あなたを見つめる私

前編

 生とは、一体何だろう。
 生きているとは、一体どういう事だろう。
 いつの頃からか私の中にある疑問。
 その答えがもう少しで見えてきそうな気がする。
 答えを示してくれそうな人を見つけた。


  あなたを見つめる私


 ラキオス王国がマロリガン共和国に勝利し、悠人と共にファンタズマゴリアに飛ばされてきた2人のエトランジェをラキオス陣営に加え、戦況も一つの区切りを迎えた。
 帝国との戦いがすぐ後に控えてはいるものの、今までただ闇雲に突き進んできた悠人にようやく希望というものが見えかけてきた、そんな時期。

 トントン。
 控え目なノックの音が響く。
「はい。入って良いよ」
「失礼します」
「ん? どうした、ナナルゥ。何かあったか?」
 悠人がラキオススピリット部隊第一詰め所にある自室でくつろいでいた時に訪ねてきたのは、ナナルゥ・レッドスピリット。
 以前は無表情で、感情を表に出さないというよりも感情が無いのではないかと思わせるスピリットだったが、最近では少しずつ悠人に色々な面を見せるようになってきていた。
 悠人の方でも、ナナルゥはどこか気になる、放っておけないと感じさせるスピリットだった。
 それがなぜなのかは、この時の悠人にはまだ解っていなかったけれども。
「何か、と言うほどの用は無かったのですが……何か特別な用事が無ければ来てはいけなかったでしょうか」
 僅かに寂しそうな顔をする。
 ナナルゥを知らない者が見れば、気付かないかも知れない程に僅かな表情の変化。
 しかし今の悠人には、この顔が今にも泣きそうな気持ちを抑えているのだと理解出来てしまう。
 これもコミュニケーションの成果である。
 仲間に命を預ける戦場は、他のどんな場面よりも濃密なコミュニケーションの場でもあった。仲間の事を理解し、信頼出来無ければ、それが敗北即ち死に直結するのだから。
 兎にも角にもそのナナルゥの表情に気付いた悠人は、条件反射的に大慌てでフォローする。
 ナナルゥがこうして能動的に行動する事自体、最近になりようやく見られる様になった事なのだ。それを否定する事など、お人好しな悠人に出来る筈も無い。
「そんな事無いさ。来てくれて凄く嬉しいよ」
「そうですか。良かったです」

 ほんのりと顔を赤らめ、ほっとした表情を見せるナナルゥ。元々が美人であるナナルゥのそんな無防備な表情(とはいえ、これまた他者には見分けが付かないかも知れないが)を見せられると、正常な若い男である悠人はどうしてもドキッとしてしまう。
 このままナナルゥを見ていると変な気分になりそうだった悠人は、自分の気持ちをごまかすように、動揺を抑えつつ言葉を発した。
「で、どうした? 用事は無いって言ってたけど、何の理由も無く来たって訳でも無いんだろ?」
 突然に顔が見たくなったというのでも、なんとなく足が向いたというのでも、とりあえずそれはそれで理由ではある。
「はい。少々質問がありまして」
「質問? まぁ俺に答えられる事なら答えるけど、何だい?」
 ナナルゥを席に促し、お茶を入れる。
 この辺りの気遣いはお茶の入れ方も含めエスペリアに習ったもの。
 元の世界では他人とのコミュニケーションが希薄だった悠人の、ファンタズマゴリアに来てからの成長の一つである。
 ハーブの清々しい香りが部屋に漂う。
 悠人が自分の入れたお茶を一口、口にする。程良くさっぱりとした味が口の中に広がり、うん、我ながら上手くいったと自画自賛。
 もう一口、と悠人がお茶を再度口にしかけたところで、ナナルゥが質問を発した。
「人を好きになるというのは、どういう事ですか?」
「……は?」
「ユート様?」
「い、いや。いきなり予想外の質問だったから。はは……」
 戦闘戦術関連の質問かと思っていた悠人は、ナナルゥが恋愛事について訊ねてきた事に少なからず驚いた。
 でも、だからこそしっかり答えてあげたいと悠人は思う。
 今まで戦う為だけに生かされてきた彼女達が、ようやく戦い以外に興味を持ち始めたのだから。

