StoryTellerHimika

StoryTellerHimika

「ふむ、やっぱりこれも、か…」
居間で本を読んでいたヒミカは、読み終えてテーブルに置くと独りごちた。
読んでいたのは童話の本だ。前王時代から地理や戦術などの書物を読むことはできたが、戦いに役に立たない書物に触れる機会はまずなかった。
現女王が即位してから様々な書物を手に入れることができるようになり、ヒミカは様々な書物を手配して目を通してみたが、今では子供向けの童話に凝っている。
元々、広範に書を漁り始めた目的が、幼い者たちの心を守る手がかりを求めてであり、童話に最も可能性を見出したのだ。大人向けの物語は人間の日々の生活に根差し過ぎていて実感が湧かないというのもあったが。
体制が変わったとは言え戦時下でもあり、あらゆる書物が手に入るというわけでもない。女王の改革に対する根強い反感も残っている。
現に、これまで手に入れた書物も手続き上は「資料」という扱いになっている。それもあって、極力自室に持ち帰ることなく居間の書架に置くようにしていた。実際にはまずヒミカしか読まないであろうとしても。
ともあれ、それなりの量の童話を読んでみたが、未だ満足のいくものに出会っていなかった。可能性は感じるのだが、どれも何か違うのだ。
その違和感の正体というか何が問題なのかを検討するべく、ここしばらく再読を繰り返していたヒミカだったが、どうやらわかったような気がする。
童話はどれも神話や伝承を子供の興味を引くように描いたものだった。それはいい。だが、大人に都合がいいように子供をしつけようという意図が隠しようもなく鼻につくのだ。それ単独では忌避されがちなものを楽しませながら学ばせようという着想自体は有効だろう。
ふと、戦術の講義をふてくされて受けていたネリーが終了と共にはしゃいで遊びに行く様を思い浮かべて、口元に笑みが零れる。
だが、とヒミカは思う。
そこで押しつけるような真似はいただけない。むしろ却って性質が悪いと言ってもいいのではないだろうか。
これが読む者に考えることを自然に促すようなものなら…そして結論を押しつけたりせず、せいぜい例を示すぐらいであったら……
世界の全ての童話を読んだわけではないが、残念ながらそのような作品は期待できないと帰納できそうだ。

「童話もだめ、か……」
ヒミカが落胆のため息をついていると、
「あれー、何してるのー?」
「の~?」
ネリーとシアーが現われた。
「ん? あぁ、ちょっと本を…ね」
そう答えてテーブルに置いていた本を取り、表紙を見せる。
「あ、その本、シアーも読んだよ~♪」
「あら、シアーも読んだんだ。で、どうだった?」
「うん、わくわくしたり楽しかったりするところもあるんだけど、え~と、何て言うのかなぁ…違うっていうのか、変な感じがするところもあって…うまく言えないんだけど…」
「そう…わたしも同じ」
どうやらシアーも同じところに引っかかりを感じたようだ。その感性は頼もしい。将来が楽しみだ。
「うー、何だかわかんないよー。あ、読んで聞かせてよ、ヒミカ」
話題においていかれたネリーから抗議と解決案が出た。自分も読むというのではなく読んで聞かせてくれという辺りがネリーらしい。
「え、今? でも、シアーはもう読んじゃってるんだし…」
「じゃー、他の本でもいいよー」
「んー、他のも『何か違う』のは同じで、あんまりおすすめしかねるのよね…」
「あ、そうなんだ~…シアー、ヒミカさんみたいに読むの速くないから、まだ2冊しか読んでないの~」
「ブー……そうだ! 何だかわかんないけど、本の話が『違う』んだったら、ヒミカが『違わない』話を作ればいいんでしょ?」
「え!? そんな簡単に…だいたい、目的が変わってない?」
「いーの、いーの。さ、話、話ーっ」
「あのね、そんな…」
そんなこと自分にはできないと言おうとするヒミカだったが、
「…うん、それ、いいと思う。ヒミカさん、たくさん読んでるし、何が『違う』のかわかってるみたいだし、うん。ヒミカさんならできるよ、きっと~♪」
と、シアーに先手を打たれてしまう。これは…負け、かな…。いつもネリーの思いつきの無茶なところを指摘する役回りのシアーが肯定しているということは、間違ってないんだろうな、きっと。それにしても今回はシアーの結論が出るのが早かった気がするが…。
まぁ、たしかに、無ければ作ればいい、というのは理屈としては正しい。問題はできるかどうか、だが…。

