恋慕

次の日。
エスペリアから特別命令の内容を教えられた悠人は出来るだけ急いで
イースペリアへ向かう事を決めた。
エーテル変換施設を破壊する事に疑問は残るが、
いずれにせよ自分が出来るだけはイースペリアの人々も助けたい。
一刻も早く辿り着くのがベストなのは間違いなかった。
そして、出発前に各部隊への作戦が悠人とエスペリアから伝えられた。
「まず、イースペリアへの進撃ルートは一本しかありません。
 なので部隊分けは為されますが、基本的に全部隊同一行動を取る事になります。
 まずは前衛部隊をダラムからの波状攻撃で一掃します。
 わたくしは元の第一部隊に戻りますので、第二部隊の指揮はファーレーン、
 貴女にお願いします。宜しいですね?」
エスペリアがファーレーンに微笑み掛けると、ニムントールは密かにガッツポーズをした。
労せずして昨夜の決意がとりあえずイースペリアまでは果たされることになる。
これで姉の頭も冷える冷却期間が出来るというもの。
しかもエスペリアはその間悠人の傍。ニムの勘によればあの二人には信頼関係以上のものがある。
それが進展してくれれば姉は戦わずして、というやつである。
一石二鳥という言葉は知らなかったが、これは正にそれだった。
と、ニムントールがほくそえんだ矢先、ファーレーンが勢いよく片手を挙げていた。

「あ、あのっ!エスペリアさん!わたしもユート様への配属を希望します!」


「・・・・・・・・・・・・へ?」
「・・・・・・・・・・・・#(ピキッ)」
「・・・・・・・・・・・・ええええ!?」
(ざわっ!!!!!!)
悠人が間抜けな声を出したのとエスペリアの笑顔が引きつったのとニムントールが驚愕したのは同時だった。
予想もしなかったファーレーンの一言に場が一瞬凍りつく。
彼女に注目していたその場のスピリット全員の視線が一斉にある種の敵意を放っていた。
異様な雰囲気に自分の問題発言に気付いたファーレーンが片手を挙げたまま慌てて訂正を始める。
「・・・・・・え?え?あ、あの、違います!ま、間違えました!
 いえ、間違いじゃないですけど、ってそうじゃなくて、そう、第一部隊です!
 だ、第一部隊への・・・配属を・・・き、希望・・・しま・・・す・・・・・・」
真っ赤になって俯くファーレーンの様子が気まずい空気に拍車をかけていた。


「・・・・・・で、何故第一部隊への配属を希望するのかしら、ファーレーン。」
「ハイ、それは・・・」
しばらくして落ち着きを取り戻したエスペリアが溜息をつきながら質問する。
皇女直々の命令と言いかけて、慌ててファーレーンは口をつぐんだ。
(いけない、あれは『一切他言無用』でした・・・・・・どうしよう・・・・・・)
「どうしました、ファーレーン。何か訳があるのでしょう?それとも言えない理由があるの?」
声は優しいまま眼が笑っていないエスペリアに、
女の本能で恐怖を感じ取ったファーレーンは追い詰められて思いついた事を並べ上げていた。
「ぜ、全部隊が同時に動くのであれば各指揮官が第一部隊にいた方が戦略を伝えやすいですし、
 我が隊にとって最も重要なユート様の近辺には出来るだけ戦力を割いて危険を避けるべきだと思います。
 それに戦力の分散・逐一投入は戦術的には宜しくないという定説もありますし・・・」
「全部隊が同時行動を行うのですから戦略を各部隊が掌握する必要はありませんし、
 第一部隊にはアセリア、オルファをはじめ、精鋭がちゃんとユート様の護衛をいたします。
 わたくしもユート様の『盾』として赴きますので御心配なく。
 それから確かに戦力の逐一投入はよくありませんが、
 わたくしの話を聞いていましたか、ファーレーン?全部隊同一行動ですよ、
 全・部・隊・同・一・行・動。他に何か問題はありますか?」
「あう・・・・・・・・・・・・」
最初から無理がある説明をエスペリアが論破するのは一瞬だった。