「人を好きになるっていうのはな……うーん、何だろう」
 知っているつもりの事でも、改めて問われると実は自分でもよく解っていなかったのではないかと思わされる事は良くあるものだ。
 悠人は特に最近、アセリアやナナルゥと話していてよくこういう場面に出くわしている。
 一般常識とか共通認識と思っていた物事を説明するのは、なかなかに難しい。
 そもそも、常識等というものは場所により、時代により、そして人によってすらまるで違うのだ。その事を悠人はファンタズマゴリアに来て痛感している。
 子育ての難しさというのは、こういうところにあるのかも知れないと、そんな事まで考えてしまう。
 おまけに、恋愛ときたのだ。今まで悠人は佳織の事で精一杯で、恋人を作った事も無かった。ファンタズマゴリアに来てからは戦い、生き残るのに必死で恋愛どころでは無かった。
 よく解らないというのが正直なところかも知れない。
 それでも悠人は真摯に考え、自分の意見を述べる。
「そうだな……その人を大切にしたいとか、いつも一緒にいたいとか、そういう気持ちになるって事じゃないかな?」
「その人を大切にしたい……いつも一緒にいたい……」
「本当にこの答えが正しいのかどうかは別として、これが今の俺の答えだな」
「ユート様の考える……好きになるという事」
「あんまり参考にはならないかも知れないけどな」
 悠人は、とりあえず自分では納得のいく答えが出せた事にほっとする。
 一息ついて、悠人が再びお茶を口にしたところに、ナナルゥが言う。

「ユート様」
「ん?」
「好きです」
「ぶぅーーーっ!!」
 思わずお茶を吹いてしまう悠人。
 とっさに横を向いたのでナナルゥにはかからなかったのが幸いだ。
「な、ななな!?」
「私はユート様を大切に思っています。可能ならばいつもユート様と一緒にいたいとも思います。先ほどの定義に当てはめれば、私はユート様を好きだという事になります」
「あ……あはは」
 悠人は吹き出したお茶を拭きながら、笑うしか出来ない。
「ユート様はどうですか?」
「ははは……は?」
「ユート様は私の事を好いて下さっていますか?」
「え、えーっと……」
「私を大切にしたいと思って頂けますか? 一緒にいたいと思って頂けますか?」
 自分で定義した事ゆえ、否定も出来ない。
「あはは……うん、まぁ、その定義に当てはめると、俺もナナルゥが好きって事になるかな」
「そうですか……ユート様が私の事を好き……」
 ナナルゥは頬を染め胸に手を当ててうつむき、しかしすぐにまた顔を上げて言葉を続けた。

「では、キスしていただけますか?」
「ぶぅーーーっ!!」
 何とか落ち着こうとして口にしたお茶を、人間霧吹きよろしく悠人は再び吹き出す。
「な、なな……!?」
「嫌なのですか?」
 しゅんとうつむくナナルゥ。
 このやり取りを確信犯で行っているのなら恐るべき恋愛駆け引きだが、2人のこれは天然である。
 天然ゆえにブレーキのかけ方も知らず、どこまでも転がっていく。
「い、いや……」
「やはり嫌なのですか……」
「あ、いやというのはその意味の嫌ではなくてだな、そうじゃなくて、あの、その、何だ……ナナルゥ、キスとか誰に聞いたんだ?」
「誰という事はありませんが、皆が言っているものですから」
「何て?」
「好きな人とはキスをするものだと」
「……」
 スピリットとはいえ年頃の女の子。恋愛事には興味津々なお年頃なのだ。
 そのような話をしていても無理は無い、むしろ、そういう事にも興味を持てるようになってくれた事が嬉しいと悠人は思う。
 しかし……。
 ナナルゥを見る。ついつい唇が目に止まり、悠人は鼓動が早くなるのを自覚する。
 口紅をひいた訳でも無いのに、しっとりとした丹花の唇。
 一度意識してしまうと、先程までは平気だった筈なのにもう直視出来ない。

「ユート様は私の事を好きだと言って下さいました」
「う、うん」
 悠人、激しく葛藤。
 ここで流されていいものか、と。
「……ユート様?」
「……えっと……」
 ナナルゥの表情が僅かに変わり、身を引こうとする。悲しそうに。寂しそうに。
「申し訳ありません。ユート様は私を気遣って好きと言って下さったんですね……。それに気付かずに変なお願いをしてしまい申し訳ありませんでした。好きと言って頂けただけで私は満足です」
「そ、そんな事無いぞ!! 俺がナナルゥを好きだっていうのは本当だ」
「……では、キスして頂けますか?」
「う、うん。分かった」
 チャンスに弱いくせに、押しにも弱ければ、引きにも弱い。
 ヘタレのヘタレたるゆえんである。
「……」
「じゃ、じゃあ、するぞ」
「はい」
 切れ長の目。ルビーを思わせる深紅の瞳が、悠人をじっと見詰めてその姿を映す。一見無表情に見えるその眼の奥にあるのは、期待だろうか、不安だろうか。
「……」
「……」
「あのー、ナナルゥ」
「何でしょう?」
「じっと見つめられていると、非常にキスしにくいのだが」
「では、どうしたらよいですか?」
「目、つむってくれる?」
「はい」

