安息

Ⅶ-2

「悪いが死んでくれ。苦しまないように、全力で消してやる。」
「くそぉぉぉッッ!!」

長い間離れ離れだった親友同士の、それが最後の挨拶だった。
全力で全てを守ろうとした悠人と、以前の悠人の様に一番大切なものを守る為それ以外の全てを切り捨てた光陰。
どこまでも平行線ともいえる意志と意志のぶつかり合いは遂に言葉で交わることは無かった。

光陰から殺到するオーラに気後れしないように、悠人は『求め』を強く握りなおす。
そして今自分がもてる最強のオーラフォトンバリアを展開しつつ、駆け出した。
光陰が黄緑色に凝縮させたマナのシールドを身に纏う。
オーラを帯びた悠人の『求め』がそれに激しく殺到した。

ガギィィィィン!!!

鋭い金属音とともに『求め』のオーラが弾け飛ぶ。体勢を崩した悠人は巨大な神剣が頭上に落ちてくるのを感じた。
咄嗟に砂を蹴って前方に飛ぶ。光陰の脇を摺り抜けた時、後ろで砂山を抉る鈍い音がした。直後に起こる砂の嵐。
転がりながら吹き飛ばされる。砂まみれになりながら立ち上がった時、辺りの景色は一変していた。
「……なっ………………!!」
絶句する。さっきまで立っていた砂山は擂り鉢状に抉られ、クレーターの様になったその中央に光陰が立っている。
更に絶対的な防御は光陰にその影響を全く与えていなかった。静かに悠人を見つめる瞳は普段どおりの冷静なまま。
(そんなばかな…………)
最大限の力をもって斬りつけた一撃はあっけなく弾かれた。
絶対の防御をそのままに、光陰はこちらを上回る力で攻撃してくる。
改めて彼我の戦闘力の差を思い知った悠人は背中に冷たい汗が流れるのを感じていた。

ゲイルをかわされた光陰は、それでもなんの気落ちもしていなかった。
むしろ避けた悠人に対して嬉しくなってきてしまう。
(さすがだな。それでこそ悠人だ。……そうでなくちゃな。)
小刻みに身体が震えている。武者震いを感じるのは久し振りだ。
……そうだ、俺はコレを望んでいたんだ。悠人とのこの戦いを……悠人、もっとだ、もっと全力で来いっ!!

光陰のその思いに同調したように、悠人が吼えた。
悠人の周りに今までとは桁違いのオーラが展開する。
握った『求め』が集まりすぎたマナの為か、刀身が見えないほど輝いている。
(そうだ、それだ!こい、悠人っ!)

いつの間にか笑みを浮かべつつ心の中で叫んだ光陰は、その時自分に生じた僅かな隙に気付かなかった。
戦いに高揚する余り、今まで完璧に抑え込んでいた神剣の意志が自分に介入しているという事に。
一瞬とはいえ心を、すなわちマインドを侵食されている事に。

(おいバカ剣っ!お前の全てを解放しろっ!)
今のままでは絶対に勝てない。そう判断した悠人は一か八かの賭けに出た。
一時的に『求め』に完全に身を委ねる。とたんに溢れてくる際限のない力と欲望。

『マナを、マナをマナヲマナヲマナヲ『因果』ヲ壊せ壊せ壊せ壊せ………………』

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!」
頭痛を必死に抑えながら力だけを引き出そうとする。
破裂しそうな程収束したオーラが『求め』を輝かせた時、悠人は知らない言葉を詠唱していた。
「マナよ、光の奔流となれ。彼の者どもを包み…………」

 ――――――――――

悠人の詠唱がオーラフォトンノヴァだと確信した時、光陰は初めて危険を感じた。

……詠唱は早い。これから反撃するのでは間に合わない。
すぐに頭を切り替えた。今持っている最大の防御、『加護の力』で凌ぎきる。
悠人だってそう何発もそんな化け物みたいな神剣魔法を使えるわけじゃないだろう。
「神剣よ、守りの気を放て、俺達を包み、敵を退けよ…………っ!??」

光陰はそこでようやく異変に気付いた。
(トラスケードが発動しない?!何故だ!)
慌てて『因果』を確かめる。あれ程自在に引き出せた神剣の力が、完全に沈黙していた。
先程まで自分を包んでいた黄緑色のオーラフォトンが消えうせている。
(…………まさかっ!!)
ようやく全てを理解した光陰は既にどうにもならない状況に立っていた。
殺到してくる粒子の塊を目前にして、ただ自らの敗北を覚悟するしかなかった。

 …………………………

勝ったとはいえ断片的に襲い掛かる『求め』の意識に、悠人は何度も飛ばされそうになっていた。
「くぅっ…………!!!」
四つん這いになって砂を握りながら必死になって耐える。
その手をふわっと包む温かいモノ。
頭痛を抑えながら胡乱気に見上げると、そこには穏やかに微笑むナナルゥの姿があった。
「ユートさま、気をしっかり持って下さい……神剣に……心で負けないで下さい……」
「……………………」
呪文のように囁くナナルゥの言葉が柔らかく悠人の中に入り込む。
じっとそれに身を任せていると、あれ程うるさかった『求め』の声がゆっくりと後退していった。
「……サンキュな、ナナルゥ。お陰で落ち着いた。それにしても今のはまるでハリオンみたいだったぞ。」
「えっ?…………そ、そんなこと……ないです。」
「んふふ~。ユートさまに褒められてよかったですね~、ナナルゥさん~」
「なんでアンタに例えたのが褒めた事になるのよ…………まったく。」
三人にからかわれ、真っ赤になって俯くナナルゥ。暫くの間和やかな空気が流れた。

