いつもいっしょ

その前夜

 第二詰め所の夕食後のひととき。
 赤青緑黒、四色とりどりの少女たちが、本日のデザートの焼き菓子「ヨフアル」と、お茶を楽しんでいる。
 その面々を前に、黒い給仕服を着た年長の女性が手を打って、注目を要求した。
「えっとですね~、前にも言ったとおりユート様が~、私たちの館に住むことになりました~」
 がぜん、年少の少女たちが色めき立った。ラキオス王国スピリット隊隊長、エトランジェ『求め』のユートこと高瀬悠人に関する消息は、今や彼女たちにとって最大の関心事である。
「はいはいはーい、ユート様の部屋は、ネリーたちの部屋の隣にけってーい!」
 いの一番に、蒼く長い髪の涼やかな少女が、手を振り回しつつわめき散らした。
 彼女の名はネリー・ブルースピリット。通称、『静寂』のネリー。
 ネリーのみならず、この場に集う少女たちは、そのたおやかな様子とは裏腹に、自我すら有する超常の武器「永遠神剣」の担い手であり、
 戦うことのみが存在理由という非業の妖精「スピリット」の眷属である。
 けれどネリーは、そんな悲壮感漂う出自を少しも感じさせない、元気はつらつさを持ち前としていた。
 なにしろ彼女の神剣の銘が皮肉にも『静寂』であることから、「持って生まれてくる神剣を間違えた」とも、「いや、神剣に間違えられた」ともからかわれるほどだ。
 そして、第一詰め所にいるライバル、『理念』のオルファリルに次ぐ情熱をもって悠人に懐いている。
 今回の出来事は、悠人と一つ屋根の下に住んでいるオルファの後塵を拝し続けているネリーにとって、文字通り「千載一遇の好機」であった。
「ブーッ!? ちょ、ちょっとネリーさん、そ、それ困りますっ! ネリーさんの隣の部屋って、私の部屋じゃないですか……」
 不意に、艶やかな黒髪を両おさげにした少女、『失望』のへリオンが口に含んだ茶を吹き出すや、慌てて立ち上がった。
 ちょうどそこに、ネリーの突き出した拳が裏拳となって鼻柱にヒットする。
「んがっ!?」
 見事なK.O.である。どうっと倒れ込んだヘリオンが床に大の字を描いたが、ロビー活動に無我夢中のネリーは、それにまるで気づいた様子はない。
775 名前: いつもいっしょ・その前夜 2 投稿日: 04/08/04 15:26 ID:knFu3k0b
「住むって言っても、こっちに移住する訳じゃないんでしょ? だったら、客間に寝泊まりしてもらえば事足りると思うんだけど」
 炎のように明るい赤毛の颯爽とした美女、『赤光』のヒミカが、挙手と同時に指名を待たず発言する。
 悠人の本拠はあくまで第一詰め所であり、こちらには臨時に滞在するに過ぎないことをふまえてのものである。
「それはね~、ユート様がご自分は『お客様』じゃないから、客室は使えないっておっしゃったからなのよ~」
 給仕服の女性、『大樹』のハリオンが、後ろで括ったややくすんだ緑色の髪をいじりながら答えた。
「あー……ま、ユート様がそうなさりたいのなら、しょうがないわね。幸い空き部屋はあることだし」
 ヒミカは腕を組み、それ以上異議を唱えることなく引き下がった。もとより、スピリットの分際でエトランジェの意向に逆らえるわけもない。
「空き部屋って……じゃ、あの部屋片づけなきゃなんないわけ? あーめんどー…」
 見るからに不機嫌そうな顔をしているニムこと『曙光』のニムントールが、ヨフアルをくわえたまま食卓に突っ伏して見せる。
 今この詰め所の唯一ともいえる空き部屋は、半ば物置と化していることを思い出したせいだ。
「もう、ニムったらお行儀がわるいわよ。それに二言目には面倒面倒って文句ばかり。人聞きが良くないからおやめなさい」
「はーい」
 それを見咎めた姉貴分の『月光』のファーレーンがきつくたしなめたが、ニムはいつものごとく生返事を返して、ヨフアルを頬張った。
「ダメダメ、はんたいはんたーい! ユート様のお部屋は、ネリーたちの部屋の隣がいいんだからっ!」
 話の雲行きが怪しいと察したか、ネリーは食卓に身を乗り出して異議を申し立てた。
「ええと~、どうしてそこまでこだわるの~、ネリー?」
「ユート様と遊びたいからに決まってるでしょ、本当にユート様命なんだから」
 ハリオンの問いかけを、ヒミカが横取りしてからかった。
「う……そ、それだけじゃないもん、その方がユート様にとって、便利だからだよ!」
 図星を指されて顔を赤らめたネリーは、口を尖らせて抗弁するが、それこそヒミカの思うツボである。