 ナナルゥが素直に目をつむる。
 ちゅっ。
 唇が触れ合う。
 悠人の唇に、ナナルゥの柔らかな唇の感触が伝わってくる。
 しばしその優しい感触を味わい、ゆっくりと唇を離す。
 ナナルゥが目を開け、自分の唇を軽く撫でながらほぅっと止めていた息を漏らした。その何気無い仕草がまた艶かしい。
 それにしても、と悠人ははっと我にかえった。
(俺、ナナルゥとキスしちまった!?)
 勢いに乗せられたと言っては言葉が悪いが、一息ついてから改めてたった今自分のした事を思い返し、焦る悠人。
 無理も無い事ではある。悠人が他人に対してキスした事など初めての経験なのだから。
 ……ファンタズマゴリアに来て、エスペリアの手コキのお世話になったり、フェラチオしてもらった事はあったけれど。それどころかこの世界に来た時にスピリットと初体験を済ませていたりはするのだけれども。
 それらは全て受動的な経験であり、悠人の側からはキスすらした事が無い。さすがキングオブヘタレ。
 顔を真っ赤にして身悶える悠人に、ナナルゥが更なる追い討ちをかける。
「好きな人とのキスは、舌を入れたりするものだと聞きましたが……」
「うぇ!?」
 以下、先程と同じようなやり取りがあって、結局悠人はナナルゥとディープキスをする事になる。
 ヘタレ全開。

「んくっ……ん……んん……ちゅるっ……」
 柔らかなナナルゥの舌が、悠人の口内を這い回る。
 始めはおずおずと、やがて激しく、強引と紙一重の大胆さで。
 拙く、それゆえに一生懸命に。
 口内で絡み合う舌に、悠人は頭の中まで撹拌されている様な錯覚に陥る。
「ん……ちゅく……ちゅる……ぷはっ」
 交じり合った2人の唾液が、唇同士に銀色の糸を引き、切れる。
 そして、再び悶える悠人に次なるナナルゥの言葉。
「互いに好きあった2人は、ベッドで愛を確かめ合うと……」
 以下略。
 ヘタレ万歳。

 一糸纏わぬ姿でベッドに横たわるナナルゥの姿は、幻想的と言って良い美しさがあった。
 胸はやや大きめ。しかし、巨乳というよりも美乳という形容が当てはまる。ウエストはきっちりとくびれながら、丸みを帯びた腰の曲線が女性らしさを感じさせる。
 手足はすらりと長く、肌はまるで透き通るかのよう。
 高度にバランスの取れた肢体は、もはや芸術品といっても過言では無い。
 しかしそれはただ美しいだけの芸術作品では無く、男性を否応無しに引き付ける生々しい女性としての肉の魅力、一種のいやらしさも有していた。
 それはナナルゥの命の証明。生の証。それがますます悠人の視線を釘付けにした。
 理想の女性の具現ともいえる体が、まるっきり穢れを知らない少女の無防備さでベッドの上に横たわっている。
「ドキがムネムネします」
「……は?」
「間違えました。胸がドキドキします」
 普段とはあまり変わらぬ表情に見えるナナルゥも、実際は緊張しているのかも知れない。
 とてもそうは見えないけれども。

 2人は気付いていなかった。
 運命の悪意にずっと翻弄されてきた者が、常に戦いの中で生きてきた者が、自分達の生まれたままの姿をこれ以上無く無防備に晒す事が出来ている。その意味に。
 それは一片の曇りも無い絶対の信頼があればこそ。

 恐る恐る悠人がナナルゥの胸に手を伸ばす。
 瑞々しくはじける様な張りがありながら、触ると自在に形を変える嘘のような柔らかさ。
 しっとりと指に吸い付くようでありながら、驚くほどに滑らかな感触。
 作り物めいて美しくも、温かく肉感的。
 異性に媚びる姿勢は皆無ゆえに、脳髄を蕩けさす程に蠱惑的。
 穢れの無い純真無垢な反応は天使の様で、その持つ妖しい魅力は悪魔の様。
 二律背反した魅力を同時に満たしたナナルゥの体に、悠人は夢中になった。
 自分の体とは全く異なる感触に、悠人は自らと異なる性、女性というものを否応無しに意識させられる。
 すべやかな手触り、掌から伝わって来る体温、力を込めずとも触るごとにふにふにと変わる形、それら全てからナナルゥを感じつつ、膨らみの先端に触れる。
「ん……はぁっ……」
 ナナルゥが少しずつ息を荒くしていく。
 悠人とて元の世界でAVを見た事が無い訳では無いが(最も自ら進んで見たのではなく、光陰に見せられたのではあるが)AVの様に女性が皆このような時に男好きのする嬌声をあげると思っていた訳でも無い。
 けれども、悠人にとってはAVで聞いた女性のあられもない嬌声よりも、悠人はナナルゥの荒い息が、途切れる息が、それに伴い吐き出されるほんの僅かなアルトボイスの方が、遥かに艶かしく、色っぽい旋律に聞こえた。
「ナナルゥの体、柔らかいな」
 胸だけでは無く、腕も、お腹も、ナナルゥの体はどこをとっても女性らしい柔らかさを誇っていた。無論太っているのでは決して無い。
 ダイエットどころか、体型の事について考えた事も無いのだろう。無造作に、しかしそれゆえに自然に形作られたそれは、人の作った美しさではけして及ばない神の作った奇跡とでもいうべき女性の体。

