――そして私は自覚する。
そこはリュケイレムの森の中。
闇を照らすのは、あの白い妖精が放つ命の輝き。
繋がれた感情が、嵐となって心を吹き荒れた。
「愛しておりましたわ・・・・友人として、では無く・・・・・ヘリオン・・・さ・・・ま・・・。」
目の前の出来事が信じられなくて。
ヘリオンは呆然と、告白と共に消えようとする、その方の名を呟く。
「・・・イオさま?」
後から後から、止めどなく涙が溢れてくる。
悲しくて仕方がないのに、淡い光に包まれるイオさまは、やっぱり綺麗だと思う自分がいて。
掛け替えの無い思い出が、彼女の胸に浮かんでは消えていく。
初めて出会った時の事。
料理を教えて貰った事。
二人でヨーティアさまのお手伝いをして、おかしな話をして笑った事。
失敗して、罰掃除を命じられた彼女を、こっそり手伝ってくれた事。
いつも忙しいのに、時間外に訓練をみてくれた事。
そして彼女の相談に、いつも優しく乗ってくれた事。
・・・そんな思い出の全てを、私達は共有していた。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
彼女はユートさまを、追いたいと願っただけなのに・・・!
「い、いやっ・・・イオさま、いや・・・ぃっ・・いやぁぁぁああああああ・・・・・!!!」
そうしてヘリオンは、ユートさまを見送った時と同じくらい。
・・・それはもう想いの限りに、泣き叫んだのだけれど。
イオさまから受け継いだ、その膨大な知識が。
彼女の涙が・・・全く甲斐の無い物だったと言うことを、教えてくれたのだった。
「そ、そんなのって・・・・イオさま、あんまりです!!」
・・・思わず抗議する彼女の前で。
あのグラマラスな体型が、淡い光の中で見る間に縮んでいって・・・。
そうしてすっかり幼い子供の姿になってしまったイオさまが、決まり悪そうに呟く。
「あら・・・もう解ってしまわれましたか?」
「わ、私が・・・・どれ、だけ・・・わ、私がっ・・・・!」
やっぱり彼女はぼろぼろと涙をこぼし、文句を言おうとするのだけれど、言葉にならない。
そうして小さくなったイオさまが、ちょっぴり背伸びをして、膝を突く彼女を抱擁する。
「ごめんなさい、ヘリオン様・・・・泣かせたくは、無かったのですけれど・・・。」
「イオさまは・・・ずるいです。」
(・・・そんな風にして髪を撫でられたら、もう何も言えないじゃないですか。)
もうヘリオンは、イオさまを許している・・・・それも仕方が無い事なのだろう。
彼女にとって、イオさまは掛け替えの無い友人なのだ。
どうして彼女が本気で斬らなければならなかったのか。
そしてイオさまは何故それを教えてくれなかったのか。
そんな疑問は全部、イオさまが分け与えてくれた命のせいで、理解してしまっていた。
そこまで考えて私は、自分がイオさまに嫉妬しているのだと気が付いた。
・・・・・神剣である私が嫉妬?
これが感情・・・・いや、それを認識する『知性』と言う物なのだろうか。
――私の名は、第三位永遠神剣<希望>。
ヘリオンを守護し、共に生きる者・・・・それもこの時、私は初めて自覚したのだった。
「でもイオさまが生きてて、本当に良かった・・・。」
「はい・・・それにこの感じ、確かに成功したと思うのですけど・・・・。」
そう言えば、イオさまはしっかり私達の事を覚えているようだった。
(私はちゃんと、エターナルに成れたのかな・・・?)
戸惑うヘリオンに、教えてあげようと思ったのだけど。
その時私は、急速に接近する二つの神剣反応に気付いたのだ。
『それは間違いありませんよ・・・でもヘリオン、もうすぐここに人が来ますから、早く隠れないと。』
「え!?」
彼女が問い直す前に、木の上に隠れるようにイメージを送る。
そしてイオさまも気配に気付いたらしく、頷くと素早く<理想>を振り上げた。
「・・・ここらへんかしら、光陰?」
「ああ、確かに神剣反応が感じられた・・・・油断するなよ、今日子。」
(コウインさま、キョウコさま・・・・。)
咄嗟に飛び乗った木の枝の上で、息を潜める。
隠行の術は得意な方だけれど、漏れ出る神剣反応は・・・。
ヘリオンは心配するが、私は既に<理想>から受け継いだ特殊能力を使っていた。
『完全に抑えてますよ・・・結界も張ってますから、捕捉される可能性はゼロに近い筈です。』
(え!?・・・・や、やっぱりこの声・・・貴女、<失望>なの?)