「はぁ。シアーまでそう言うんじゃ仕方ないか。やってみましょ。結果は保証できないけど」
「わーい、やったー♪」
「わ~い♪」
手を打ち合わせ不思議な踊りをしてはしゃぐネリーとシアーを横目で見ながら、ヒミカはお話を考え始めるのだった。

 とはいえ、目の前で待っている以上あまり時間をかけるわけにもいかない。ヒミカはその場の雰囲気と流れに任せることにした。
「あるところに、二人の女の子がいました」
「ね、ね、その女の子って、ネリーとシアーかなー?」
「かな~?♪」
「さぁ、どうでしょうねぇ……うーん…それじゃ、とりあえずその子たちの名前は仮にネリーとシアーとしましょうか」
「わーいっ」
「わ~い♪」
「あくまでも本当のあなたたちじゃないからね。このお話に登場する人物や場所などは実在のものとは一切関係ありません」
「それでそれで?」
「で~?♪」
「その女の子たち…ネリーとシアー…は双子でした。
お姉さんのネリーは明るく活発な子でしたが、よく考えずに行動することの多いお調子者でした。対して妹のシアーは物事をよく考えることのできる聡明な子でしたが、じっくり考えるので素早く決断するのが苦手で人見知りをする子でした」
「…やっぱりシアーたちそっくりだね~」
「ぶー。ネリー、お調子者じゃないもんー」
「だから、本当のあなたたちじゃないって言ったでしょうが」
「は~い」
「ぶー」
ま、実際、即興ということで目の前のネリーとシアーをモデルにしてるんだけど、ね。

そんな二人はお互いを補い合うように生きてきました。引っ込み思案になりがちなシアーをネリーがリードし、ネリーの思慮が足りない時にはシアーがフォローする、とても理想的な関係でした。
しかし、いつまでもいつもいっしょでいられるかはわかりません。ある日、シアーがそのことを考えて言いました。
「シアーたち、もう少しひとりでも大丈夫なようになったほうがいいと思う」
「だーいじょうぶだよー、なんとかなるってー」
そう答えるネリーですが、その声にはいつもほどの自信はありません。と、思い出したように、
「それじゃ、他の世界から来たっていうえらい魔法使いにお願いに行こう」
と言いました。その魔法使いのことはシアーも話に聞いたことがあります。二人のいる国にある日突然異世界から現われたというその人は何でもすごい能力を持っているとか。その名をユートというそうです。
その世界には人間とスピリットという二つの種族がいて、国々の間で戦争が起きるとスピリットが戦うのでした。その異世界から来た魔法使いは今ではその国のスピリットを率いて戦う隊長でした。
スピリットである二人もやがては配属され、彼の元で戦うことが決まっていました。そんなわけで、未だ会ったことはありませんでしたが、話には聞いていたのです。
シアーはしばらく考えました。正直、まだ会ったことのないその人のことがちょっと恐かったのです。でも、いずれは会うことになる相手だし。そう結論を出してシアーは答えました。
「うん♪」
こうして、ネリーとシアーの思慮深さと行動力を求める旅が始まりました。

「そのまんまじゃんー」
とネリー。
「でもネリー、シアーたち、配属前にユートさまに会いに行ったりしなかったでしょ~」
と、こちらはシアー。
「ま、世界とかが似てるのは勘弁して。時間かけて考えてるわけにもいかないんだから。あくまでこの世界じゃないけどね。そういうことにしておかないといろいろ問題があるし」
ヒミカはそう宥めます。ふと見ると、いつの間にか少し離れたところに座ってうっとりと目を閉じて聞き入っているヘリオンの姿が目に入りました。
「それでそれでー?」
「で~?♪」
二人に急かされたヒミカは視線をヘリオンから二人に戻すと、
「はいはい」
そう言って先を続けることにします。