「ユート様の体は、固いです」
 つっとナナルゥが悠人の腕に触れた。
 元の世界にいた時から過酷なバイトをしており、ファンタズマゴリアに来てからは剣を振り続けた悠人は、実用的で強靭な筋肉を身に纏っている。
 ナナルゥもどこか感心したような顔をする。
 悠人がナナルゥの体に触れて驚いたのと同様、ナナルゥも悠人の体に触れ、感じるものがあったのだろう。
 悠人が堪えきれずにナナルゥの下半身、女性の部分に手を伸ばす。
「……ユート様」
「ど、どどど、どうした、ナナルゥ?」
 悠人、どもりまくり。
 そんな動揺しまくりの悠人の前で、ナナルゥは顔を赤くしてもじもじする。今までに無いくらい感情が表に出ている。
 悠人の動揺に反応しないのは、気にしていないのでは無く、ナナルゥの側にもその余裕が無いだけの話だ。
「私は……恥ずかしいと感じている……みたいです」
 ナナルゥの感じる羞恥心。それはナナルゥにとって今まで感じた事の無い類の感情だった。
 初めての羞恥心に、まるで荒波に浮かぶ舵の壊れた小船の様に翻弄されるナナルゥ。
 それを取り除いてあげようにも、悠人も経験が豊富な訳では無いのでどうして良いのやら判らない。
 だから悠人は、出来るだけ優しくキスをした。
「ん……ちゅくっ……んんっ……ぷはぁ」
 それが功を奏したのか、落ち着きを取り戻して、安心した表情に戻ったナナルゥの下半身に、悠人は優しく、優しく触れる。

 さわさわとした恥毛の下にある、ナナルゥの女性自身の感触が悠人の指に伝わった。
 ぷにっ。
 びっくり、どっきり。
 そこで悠人の手は止まる。
「えっと……どうしたらいいのかな」
 半ば勢いに任せてここまできたとは言え、知識経験の無さはいかんともし難い。
 とはいえ、ここで変な見栄を張らずに素直に質問が出来るのは悠人の長所だろう。
「どう、とは?」
「俺、女の子のここ触るの初めてだからさ。どうやったら良いのか判んないんだ」
 愚かしいほどに正直な悠人の告白に、ナナルゥもしばし考える。
 ナナルゥも初めてだから。
 頭の中を検索。該当結果2件。天井裏から観察したエスペリアとファーレーンの行動から情報を適用。
「まず、外側の部分を優しく撫でていただけますか?」
「うん」
 熱を帯びた柔らかな感触を悠人は優しく撫でる。
「そこからだんだん……あっ……中心部に。……中心部に行けば行くほど……んんっ……優しくお願いします」
 次第に構造は複雑に。色もサーモンピンクになり、生々しさが加速する。
 優しくして欲しいと言われずとも、優しく触れる事しか悠人には出来ない。恐る恐るといった手つきの愛撫は、それでも少しずつ少しずつナナルゥの体から快感を引き出していく。
「そこの割れ目の……んっ、上のところにあるぽっちは……んあっ……一番敏感なところなので……一番優しく……ひああっ!!」
 悠人が淫核に触れた途端、ナナルゥはびくりと震えた。
「はぁっ……、私……変です。気持ち良いです」

 ナナルゥの膣の中から、粘性のある液体が染み出ている。
 そのぬるついた感触に、悠人は更に昂ぶる。
「今度はユート様がここに入ってくるんですよね」
「あ、ああ」
「お願いします」
 それは昂ぶった悠人が待ち望む行為に至る許可の言葉。
「わ、解った」
 しかし、待ち望んでいたとはいえ、膨れ上がる緊張感に悠人の心臓は激しいビートを刻む。
 どっ、どっ、どっという心音が、悠人の全身に木霊する。これほどの緊張を悠人が感じたのは、ファンタズマゴリアに来ての初めての戦い以来の事。
 他者を殺すための行為、子を成す為の行為、対照的ながら命のやり取りという意味では同軸ベクトル上にある行為と言える。
 今のファンタズマゴリアのスピリットに生殖能力は無いとはいえ。
 それはさておき、悠人はしっかりと狙いを定めてナナルゥの中に侵入をはかった。
 狭い肉の門を無理矢理こじ開け、割り開く。
「つっ……」
「大丈夫か?」
「ゆっくりして頂くと……かえって辛いかも知れません。一気に来て下さい」
「よ、よし。解った」
 既に先端がナナルゥに包み込まれ、ともすれば暴発してしまいそうな快感の中、悠人は呻く様に答えた。
 先端だけですらこうなのだ。全てがナナルゥに包まれた時、どれだけの快感が待ち受けているのか悠人には想像もつかない。
 悠人が女性の中に入るのは初めてでは無いが、何が何だか解らない混乱の中に一方的に犯されて終わった初体験の時と今とではまるで状況が違う。

