恋慕

「おい!こら、ニム、そっちじゃない、こっちをサポートしろって!」
「うるさいわね、ニムって言うな!つまんない命令ばっかりしないでよ、バカ!」
イースペリアでの市街戦は混乱の状況を呈していた。
逃げ惑う人々の合間を縫ってサードバルトの兵が突っ込んでくる。
市民を傷つけないように兵だけを倒すのは予想以上に大変だった。
ファーレーンのサポートでなんとかここまで来たのだが、今彼女は逆方面からの敵の対応に追われて手が放せない。
アセリア達主力部隊とはとっくにはぐれてしまっていた。
そこでニムントールと急遽連携を取ろうとした悠人だったのだが、それが更なる混乱の引き金になった。
「バカってお前な!あっ、そっちは危ないって!!」
「そっちこそ危ないわよ!ふんっ!なにさ、お姉ちゃんにでも守ってもらえば?」
「ファーレーン?ちょっとお前、何言って・・・・・・っておわっ!」
死角から切り込んできた青スピリットをすんでの所で避わす。
咄嗟に滑り込んできたエスペリアが何とか退けていた。
「大丈夫ですか、ユート様!」
「ああ、助かったよ、エスペリア。ってニムは?!」
「ベーーーーだっ!ふんっ!」
「この・・・・・・っ!エスペリア、ちょっとここを頼む!」
「え?あっ、ユート様?!」
逃げるニムントールを悠人はムキになって追いかけていた。


「おいニム、ちょっと待てって!人の話も聞け!」
ズバッ!ズバッ!!
「ちょっと付いて来ないでよ、バカユート!ニムの邪魔しないで!あとニムって言うな!!」
ビュン!ヒュッ!キラキラキラキラ・・・・・・
罵り合いながら駆け抜けていく二人は奇跡的なコンビネーションを見せながら敵を薙ぎ倒していったが、
しかしそんな連携がいつまでも長続きする訳もなかった。ついにニムントールの感情が爆発したのだ。
「お前、何怒ってんだよ!いいかげんにs」
「いいかげんにするのはユートでしょ!なによ、いつもいつもニムを子ども扱いして!!
 あんたなんかにお姉ちゃんは絶対渡さないんだから!!!」
「・・・・・・え?お前、泣いて・・・・・・」
「・・・・・・・・・!!!」
思わず手を止めてしまう悠人に出来た隙を敵は見逃さなかった。
今まで息を潜めていた赤スピリットがオーラを纏って斬りつけてくる。
「しまっ・・・・・・!」
反応できない悠人と敵の距離があっという間に0に変わる。
その瞬間、死を覚悟した悠人の眼前に飛び込んできたのはニムントールだった。

 ・・・・・・ザンッ!!!

「・・・・・・ちっ!」
エトランジェを仕留め損なった悔しさからか、軽く舌打ちをして去っていくスピリット。
「ニム!!」
それには目もくれずに、悠人は倒れ伏しているニムントールに慌てて駆け寄っていった。


「・・・・・・おいっ!しっかりしろ、ニム!ニム!おいっ!!」
いつの間にか辿り着いていたイースペリア城内の庭園。
そこでニムントールを抱き締めながら、悠人は必死に叫んでいた。
「くっ・・・!俺がぼっとしなきゃこんな・・・クソッ!ニム、ニム!」
「・・・・・・・・・うるさいわね・・・・・・耳元でニムニム怒鳴らないでよ・・・・・・大丈夫だから・・・・・・」
「・・・!気付いたのか?こんな傷、すぐに治るからな!しっかりしろよ、ニム!」
「・・・・・・もう・・・・・・ニムって呼ばないでよ・・・・・・全く、ユートが治す訳じゃないでしょ・・・・・・」
「ああ、ああ、そうだな・・・大丈夫、直ぐにエスペリアが来てくれる。そしたら治るから・・・・・・」
「だからニムは大丈夫だって・・・・・・あれ?ユート、泣いてる、の・・・?もう、しょうがないなぁ・・・・・・」
意識が混濁しているニムントールはもはや力が入らない手で悠人の頭をそっと撫でる。
それはいつも頼りない姉が落ち込んでいる時にしてあげる、ニムントールの慰め方だった。
「・・・・・・ニム・・・・・・?」
「ニムって言うな・・・・・・っていいわよもう、めんどくさい・・・・・・」
呟きながら、ニムントールの意識は暗闇へと落ちていった。