さて、大魔法使いユートに会うために都へ行くことにしたネリーとシアーでしたが、都は二人がいる街からあまり近いとは言えません。二人は配属へ向けて訓練所での育成期間中の身ですから、街から出るのも一苦労です。
「大丈夫かなぁ~?」
「大丈夫だよー、なんとかなるってー」
「でも、あとで怒られるよ~」
「ま、それも魔法使いになんとかしてもらえばいいってー」
「そんなことまでお願いしていいのかな~?」
「いーんじゃない?」
夜になるのを待って、二人は訓練所をそっと抜け出し、街の人に見つからないように防壁まで辿り着きました。
「さぁってとー、いっくよ~」
ウィングハイロゥを広げようとするネリーでしたが、
「ネリー、だめだよ~」
シアーが引き止めます。
「見つかったら敵だと思われちゃうかもしれないよ~大騒ぎになっちゃうよ~」
「う゛ー、じゃー、門から堂々と行こう」
「え? 門番さんが通してくれないよ~」
「だーいじょーぶ、なんとかなるってー」
シアーは不安でたまりませんが、ネリーはいたって気楽なものです。二人が門のところまでやって来ると、案の定、門番にいぶかしまれました。
「何だ? お前たちこんな時間に」
思ったとおりと、シアーはびくびくドキドキです。ところがネリーは平然と答えました。
「秘密の用があるって、都の大魔法使いに呼ばれたのー」
「何? そんな話は聞いてないな…」
「なんか、急な用みたいだよー」
「それを証明するものは?」

「これー」
と、ネリーは何やら封筒を差し出しました。
「軍の指令書か。ふん、まぁいいだろう、行け。そういうことなら何かあっても大魔法使いとやらの責任にできるしな。通さなかったことで後で問題になるよりは楽だろう」
門番は封筒の軍の印を見ただけで中身も見ずに返しました。
「ふーむ…それにしてもなんでお前らみたいな半人前に…」
「ぶー、ネリー、半人前なんかじゃ…」
「ん? 何か言ったか?」
シアーはとっさにネリーの口を両手でふさいで、
「あ、いえ、なんでもないです~。それじゃ、行きます~」
もがもがと文句を言おうとしているネリーの口を押さえたまま引きずるようにシアーは門をくぐりました。

門から充分離れたところまで来ると、シアーはネリーから手を離してへなへなと座り込みました。
「もぅ~、門番さん怒らせたらだめだよぉ~、ネリー」
「だって、ネリーたちのこと半人前とか言うんだもん。ぶー」
「それに『大魔法使いに呼ばれた』なんてウソ言って~」
「だって、そうでも言わないと通してくれないでしょー。それに、ネリーが大魔法使いに会いに行くことを思いついたのは、きっと大魔法使いが呼んでるからなんだよー」
「…それってヘリクツにもなってないと思う~」
「ま、とりあえず街から出られたんだから、気にしない気にしないー」
「それに、あの封筒は?」
「あー、前に訓練師のところに来た軍の指令書の封筒。なんかに使えるかなーと思ってもらっておいたの」
「盗んだんでしょ~、ばれたら怒られるよ~?」
「だーいじょーぶ、けっこう前のことだから。もー忘れてるでしょ」
「それに門番さんが中身見なかったからよかったけど、空っぽだってばれたらどうするつもりだったの~?」
「だーいじょーぶだってー。中身、入れといたからー」
「え?」
ネリーが差し出す封筒を受け取って、シアーが中から紙を取り出して見てみると、
     都
とだけ、下手くそな文字で書いてありました。
「…門番さんが中身を見なくてほんっとによかったぁ~」