「まぁ、いいじゃないか、エスペリア。本人達がやりたいって言ってるんだからさ。」
悠人の一言にエスペリアの表情が曇る。
「ユート様、でも・・・」
「俺もファーレーンとニムとは一緒に戦った事ないしさ、部下の力量を知っておくのも部隊長としての努めだろ?
 それに丁度第一部隊には黒の技を使える娘がいないことだし。」
「・・・・・・わかりました、ユート様がそう仰るのなら・・・。」
「よし、決まりだ、ファーレーン、ニム、二人は第一部隊へ編属してもらう。それでいいな、ファーレーン。」
「ハ、ハイ!ありがとうございます!頑張ります!」
思わぬ援軍に、ぱぁっと顔を輝かせて返事をするファーレーン。
一方あっけなく「計画」が瓦解したニムはいつの間にか自分も話に含まれている事に気付き、二重に驚いていた。
「ち、ちょっと待ってよ、別にニムは・・・」
「でもそうなると第二部隊が戦力不足になりますね・・・とくにハリオン、貴女の負担が重くなる事になるけど、
 頼めるかしら?それとヒミカ、第二部隊の指揮をお願いします・・・・・・」
不機嫌そうに話を進めるエスペリアは、ニムントールの発言を無視していた。
「ね、ね、ニム、良かったわね、ユート様と一緒で♪」
「・・・・・・・・・はぁ。」
脱力して突っ込む事も出来ないニムントールは最早溜息をつくしかなかった。


こうして様々な愛憎?渦巻く中、イースペリアへの進軍が始まった。


「ハアアアアアッーーー!!!」
高速で走る神剣が敵を切り倒していく。
初めて見るファーレーンの剣技の鮮やかさに悠人は見とれていた。
奇襲気味に襲い掛かってきた敵スピリット。さほどの数でもなかったが、
それでも素早く反応したファーレーンはその大半を殆ど一瞬で倒していた。
「・・・・・・凄いな・・・」
「ふんっ、当然でしょ。お姉ちゃん、強いんだから。」
姉を褒められたせいか、つい悠人に話しかけるニムントール。
「ああ、ホントに凄いよ。目にも止まらないってのは本当にあるんだな。
 見えないんだけど、見とれちまうな。」
「なにそれ?ユートってたまに変なこというね。あ、そういえば、『にわとり』ってなに?
 お姉ちゃんに言ってたでしょ?お姉ちゃん、なんだか良く判らないけど落ち込んでたんだから。」
「・・・・・・あー、あれな。ファーレーンも憶えてたのか。あれは・・・」
「ユート様となに話してたの、ニム。」
「わあ!お姉ちゃん!て、敵は?」
「とっくに倒したわよ・・・それよりニーームーー?」
「あ、にわとり。」
「え、どこ・・・ってちょっと待ちなさい、ニム!こらーーー!」
「・・・・・・いいコンビだな。」
苦笑いをしながら走り去る二人を見つめつつ、悠人はいつの間にかファーレーンから
目が離せない自分に気が付いていた。


サルドバルトの前衛部隊は壊滅した。これでイースペリアへの進軍には障害がなくなった。
いよいよ明日はイースペリア城下に突入する。
王の秘密命令は『エーテル変換施設を最優先で破壊する事』。
公式ではイースペリアの民を救助する事になっているが、それが出来るかどうか。
もちろん悠人としては民衆の保護を優先したいが、王の命令は絶対だ。
逆らえば佳織がどうされるか判らない。(心を殺すんだ・・・)
そう決心した悠人だが、そう簡単に割り切れるものでは無かった。
「ユート様・・・・・・」
「・・・・・・わかってるよ。『大切なものを守る為には犠牲が必要』だもんな・・・・・・」
深刻な顔で考え込んでいるとエスペリアが心配そうに話しかけてきた。
その心遣いは嬉しいのだが、正直今は一人になりたかった。
「ごめん、ちょっと外の空気でも吸ってくるよ。すぐに戻ってくるから。」
「・・・・・・あ・・・・・・」
バタン。閉められた扉をエスペリアは悲しい瞳で見送っていた。
「・・・・・・わたくしでは貴方を癒す事は出来ないのですか・・・ユート様・・・・・・」


ビュンッ!ビュンッ!
一心不乱に剣を振るう。そうする事で嫌な気分が少しでも軽くなるかと思ったが、なかなか上手くはいかなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・くそっ!」
がちゃんと乱暴に剣を放り投げて座り込む。
「心を殺すんだ・・・心を・・・そうしなければ、佳織が・・・・・・」
 