間も無く駆けつけたエスペリア、ハリオンの治癒魔法によって、奇跡的にニムントールは助かった。
ここが城内だったことで皆がこちらに向かっていた事、ニムントールの防御力、
敵の抵抗が収まった事など幸運が重なったのだ。

「お姉ちゃんごめんね、ドジっちゃった・・・・・・」
「ばかね、そんなこともういいから。・・・・・・無事でよかった・・・ホントに・・・・・・
 もしニムに何かあったら・・・・・・ごめんね、ちゃんと見てあげてなくて・・・・・・」
「もう泣かないでよ、お姉ちゃん。ニムは大丈夫だから。ホラ、落ち着いて。」
「うぅっ。ぐすっ。うん、うん、ごめんね・・・・・・」
「もうーーー、しょうがないなぁ・・・・・・」
なでなでなで。
どちらが姉だか分からなかった。
「それより、ユートきっと落ち込んでるよ?いいの?」
「あ・・・・・・・・・」
「ほら、早くいってやんなよ、お姉ちゃん。わたしはここで待ってるから。」
「う、うん!ニム、ごめんね・・・ありがと。行ってくるね。」
 たたたたた・・・・・・
「・・・・・・ふぅ。もう、世話が焼けるったら・・・・・・ホントめんどくさいんだから・・・・・・」
そう呟きそっと目を閉じるニムントールは少し微笑っていた。
(ちぇっ・・・・・・頑張んなよね、お姉ちゃん・・・・・・)


「もう大丈夫です。でもあと少し遅れていたら危ない所でした。」
「・・・・・・・・・」
回復魔法を大量に使用した事で疲労しきったエスペリアがそう呟く。
自分の落ち度によりニムントールを危ない目に会わせた悠人は一言もなかった。
「・・・・・・そんなに御自身を責めないで下さい、ユート様。我々スピリットは元々こういう存在なのですから。」
「そうじゃない、そうじゃないんだよ、エスペリア・・・・・・」
自分はファーレーンの1番「守りたいもの」を失くそうとしてしまったのだと言いかけたとき、
向こうから駆けて来るファーレーンが見えた。
「あ・・・・・・ファーレーン、今回は、その・・・・・・」
「気になさらないで下さい、ユート様。こうして皆無事だったのですから。
 それより城内に急ぎましょう。」
「でも、俺は・・・・・・」
言いかけた口をそっと指で塞がれてしまう。
「今は使命を果たしましょう、一刻も早く。それがニムにとっても一番だから。」
「・・・・・・そうだな、ゴメン、ファーレーン。今は俺の我が侭を通させてくれ。」
「はい!」
ニッコリと微笑むファーレーンにドキリとしながら、悠人はイースペリア城内へ駆け込んでいった。


マナ制御装置の動力中枢停止に成功した悠人達はイースペリア郊外の草原にいた。
謎の黒スピリットとの戦いで負傷したアセリアをエスペリアが看ている。
ファーレーンはずっとニムントールに付き添っていた。
思っていたより順調に回復しつつあるニムントールに、ファーレーンはほっと胸をなでおろしていた。
「みんな!守りをかためろ!!」
突然悠人が叫ぶ。と同時に辺りに異様な地響きが巻き起こっていた。
「!なに?このマナの動きは?!」
『月光』に震えが走る。(これは・・・イースペリアの方?・・・・・・何かが来る!!)
物凄いマナの膨張、・・・・・・断末魔?『月光』が伝えてくる。何かが“はじけ”ようとしている!
「・・・・・・!ニム!伏せて!!」
咄嗟にニムントールをそちらから庇うように覆いかぶさる。
同時に襲い掛かる膨大なマナ衝撃。
「お姉ちゃん!」
「・・・・・・・・・くっ!!」
物凄いプレッシャーに、本来防御の苦手なファーレーンはそれでも懸命に堪えていた。
しかし圧倒的なこの衝撃ではあと数秒も持ちそうに無い。『月光』が悲鳴を上げる。
(せめて・・・・・・せめてニムだけでも!!)
「・・・・・・っ!!!」
ニムが何か叫んでいるが、もうよく聞こえなかった。それに、頭の中がチリチリと焼ける様に熱い。
(ダメ!もう・・・耐えられない・・・・・・!!・・・ユート様!!)
脅威が、死が背中まで迫っていた。
ニムントールを強く抱き締めながら、ファーレーンはぎゅっと目を閉じた。