「うっ…………ううっ…………」
側で聞こえてきたうめき声に悠人がはっとして立ち上がる。
そこにはオーラフォトンノヴァで全身ずだずだになった光陰が大の字で倒れていた。
生きていたことにほっとしながら悠人が光陰に近づく。

「だめぇっ!!!」

突然、砂山から飛び出てきた小さな影が目の前に立ちふさがった。

「だめぇっ!!!」
光陰が傷だらけで倒れているのを見つけたクォーリンは咄嗟に飛び出していた。
普段の冷静な彼女では絶対に出来ない行動。エトランジェに一人で立ち塞がるのがどれだけ無茶なことか頭では判っている。。
しかし今の彼女は、それを心では理解出来なかった。クォーリンは今初めて自分の行動を『心』に委ねていた。

小柄なグリーンスピリットが両手を広げて悠人を阻もうと睨んでいる。
ヒミカはそのスピリットに見覚えがあった。先程ウルカと戦っていた、稲妻部隊のスピリット。
ヒミカはふいにすたすたとクォーリンの方へ歩き出した。全く、無防備に。
「お、おい、ヒミカ…………!」
悠人のそんな声が聞こえないかのようにクォーリンに近づく。
一方自分に全く警戒しないレッドスピリットの接近に、クォーリンは怯んで半ば泣き声のような声を出した。
「な、なによぅ…………」

ぱしっ

突然の衝撃に何が起きたか全く理解できないクォーリンは暫く目をぱちくりとさせていた。
ヒミカがいきなりクォーリンの頬を平手打ちしていたのである。
「…………えっ?えっ?」
動揺したまま張られた頬をさする。僅かに熱を持っていた。赤くなっているかもしれない。
かっとなってヒミカを睨んだその途端、頭の上に雷のような声が連続で落ちてきた。
「いい加減にしなさい! ウルカの言ってたことがまだ判らないの?!」
「何の為にここまで来たの?! ニーハスから遠い所をわざわざ来たのは何の為っ!」
「あたしたちを倒そうとその傷を押してわざわざここまで来た訳なの?」
「その辺よーーーっっっっっっくその胸に聞いてごらんなさい。」
「………………違うでしょう?だったらこんなトコで突っ立ってないで、他にやる事があるんじゃない?」

ヒミカの怒声は途中からとても優しいものに変わっていた。
自らに言い聞かせていたようなその囁きに、クォーリンの顔が一瞬くしゃっとしたかと思うとみるみる泣き顔に変わる。
「う…………コウインさまコウインさま、コーインさま~っっ!!」
泣き叫びつつ光陰に抱きついたクォーリンは今度こそとっておきの『大地の祈り』を開放していた。

光陰をクォーリンに任せ、悠人達は走った。去り際に光陰が言った一言が悠人の頭を巡る。
『今日子のこと…………よろしく頼むぜ』
託された想い。自らの願い。誰も死なせない。誰も、失わせない…………

マロリガン首都直前、南下していたファーレーン達と一時合流した悠人達は、
ガルガリンで恐るべき情報を入手していた。
なんと、マロリガンのエーテルコアは第四位の神剣だというのだ。
イースペリアのそれは第七位だった。それでもイースペリア全土のマナを喰い尽す大惨事になったのだ。
それを考えるとマロリガンの神剣の暴走がどういう結果をもたらすか、容易に想像できる。
クェド・ギンをなんとしても阻止しなければ。
「急げ…………急げ…………」
ガルガリンを守る為に残ったファーレーン達と別れた悠人達は必死になって走っていた。
マロリガン城に突き刺さる、巨大な金の柱をずっと見つめながら。

砂漠を抜けた荒野。
そこに、複数の人影があった。
気配を隠そうともせず陽炎に浮かぶその影の中。
見間違えようがない人物に向かって悠人は叫んだ。

「今日子ッ!!!」

ありったけの力で悠人が叫ぶと同時に『稲妻部隊』の最後の生き残り達が一斉に襲い掛かってくる。
襲撃に備えようと構えた悠人はそっとハリオンに抑えられた。
「ユートさま~。今度は私たちの番、ですよ~。」
にこにこしながら諭すハリオンの脇を摺り抜けながら、ヒミカとナナルゥが微笑む。
「そうですよっ!ユートさまはとっととキョーコ“さま”を助けてきてください!!」
「……ここはわたしたちに任せてください。」
「………………わかった……頼むっ!」
今までの戦いで悠人が何をしようとしているのかが彼女達には良く判っていた。
そんな三人に心の中で感謝しながら、悠人は今日子の元に駆け出していった。