 かちゃり・・・

かすかな物音に気付き、うつろにそちらを見る。そこには『求め』を両手で抱え込んだファーレーンがいた。

ファーレーンも戸惑っていた。
今の悠人の眸。それは初めて悠人と会った時に見た、あの眸と同じだった。
そして今はそれを隠そうともしていない。なにかがあったのだ。きっと悲しいなにかが・・・・・・。
「・・・・・・ああ、ありがとう、ファーレーン。でもそれは捨てたわけじゃ・・・・・・っ!」
捨てられた仔犬のような眸をしながら苦笑いする悠人を、思わずファーレーンは抱きしめていた。
どうしよう、とかそういう事ではなかった。ただそうしたかったからそうした。
「あ、あの、ファーレーン・・・?」
「大丈夫です、ユート様、大丈夫。だから・・・・・・だから・・・・・・
 そんな、悲しい顔、しないで・・・・・・一人で、抱え込まないで、下さい・・・・・・」
そっと頭を撫でられる。それは普段悠人が見ていたファーレーンではなかった。
大人の、女性の優しさ。例えるなら母のような抱擁に、悠人は不思議に心が落ち着いていくのを感じていた・・・・・・


「ファーレーンは何か、大切なものってあるか?」
「?大切なものですか?そうですね・・・・・・ニム。あの娘が幸せになれたら、後はなにもないです。
 あの娘の幸せを守る、それが今一番大切なもの、です。」
しばらくして離れた二人は、並んで座っていた。
悠人もファーレーンも、自分がこんなに落ち着いて相手と話せているのが不思議だったが、それが心地よかった。
「そうか・・・・・・俺にも妹がいるんだ、知ってるかもしれないけど。」
「はい、カオリ様、ですね・・・。」
「うん、だからファーレーンの気持ちは良く判るよ、俺も佳織が無事なら・・・幸せなら何もいらない。
 例え自分がどんな事になっても佳織は守る。その為なら・・・・・・自分の心だって殺す・・・・・・」
「・・・・・・心を・・・・・・殺す・・・・・・ですか?」
「ああいや、例えってことだよ。必要なら、それくらいの覚悟は必要だよなって・・・・・・」
「それは違います、ユート様。」
「え?」
悠人が振り向くと、ファーレーンは強い意志を持った瞳で彼を見返していた。
「それは違います、ユート様。ユート様が心まで喪われたら一番悲しむのはカオリ様です。
 それはカオリ様にとって、幸せでしょうか?」
「・・・・・・・・・」
「私が敵を倒せば、ニムは助かります。でも、神剣に飲まれすぎると、ニムは悲しむんです。
 そんなニムを私は見たくない。だから、わたしは『神剣とも戦います』・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「あ、あ、すみません。なんかわたしばっかり意見を押し付けてますね。
 ユート様の事情もよく知らないで、わたしったら何言ってるんだろう・・・・・・」
「ああ、いや、うん、そんなことないよ、ありがとう、ファーレーン。
 その、良かったらもう少し俺の話を聞いてくれるかな・・・?」
「は、はい!わたしで良かったら!」
「いや、ファーレーンには聞いておいて欲しいんだ。実は・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・


「そんな・・・・・・」
悠人から『秘密命令』を明かされたファーレーンは驚きを隠せないでいた。
「でもそれでは、イースペリアは・・・・・・」
「ああ、二度と文明的な生活は出来なくなる。ラキオスか、サルドバルトか、
 どちらかは判らないけど属国になっちまうだろう。
 それよりも俺は、この作戦自体が納得できない。俺達はイースペリアを救援しにいくはずだ。
 施設なんか後回しにして、まず住民達を助けるべきなんだ。でもそうすれば、佳織は・・・・・・」
「すると、カオリ様は・・・・・・」
「ああ、いわゆる人質ってやつだよ。俺が逆らえばどうなるかわからない。俺は指示通り戦うしかないんだ。」
そう言うと、悠人は自嘲的に『求め』を握り締め、目の前にかざす。
その様子をファーレーンはじっと見つめていた。
「このバカ剣もそうだ。常に俺にマナを求めてくる。もっともこっちはなんとか抑えてるけどな。」
抑えきれないとスピリット達を襲ってしまう、とはさすがに言わなかったが、
なんとなく察したファーレーンは軽く頬を染めて俯いた。
「・・・・・・実はわたしもユート様に隠し事があります。聞いていただけますか・・・?」
「え?あ、ああ・・・」
そしてファーレーンは皇女から与えられた『別指令』を悠人に打ち明けた。


