信頼

番外編2:肝試しセリア

悠人がセリアルートに入ってからそれなりに過ごしたある日。
沈みゆく夕日を眺めて少し感傷的な気分に浸っていた悠人の空気をぶち壊したのは
いきなりやってきた光陰が放った一言だった。

「なぁ悠人よ、もうすぐ夏も終わりだし、どうだ?夏の最後の思い出に肝試しなんてのは?」
「……ラキオスは常夏だし暦の上でも今はもう秋だ。なんだそのイキナリな提案は。」
「そうか悠人は反対なのか残念だな。皆も残念がるだろう。」
「お前の場合下心丸出し過ぎなんだ……ちょっと待て、なんだ“皆”って。!お前まさかっ!」
「ああその通り。既に第二詰め所の面々には快く了解して頂いた。お前で最後だ。」
「……なんでお前はいつもいつもいつもそうやって外堀から俺を埋めていくんだ……」
「悠人に最初に相談するといつも反対されるからな。全く消極的な奴で困っちゃうぜ。」

腰に腕をあて、ふははははっっと高らかに笑う光陰。何故か得意げに空を仰いでいる。
悠人はこめかみに手を当てて頭痛を抑えながら、なんとか打開策を考えていた。

「あのなぁ……。そうだ、今日子はどうした?そんな提案、今日子が飲むはずが……」
「今日子は今朝から帝国方面へ視察に行った。そんな事も忘れるなんて、隊長として迂闊だな、悠人。」
「ぐっ…………」
「さぁ、もう我々を阻むものは何も無い。逝こうではないか、愛とスリルの涅槃へと。」
「待てっ!いつの間にか我々とか言うな!なんだその怪しげな涅槃はっ!」
「うるさい奴だなぁ。一体何が不満なんだ?こんなに楽しそうなイベントなのに。」
「お 前 だ お 前 っ ! お前のその邪悪そうな笑みのどこに安心できるというんだっ!」
「はぁ……しょうがないなぁ、悠人は欠席っと……。じゃあ俺はネリーちゃんとでも楽しんでくるかな。」
「……ちょっと待て光陰。俺が不参加なら中止だろ?おい。」
「ふっ……。自意識過剰だな、悠人。皆楽しみにしてるんだ、中止になんか出来るわけないだろ。」
「そんなバカな……ネリーやシアーはともかくセリア辺りがそんなバレバレなイベントに乗る訳……」
「ああ、『夜間訓練』と銘打っているからな。俺様にかかればちょろいもんよ。」
「そこまで計算づくで……。まったくお前ってやつは……」
「そんな訳でじゃあな。一人寂しく月見でもしててくれ。」
「………………待て。俺も……行く。」
「わかった。わかったから首を絞めるのは止めてくれ悠人。」

いっそ『求め』で斬り殺してやろうかという衝動をぐっと抑えつつ、悠人は光陰に従った。屈辱だった。

「コーインさまの言うところによるとつまりハイペリアでの夜間訓練『キモダメシ』というのは……」
「『男女ペアで一組』『脅かし役が必要』『暗く静かな処』『目的物に辿り着く』……こんなトコかしらね。」

第二詰め所の居間では、全員が頭を突き合わせて肝試しの概要について語り合っていた。

「つまり実際に訓練出来るのはユートさまとコーインさま、それにペアを組む二人だけってことになるわね。」

ナナルゥとヒミカにセリアが口を挟む。それに反応して真っ先に手を上げたのはヘリオンだった。
流石はスピードを身上としているだけのことはある。

「ハイハイッ!わ、わたし、ユートさまと、その、組みたいですっ!……えと、夜、苦手なので……」
「え~っ!ブラックスピリットなのに夜苦手なの~?変なの~。」
「あぅっ…………」
「ネリーもネリーもっ!夜怖いからユートさまと組みたいっ!」