「例えば?」
「え?」
「ユート様があなたの隣の部屋に入ることで、どれだけ便利になるか、言ってごらん」
「そ、それは……ええと」
「ほれほれ、お姉さんに言ってごらん?」
 戦時には支援向きとされるレッドスピリットには珍しく、前衛に立つことも多い「斬り込み隊長」のヒミカに「手加減」とか「仮借」とかいう語彙はない。
 まさか「ユート様が、ネリーの部屋に遊びに来やすいから」とは口が裂けても言えるはずもなく。
「え、えっとその……し、シアーも、そう思うよねっ!?」
 ネリーはヒミカの猛攻を支えきれず、応援を要請した。
「もぐもぐ……ほえ?」
 蚊帳の外で一生懸命お肉と格闘していた『孤独』のシアーは、突然呼ばれてきょとんと小首を傾げた。
 ネリーとは対照的に青い髪を涼しげなおかっぱに切り揃えているシアーだが、髪型を除けばそのあどけない顔立ちは、ネリーと生き写しである。
 事実、彼女はネリーとは「双子」であった。
 さて、彼女は食べるのが人より致命的に遅い。口の周りをソースで汚したその間抜けな表情から察するに、今の話を聞いていたとは到底思われない。
 ネリーは片眉を吊り上げて、ぐずな妹に詰め寄った。
「だ・か・ら! シアーもネリーの言うことに賛成でしょ?」
「え、えと……う、うん。し、シアーは、ネリーに賛成ですぅ~」
 ネリーの気迫に圧倒され、シアーはおどおどと頷いて見せた。何はともあれ姉さえよければ万事それでいい、非の打ち所のないお姉ちゃん子なのである。
「……それで、何のお話なの?」
「ほら! シアーもそう言ってることだし、そうしようよっ!」
 妹の疑問の声を黙殺し、ネリーはかさにかかって自分の主張をごり押しする。
「……だって。どうする、ハリオン?」
 ヒミカはネリーのただならぬ熱意に呆れて、さじを投げた。
「そうは言っても~、困りましたね~。ネリーとシアーの隣の部屋は、へリオンの部屋ですし~……あら? そういえば~、へリオンはどこに~?」
 ふと、へリオンの席がもぬけの殻であると気づき、ハリオンはきょろきょろと辺りを見回した。彼女の席からは、マットに沈んだ敗者の亡骸は見えない。
「ん? さっきまで居なかったっけ?」
 ヒミカがいまさら気づいたように目を向けると、唐突に食卓の下からにょっきりと手が生えた。