「いくぞ」
「はい」
 ぐっ、と悠人は力を込めた。
 ずずずずっ、とナナルゥの中に潜り込んでいく。
 途中、ふつり、という感触があった。それがナナルゥの処女喪失の瞬間。
「くぅっ!!」
「ああっ!!」
 快感に呻く悠人と、激痛に喘ぐナナルゥの声が重なり、二人は一つになった。
 きつく締め付けられ、暖かく包み込まれ、今にも爆発しそうな快感を押さえ込みつつ、悠人は辛い表情を隠そうともしないナナルゥに問う。
「ナナルゥ……痛いか?」
「……凄く……痛いです」
 素直に答えられて悠人は焦る。
 予定では、「平気です」という強がりな答えを期待していたから。
 現実は男の身勝手な妄想よりもシビアなものだ。
「……ごめん」
「まるでナイフで刺された傷口に……指を突っ込まれてるみたい……です」
「う……」
 悠人はその状態を想像して、もの凄い罪悪感に襲われる。
 その形容はあながち間違ったものでは無い。引き裂いたばかりの傷口を、今も広げるが如くに押し開いているのだ。
 体はこれ以上無い位の快感を感じてはいたが、悠人はナナルゥに提案する。
「もうやめようか?」
「それはダメです」
 はっきりと、ナナルゥは悠人の提案を却下した。

「でも、凄く痛いんじゃないのか?」
「凄く痛いけど止めてはダメです」
 言うと、ナナルゥは悠人の背中に手を回し、ふわりと抱きしめた。
 幼くして親を2度亡くして以来、限られた友人達以外からの人の優しさを拒絶していた悠人だから。
 その友人達にすらもどこか遠慮していた悠人だから。
 ずっと歯を食いしばって一人で佳織を支えてきた悠人だから。
 他人に頼らず、ずっと自分の力で生きてきた悠人だから。
「私はユート様を大切に思います。いつも一緒にいたいです。……ユート様、大好きです」
 優しく抱きしめられ、優しく語られたこの一言は、悠人の胸にとても重く突き刺さった。
 悠人はずっと絆を求めていたのだ。絶対の信頼が出来る相手を、何があってもどんな時でも味方でいてくれる相手を、限り無い優しさを与えてくれる相手を求めていたのだ。
 その心に応える声だったから、悠人の胸にナナルゥの言葉はどこまでも深く響いた。
 そして悠人が求めていた絆をようやく手にしたのと同様の事が、ナナルゥにも当てはまる。
 他人を拒絶していた、そうでない相手にも一歩引いていた悠人が、スピリット達に対してはそれが出来なかった。その理由がここにある。

 スピリット達は誰にも愛されていなかった。
 ただ道具として扱われ、使い捨てられるだけの存在だった。
 悠人は誰にも愛されない辛さを知っていたからこそ、スピリットの皆を拒絶する事が出来なかった。
 悠人には光陰がいた。今日子がいた。そして、佳織がいた。
 しかし、皆がいなかったとしたら?
 誰にも全く愛されず、誰にも必要とされない存在。
 代わりが幾らでもいる、いなくなっても誰も気にかけない存在。
 ナナルゥは悠人の一つの可能性だった。
 最も深い部分に悠人の存在を、体温を感じながら、ナナルゥは痛みすらも喜びに感じていた。
 それは生みの痛み、苦しみ、そして喜びと言えるかも知れない。
 ナナルゥは今、悠人に必要とされた。真の意味で唯一無二の存在として認められた。『ナナルゥ』という確たる存在がこの世界に誕生した。
 これが悠人、そしてナナルゥが、互いを心から必要だとはっきり自覚した瞬間だった。
 悠人は今まで、佳織の為だけに生きてきた。ナナルゥはこれまで、神剣の声にただ従って生きてきた。
 その二人が、自分の為に生きるその理由を見つけた瞬間でもあった。
 つっ……と自らの頬を濡らす感触に悠人は驚く。
 それは、悠人自身が流している涙の感触。
「あ、あれ? 俺……どうしたんだろう」

 ぼろぼろと出て来る涙に悠人は困惑する。
「大丈夫です。ユート様はもうお一人で頑張らなくてもいいんです。
 辛いときは辛いと仰って下さい。助けが欲しいときはいつでも呼んでください。好きな人に頼られるのは、好きな人の為に何かをするのはとてもとても嬉しい事なのですから。
 私にユート様を大切にさせて下さい。いつも一緒にいさせて下さい」
 ナナルゥに優しく抱きしめられたまま、ナナルゥの膣にきつく包み込まれたまま、悠人は声を出して子供の様に泣いた。
 ナナルゥはそんな悠人を最も深く繋がったままずっと撫でていた。
 まるで母が子をあやすかの様に。母と子が血による絆なら、繋がらぬ血を埋めるべく二人は深く固く体と体を繋ぎ合わせて互いの心を結んだ。