街から充分離れて街道が山にさしかかった辺りで、二人は少し森に入って睡眠を取りました。
「妖精たちよ…」
地面を震わせるかのように響いて聞こえる声に二人は目を覚ましました。辺りを見回しても声の主の姿は見当たりません。しかし、そう遠くないところに大きなマナの気配を感じます。
「ネリー、これって龍なのかな~?」
「う、うーん、スピリットの気配じゃないよねー」
「こんなところで何をしている…?」

ヒミカはここで話を区切ると、
「さて、あなたたちならどうする?」
と、二人に問いかけました。
「やっつけちゃえー」
と、ネリー。予想しなかったわけではないが、この短絡さは将来に不安を覚えてしまうヒミカであった。
「でも~、龍さん、別に悪いことしてないよぉ~?」
そんなネリーをシアーが諌める。これまた予想の内だが、やはりほっとする。
「えー、いーじゃん、やっつけちゃおうよー」
「でも~、龍さんってとっても強いんだよ~」
「う゛ー」
「とりあえず、話してみようよ~。龍さんだって話しかけてきたんだし~」
「わかったよー」
「それじゃ、話してみるのね?」
「うん」
「は~い♪」

「寝てたんだよー。起こされるまでは」
「って、ネリーぃ~。あ、あの、シアーたちは、大魔法使いさまに会いに都に行く途中なんです~」
「ふむ…異世界から来た人間…いや、この世界では人間と呼ぶのも違うか…あの者か…」
「大魔法使いさまを知ってるんですか~?」
「我はここから動かぬ…あの者がここを訪れたことはない…従って会ったことも話したこともない…だが、この世界に現われたことは知っている…」
「へんなのー」
「我にはマナの動きでそれがわかったのだ…それでそなたらはあの者に会ってどうしようというのだ…」
「そんなのきまってるじゃーん」
「あ、いえ、その~、ネリーとシアーに足りないものを下さいってお願いするんです~」
「いつまでも二人がいっしょでいられますようにってゆーのでもいいのかもしれないなー」
「ふむ…あの者が願いをかなえてやれると良いな…それならば、そろそろ旅立った方が良いのではないか…もう陽が昇っているぞ…」
「はい~♪ それじゃ~失礼します~」
「うむ…そなたらに幸いのあらんことを…人間よりも我らに近しき妖精たちよ…」
「龍さんも~♪」
「あぁ…気をつけて行くが良い…このところ、そなたらとは様子の異なる妖精がこの辺りで動いているようだからな…」
「? はい~?」
「あまり多くを教えてやることはできんのだ…我の立場上な…」
「なんかケチくさいのー」
「ネ、ネリーぃ~。あ、あの、龍さん、ごめんなさい~」
「よい、気にしておらぬ…」
こうして二人の旅は再開しました。街道へ戻ったところでシアーは森を振り返って思うのでした。また、帰りにお話しできたらいいな…。
「うむ…いずれまた話したいものだ…願わくば友として……ふ、このような妖精はいつ以来だろうか…幼さ故か…それとも……そなたらがそなたらのままであらんことを…」
シアーの思いに答えるようなその言葉はしかし、聞かせるためのものではなく、二人の耳にも心にも届くことはありませんでした。

「ぶー。シアーばっかりいいところ持ってってずるいよー」
「(照れ照れ)~」
「こればっかりは日頃の行…もとい、そういう設定だからね」
「ぶーぶー」
「でもほら、門番をやり過ごしたのはネリーのアイデアだったし。(詰めが甘かったけど)」
「う゛ー」
「まぁ、そのうち活躍することもあるでしょ」
「そっかなー?」

二人が都までの半ば辺りにある街へ近づきました。しかし、その街からはただならぬ騒がしさが伝わってきます。
「!」
そして、戦闘態勢にまでマナが高まったスピリットの気配が四つ。
「シアー、行くよっ!」
「うん!」
二人はウィングハイロゥを広げて全速力で街へ向かいます。もう人目を気にしている場合ではありません。

街へ文字通り飛んで来た二人が目にしたのは、明らかに別の国の所属とわかる三人のスピリットと、二人と同じぐらいの歳と思われる自国のスピリット一人が対峙している光景でした。二人は彼女の側に降り立つと声をかけます。
「加勢するよーっ!」
「します~♪」
「え、えっと、わたしはヘリオン。あなたたちは?」