「あらあら?」
 病的に震えるそれは、がしっと食卓の表面を捕らえた。興味深げな視線が集まる中、その手は黒いツインテールの少女を一本釣りにした。
「う、あううう……」
「あらあら~、へリオンったら、そんなところで寝てたら、風邪引いちゃいますよ~?」
「ち、違いますっ! ってててて……ひ、ひどいですよ~、ネリーさん……」
 目尻に涙を溜め、鼻筋を手で庇いつつヘリオンは抗議した。
「あれ? へリオンいたの?」
 全く身に覚えのないネリーは、目をぱちくり瞬かせてまだ微妙にふらついているへリオンを眺め回した。
「いたの、じゃないですよ、もう……とにかく、私の部屋は勘弁してくださいよ。ユート様のご命令ならともかく、立ち退くのはちょっと……」
「えー? ……あ、じゃあさ、へリオンがユート様と一緒の部屋に住むってのはどう? うん、これなら完璧じゃん、ネリーってあったまいいーっ!」
「私の部屋にユート様を……? そ、そそそそそ、それは、こ、困りますよぅっ!! 
 だ、だって、そんな、ユート様と一つ部屋で、一緒に寝起きするなんて、ベッドも一つしかないしその……あわわわわ」
「ベッドが一つしかないなら、それこそ一緒に寝ればいいんじゃない?」
 耳まで真っ赤に茹で上がって一人で盛り上がるヘリオンを肴に、ヒミカはお茶を啜った。
「ひ、ヒミカさんっ!?」
「そうそう、そうしなよ」
 ネリーが賛同の声を上げる。
「じょ、冗談じゃありませんっ! そ、そんな恥ずかしいことっ、できるわけないじゃないですかっ!?」
「どうして? その方がユート様といっぱい遊べるじゃない」
「え……いっぱい遊ぶって……」
 絶句しかけて、ヘリオンはぶんぶんと頭を振った。多分、そっちの「遊ぶ」ではない。
「そ、それはそうかも知れませんけど、だったら、ネリーさんの部屋にユート様をお泊めすればいいじゃないですかっ!」
「えー? それはだめだよ、だって、ネリーは女の子だもん」
「わ、私だって女の子ですっ!」
 こうなってしまえば、誰かが止めない限りどこまでも脱線していくのが常である。

「もう、おやめなさい、二人とも。話が一向に進まないじゃないですか!」
 そして、いつものようにファーレーンが仲裁に入った。
 にやにやと煽りを入れるヒミカ、にこにこと見守るばかりのハリオンのツートップは、場を仕切るには性格が向いていない。
「……はぁーい」
「す、すみません……」
 一人は不承不承、もう一人は身を縮こまらせながら着席する。
「ハリオン、続けてください」
「え、ええ。そうですね~、ネリーには悪いけど~、やはりユート様のお部屋は、あの空き部屋にしましょうか~。そ
 れでは、明日の訓練が終わったら~、みんなでお掃除しましょうね~」
「ほっ……」
「ちぇーっ」
 ハリオンの裁定に舌を鳴らしたのはネリーだけだった。残りは口々に、あるいは無言で「異議なし」を表明する。
「……ほえ?」
 一人シアーだけは、最後まで蚊帳の外だった。

「……話は、これだけですか?」
 それまでつまらなそうに俯いていた『熱病』のセリアが、血色の薄い相貌をあげて、素っ気なく確認する。
彼女が悠人の話題に積極的な姿は、未だに目撃例がない。
「私、そろそろパトロールに行かなければならないんですけど」
 彼女の背後には、永遠神剣『熱病』が無造作に立てかけられている。
 第一詰め所の『存在』のアセリアとは同郷同輩で、名前も、取っ付きの悪さもよく似ていた。
 しかし、無邪気なところのあるアセリアとは違い、セリアにはどこか人を寄せ付けない毒気がにじみ出ていた。
「ええ、これだけですよ~。他に何もなければ、お開きにしましょう~」
 ハリオンが一同を見渡して告げると、セリアを含む幾人かは席を立った。
 無言のまま軽く会釈だけして、セリアが食堂を辞した。
「それでは、行って参ります」
 と、『月光』を手にしたファーレーンが後に続く。

「それじゃあ、ニムは片づけをお願いね~。私は~、お風呂に行ってきますから~」
「……はぁ、面倒」
 ハリオンの言いつけに対して今度は一言目にぼやいてから、ニムは渋々汚れ物を集め出す。
 しかし敵は9人分の食器、あまりの多さに閉口して、視界の端に移った赤い髪の持ち主を目ざとく呼び止めた。
「ねえ、ナナルゥ。手伝ってくれない? どうせ後は寝るだけなんでしょ?」
「……はい、わかりました」
 食堂から今しも退室しようとしていた『消沈』のナナルゥは、言われるままに踵を返した。
 無口で影が薄く、ある意味もっとも「スピリットらしい」従順な彼女を便利使いする向きは割と多い。そのことを特に疑問に思うような者もいなかった。