シアーの突っ込みにあっけなく沈没するヘリオン。ネリーの参戦で話が拗れ始めた。
ファーレーンが覆面越しにごにょごにょとなにか呟いている。

「わ、私も黒スピリットですし……出来ればユートさまと……」
「お姉ちゃん、それに皆も、なんでユートに拘るの?その理由ならコーインでもいいんじゃない?」
「……………………」
「……………………」
「……………………」

ニムントールの一言で一瞬にして場に重たい空気が流れ出す。会議は一時中断した。

「……と、とにかく、役割は公平にくじで決めましょう。みんなそれでいいわね?」

気を取り直したセリアが場を仕切りなおす。全員が真剣な顔でうんうんと頷いた。

「それじゃっと……あみだくじでいい?作ってくるわね。」
「……ちょっと待ってください、セリア。それでは不正の恐れがあります。」
「そうですね~。セリアさんが自分の都合の良い様に改竄する恐れは十分あります~」
「なっっ!!なんで私がそんなことっ!冗談じゃないわよっ!私は悠人となんか……」
「セリア、誰もアンタがユートさまと組むように……なんて言ってないわよ?」
「うぁ…………」

ナナルゥとハリオンの突っ込みに逆上したセリアはヒミカの誘導尋問にあっけなく引っかかっていた。
再び場に重たい沈黙が広がる。

「あ、じゃあさじゃあさ、くじを作る人をくじで決めるっていうのは?」
「ネリーちゃん、それ、きりが無いんじゃないかな……?」
「そうですよぅ……。あ、そうだ、くじを作った人が最後に引くというのはどうでしょう?」

その後も紆余曲折があったものの、年少組の提案が結局は通った。

完成された「あみだくじ」を取り囲む一同の間に言いようの無い緊張感が漂う。
自らが作成したくじを前に、セリアは冷静に思っていた。

(みんな戦いでもこの真剣さがあればいいのに…………)

くじ、とは言っても「当たり」は二つ……いや、彼女達的にはたった一つである。
それ以外は「おどかし役」しか無い訳で、必然的にその確率は7/9。
つまり大体ははずれである。
そんな訳で次々と引かれていくくじはみな一様に「はずれ」であった。

落胆の声の中残った二つの選択肢。それを前にして、約二名が色々な汗を掻いていた。

「あ~あいいな~。セリアとヒミカが主役かぁ~。」
「ネリーちゃん、どうやって脅かそうか~。」
「あ、そうだね!えへへ、これはこれで楽しみ~。」
「あ、わたし、こんなのがいいと思うんですけど……」
「う~んここはもう少しひねることが出来そうです~」
「……こうすればもっと効果的かと。」
「ナナルゥ、鋭いわね……じゃあ、こんなのはどう?」
「お姉ちゃん、楽しそう……」

二人を蚊帳の外にして盛り上がるその他七名。
その楽しそうな雰囲気を横目にしてヒミカは選択を迫られていた。

(どっち……どっちがユートさまなの……?)

間違わなければユートさまとの逢瀬?が叶う。こんなチャンスはまたとない。
逃すわけにはいかなかった。だがしかし。一歩間違えれば…………
自分が対象外だという自信はある。あるがしかし、あのコーインさまである。
それなりの警戒だけは怠る訳にいかないだろう。そんな訓練はイヤ過ぎる。
ちらっとセリアの顔色を窺うと同じ事を考えていたのか無表情を装いながらも一筋の汗が流れていた。
確率は1/2。ごくり、と息を飲む音がやけに大きく感じた。

「…………こっちっ!!」

気合と共にヒミカは右を指差した。
戦いの時、敵をやや左に置いて戦うのが彼女のスタイルだったのだ。
そんなよくわからない理由に縋りながら、ヒミカはあみだくじの先を指で追っていく。
いつの間にか再び集まった面々が緊張の面持ちで見つめていた。

「という訳で、ユートさまはセリアと組んで頂きます。」

リュケイレムの森。
その入り口の集合場所に訪れた悠人と光陰にナナルゥが冷静に説明していた。

「ああ、よろしくな、セリア。……ところで俺達はどこに向かえばいいんだ?」
「は、はい、こちらこそ。えっと真っ直ぐ行った所にマナ結晶があって、それを持ってくれば任務完了です。」
「マナ結晶?よくそんなモノ見つかったなぁ。ってセリア、なんでこっちを見て話さない?」
「なんでもないっ……ありません。それより……」