「……えっ!? えぇ~~~~っ!?」
ネリーとシアーから少し離れたところで話に聞き入っていたヘリオンが、突然出てきた自分の名前に驚いて素っ頓狂な声を上げた。
「今度はヘリオンだー」
「だ~♪」
歓声を上げる二人。
「あ、あのあのあのあのあのっ、わ、わたし、ですかっ!?」
わたわたと慌てるヘリオン。
「あのねぇ、聞いてたんでしょ、これはお話。あくまでも…」
「あっ、そうでした。いきなりだったんでびっくりしちゃいました」
「まぁ、そういうことだから、あなたもこっちにいらっしゃい」
「は、はぃ…」
まだ驚きが収まらないのか手を胸に当てたままヘリオンが側によって来たのを見届けると、ヒミカは問いかけた。
「さ、戦闘よ。あなたたちならどう戦う?」
「敵の編成はー?」
すかさず問い返したのはネリー。
「え? えーと…アタッカーとディフェンダーが緑スピリットで、サポーターが赤スピリット」
「あ、それじゃ、わたしがアタッカーになるのがいいですかね…こ、恐くなんかないですよ? ほんとですよ?」
「待って」

ディフェンダーが緑スピリットと聞いて定石どおりにアタッカーに名乗り出たヘリオンに待ったをかけて、ネリーはヒミカに尋ねる。
「敵のアタッカーの行動回数と最大値は?」
「え、えーと…3と10…」
そこまで考えてなかったヒミカはとっさにそれらしい値を考えて答えた。
「ってことはー、ネリーもシアーもディフェンダーに回ると不利だからー、ヘリオン、ディフェンダーやってねー」
「は、はい…いいですけど、それじゃ攻撃が不利になるんじゃないですか?」
「ふっふーん。ネリーにお任せっ!」
「あ、そうでした。ネリーさん、青スピリットにしては行動回数多いですもんね」
「そーゆーこと。とゆーことで、シアーはサポーターねー」
「は~い♪」
活き活きとしたネリー。それはいい。いいんだが、それが戦闘というのはどうか…。いや、別に戦闘だけというわけではない。ネリーはいつでも明るい子だ。
活発なネリーのことだ、戦いも体を動かすことの一つとして楽しんでいるのだろう。今すぐ急には無理でも、いずれ相手の命を奪うということの意味を考えさせる必要があるだろうな…。
「ねー、ヒミカー、ヒミカってばー」
考え込んでしまっていたヒミカは自分を呼ぶネリーの声で引き戻された。
「え? あ、な、何?」
「決まったよー。続きはー?」
「わ~?♪」
「あ、そ、そうね…えーと、どこまでだったっけ?」

「え、えっと、わたしはヘリオン。あなたたちは?」
「ネリーだよー」
「シアーです~♪」
「さ、話はあと、あと。気合入れて、いっくよーっ!」
彼我の編成を見て取るとネリーは敵に切りかかりました。敵のディフェンダーは防御に優れる緑スピリット。定石なら攻撃回数の多い黒スピリットであるヘリオンがアタッカーになるところです。
ネリーは青スピリットでしたが、並みの黒スピリットには引けを取らないだけの攻撃スピードを持っていたのです。そして、ネリーもシアーも、防御のスピードはありません。
ネリーがアタッカーに回れば、敵のサポーターは赤スピリットですから、こちらのサポーターはアイスバニッシャーを使えるシアーになります。
ヘリオンがディフェンダーになりますが、黒スピリットはディフェンススキルの回数が多いので大丈夫でしょう。ネリーは瞬時にそう判断したのです。
「あ、えっと、それじゃ…(痛いのこわいけど…が、がんばらないとっ)…わたしがディフェンダーしますから、シアーさんはバニッシュお願いしますね」
「うん~」