 やがて悠人の涙も止まり。
 二人はゆっくりと唇を重ね、体を重ね、心を重ねた。
 愛を与える事。愛を受け取る事。
 その2つは決して切り離せない。
 愛を与えるにも愛を受け取るにも、そこには相手が必要だから。
 お互いが愛を受け取る事で、その分また相手を愛したくなる。無限の愛の連鎖。
 いままで受け取ってこなかった愛情を二人は貪る様に求め、互いに与えた。
 愛される事に飢えていた悠人。
 愛される事を知らなかったナナルゥ。
 二人は体も心も深く交わるその中で、今まで心の底で求めてやまなかった温もりを感じ、満たされなかった欠落を埋めていった。
「私に、ユート様の望む愛情を与えさせて下さい」
「俺は……ナナルゥが好きだ。世界にたった一人だけのナナルゥが大好きだ」
「ユート様と離れたくない。今までこんな気持ち、知らなかったんです。私、ユート様が大好きです」

「私は、ナナルゥを救う事が出来なかった」
 ラキオスが帝国との戦いに入ったある夜、遊撃部隊として行動していたヒミカは、風の揺らす木々のざわめきが支配する闇の中、一人で見張りをしていた。
 交代の時間になり、起きたセリアが交代を告げたが、ヒミカはもう少し一人で考え事をしていたいと言う。
 セリアはゆっくりとヒミカの隣に歩み寄り、そのまま何も言わない。
 それは強く、気高く、優しく、そして不器用なヒミカを知っていたからこそのセリアの思いやり。
 それを感じ取れないほど、ヒミカは愚かでは無い。
 だから、それに甘えた。
「私はナナルゥにあなたは価値ある存在だと伝える事が出来なかった」
 ぽつりぽつりと言葉を紡ぎだすと、ヒミカの溢れ出す激情はもう止まらなかった。止められなかった。
「スピリットはただの戦争の道具で、私達の命に価値など無いとずっと教えられてきたから。私はナナルゥの事を大切に思っていたのに、その思いを素直に伝える事が出来なかった!!
 だから、ナナルゥは神剣に心を呑まれかけた!! ナナルゥが自分の心の価値を信じる事が出来なかったから!! それを誰もナナルゥに伝える事をしなかったから!!
 出来たのに!! 私にはそれが出来たのに!!」
 声を荒げていくヒミカを、セリアはただ黙って見守った。
 ヒミカの懺悔。
 心の澱は吐き出さねばならない。それをセリアは知っていたから、ただ黙ってそれを聞いた。
 ぱっと見がさつで大雑把で、でも他人思いで気が利いて。
 根っこの部分で自分にどこまでも厳しく、どこか決定的な部分で鈍感。
 ヒミカの全てを包み込むような穏やかな暖かさと、燃え滾るような熱さ。
 それによってセリアが自らの心に張っていた氷の壁は溶かされた。冷めきり凍て付いていた心に灯が燈った。
 けれどヒミカの心にある灼熱の炎の危うい揺らぎに、いつか彼女自身の心すら焼き尽くされるのではないかと、セリアは時々凄く心配になる。

 自分に対する悔し涙を流したヒミカは、やがて落ち着いた声で再び語りだした。
「ユート様がナナルゥを救って下さった。本当は私達が……私がすべき事だったのに」
 ラキオス部隊に戦争の途中で配属されたセリアは、ヒミカにどれほど助けられたか分からない。
 それは言葉では無く、何気ない行動、思いやりによるもの。それによってセリアは、ヒミカが自分の存在を大切に認めてくれていると気付き、自らの価値を見出すに至った。
 しかし、言葉では伝えられない事があるのと同様に、言葉にして伝えねば伝わらない事も確かにある。
 はっきりと言葉にして伝えねばならなかった事。それをし損ねた勇気の無さ。
 ヒミカがそれを自らの罪だと思うのならば、間違い無く罪なのだろう。
 罪とは倫理から外れる事。ヒミカの倫理感が自らの行動を許さないとすればそれは罪を犯したという事に他ならない。
 それでもヒミカは気付き、悔い、反省した。
 過去は取り戻せないけれど、未来は幾らでも変えられる。
 スピリットの未来はきっと良いものになる。そうセリアは確信していた。
「あなたは確かに間違ったのかも知れない。でもね、ヒミカ。私はあなたに救われた。他の誰が、たとえあなた自身が、あなたを幾ら責めるとしても、私はあなたに感謝してるわ」
 セリアはそう言葉にして、ヒミカに思いを伝えた。
 それはセリアの精一杯の告白。
 マナの霧と化すまで言う事は無いと思っていた言葉だったのだけれど。
 その想いが伝わったのか、そうでは無いのか。
 けれどもヒミカの笑顔が見れた事、それだけでセリアは心が満たされた。
(貴女は……本当に太陽みたいな人ね)
 いつの間にか雲間から顔を出した月の光が、木々の隙間から静かに二人を照らしていた。