落ちつかない様子のセリアが何か言いかけたとき、光陰の大きな声がそれを遮った。

「ところで、俺のパートナーは?」
「……………………」
「……………………」
「……………………」

一言で皆黙りこくってしまった。全員がそれぞれをちらちらと覗き見ている。
いわゆる“あんたが言いなさいよ”的な状態だった。
暫くの牽制戦の後、またもやナナルゥが重たい口を開く。

「……今回は初めてでもあり、コーインさまには『脅かし役』の指南をして頂きたい、と……」
「…………へ?」

面々が一斉にうんうんと頷く。予想しなかった答えに光陰はしばらくあっけにとられていた。

「おいおいそりゃないぜ、それじゃなんの為に……」
「訓練の為だろ光陰、往生際が悪いぜ。」
「悠人お前……っておわわっ!」
「いいからいいから、コーイン、早く行こー!」
「行こー!」
「わっ引っ張るな……まあいいか、これはこれで……」
「それではユートさま、また後で。」
「じゃあねユート、変なコトしちゃだめだよ。」

何だかよく判らないがとっさに話を合わせると、光陰はあっけなくネリーとシアーに連れ去られた。
それにつられてぞろぞろと森の中に消えていく脅かし役達。
…………ニムの一言が気にはなったが。

後には悠人とセリアがぽつんと二人残された。少し気まずい空気が流れる。
ごまかそうと悠人はやや明るすぎる口調で言った。

「えっと……それじゃ、行こうかセリア。」
「……ええ。」

こうしてやっと肝試しが始まった。

ホーホー

梟の様な泣き声が森のどこかから聞こえる。
いやファンタズマゴリアに梟がいる訳は無いのだが、どこでも夜の森はこんなもんなんだな、とか悠人は思っていた。
「なぁ、あれはなんていう鳥なんだ?」
隣のセリアに聞いてみる。答えが無いので横を見てみるといきなりセリアは居なかった。
もしやもうはぐれた?慌てて後ろを振り返ると……いた。
やや離れた後方、戦いでいうところの一息の間合い…………って。
「なんでそんなに離れてるんだ、セリア?」
当然の疑問を口にする。すると何故か怒った様な口調でセリアが反論した。
「なんでもないっ!それ以上近づかないで!それ以上離れないで!!」
「へ?なに言ってるのかわかんないぞ、セリア。……おいってば。なに興奮してんだよ?」
どうしていいか判らず少し近づく。すると真っ赤になったセリアがぶんぶん頭を振りながら同じだけ後退した。
「だからダメだってば!いい?悠人はその位置を保つ事!判った?!」
「…………お、おう…………」
「……………………」
「……………………」

ホーホー

なんだか訓練以外の緊張感が漂っている。
悠人は後ろから付いて来る足音だけに集中しながらひたすら前を見て歩いていた。
黙っているのも気まずいので話題を振ってみる。
「そういえば、なんで光陰は脅かし役なんだ?アイツ楽しみにしてたのに少し可哀想だったぞ?」
心にも思ってはいなかったが。
「だ、だって訓練だから……。脅かし役も、た、大切でしょ?」
「?いや、別にそれなら俺が光陰と交代してやっても別に良かったけどな…………イテッ!」
一瞬にして背後に迫ったセリアに腕をつねられた。驚いて振り向いた時にはもうすでに元の間合いに戻っている。
「…………なんだよ?」
「…………ふんっ!」
訳がわからない。そっぽを向いて膨れっ面をしているセリアを見て悠人もだんだん腹が立ってきた。
「大体セリアもこれがどんなイベントかもう判ってるんだろ?なんで参加なんかしたんだ?」
「な、なんのことよ。これは訓練よ。そうに決まってるじゃない。」
「ならなんで目を逸らす。こっち向けよ、セリア。」
「なによしつこいわね……。こっちこないでっていってるでしょ、もうっ!」

がさっ!

