安息

Ⅱ-2

戦場に遅れて到着したナナルゥは、炎上した王宮を背にして立ちすくむ悠人を見つけた。
火に映るその横顔に悲しみともとれる苦渋の色が浮かんでいる。
声を掛けるのを一瞬戸惑ったが、状況を確認する為にも話しかけるべきだった。
「あの、ユートさま。」
「ナナルゥか……ごらんの通り敵には逃げられちまった、すまん。」
遅れてきた自分の方こそ謝罪が必要なのに、先に謝られる。
多少の後ろめたさを感じながらナナルゥは質問を続けた。
「いえ……それで、被害は……」
「まだ判らん……けど、佳織を連れ去られちまった……くそっ!なんでっ!」
「え……?カオリさまを?何故……」
意外な名前が出てきて、思わず反問する。悠人が吐き捨てる様にそれに答えた。
「知るもんか、そんな事!……あ……悪い、どなったりして。」
「……いえ…………」
悔しがる悠人に、初めて自分が触れてはいけない事を訊いたのだと気付く。
なんだろう、この違和感。ユートさまの顔を見ているとなんだか締め付けられる様な……
しゅんとなってしまったナナルゥを見て、悠人が精一杯の笑顔を浮かべる。
「ごめん、大丈夫だから、少し一人にしてくれないか?」
「…………はい。私の方こそ申し訳ありませんでした。」
何故自分が謝っているのかよく判らないままナナルゥは悠人に背を向けた。
もやもやした、自分でもてあますような何かを感じながら。


「行かないで、ユートさま」
「止めるな、漢には負けると判っていても戦わねばならない時があるんだ、ヒミカ」
「ユートさま……私は…………」
「さらばだ、ヒミカ。これが今生の別れとなろう」
ぱからっぱからっぱからっ
「ユートさまー!かむばーーっく!!」

……………………色々な意味で変な夢を見ていたような気がする。
最近キャクホンに根を詰めすぎたせいだろうか。頭を軽く振りながら、ヒミカは身を起こそうとした。
ふにっ。
とたん、手に何か柔らかい感触が伝わる。なんだろう。
ふにっふにっふにっ ……あんっ!
「…………アンタ、なにやってんの?」
そこには人のベッドで勝手に寝ているハリオンがいた。寝ぼけまなこをぽやぽやと擦っている。
「おはようございます~。ヒミカさん、お具合はいかがですか~?」
「アンタねぇ、何で私のベッドで……って、具合?」
一瞬胸の具合を聞かれたのかと勘違いしたが、すぐに思い直す。そうだ、漆黒のウルカと戦って、それから…………
「ハリオン!敵は?敵はどうしたの!?」
「あらあら~。もうすっかり元気そうですね~。」
「え……ああ……。貴女が看病してくれたのね……ありがとう。」
「いいええ~。ところで、『かむばーっく』って、なんですか~?」

ぼっ!!
音が聞こえた気がした。恐らく顔が真っ赤だろう。動揺を隠す事も忘れ、ハリオンの胸倉を掴んで問いただす。
「あ、あ、あ、アンタ、どこまで聞いたの?忘れなさいっ!今すぐ忘れなさいっっ!!」
「あらあらあら~。そんなに揺らすともっと思い出しちゃいますよ~?」
首をぐらぐらと揺すられながら、ハリオンは相変わらずの笑顔のままだった。

だから、ヒミカは知らない。
意識を失ったヒミカに神剣魔法を掛けながら、泣きじゃくっていたハリオンを。


『赤光』を振りながらぼんやりと考え込んでしまう。
そんな気の抜けたヒミカを同じく訓練中の皆が不思議そうに見ていたが、
肝心の本人はそんな事に気付きもしなかった。
助けられた時の悠人の顔がちらついて、訓練どころでは無かったのだ。

「ユートさま……」
なんだか夢見心地な顔で名前を呟いてみる。
とたん、夢の中で白馬に乗った悠人の爽やかな?笑顔が蘇り、照れ臭さが倍増した。
(きゃ~、きゃ~っ!)
真っ赤になって剣をぶんぶん振り回す。周囲の輪がずざざっと後退した。
(わ、わたしったらなにをっ!なにを考えてるのか、し、らっっ!!)
ぶんぶんぶんっ!
……そうかと思うと、ふっと力が抜けて剣を落したりする。
(ああ……。カオリさまを助けられなかったんだ……ユートさま、ごめんなさい……)

しゅんとなったりばらばらに剣をふりまわしたりと忙しいヒミカを、
不気味になってきた皆が遠まわしに見守っている。

通りすがりのナナルゥはその光景を眺めて一人納得していた。
「なるほど、情熱的…………」
うんうんと頷きながら、ナナルゥは自分の訓練に戻っていった。