(・・・・・・・・・・・・・・・?)
予想される衝撃がいつまでたっても来ない。
恐る恐る目を開けてみると、視界にファーレーンに覆いかかる悠人の顔が飛び込んできた。
オーラフォトンを展開しつつ、懸命に呼びかけている。
「しっかりしろ、ファーレーン!ニムを守るんじゃなかったのか!」
「・・・・・・ユート様!!」
自分は幻覚を見ているのかと思った。先程死の間際に思い浮かべたその眸が目の前で叫んでいる。
しっかりしろ、と自分を励ましている。ニムを守る・・・そうだ、守らなきゃ!!
「大丈夫か!もう少しだ、頑張れ!力を合わせるんだ!」
悠人が更に叫ぶ。その声がファーレーンの中に温かく響いてきた。そうだ、まだ、頑張れる!
「はい!・・・・・・はぁぁぁぁぁぁぁ!」
我に返ったファーレーンの中で、新しい力がはじけた。共鳴した『月光』が光を放つ。
しかしそれは・・・・・・漆黒の黒い光だった。禍々しいまでの深い闇がファーレーンの全身を覆い出す。
同時に、全身からマナが失われていくのが感じられた。内側から喰い尽される異様な感覚。
「お姉ちゃん、それは・・・・・・!!!」
ニムントールが姉の異変に叫んでいた。闇の光は、その主をすら飲み込もうとしている。しかし。
(ニムを・・・・・・ユート様を・・・・・・守る!!!)
意識が闇に沈むその瞬間、ファーレーンは躊躇わずその全てを開放した。
『サクリファイス・・・・・・』
『月光』が柔らかく呟いたのをかすかに聞きながら、ファーレーンの意識は黒い光の奔流に流されていった。


(私・・・・・・ここは・・・・・・?)
次にファーレーンが目覚めたのは、ラキオスの自室だった。
「おっ、気が付いたか、ファーレーン。」
「・・・・・・ユート、様?・・・・・・わたし・・・・・・一体・・・・・・」
「全く3日も目を覚まさないもんだから、心配したぞ。ニムなんかほれ、待ち疲れてそこで寝ちまってるし。」
悠人が苦笑いをしながら備え付けの椅子を指差す。
そこでは手すりにもたれてニムントールが気持ちよさそうにうたた寝をしていた。
「あ・・・・・・ニム、無事で・・・・・・」
思わず起き上がろうとして体に力が入らないのに気が付いた。悠人がそっと肩を支える。
「おっと、まだ無理するな。体中のマナが抜けちまってるんだ。」
「あ、ありがとうございます・・・・・・え・・・・・・」
よく見ると悠人の目の下にはくまが出来ていた。
いつの間にか苦笑いを止めていた悠人の目に涙が浮かんでいる。
「良かった、ファーレーンが無事で・・・・・・でも、あまり無茶しないでくれ、お願いだ・・・・・・」
そのまま抱き締められる。かすかに震えているその重みが今のファーレーンには心地よかった。
「・・・ありがとうございます、ユート様。ユート様のおかげでニムを守れました。」
「でも俺は、ニムを危険な目に・・・・・・」
「わかったんです、わたし。ニムの気持ち。ニムは危険な目に会ったなんて、きっと思ってません。
 ユート様を守りたかったから、それだけだから。だってわたしも今、こんなに嬉しいから。」
真っ直ぐに悠人を見つめる。その顔が驚いたようなものからゆっくりと優しいものへと変わっていった。
「・・・・・・ありがとう。俺もわかったよ、その、大事なファーレーンを守れて、よかった・・・・・・」
ゆっくりと近づいてくる悠人の顔を感じながら、ファーレーンは瞳を閉じる。
(守れたんだ・・・・・・)
幸福感に包まれながら、ファーレーンは悠人の背中に手を回していた。


(あ~あ、ユートが『お兄ちゃん』かぁ・・・・・・)
狸寝入りをしているニムントールの顔は、それでもにやけるのを隠しきれないでいた。