だんだん痴話喧嘩みたいになっていた悠人とセリアの会話は謎の物音に遮られた。
……いや、謎もくそも無いのではあるが。

そのとたん。

「キャーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」

芸も何もなくただ草むらを揺らしただけの哀れなネリーとシアーは
突然の絶叫に身体中が痙攣を起こしてその場に倒れた。
後日談になるが、そのときのショックで二人はここ数時間の記憶が途切れたという。
事態が掴めず咄嗟に耳を庇った悠人に弾丸の様な勢いで何かが飛び込んだ。

「ぐふっ!」
「キャーキャーキャーイヤー!!」

腹部を襲った激しい痛みとホンの少しだけ漂ういい匂いに気が遠くなりかけた悠人は
頭を振って必死に自分を取り戻そうとした。
(ええと…………)
見下ろすと、見慣れたポニーテールが激しく揺れている。
そこで初めてしがみ付いているソレがセリアであることに気が付いた。
状況を理解した悠人はもしかして、と一応聞いてみることに。
「あー……ひょっとしてセリア、こういうの……苦手?」

横揺れのポニーテールが縦揺れに変化した。割と冷静な反応である。
「バカだなぁ……じゃあなおさらなんで参加なんかしたんだよ?」
ゆっくりと頭を撫ぜて落ち着かせながら訊ねる。
するとまだ目尻に涙を溜めながら、セリアが上目遣いでしゃくり上げた。
(う…………)
その仕草は反則だ。
「だって……私が来なかったら他の娘が悠人と……」
消え入るような声で呟いたかと思うと真っ赤になって胸に顔を埋めてくる。
だから反則だって。
「そんなのヤだから……だから……」
うわ、もう辛抱たまらん。

理性の焼ききれた悠人が思わずセリアの背に手を回しかけた時。
第二の刺客が目の前を横切った。
…………いや、刺客もなにも無いのではあるが。

第二の刺客は悠人の目の前数十センチの所で漂っていた。

ふわふわふわふわふわふわ。

「……………………」

どう見てもファイヤーボールと思われるそれは、どうやら火の玉を目指しているらしい。
しかし超スローで打ち出された光球はただ放物線を描いてゆっくり落ちていくだけだった。

ぽて。

「………………おい」
「…………失敗」

草むらから出てきたナナルゥは別段残念そうでもなくつまらなそうに地面でのたくっている球を見つめている。
こいつらホントに怖がらせるつもりがあるのか…………?
こんな子供だましに騙される奴がどこに、と言いかけて悠人は腕の中の異変に気付いた。
一心に地面の「火の玉」を見続けているセリア。その表情がみるみる変化してゆく。
「お、おい冗談だろ?ちょっと待て、落ち着けセリア……」

「イヤァァァァァァァァ!!!」

再び森中を絶叫が包んだその瞬間、悠人は見た。セリアの背中に輝く純白のハイロゥを。
止める暇もなく『熱病』を振るったセリアはすでに周りが見えていなかった。
ヘブンズスォードの爆風に巻き込まれながら遠くなっていく意識の中、
悠人はナナルゥが漫画みたいに森の彼方に飛ばされていくのを見送っていた。
後日談ではあるが、その後ナナルゥはこの時のショックで暫く神剣魔法が使えなくなったという。

どぉぉぉぉぉんんん…………

遠くに響く炸裂音としばらくして舞い上がったきのこ雲を確認しながら光陰は愉快そうに呟いた。
「おお~、あっちはあっちでどうやら盛り上がってるようだなぁ~♪」
「……あの~コーインさま?わたしたちこんなことしてて……はっ……いいんでしょうか……?」
「ああ、いいのいいの。肝試しっていったらこれが定番なんだから。」
「あ……で、でも…………ぅんっ!」

