信頼

番外編:夏風邪セリア

「夏風邪はしつこいっていうからな。どうだ?辛いか?」
「・・・・・・わたしは大丈夫。いいから悠人は訓練に戻って。わたしが居ないからって手を抜いたら承知しないわよ・・・ケホッ」
ここはセリアの個室。風邪を引いたセリアを悠人が看病しにやって来ていた。
「無理すんな。ちゃ~んと俺が看病してやるから。」
「・・・・・・なにか腹立つわね、そのニヤケた顔。」
「いや~普段あんなにキツいイメージのセリアがこんなに大人しくなるとはね~♪
 これで俺もようやく彼氏らしい事が出来るってもんだ。嬉しくもなるさ。」
「・・・・・・ばか。・・・・・・ねぇ、わたし、そんなに普段、可愛くない、かな・・・?」
しゅんとして上目がちに訊ねてくるセリア。心なし瞳がうるんでいる。まずい。悠人はあわてた。
「い、いやそんなことはないぞ、普段だって、その・・・・・・セリアはか、可愛い、さ。」
とても正視したままでは言えず、真っ赤な顔をしてそっぽを向く。
「そ、そうだ、そんな事よりこれだ、これを見てくれ!」
と、先程から良い匂いをしているそれをセリアに差し出した。
「なに、それ?食べ物・・・?」
「ああ、俺のいた世界じゃ病人はこれを食べるんだ。弱った体にはこれが一番だからな。
 こっちじゃ似たような材料が中々見つからなくて苦労したけど、ま、食べてみてくれ。味は保障しないけど、な。」
「え・・・?これ、悠人が作ってくれたの・・・?」
「ああ、味見はエスペリアがしてくれたからまず大丈夫だろうけど熱いからな、気をつけろよ。」
「・・・・・・うん。・・・・・・ありがとう。」
セリアはしばらく悠人とお粥の間に視線を言ったり来たりさせていたが、やがて意を決したのか、こう言った。

 「・・・・・・あーーーーーーーーーーーん・・・・・・・・・・・・」


悠人は硬直したまま、セリアは目を瞑り、口を大きく開けたまましばらく時が流れた。
「・・・・・・・・・?・・・どうした、の?」
いつまでたっても入ってこない食物に疑問を感じたセリアが餌の与えられない雛鳥の様な目で悠人に訊ねる。
その瞬間はっと我に返った悠人が口にした疑問はある意味当然だった。
「・・・なんでそんなことを知っているんだ、セリア・・・・・・」
心の動揺を悟られない様にいたって冷静に聞いてみる。さっきのセリアのしぐさは正直ツボ過ぎて心臓がどうにかなりそうだった。
質問されたセリアは何故か慌ててごにょごにょと呟き始める。
「あ、あの、その、それは、カオリ様に聞いたというか、その、恋人同士はそうするんだよっ!って・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「だ、だから、応援するから頑張ってねって、その、悠人とのことを相談しに行った時に色々・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「お兄ちゃんは押しが弱いからこっちから行かなきゃだめ!とかすぐに飛び出すから支えになってねとか・・・・・・」
「だーーーーーー!!!!もういい!いや、頼むからやめてくれ、お願いだから!」
黙って聞いていた悠人が耐え切れなくなって叫んだ。
すると、いつの間にか指先をもじもじさせつつ赤くなって語っていたセリアがきょとん、と悠人を見つめる。
奇妙な沈黙が流れた。
「・・・・・・悠人?」
「うっ・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・(じーーーーーーーー)」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・(じーーーーーーーーーーーー)」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・わーーーーかったよ!今回だけ、だからな!!!ホラ、あーーーーーーん!」
根負けした悠人がヤケクソ気味にそう言うと、心底嬉しそうにセリアは微笑んだ。
「うん!・・・・・・あーーーーーーん♪」


セリアが恥ずかしげに口を開け、悠人がぎこちなくもその口に匙を運ぼうとした時。
突然部屋のドアが激しく開いた。同時に雪崩のように崩れ落ちてくる第二詰め所の面々。
「いたたたたーーーーーー!!!!!!ちょっとシアー、押さないでよ!!!」
「そ、そんな事言ったって・・・・・・お~も~い~~~~!!!」
「あらあら~そんなことないですよ、ヒミカさんの体重は~~」
「ちょ、ちょっとハリオン、こんなとこでなにいいだすのよ!!!」
「ぐすっ、ユート様・・・・・・」
「・・・・・・よしよし」
「青春よね~~~♪いいなぁ~~~」
「おねえちゃん、ちょっと年寄りくさいよ、それ・・・・・・」
「お、お前ら・・・ぐはっ!」
思わぬ闖入者にツッコミを入れようとした悠人はその姿勢のままいきなりセリアに突き飛ばされていた。
派手にドレッサーに体当たりして動かなくなっている。
「み、みんな、訓練は?」
そんな悠人を見向きもせずセリアが訊ねた。とたん、喧々囂々だった全員の動きがぴたり、と止まる。
「あ、あははーーー!セリア、元気かなーーーって思って、さ!」
「う、うん、セリアさん、具合はどう、ですか・・・ははは・・・」
「セリアさん~。こういうときはもっと、積極的に~」
「セリア、あいすばにっしゃーかけようか~~?」
「・・・・・・・・・不潔。」
「ナナルゥ、若さゆえの過ち、というのもあるのですよ。」
「おねえちゃん、それ、ちょっと違うと思う。」
「と、という訳で、皆でお見舞いに行こうという事になったのよ!」
ステレオな言い訳が飛び駆る中、顔を真っ赤にしたセリアの「鶴の一声」が放たれた。

「こんなところで油を売ってないで、さっさと訓練に も ど り な さ -ーーー い !!!!!」

「「「「「「「「しつれいしました(します した し~ま~す~)」」」」」」」」


ずるずると気絶した悠人を引きずって去っていく面々。溜息と共にセリアはそれを見送った。
「・・・・・・・・・ふうっ」
怒鳴ったせいか、体がかなり熱っぽい気がする。力を抜いてぼふっとベッドにうつ伏した。
(はぁ・・・・・・)
そのままサイドテーブルを見る。と、悠人の作ってくれた料理が目に入った。先程の攻撃?を思い出す。
(ちょっとやりすぎちゃったか、な・・・・・・)
先程の裏拳は我ながら会心の一撃だった。咄嗟の事で手加減が出来なかったのだ。しかし、それにしても、と思う。
(それにしても、あんなときに会心にならなくても・・・・・・)
照れが先立ってつい本気で放ってしまった。手ごたえがまだ腕に残っている。後悔と心配。
(悠人、大丈夫だったかな・・・・・・あとで謝らなくちゃ・・・・・・)
そんな事を思いつつ、ゆっくりと身を起こして料理を手に取る。
「さっき、ざんねんだったな・・・・・・」
くすり、と笑う。匙を口に運びながら、それでもセリアはこの上なく幸せそうだった。