――小さな驚きが伝わってくる。
こうして自己紹介するのも不思議な感じだったが、ようやく私は彼女と話ができるのだ。
『そうですよ、ヘリオン。こうしてお話するのは初めてですね。でも生まれ変わった今の私は、<失望>
じゃありません・・・・・これからは、どうか<希望>と呼んで下さい。』
(そうなんだ・・・・改めてよろしくね、<希望>・・・でも貴女って、女の子だったんだね。)
『私達に雌雄の別はありませんが・・・確かに女性的かも知れませんね。でもそれよりも、今はほら。』
そうして私は、コウインさま達とお話をするイオさまの方を見るように促す。
ぶかぶかだった筈の衣服は、何時の間にか<理想>の能力で身の丈にあった物に直っているようだ。
「・・・それじゃイオちゃん、私達に教える新技の練習をしてたって言うの?」
「はい、こんな時ですから・・・皆様のお力に成れるよう、私も何かしなければと・・・。」
「こんな夜にまで技の開発に勤しんでくれるのは嬉しいが・・・イオちゃんは戦えないんだから、一人で
出かけちゃダメだぜ・・・・よし、俺が研究所まで送り届けてあげよう。」
「あら、それは・・・ありがとうございます、コウイン様。」
「光陰・・・・念の為に聞いておくけど、それは純粋な親切心で言ってるのよね?」
「あ、当たり前だろ!?・・・・・それにどうせお前だって、付いて来るんだろう?」
「それこそ当然でしょうが!!!・・・あんた一人に任せたら、イオちゃんがどんな目に逢う事だか。」
(不思議・・・お二人とも、イオさまが子供になっちゃったのは気にしてないみたい。)
『変則的ではありますが・・・それは彼女の命が、貴女の中でエターナルと成ってしまったからですよ。
・・・だからヘリオン、今の彼等の記憶には、貴女は存在しない事になっているのです。』
何故かそれは、私の中で確信としてあった。
一族に共通する知識として、元々備わっていた物なのだろうか?
それを聞いて悲しむ彼女の姿を見るのは辛かったけれど。
心の準備も出来ずに話し掛けられて、面倒な事になるよりは良かったとも思う。
(イオさまはお二人と一緒に帰ってしまうみたいだけど・・・私はどうしたら良いのかな?)
『きっと後で<理想>を通して連絡が来るでしょうから、それまで私とお話でもしてましょう。』
(そうだね・・・でも<希望>って、結構呑気なんだね。)
『慌てても仕方ありませんから・・・それに私も急に知恵がついて、色々話したい気分なんですよ。
そうして私達は、これまでの分を一気に取り戻そうとするかのように、いつまでも語り合った。
私が<失望>であった時の事は、今でもはっきりと覚えている。
それを伝えるとヘリオンは恥ずかしそうにしていたが、伝わってきたのは喜びの感情だった。
彼女の心は一言でいうと清らかで、その温かさが心地よかった。
何と言っても低位の神剣は、多分に使い手に影響され易い。
だから私がこういう性格になったのも、<理想>のせいもあるだろうが、多くは彼女の影響なのだ。
もし彼女が私に負の感情を注ぎ続けていたら、<絶望>と言う名の剣を持った、ロウエターナルが誕生して
いたかも知れない・・・・まあ、それ以前にエターナルになど成れなかっただろうけれど。
「貴女って楽観的な性格に見えるけど、意外に建設的な考え方をしているんだね。」
そう言って彼女は感心するのだけど、私が『絵に描いた餅のような事ばかり言う<理想>とは違う。』と
主張すると、大人ぶって見せるのが可笑しいと言って何度も笑うのだ。
・・・それはまあ、私も生まれ変わったばかりなのは同じだけど、そんなに笑わなくても・・・。
私達はあっと言う間に、大の仲良しになってしまった。
まあ実際は生まれた時から一緒にいるのだから、それも当然なのかも知れないけれど。
「・・・これから共に永遠を生きるパートナーが、<希望>で良かった。」
そう面と向かって言われた時は、嬉しいやら恥ずかしいやらで、刀身が熱を持ってしまいそうだった。