「あーあ、つまんないの。シアー、お風呂行こうよー」
 頭を後ろ手に組んだネリーは、未練がましく不平を鳴らしていた。
「う、うん。もうちょっと待っててね……」
 未だ食事中のシアーは、最後に残った肉の一切れを小さな口に放り込むと、もぐもぐもぐもぐ……と丁寧に噛み砕く。
 すっかり冷えて美味しくないんだから、そんなの残せばいいのに……と、いつも一人だけ食事が遅い妹を、ネリーは焦れったそうに見守っていた。
「もう、早くしなよー……?」
 ふと、その目がテーブルの上に残されていた焦げ茶色の物体を捕らえた。今晩のデザートのヨフアルである。
 もう焼きたてというにはほど遠いが、冷えたヨフアルもそれはそれで味わいがあるのだ。
 先ほどの鬱憤晴らしとばかりに、ネリーはシアーの肩越しにそれを取り上げ、欠片をこぼしながらぺろりと平らげてしまった。
「うん、でもやっぱり焼き立ての方が美味しいよね……」
 汚れた指を服の裾で拭いながら一人合点に頷くと、ちょうど下げた目線が、振り返ったシアーの目とぶつかった。
 見る間に、自分と全く同じ深い藍色の瞳が、じんわりと潤み始めるではないか。
「し……シアーのヨフアル~」
「え?」
「せっかく取っておいたのに~、ネリーが食べた~っ!」
 妹のあまりの剣幕に、ネリーは思わず鼻白んだ。

「そ、そんなの知らないもん。だいたい、シアーがいつも食べるのが遅いのがいけないんだよっ! それを手伝ってあげただけなんだからっ!」
「ふぇ~~んっ、ネリーがシアーの食べた~っ!」
 ネリーの弁解にまったく耳を貸さず、シアーは泣きながら姉の横暴を糾弾する。
「あんたたち邪魔邪魔っ ほら、あっち行った行ったっ」
 ちょうどシアーの席に差し掛かったニムが、シアーの食器をひったくりながら声を荒げた。
 雑用中のニムほど不機嫌なものは、およそ存在しないのではないかと思わせるほどに、苛立っている。
「そんなこと言ったって、ネリーのせいじゃないもんっ!」
「……っていうか、あんた学習能力あるの? 何回同じことすれば気が済むわけ? 前もあんたがシアーのおやつを取ったの取らないのって喧嘩したばかりでしょ。
 食い意地が張ってるだけならまだしも、今度は妹に八つ当たり? みっともないったらありゃしないわね、まったく」
「うぐっ…」
 一度口を開けば、ニムは容赦というものを知らない。ぐうの音も出ないネリーは、仕方なくシアーの腕を引っ張り、この場を退散しようとする。
「ほ、ほら。行くよ、シアー……」
 しかし、シアーは微動だにしない。椅子に根を生やしたかのごとく、頑張ってくる。
「やーだーっ! シアーのヨフアル、返して~っ!」
「もう、食べちゃったものはしょうがないでしょ!」
「ああもう、どいたどいたっ!」(げしげし!
「いたっ! いたいってばっ!」
 追い打ちをかけるようにニムが小突いてくる。前門のシアー、後門のニムントール。にわかにネリーの進退は窮まったかに見えた。
 食堂の扉が開いたのは、丁度そのときである。
「えーっと~、ニムはまだいるかしら~?」
 風呂にいったはずのハリオンが、ひょっこり顔だけ覗かせて、きょろきょろと部屋の中を窺った。
「あ、ハリオン!」
 目ざとくそれを見つけたネリーの苦り切った表情が、この瞬間からりと晴れ上がった。
 シアーとニムを置き去りにして、脱兎のごとくハリオンの元へ逃げ込んでいく。