「・・・・・・そうか、レスティーナがそんな事を・・・・・・」
「はい、でもこれで皇女の仰る『敵はサルドバルトだけじゃない』という意味が判りました。
 王はイースペリア以外にもなにか目的を持っておられる・・・それもユート様を用いて。
 皇女はそれに危険を察してわたしを・・・・・・」
「そういうことになるな。それがなんだかまでは判らないけど・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
沈黙が流れる。やがて決意を固めたファーレーンは悠人に向き直った。
「でもそれでも、わたしはユート様を守ります!これは皇女の命令だからじゃなくて、
 わたしがそうしたいからです。そうする事がニムの幸せにも繋がると信じます。
 ユート様の幸せにも繋がると信じます。だから、ユート様はご自身がなさりたい事をなさって下さい。
 無理して心を殺さないで下さい。それがカオリ様の幸せに繋がると、信じてください。」
「・・・・・・ファーレーン、ありがとう、わかったよ・・・・・・」
「あ・・・・・・・・・」
悠人はそっとファーレーンを引き寄せ、軽く口付けしていた。
「・・・・・・え?あの、えっと・・・・・・え?え?」
突然の事に一切の抵抗もなかったファーレーンがやっと動揺し始めたのを可笑しそうに見つめた後、
すっと立ち上がった悠人は照れ隠しにそっぽを向きながら冗談を言ってみた。
「そうだな、とりあえず考えるよりやってみるよ。ファーレーンが見ててくれるんなら安心かもな。
 でも本当に大丈夫か?俺って結構無鉄砲な所があるらしくて、よく佳織に怒られ・・・・・・」
当然ながらファーレーンは聞いていなかった。


その頃、二人の姿を遠くから見つめる視線が二つあった。
「お姉ちゃん・・・・・・」
「ユート様・・・・・・」
二人のグリーン・スピリットはそれぞれよく分からない敗北感を醸し出していた。


「ただいま、エスペリア。心配掛けたけど、なんとか心の整理もついたよ。
 なんとかやれそうだ。・・・・・・って、居ないのか。」
「おかえりなさいませ、ユート様。」
「おわっ!なんだ、居たんじゃないかエスペリア。返事もしないで背後に立つなんて趣味悪いぞ。」
「ええ、どうせ趣味悪いですから、わたくし。それよりお早いお帰りでしたねユート様。
 てっきりもっと遅くなるものだとばかり思ってました。」
「?・・・・・・ってなんか機嫌が悪くないか、エスペリア?」
「い・い・え・べ・つ・に。それより『上手く』お気持ちが整理できましたようで、良かったです。
 お茶でもお持ちしましょうか?」
妙な緊張感をまといながら、固まった笑顔で聞いてくるエスペリア。
「あ、ああ・・・・・・頼むよ。」
「わかりました、少々お待ちを・・・・・・」
ロボットのように去っていくエスペリアを悠人は不安そうに見送った。

・・・・・・・・・暫くして出されたお茶はぐつぐつと程よく沸騰していた。


どうやって自分の部屋に戻ってきたか分からない。
なにか別れの挨拶を交わした様な気もするが、ファーレーンは全くうわの空だった。
「・・・・・・ただいま~~~。・・・・・・あれ?」
入った部屋は真っ暗だった。それで我に返ったファーレーンは辺りを見回してみる。
ベッドの中にニムントールの姿が見えた。
「なんだ、ニム、もう寝ちゃったのね。じゃあ灯は消したままで置いといてあげましょう。」
呟きながら手甲を外す。そしてそのまま指を唇に当てていた。
「キス・・・・・・しちゃった・・・・・・」
いきなりだったけど、嫌じゃなかった。いや、冷静になった今では、むしろ嬉しい。
もしかして自分はユート様の事が好きなのだろうか・・・?
今までニムの事で一杯で、恋などというモノを経験した事が無い。
スピリットなのだから、それも当然と思っていた。
しかし、今自分が感じているものは。優しくて、嬉しくて、少し切ない。
思えば初めてユートを見たときに感じたもの。あれは一目惚れだったのだろうか。
「これが・・・・・・恋・・・・・・?」

ベッドの中で寝たふりをしていたニムントールは
姉が自分の感情に気付きかけている事を悟り、小さく溜息を付いていた。
(なにさ、ユートなんか、ユートなんか・・・・・・絶対にお姉ちゃんにふさわしくなんかないんだから!
 なによ、ニムの頭なんか撫ぜてたくせに・・・。だいっ嫌いなんだから!・・・・・・)
そっと頭に手をやりながら、ニムントールは自分の感情にだけ気付いてはいなかった。