戦いはネリー・シアーとヘリオンの連合軍の圧倒的勝利に終わりました。
「改めまして、配属へ向けてこの街で訓練中のヘリオンです」
「ネリーたちも向こうの街で訓練中なんだよー」
「あれ? 都からの援軍の人じゃないんですか? …って、こんなに早く来れるはずないですね」
「ネリーたちは都へ行く途中なんだー」
「あ、あの…シアーたち、自分に足りないもの…ネリーは思慮深さ、シアーは積極性を身につけるにはどうすればいいか、大魔法使いさまに教えてもらいに行くんです~」
「そうでしたか。この街には戦えるのがわたししかいなかったので、ほんとうに助かりました。ありがとうございます。…そうですか、大魔法使いさまに……あの~、わたしもご一緒していいですか? わたしは勇気が欲しいんです」
「いーよー、ね、シアー?」
「うん♪」
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね。今日はわたしの部屋に泊まってもらって、出発は明日でいいですか? 都へ行く許可を取らないといけませんから…」
「やったね。今日は野宿しなくてすむー」
「…許可、出るの~?」
「緊急事態の連絡が既に行ってるはずですから、明日には増強部隊が来ると思いますし、事件の報告を伝える役ということでなら大丈夫だと思います」
その日はヘリオンの部屋に泊まって、翌日、無事に報告役を仰せつかったヘリオンと一緒に都へ向かって出発しました。

ヒミカが三人を見るとみんな目をしょぼつかせています。
「そろそろ寝る時間ね…続きは明日にしましょう」
「やーだー、最後まで聞くー」
「聞くの~」
「聞きたいですぅ~」
眠気のせいか、ヘリオンまで駄々っ子モードになっている。
「あー、もう、わかったわよ。終わったらすぐに寝るのよ?」
「はーい」
「は~い」
「はい~」
早く寝かせるべく、ヒミカは展開を急ぐことにした。

ヘリオンともすっかり打ち解けた二人は楽しく旅を続け、ついに都に辿り着きました。報告役のヘリオンがいますから、城門も何の問題もなく通り、大魔法使いの部屋へと通されました。
そこにいたのは、大魔法使いと呼ばれ一国の軍を指揮する者にしては若い男でした。地位の高い者にありがちな見下す感じや威圧感もなく、むしろどこか頼りなさすら感じさせます。三人が驚いたのも無理はありません。と、ヘリオンが我に返って来意を告げました。
「大魔法使いさま、敵の襲撃の件についての報告に参りましたヘリオンです。こちらが訓練師さまからの手紙です」
「『大魔法使いさま』…か……『ユート』でいいよ。君たちと歳もたいして変わらないんだし」
「いえ、そういうわけには…」
「うーん、じゃ、とりあえず『さま』は我慢しよう。だけど『大魔法使い』はやめてくれ。俺は魔法なんか使えないんだから」
「え?」
「えー? ユート、大魔法使いなのに魔法が使えないのー?」
「そうなんですか~?」
「あぁ、神剣『魔法』を操る君たちの方がよっぽど『魔法使い』さ」
しょんぼりとしてしまった三人を見て、
「あぁ、君たちは神剣魔法ではできない何かがあるんだね。ま、一応、真実はどうあれ何故か『大魔法使い』と呼ばれる者として相談には乗ろう。だけど、まずは用件を済ませよう」
ユートはそう言うとヘリオンが渡した手紙を読み始めました。
「ふむ。これは警備防衛体勢を全般的に見直さないとだめだな…。それで、助けに現われた二人というのが?」
「ネリーだよー」
「…シアーです~」
「二人はどうしてそこに?」
「都に向かってる途中で偶然だよー」
「あ、あの…シアーたち、大…ユートさまに会いに行こうと思って、その…街を抜け出して…その…」
「あー…それは今頃騒ぎになってるかもしれないねぇ…」