ざっざっざっ…………

「ヘリオンタンったらそんな可愛い声出して……ふんっ!」
「あっいたっ……痛いです、コーインさま……」
「あ、ゴメンゴメン……痛いのは、ココかな?」
「あんっ、ちょっとくすぐったいですぅ……」

ざっざっざっ…………

「あ……でも、痛いけど、ちょっと楽しく……ぅんっ……なってきました……はぁっ!」
「そうだろそうだろ……ココをこうするともっと……それっ!」
「ああっ!そんなに激しくしたら……だめですよぅ、コーインさまぁ……」
「いいではないかいいではないか……ハァハァ……」
「あん、だめぇ……だめですぅ……」

「いいかげんにしなさいっ!ただでさえ狭いのに鬱陶しいっ!」

げしげしげしげしっ

「いたたたっ!こらっやめろヒミカ!踵は痛い、痛いって!」
「ヘリオンもちょっと豆が潰れただけで泣き言言わないの、訓練なんだからっ!」
「ひ~ん!ごめんなさい~!」
「豆が……ヘリオンタンの豆が潰れる…………ハァハァ…………」
「…………ふふっ…………辞世の句は済んだ様ですね、コーインさま……」
「うぉっ!ヒミカそれ、スコップ!そんなもんで殴られたら俺様のナイスな頭脳が……ごっ!」
「まったく……早く掘らないとユートさま達が来ちゃうでしょうが……」
「あの~、コーインさま、白目剥いちゃってますけど…………」

光陰たちは落とし穴の中でそれなりに楽しんでいた。

一方その頃。
一部生死の境を彷徨うというトラブルはあったものの、悠人とセリアは順調に進んでいた。
ただし出発当初とは違い、セリアが悠人の服の裾を常に掴むようにはなっていたが。

「なぁセリア……」
「な、なによ……」
「怖いんなら最初からこうしてれば良かったんじゃないか?」
「………………」
「………………?」

また黙ってしまったセリアの顔を覗き込む。
すると自分が見られていることに気付いたセリアは視線を逸らしつつ呟いた。

「だって、恥ずかしいじゃない……」
「…………え?」
「その…………みんなに見られるのが…………」

なんというか。
色々な意味でツボに嵌った。
つまり悠人が他の娘と一緒なのは嫌で。怖いけど頑張って。でもやっぱり恥ずかしくて。
「そうか、それであの距離なのか…………ぷっ!」
「な、何よ、悪い?!もう何笑ってるのよ~っ!」
「ははっ、ゴメンゴメン。あまりにもセリアが可愛い事ばっかり言うからさ。」
「っ!なななななな……そ、そんな事言ってごまかそうとしても…………」
「いや、それにしても凄い強運なんだな、セリアって。倍率1/9だろ?」
「あ…………それは実は…………あら?悠人、なにあれ?」
「…………はぁ。どっからこんなモンを……」

何か言いかけたセリアは何故か道のど真ん中に出現した「井戸」を指差していた。
既に展開が読めてしまった悠人が一応セリアに釘を刺しておく。

「いいかセリア、今からあそこから変な格好した……そうだな、ファーレーン辺りが出てくるけど驚くなよ。」
「え?う、うん。」

井戸の中で悠人の声を聞いてしまった第三の刺客ことファーレーンは出るタイミングを完全に逸していた。

「ど、どうしようニム、ユートさま気付いてるみたい。」
「……お姉ちゃん、本当にコレが気付かれないと思ってたの?」

仕方なく姉に付き合わされたニムントールが溜息をつく。
あからさまに地面にこんなものがあれば誰だって警戒するだろう。
ハイペリアからの知識から採用したものだから、ユートだったらなおさらだ。
そんなことにも気付かないこの姉は一体…………いや、そんなとこもいいかも。
姉バカ全開のニムントールはしかしせっかく仕掛けたんだからと姉を説得してみる。

「うう~、じゃ、いくわね……」
「はい、行ってらっしゃい、お姉ちゃん。」

少しの躊躇の後、ファーレーンは名残惜しそうに浮上し始める。
見送るニムントールはしかし確実に凹んで戻ってくるであろう姉をどうやって慰めようかと考えていた。
美しい姉妹愛である。