ヘリオンの想いがユートさまに向けられていたとしても、私はそれで満足なのだ。
・・・願わくば、いつまでも共に在りたい・・・。
心からそう思い、私も自分の使い手が彼女で良かったと思ったのだけれど。
・・・・私はしっかりと、彼女の欠点も受け継いでしまったらしい。
「ヘリオンさまと同じで、どうやら<希望>もうっかりさんの様ですね・・・。」
「す、すみません・・・・。」
『お恥ずかしい・・・。』
そうして私達は二人、小さくなってイオさまに謝る。
あれから何度も<理想>は思念を寄越したそうなのだけど、私の結界が予想以上に強かった事と、お喋り
に夢中になっていたせいで、通信が繋がらない内に朝になってしまったのだ。
結局イオさまはもう一度、リュケイレムの森まで歩いて来なければならなかった。
「<理想>の能力も充分に受け継がれているようで、喜ばしい事ですけど・・・・逆にこちらは弱まって
しまってますので、このような事があると困ります・・・。」
「は、はい・・・気をつけます。」
『私の責任です・・・もう、ヘリオンを許して頂けませんか・・・?』
彼女の為に、命を懸けてくれたイオさまに対するこの仕打ち。
私も申し訳ない気がして、ただただ謝って許して貰う事を祈るばかりだった。
「そうですね・・・では私の愛に、僅かでも応えて頂ければ・・・。」
「え、えええ!?」
(で、でも・・・私にはユートさまがいるし、女同士でそんな・・・・。)
そういえばイオさまは、そういう人だったのだ。
・・・彼女の羞恥と、困惑が伝わってくる。
いくら何でも、それはちょっとあんまりじゃ・・・。
ヘリオンの事だから押し切られてしまいかねない・・・私が代わりに抗議しようとしたその直前。
「うふふっ、冗談です・・・ではこれでヘリオンさまを泣かせた事は、帳消しにして下さいね♪」
そうしてイオさまは年齢相応の、無邪気な笑みを浮かべたのだけれど。
・・・・私にはそれが、最後まで冗談なのか本気なのか解らなかった。
「でも確かに見事な隠行でした。上位永遠神剣である<希望>は、<理想>の能力をただ受け継ぐのでは
無く、独自に強化・アレンジしている様ですね・・・同じエターナルである、トキミ様をも欺くとは。」
「え・・・トキミさまが、帰って来られたんですか?」
昨日の今日だと言うのに・・・でもそれならば、もしかして。
「残念ながら、ユート様は戻られていませんが。」
それを聞いてヘリオンは、期待が外れてガクリとする。
後からユートさまが戻られるまでは、一ヶ月もかかると聞いた時程ではなかったけれど。
「でも恐らく、結界を解いた事で既に感知されているでしょう。あの方の事ですから今にも・・・。」
「・・・そうですね、しかしまさか貴女だったとは。」
その言葉を待っていたかの様に、木の陰から姿を現す人影。
「驚きました・・・未知のエターナルの気配に、少なからず緊張していたのですが。」
「トキミさま・・・。」
「やはりいらしてましたか・・・でも覗き見とは趣味が悪いですわね。」
「すみません、でも私も敵か味方か見極める必要があったものですから・・・。」
そうしてトキミさまは優雅に頭を下げて、非礼を詫びるのだった。
「聞かせて頂けますか?・・・・エターナルに成れた経緯と、その神剣の事を。」
ヘリオンは昨夜の出来事と、それから私と話した色んな事を掻い摘んで説明した。
イオさまの力を受け継いだ辺りはぼかして伝えたのだけれど、滅多にない事だからどうしても聞きたいと
トキミさまが仰るので、イオさまが説明するのを彼女は顔を赤くして聞かなければならなかった。
そして驚きながらもトキミさまは、ヘリオンがエターナルと成れた事を祝福してくれたのだ。
この時<希望の翼>と言う二つ名も付けてくれたのだけど、彼女はちょっと恥ずしそうにしていた。
予想外の援軍が到着したとして、ヘリオンがレスティーナさまに紹介されたのはその日の午後だった。
(ど、どどど、どうしてこうなったんだろう・・・?)