 運命は時に大きな試練を与える。
 『誓い』は『求め』と融合して第二位永遠神剣『世界』となり、誓いの瞬はエターナル・統べし聖剣シュンとなった。
 更に、ファンタズマゴリアを滅ぼそうとする新たなエターナルの出現。
 『求め』を失った悠人はエターナルになる事を決意する。
 この世界が、仲間達が、佳織が、そしてナナルゥが大切だから。悠人にとって掛け替えの無い守りたいものが、いつの間にか沢山出来ていたから。
 だからこそ、悠人は別れを決意した。

「ナナルゥ、一人か?」
「? 私は二人はいませんよ?」
「……そ、そうか」
「……」
「……」
 どこまでも青く透き通る空の下、草原で二人はしばらくの間、ただ隣あって座っていた。
 緑の薫る風に乗って、子供達の遊ぶ声が聞こえてくる。
 やがて、意を決したように悠人が口を開いた。
「俺、エターナルになる」
「はい。知っています」
 あっさりと。
「え? 知ってた?」
「はい。トキミ様や女王陛下からお話は伺っています」

「そっか」
「申し訳ありません、ユート様」
「え?」
「私もエターナルになろうと思ったのですが、どうやら無理みたいです」
「……そうか」
「……」
「……」
 詳しい話を聞こうとは、悠人は思わなかった。
 ナナルゥが色々と考え、努力し、悩み、苦しんだであろう事は手に取るように解る。それだけで悠人には十分だった。ナナルゥには申し訳無いが、そうしてもらえた事が嬉しいとさえ思う。
 二人はまたしばらくの間、ただ黙って頬を撫で髪を揺らす柔らかな風に吹かれていた。
「私に何か出来る事はありますか?」
 今度沈黙を破ったのはナナルゥだった。
「じゃあ、抱きしめてくれるかな」
「はい」
 ナナルゥはいつかのように優しく、ふわりと悠人を抱きしめた。
 身長、体格から見れば、悠人がナナルゥを抱いているという表現になるだろう。
 けれど悠人は、自分がナナルゥに抱きしめられていると感じていた。
 ずっと恐れていた他人との絆。切れる事が怖くて、裏切られる事が怖くて、ずっと避け続けてきた筈の他人との絆。
 それが今は、ナナルゥと固く繋がっている事を実感する。

 そして今日、悠人は再び一人で歩き出す。
 しかしそれは今までのように他人との絆を恐れての独りではない。仲間達との絆をしっかり手にしての一人立ちだった。
 ナナルゥの確かな温もりを感じる。
 この温もりをもらったから、悠人は前に向かって、自分の足で、自分の道を歩き出せる。
 それはナナルゥも同じ事。
 悠人との出会いがあったからこそ、今のナナルゥはある。
 今はただ限り無い優しさを、自分の意思で立つ強さをもらった事に感謝する。そして今日が二人の自立の日。
 ゆっくりと二人は体を離す。
「ありがとう。じゃあ、行ってくる。……さよなら、ナナルゥ」
「私の方こそありがとうございました。お気をつけて。さよなら、ユート様」
 悠人は胸を張って歩き出した。ナナルゥもまっすぐに立ってそれを見送った。風が遠くの子供達の声を運んで優しく吹き抜ける。
 つぅっとナナルゥの頬を一筋の雫が流れた。
 紅涙。ナナルゥは、涙の流し方を、知った。

 ラキオススピリット隊第3第4部隊であるセリア、ヒミカ、ヘリオン、ファーレーン、ニムントール、そしてナナルゥは全滅の危機に瀕していた。
 エルスサーオをエターナルミニオン達から防衛し、一段落ついたところで敵のエターナル水月の双剣メダリオにいきなり襲われたのである。
 万全な状況でも圧倒的実力差がある相手から、戦闘直後の疲れているところに奇襲を受けてはひとたまりも無い。
「あぁっ!!」
 ぴしゃっ。
 ナナルゥの顔面から鮮血が飛び散る。メダリオの手にはたった今くり抜いたナナルゥの左目が掴まれている。
 メダリオはさほど力を込めた様子も無く、ナナルゥを蹴り飛ばした。
 それだけで、ナナルゥの体がまるでボールのようにぽーんと宙に舞い、地面に激しく叩きつけられ、ごろごろと転がってようやく止まる。
「ナ……ナナルゥ!!」
 倒れた体を起こそうとし、失敗して再び倒れこみながらヒミカが悲痛な叫びを上げた。
 満足に動けるスピリットは、この場には最早一人としていない。
 ナナルゥは抉られた左目の部分を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。体にはまるで力がこもっておらず、ふらふらと危うい足取りながらそれでもナナルゥは印を組む。
「……まだ……いけます。……マナよ、地獄の業火となりて敵を包み込め!! アポカリプス!!」
 ナナルゥが最後の賭けとも言える魔法を発動する。
 強大なマナがナナルゥの手に収束していく。痛めつけられた体でのあまりに多大な魔力の制御。それだけで飛んでしまいそうな意識を繋ぎとめるナナルゥのその必死の表情に、薄い嘲笑で答えるメダリオ。