そんなぷちドラマが繰り広げられているとはつゆ知らず、
井戸に近づいた悠人は出現してきた人物に速攻で突っ込んでいた。

「うらめし~…………」
「ようファーレーン、頭巾もなかなか似合うじゃないか。」
「はぅっ!」

その瞬間ファーレーンは精神的なショックよりも物理的な衝撃で井戸の中に叩き落されていた。
まるで切れ味の無い『熱病』で脇を横殴りにされたのである。

「イヤーーーッ!お○わさんーーー!!」

ドップラー効果を伴うセリアの悲鳴を聞きながら陥ちていくファーレーン。
それを呆然と見送りながら悠人は密かに突っ込んでいた。

(セリア……どこでその名前を……)


自慢のスピードも技も生かす暇を与えられず、何のために出てきたのか判らないファーレーンは
地面でニムントールと激突していた。

「お帰りなさいお姉ちゃん……でももうニム、何も見えないよ……ガクリ」
「ニム、ニム……お姉ちゃん、守ってあげられなくて……ごめんねぇ……ガクリ」

後日談になるが、この時のショックで(ry

井戸の中でパクリと思われる姉妹愛ぷちドラマPart.2が展開されている頃、
その頭上ではセリアがなにやらぶつぶつ唱えながらうずくまっていた。

「お皿が一枚お皿が二枚お皿が三枚…………」

もはやどこから突っ込んだら良いものやら判らない悠人が呆然としている間も呪文は続く。
まさかこんなに怖がりだとは思わなかった。あんなに念を押しておいたのに。

「お皿が八枚お皿が九枚…………ああ、一枚足りない……」

セリフがよりマニアックになった所ではっと我に返った悠人が
これ以上は色々危険だと優しくセリアの肩を叩く。
しかし慌てて咄嗟に思いついたセリフは

「セリア………セリアはセリアのままで、ここに居てもいいんだ…………」

全然慰めにもなっていなかった。っていうか、パクリだった。

ホーホー

「お月様がきれいですねぇ~」

そのころハリオンは月見をしていた。時期的にかなりまともな行為だった。

ホーホー

「なかなか来ませんねぇ~」
「そうだなぁ…………そんなことより……ヘリオンタン……ハァハァ……」
「わわっ!ど~したんですかコーインさまっ!そんなに顔を近づけたら……」
「そーよ光陰、危ないじゃないの、そんなに顔を近づけたら。」
「いやいや、これもハイペリアのコミュニケーションなんだよ。」
「え、でも、あの…………」
「ふーん初めて聞いたわアタシ。アンタ意外と詳しいのね、ハイペリアに。」
「そうそう、向こうではこうされたら女の娘はそっと目を閉じるもんなんだよ…………え?」
「なるほどなるほど。そ・れ・で?」
「あ、あははは……あ、ヒミカさん、待ってくださいよ~!いつの間にぃ~!」
たたたたた……………………ホーホー…………  

「……………………」「……………………」
「よ、よう、今日子。随分早かったなぁ……は、はは……」
「ええ、おかげさまでね。で、アンタはこんなとこで何してる訳?敵と思われて殺されても仕方ないわよ。」
「……………………」「……………………」
…………パチッパリパリパリ…………ホ、ホーホー…………

「な、なぁ。気のせいか、wave効果音に何かノイズが走ってないか?それになんだか鳥肌が……」
「そんな人外の説明が最後に言いたい事だったのかしら、侵入者。覚悟はいい?」
「待てっ!落ち着け、侵入者じゃない、光陰だ光陰、おまえだってさっきそう言って…………」
「さあ忘れたわね。うちのスピリットに手を出そうとした大馬鹿者ならこれから抹消するけど。」
「わぁ!笑みを浮かべながら『空虚』を振りかざすなっ!いや振りかざさないで下さい!」
「そろそろ念仏を唱えたほうがいいわよ。得意なんでしょ、自分を送ってやんなさいよっっっ!!!」
「お前、発言が矛盾しすぎっ!うわわわごめんなさぃぃぃぃ………………」