「はわわ……ど、どうしたの~?」
 いきなり懐に飛び込まれて、ハリオンは目を白黒させる。
 脱衣後に直行してきたらしく、裸身に巻いただけのタオルがはだけて落ち、その規格外の乳房が露わになるが、ネリーはお構いなしに抱きついた。
「あらあら、またシアーを泣かせたの~?」
「ううん、あれはちょっと違うんだよ、うん、何でもない何でもない。それより、今日出たヨフアルって、もう余ってない!?」
「ヨフアル~? えーと、出したので全部だけど、どうかしたの~?」
 あごに人差し指を当て、小首を傾げるハリオンに、ネリーの瞳からは急速に希望の光が失われていった。
「そか……ううん、ならいいや……」
「そぉ?」
 項垂れるネリーと、しゃくり上げるシアーを交互に見比べたハリオンは、何か得心したように頷いた。
「あ、そうそう。あなた達に~、頼みたいことがあるんだけど、いいかしら~?」
「ん……なに?」
 ネリーは、力無く先を促した。
「明日ね、ユート様のお部屋を整えるでしょ~? でもぉ、いろいろ足りないものがあるから~、おつかいに行って欲しいんだけど~」
「……おつかい?」
「ええ。悪いんだけどぉ、お願いできないかしら~?」
「うん、別にいいけど……」
「ありがとう、助かります~。ちょっと量が多いんだけど、シアーと二人で行けば~、大丈夫よね~?」
「……」
 ネリーは、ちらっとシアーの方を盗み見た。ニムはその場から離れ、ナナルゥがシアーの頭を不器用な手つきで撫でている。
 それが効いたものか、シアーは少し落ち着いたように見受けられた。
「……」
 ネリーは居心地が悪そうに視線を戻した。途端に、ハリオンの大きな乳房が視界を肌色に埋め尽くす。
「あ、そうそう。市場には~、美味しそうな屋台とか、楽しい見せ物とかあるけれど~、寄り道とかしちゃだめよ~? 
 特にヨフアル屋さんなんか、メッ! メッ! ですよ~?」
「……え!」
 それを聞いて、ネリーが顔を上げた。

「わかった~?」
「う、うん! 大丈夫、もうネリーたちにバッチリ任せといてよっ!」
 大張り切りのネリーを見て、ハリオンは満足げに目を細めた。
「それじゃ、詳しいことは明日ね~。もう遅いから、明日に備えてちゃんと寝るんですよ~?」
「は~いっ!」
 元気のいい返事をするネリーの頭を撫で、ハリオンはようやくタオルを拾い上げようとする。が、それはすんでの所で、横取りされてしまった。
「……で、ハリオン。ニムに用事があるんじゃないの?」
「あら~、ニム、いたの~?」
 タオルを抱えて見下ろすニムに、ハリオンは刺激的な挨拶を返した。
「……」
「冗談よ~、そんな怖い顔しちゃいやです~」
「明日の訓練が楽しみね」
「あらあら~、お手柔らかにね~。それから、用事の方はもう済んじゃったから。それじゃ~、後かたづけ頑張ってね~」
 不機嫌そうに鼻を鳴らすニムの頭を撫で、ハリオンは平然と素っ裸のまま風呂場へ戻っていく。その背中目がけてニムはバスタオルを投げつけた。
 それは、丁度ハリオンが閉めた扉に当たって、床に落ちた。
 一方ネリーは、小さくガッツポーズを決め、飛んでシアーの元へ舞い戻る。
「ねえねえ、シアー! ネリーたち明日おつかいにいくことになったんだよっ」
「……ぐすっ……お、おつかい?」
 ひとしきり泣いて発散できたのか、シアーはぐずる程度にまで治まっていた。しかし、食い物の恨みはなんとやらで、ネリーを牽制するように睨み付ける。
「うん、だからね、ごにょごにょ……」
 そんなことはお構いなしに、ネリーはシアーの耳元に口を寄せた。
「や、ちょっと、ネリー…………えっ、本当っ!?」
 見る見るうちにシアーの泣き顔が輝きだした。
「へへー、ネリーにまっかせなさーいっ!」
 どんっ、とささやかな胸を叩いてみせる姉を見上げるシアーの瞳の色は、もう全幅の信頼を取り戻していた。
「うんっ、了解ですぅ~!」
「じゃ、お風呂いこっ! 明日に備えて、早く寝なきゃ!」
「あ、待ってよネリーっ!」
 いつもの調子を取り戻した双子は、相前後して矢のように部屋を飛び出して行った。
「……何あれ?」
「……仲直りできたのでしょう」
 取り残されたニムが訝しげに呟くと、ナナルゥは律儀に答えて皿の山を持ち上げた。