口には出さないながらも、ヘリオンはかなり動揺していた。
目の前には、油断無く神剣を構えるアセリアとウルカ、そしてクォーリンの姿。
何れも音に聞こえたラキオスの勇士達が、彼女に対しその全力をぶつけようとマナを高め集中している。
『大丈夫、心を落ち着けて・・・今の貴女と、私の力を信じてください。』
セリアの一言が引き金だった。
本当にヘリオンに、レスティーナさまやトキミさまが言う様な力があるのだろうかと。
昔のセリアさんなら気弱な彼女を良く庇い、助けてくれたのだけれど・・・。
こうして他人として相対してみると、なかなかに扱いづらい性格だった。
・・・ユートさまの苦労も、察するに余りあるという物だ。
そしてトキミさまがそれならばと、わざわざ三人を名指しでヘリオンの試金石に選んだという訳だった。
「それではヘリオン殿、胸をお借り致します。」
「我等三人を同時に相手にするなどと・・・・その大言、後悔させてやる。」
「ん・・・・行く!!」
やはり最初に突進して来たのはアセリアだった。
「わわわ・・・・・きゃぁっ!?」
その暴風の様な一撃を、咄嗟に身を引きながら受け流す。
(び、びっくりした・・・・って、あれ?)
『それ程の衝撃でもないでしょう?・・・今の私達なら、例え正面から激突しても力負けはしません!』
向き直ると再び、アセリアは空中から大上段に<存在>を振り下ろす。
・・・・しかしエターナルとなった今のヘリオンに取って、そんな直線的すぎる攻撃は!!
――ガキィィン!!!
ヘリオンはウィング・ハイロゥを展開し、<存在>が振り抜かれるその直前に。
・・・急上昇して接近し、打点をずらして打ち付ける!
「・・・えっ!?・・・。」
力を乗せる前に強打され、衝撃に<存在>を取り落とす。
アセリアのその姿に、誰もが目を疑い息を呑んだ。
ヘリオンの見せた余りにも爆発的な瞬発力。
光り輝く翼によって限りなく高められた、段違いの飛翔力がそれを可能にしていた。
「ま、まずは・・・一人目!!」
返す刀で峰打ちにすると、地に降り立ち残る二人に備える。
二人は瞬時にヘリオンに対する認識を修正すると、呼吸を合わせ同時に殺到する。
疾風の様なウルカの剣舞と、稲妻の如きクォーリンの槍捌き。
それを防ぎ切ると言うだけでも驚嘆に値すべきだったが・・・。
(な、慣れたのかな・・・大体解ってきたよ、<希望>・・・・あれを試して見よう!)
『了解しました!』
そして私はすかさず<冥加>と<峻雷>に干渉し、耳をつんざく大音響を送りつける!!
「くっ・・・。」
「なぁっ!?」
――それは<理想>が得意とした通信魔法の応用。
より動揺したクォーリンが気付いた時には、ヘリオンは頭上に飛び上がり、回転蹴りを放っていた!
「ぐぅ・・ぁ・・・。」
ハイロゥの推進力と、回転の力を乗せた蹴りを受け、激しく地面に叩きつけられるクォーリン。
そしてその背に神剣を突き付けられては、負けず嫌いの彼女も敗北を認める他無かった。
「くぅ・・・私もリタイヤか・・・・後は任せたよ、ウルカ。」
クォーリンがそう言い終わる前に、<冥加>の一閃が唸りを上げて襲い掛かる。
しかしそれを予想していたヘリオンは、素早く飛び退いて難を逃れた。
(あ、危ない・・・けど、これならいける!?)