その日局地的に発生した史上最大の紫雷は帝国首都でも観測されたという。南無。

「ありがとう……悠人……おめでとう……おめでとう…………」

まだ続けるか、と思いながらもいまだ混乱しているセリアに突っ込むのを控えつつ、悠人達は進んだ。
しばらくすると落ち着いたのか、ようやくこっちの世界に戻ってきたセリアがぽつり、と話し始める。
しかし、なんとなく展開が端折られている気がするのはどうしてだろう。

「さっきの話だけどね……実は、その、くじに細工、したの……」
「へ?ああ…………って、細工?セリアが?」

すっかり忘れていたがそんな話もしていたっけ。
それにしてもセリアが不正をねぇ……

「あ、でも意識してやった訳じゃ無いわよ。……ただ、コーインさまの、その、名前を書き忘れて……」
「へ?またどうして?」
「ムッ。悠人はわたしが他の男の人と一緒に歩いてもいい、の?」
「うっ…………それはその…………でも訓練だろ?そんなのしょうがないじゃ……」
「わたしはイヤ。悠人は?」
「ううっ…………」

じーーーーーーーーー

二人きりの時、たまにセリアはこうなる。
普段は見せられない素直な感情表現に悠人はめっぽう弱かった。惚れた弱みである。
しかしこんなセリアを苛めるのもまた楽しいわけで。

「セリアはどうなんだよ。俺が他の娘と一緒に歩く可能性とか考えなかったのか?」
「うっ…………それはその…………でも悠人モテるから……そんなのしょうがないじゃ……」
「俺は嫌だ…………って、え?」

同じ口調で返してからかってやろうとした発言は完全にカウンターとなって悠人に返ってきた。
うろたえた悠人に満足したのかくすっと笑ってセリアは腕を組んでくる。

「もうっ、自覚無いんだから、この朴念仁さんは♪ さ、行きましょっ!」
「お、おぅ……」

セリアに引きずられながら、悠人はかなわないな、と顔をニヤつかせていた。

ホーホー

こうして一組のバカップルがようやくマナ結晶に辿り着いた時、あたりにはまるで人の気配がなかった。
森の中だから当然だが最後に何か仕掛けてくるだろうと身構えていた悠人はすっかり拍子抜けした。
一方何が嬉しいのかセリアはあれ以来妙に機嫌がいい。
もう夜の森を怖がっている様子も無かった。

「あっ、あったわ悠人、これがマナ結晶ね。どうするの?」
「ああ、やっぱり開放するのがいいと思う。みんなのマインドも上がるし。」
「そうね、持ち帰るとマナ蓄積量が増えるけど……うん、わたしもその方がいいと思うわ。」
「じゃあ開放するか……セリア、結晶に手を当てて……そう、じゃ、唱えるぞ……せーのっ!」
「バルスッ!」
「バルスッ!」
二人の掛け声と共に輝きだしたマナ結晶はゆっくりと空に昇っていく。
やがて雲の向こうに消えていったその輝きを、悠人とセリアは手を繋いだままいつまでも見送っていた。
……っていうか、最後までパクリだった。

インチキな感動のラストを演出している二人の頭上から突然声が聞こえる。
「よくやったエトランジェ・ユート。これで世界は救われるであろ~う。」
「…………その間抜けな語尾はヨーティアだな。いつからいた?」
「失礼な奴だな、この天才科学者を差し置いてこんな面白そうなイベントをしてるくせに。」
「ヨ、ヨーティアさま?いつから…………」
「ああセリア、気付かなかったのか?ほら、ずっとホーホー言ってただろうに。」

「ア ン タ だ っ た の か よ っ ! ! ! !」


死屍累々のラキオスが誇るスピリット部隊が全員リュケイレムの森から救出されたのは次の日の昼過ぎだったという。
その後一時的にラキオスの戦力が落ちたというのは後世の歴史学者達の一致した見解である。

―――ラキオス歴(ry