「うーん、たぶん大丈夫だと思うよー。うちの訓練師の人、けっこういーかげんだからー。……でも帰った時のこと考えるとちょっとねー」
「もう誰かに迷惑かけるようなことしちゃだめだよ。ま、今回はおかげで助かったところもあるから、俺が指示したことにしておくけど。…あーあ、『未来を知ってて手を打った』とか言われてまた『大魔法使い』の偽りの名声が上がっちまうなぁ…」
「やったー」
「ありがとうございます、です~♪」
「さて、じゃ、取り急ぎ手を打ってくるから、ちょっと待ってて。これが終わったら君たちの相談に乗るから」
そう言い残すと、ユートは部屋を出て行きました。

「…なんだか、優しくていいひとですね」
ヘリオンが感想をもらしました。
「そーだねー。ネリーたちのことかばってくれるみたいだしー」
それを理由に挙げるのはどうかと思いますが、まぁ、ネリーなりに感謝してはいるのでしょう。
「あんまり偉い人って感じしないね~♪」
「初めて会ったのにシアーがふつーにしゃべれるぐらいにはね。あははー」
「…うん♪」
三人ともユートの人柄に好印象を抱きました。
「それにしても、自分は魔法は使えない、って言ってましたね」
「そーだねー」
「…でも、それじゃ~、どうして『大魔法使い』って呼ばれてるんだろうね~?」
「そうですよねぇ」
「うーん」
考え込んでしまう三人でしたが、やがてシアーが、
「……きっと、『魔法』が違うんじゃないかな~。神剣魔法とは違う魔法…もしかしたら魔法じゃないのかもしれないけど…なんとかしてしまう不思議な力を持ってるのかもしれない…。
シアーたちが都へ行こうと思い立って、そしたらヘリオンさんを助けることができて、この国も助かったんだよね…これもその不思議な力のおかげかもしれないね~。だから、みんなのお願いもきっとなんとかしてくれるような気がする」
ゆっくりと、考えながら、そう言いました。

「ほぇ~、シアーさん、すごいですねぇ。それこそなんだか『大魔法使い』みたいですよぉ」
「あぅ、そんなことないよ~」
「あのねー、シアーの言うことはよく当たるんだよー」
「それなら安心ですね。わたしもシアーさんの言う通りのような気がしてきました」
それからも三人でユートの人物評で盛り上がっているうちに、やがてユートが戻って来ました。

「さて、それじゃ、君たちの相談に乗ろうか」
「あのねー、ネリーたち、シリョブカサとセッキョクセイとユーキが欲しいのー」
「ネリー、それじゃわからないよ~」
説明になってないネリーの言葉に、シアーが説明を始めます。
ネリーとシアーがお互いを補い合うように生きてきたこと、いつまでもそうして生きていけるのか不安を感じたこと、大魔法使いならどうにかできると思ってお願いしようと思ったこと、あるいはどうすればいいのか知ってるなら教えてもらおうと思ったこと…。
「それで、わたしはどうしても戦うことが恐くて…戦わなくちゃいけないのに、でもやっぱり恐いんです。それで、どうしたら勇気が持てるのかと…」
シアーに続いてヘリオンが説明しました。
「うーん、それを聞いただけではなんともねぇ…何しろ君たちとはさっき出会ったばかりだからなぁ…。とりあえず、ここへ来るまでのことを聞かせてくれるかな?」
とのユートの言葉に、ネリーとシアーの二人が旅立ちから、ヘリオンと出会ってからを三人で、話して聞かせました。
「ふーん、なるほどねぇ…。まぁ、俺が思うに、君たちは欲しがってるものをもう持ってると思うよ?」
「えー!?」
「?」
「そんなことないですよぉっ」
ユートの言葉に三人は納得できません。