「流石に恐るべき技量・・・ならば手前の、最高の技を持ってお相手致す!」
そうしてウルカが見せた構えは、彼女が得意とする星火燎原の太刀。
対するヘリオンの構えも瓜二つ・・・ならば勝負は一瞬。どちらが疾く、剣を届かせるか。
(ウルカさん・・・もう覚えてはいないでしょうが、貴女は私の目標でした。)
・・・ヘリオンの心に迷いは無かった。
そこにいるのはただの剣士が二人・・・・後は集中し、己の全てを持って叩き伏せるのみ。
「それでは・・・。」
「・・・参ります。」
「「星火燎原の太刀!!」」
・・・目の前の少女はいかにも頼りなげで、ちっとも強そうには見えなかった。
しかしそのヘリオンがこれほどの力を見せた事に、ラキオススピリット隊の面々は一様に驚嘆した。
にも関わらずどこまでも謙虚で、偉ぶろうとしない彼女は、皆に好感を持って受け入れられたのである。
私もそれが誇らしく、これでヘリオンも少しは自信を持つだろうと期待したのだけれど・・・。
・・・その直後、私の小さな願いはトキミさまの手によって脆くも崩れ去ったのだった。
『あなた方に残って頂いたのには理由があります。』
解散を宣言した後、トキミさまはヘリオンとエトランジェ二人を呼びつけてそう告げた。
何でもヘリオンの力を見て、それでエターナルを理解したつもりにならないで欲しいと言う。
それは勿論若輩の私達よりは、トキミさまの方が強いしエターナルについても理解しているのだろう。
けれどもう少し、思いやりというか温かい言葉があっても良いのではないだろうか。
私はそう思い、多少の反発も覚えて主張したのだが・・・。
「はぁっ・・はぁ・・はぁ・・・・。」
肩で息をするヘリオンに対し、涼しげな態度を崩さないトキミさま。
いくらまだエターナルとなったばかりで、私の力を使いこなせていないとは言え・・・。
何十回と繰り出した彼女の攻撃が、悉くいなされるとは信じ切れなかった。
「私は<時詠のトキミ>・・・遠慮は要りません。貴女の持つ、最高の技を試してご覧なさい。」
そして言い放つその言葉には、微塵も奢りや過信は感じられなかった。
この人は絶対の自信を持って、私達に本気を見せろと言っているのだ。
『ヘリオン・・・トキミさまなら大丈夫。あの技を使ってみましょう?』
(う、うん・・・それじゃ<希望>、もう一度力を貸して頂戴。)
・・・そうして放たれた、神速の乱れ突き。
ヘリオンが百花繚乱と名づけたその技は、優雅に佇むトキミさまを粉微塵に・・・。
「え!!?」
――まさか避けないなんて!
衝撃に震える私達だったが、この身に伝わる手応えは!?
「確かに恐るべき速度の攻撃ですが・・・・まだまだ甘いですね。」
・・・後で聞いた所によると、符術と呼ぶのだという。
その不思議な術により、私が突き殺したと思われたトキミさまは突然紙切れに姿を変え・・・ヘリオンが
気付いた時には、首筋にピタリと<時詠>が突きつけられていたのだった。
どれ程の威力や速度を誇ろうとも、相手に容易く予測される様では本領を発揮する事は出来ない。
そんな事はヘリオンだって知っていたし、だからアセリアを難なく退ける事が出来たのだけれど・・・。
・・・トキミさまのその言葉は、ヘリオンを落ち込ませるには充分な効力を持っていた。
「はぁ・・・少しは成長したと思ったんだけどなぁ・・・。」
そしてその夜、何度目かの溜息。
こうしてすぐに落ち込むのは、子供の頃から変わりなかった。
彼女の純粋で真面目な性格がそうさせているのだが、しばらくすれば元気を取り戻すのが常だとは言え、
打ち沈む姿を見るのは忍びなかった。
でも今の自分なら、励ます事も出来る・・・私がそうしようとした時、忍び寄る一つの影。
「ヘリオン様、どうされました?・・・私で良ければ相談に乗りましょうか。」
『・・・イオさま、見計らって来ましたね?』
「別にそんな事は・・・この第一詰所は遠いですし、コウイン様のお相手をしている内に偶然この時間に
なっただけですわ・・・でも私、お邪魔でしたでしょうか?」
「そ、そんな事ないです!・・・わざわざ心配して来て頂いて、ありがとうございます。」
表情を曇らせるイオさまに対し、慌ててヘリオンがそう言って応じる。
・・・このちびっ子、本当は何歳なんだろう?
病室に置いたままになっていた荷物を、運んで来てくれたそうなのだけど。
このタイミングと言い態度と言い、何だかいかにもわざとらしい。
私だってこれでも一応、イオさまを尊敬してはいるけれど・・・。
ついついそう考えてしまうのも、無理はないんじゃないかと私は思った。