無事か!!!」
懐かしい声。たった数時間聞いていなかっただけなのに。
幻聴ではない証拠に、悠人はおもいっきり抱きしめてくれている。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ、おい、セリア!!」
「・・・・・・・・・あ・・・・・・」
暖かいものが体中に流れ込んでくる。懐かしいマナ。そう、それはあの時ラースで感じたもの。
幸せの正体を、今改めてセリアは実感していた。
ゆっくりと目を開ける。ほら、やっぱり、ラースの時と同じだ・・・。
「馬鹿野郎!こんなになるまで・・・人がどんなに心配したかと・・・よかった・・・無事で・・・」
心配を全体で表しているような悠人の顔がいっぱいに広がる。相変わらず硬そうな髪の毛。
印象的だった眸はしかし気のせいか、泣いている様にも見えた。
「悠人・・・・・・様・・・どうし、て・・・?」
精一杯理性を動員して「様」を付ける。先程までの妄想?と現実を懸命に区別しつつ、セリアは訊ねた。
軽く赤くなった目を擦りつつ、悠人が答える。
「あ~~、あれからなぜか敵が山道に逃げ込んだんで、それを追っかけてきたら、たまたま、な・・・」
そっぽを向いてしまった悠人を優しく見つめつつ、セリアは経緯を理解した。
自然な嬉しさで体中が一杯に満たされていく。
(そっかぁ・・・追いかけてきてくれたんだぁ・・・ふふふっ・・・もぅっ・・・また無茶して・・・・・・え?無


経緯を理解したセリアはしかし、幸せな気分が長続きしなかった。或いは経緯を理解しすぎたのかもしれない。
急に真顔になったかと思うと、どこにそんな力がと思える勢いでセリアは立ち上がっていた。
そして振り向きざま、突然のセリアの異変に呆然としている悠人を睨みつける。
「・・・・・・それじゃあ悠人は部隊を放り出してきたの?あれ程言ったのに・・・」
ぷるぷる震え出すセリアに思わず腰が引けつつも、懸命に弁解しようとする悠人。
「いや、だってそれはだな・・・。いいから少し落ち着けセリア、なんだかタメ口になってるぞ。」
タメ口になっているセリアもセリアだが、
その言葉自体セリアは知らないだろうという事をすっかり失念している悠人も充分動揺していた。
「なんで来るのよ!!部隊長がその責務を放ったらかして、たかが一スピリットを助けに来るなんて!!
 信じられない!!もしこれで指揮系統が乱れて部隊行動に影響が出てしまったらどうするんですか?!
 ってこのセリフももう何回言ったか分らないわ!ねぇ悠人、私一体貴方に 何 回 言 っ た の か し ら !!」
すると聞く耳を持たないで矢継ぎ早に繰り出すセリアの言いたい放題に、悠人もついカっとなってしまった。
いきなりセリアの両肩を抱きしめると、驚くセリアに大声で怒鳴る。
「セリアがいつも自分より皆を優先して考えてる事は知ってるよ!!
 自分を犠牲にしても、守ろうとしているのも知ってる!
 でもそんな奴をほっとけるわけ、ないだろう!
 人とかスピリットとか関係あるか!
 そんな優しい娘を犠牲になんかしたくないんだよ!
 そんな優しい女の子、ほっとけるわけ、な、い、だ、ろ・・・・・・う・・・・・・」

  しーーーーーーん・・・・・・・


じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・・・・・・

(うっ・・・・・・)
怒りにまかせて洗いざらいぶちまけていた悠人が正気に戻ると、セリアにじっと見つめられていた。
(う、うわぁ~~~、な、何言ってんだ、俺~~~)
耳まで赤くなっているだろう。なんとなく首筋まで暑い気がする。
激しく後悔するがもう遅かった。やけくそでセリアに後ろを向き、歩き出す。
「じゃ、じゃぁな!言われた通り俺は部隊に戻る!すぐにハリオンをよこすから、じっとしてろよ!!」


数10分後たどり着いたハリオンが見つけたのは、茹ダコのまま硬直しているセリアだった。