「まず、ネリー、君が欲しいのは『思慮深さ』だったかな。君は充分に考える力を持っているよ。敵のスピリットとの戦いでの君の判断がそれを示している。それに、まぁ悪知恵のようなものとはいえ、出発の時に門番を騙したのもそうだ。
あとは普段からそれを活かすだけさ。そう、君に本当に必要なのはむしろ、『落ち着き』じゃないかな。
次に、シアー、君が欲しいのは『積極性』だったね。ヘリオンとはすぐに友達になったんだろう? 初めて会った俺とも普通に話してる。それに、君は恐れることなく龍に話しかけたんだろう? 充分じゃないのかな。
そりゃあ、世の中イヤなヤツはいるし、そういうのを相手しなきゃならないこともある。でもさ、そんなのと友達にならなきゃいけないってことはないさ。ま、礼儀とかは別として、ね。
それでいいんだよ。君に必要なのはそう考えられるだけの『気楽さ』だと思うけどな。
最後に、ヘリオン、君は『勇気』が欲しいと言ったけど、それじゃあ、敵のスピリットと戦えたのはどうしてかな? ネリーとシアーが来なかったら逃げ出していたかい? 違うよね、二人が現われた時、君は独りで戦おうとしていた。それは勇気じゃないのかな? 
それに、戦うことが恐いのは当たり前だよ。隊長なんかに祭り上げられて指揮している俺だって戦いは恐いさ。自分の命を失うかもしれないこと、相手の命を奪わなければならないこと、それを恐れるのは当然のことじゃないかな? 
それとね、勝ち目がないのに戦うのは勇気とは言わないよ。それは『愚か』でしかないだろう。君に必要なのは、自分の力に対する正しい認識…過小評価の傾向があるようだから、『自信』だと思うけど、どうかな?」
三人はそれぞれ言われたことを考えています。

「…と言ったところで、求めるものが変わるだけで何の解決にもならないよなぁ、はは」
「でもー」
「…たしかに~」
「あってる気がします、ねぇ」
「さて、それじゃ、呪文を唱えて全て解決とはいかないまでも、ちょっとした心ばかりの贈り物をしようかな。大魔法使いの『フリ』ってやつだね。ちょっと待っててね」
ユートはそう言うと部屋から出て行きました。残された三人はなおも考えています。
「さて、おまたせ」
さほどの時間もかからずに戻って来ると、ユートは机の上に宝石箱を置きました。

「それじゃ、最初はネリーから。おいで」
ネリーを呼ぶと宝石箱を開けてリボンを一本取り出して、ネリーの手首に巻きました。
「何かをする前に、何かを言う前に、まずはこれを見るようにしてごらん」
そのリボンには大きな親しみ易い文字で「あわてるな!」と書いてありました。
「あははははー」
ネリーは大爆笑です。

「さ、次はシアーだよ」
ユートは宝石箱から、紐のついた布製の小さな袋を取り出して、シアーの首にかけました。
「あとでネリーとヘリオンから髪の毛を一本ずつもらって入れておいてごらん。それで、誰かと話すのが恐い時や嫌な時は、これに手を当ててこう思うんだ、『大丈夫、わたしをわかってくれる人はいるんだから』ってね。
そして、これから友達になる相手に頼んで髪の毛をもらえたら、これに入れていってごらん。これに入らなくなる頃には、きっと、もうこれがなくても大丈夫になってるよ」
シアーはその袋に手を当ててみました。
「…あの~、ユートさまの髪の毛ももらえますか~?」
「ん? あぁ、いいよ」
「わ~い♪」

「さて、最後にヘリオン、君には…」
ユートが取り出したのは、ペンダントでした。それをヘリオンの首にかけて言いました。
「これはね、ここがこうやって開くようになってるんだ」
そういって、ロケットになっているペンダントヘッドを開けてみせます。
「ここに、心から信じられる誰かを思い出せるものを何か入れておいてごらん。そして、自信がなくて勇気が欲しいと思った時は、これを握って三回こう呟くんだ、『大丈夫、あの人が信じてくれるんだから、わたしにはできるはずだ』ってね」
ヘリオンは試しにやってみました。まだ中身は空でしたが。
「はい、やってみます。…あ、ユートさま、肩にホコリが…」
そう言ってヘリオンはユートの肩のホコリを払うフリをし、さきほどシアーのために抜いて渡した時に落ちてた髪の毛を取ると、こっそりロケットに入れました。

「さて。部屋を用意しておいたから、今日は泊まって、明日ゆっくり帰るといいよ」
こうして、三人は眠りに就いたのでした。その手に小さな魔法を握り締めて―――