「おや? まだそんな力が残っていましたか。まさかこれが必要になるとは思いませんでした。誇ってもいいと思いますよ」
 メダリオが左手をかざすと黒い氷刃がナナルゥを包み込んだ。
「きゃあああぁーーーーっ!!」
 黒い氷の刃が、神剣魔法の為に集まっていたマナを全て凍て付かせ打ち消しながら、ざくざくとナナルゥの体を容赦無く切り刻む。
 すべやかな肌を切られ、しなやかな肉を裂かれ、白い骨すらも見える全身の傷口からまるで滝のように血が流れ出す。
 最後の切り札すらもあっさりと打ち消され、ナナルゥは己が作った真っ赤な水溜りにびしゃりと音を立てて倒れた。
「ふふっ」
 メダリオが手の上でもてあそんでいたナナルゥの左目を口に放り込む。
 口の中で眼球がぷちりと弾けマナへ返る感触に、メダリオは満足気な笑みを浮かべた。
「テムオリンは手を出すなと言っていましたが……こんなくだらないゲームはさっさと終わらせてしまいたいんですよ、僕は」
 スピリット達は皆重傷ながら、回復魔法は相手の隙を見つけなくては使えない。
 だがその為の隙を作ろうにも、隙を作る為に戦う者があっという間にやられ、傷つき、回復を必要とする状態になってしまう。
 その繰り返しでマナがどんどん消費させられていく。
 じわじわといたぶられる様な戦いは、圧倒的な実力差を示すもの。
 この上無く不快ながらも、状況を打開する手段は見当たらない。
 それでも、どんなに完膚無きまでにやられても、諦める訳には決していかない。それはこの場にいるラキオススピリット全員の共通意識。
「くぅっ……!!」
 ファーレーンがよろけながらも立ち上がる。
「へぇ。まだ動けたんですか。なかなか楽しませてくれる」
 ファーレーンは答えない。いや、答える気力すら残っていないと言った方が正しい。
 仮に気力があったとしても、メダリオの軽口に答えるかどうかは定かでは無いが。

 『月光』を構え、走り出す。
「せあーーっ!!」
 あらん限りの力を込めた月輪の太刀。
 しかしその太刀筋に、いつもの黒い閃光の如きスピードは見る影も無い。
 キィンッ!!
 最大速で放っても軽く受け止められた斬撃は、やはり造作も無く弾かれる。
 メダリオはそのままファーレーンの首を掴み、片腕で軽々と持ち上げた。
 首が絞められる。血管どころか気道までも握り潰され、ファーレーンの顔がみるみる青ざめていく。
「く……あぁ……」
「お、お姉ちゃんっ!!」
 ニムントールの悲痛な叫びに、メダリオはまたも薄く笑い饒舌に語る。
「ふふ、妹の目の前で姉をくびり殺すというのもなかなか良いものですね。そうですね、最後に妹に言い残す事はありますか? どうせすぐに後を追わせて差し上げますけれど。あなたが寂しくないように。慈悲深いでしょう?
 何なら命乞いをしても良いですよ。妹の命を差し出す代わりに自分の命を助けてくれと言うのならば、多少は考えなくも無いですよ?
 大きな声ではっきりと言ってください。妹にもよく聞こえるようにね。ははははははっ!!」
 余裕の表情でファーレーンの首を絞めていた手を僅かに緩める。
 ファーレーンはようやく気道を確保し、大きくむせ、息を吸い込み、
「ふッ!!」
 口に溜まっていた血を吹き付けた。
 たとえ自らの死を目前にしても、勝負は絶対に捨てない。
 仲間の為に、ニムントールの為に。

「!?」
 瀕死の相手にここまでの抵抗を受けたのは初めてだったのだろう。
 油断していたメダリオの左目を、ファーレーンの吹いた血が狙い違わずつぶした。
 僅かな隙が生まれた。
 ゼロコンマの勝率に挑むには、そのほんの僅かな可能性を強引にこじ開けねばならない。
 今がその時。
「たぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「てやぁぁぁぁぁっっ!!」
 セリアとヒミカの同時攻撃。
 セリアは既に足を折られている為にウイングハイロウでの突撃、ヒミカも全身から血を流しながらの特攻。
 鮮血の尾を引きながら、二人はメダリオに突っ込む。
 後先を考える必要は無い。今勝たねば、その後など無いのだから。
「こざかしい!!」
 メダリオはファーレーンの首を持っていた手に力を込めた。
 ごきりという骨の折れる鈍い音と共に、ファーレーンの全身からスイッチを落としたようにぶらんと力が抜ける。
 更にメダリオはそのファーレーンの体を振り、突っ込んでくるセリア目がけて飛ばした。
「!!」
 セリアは突進の勢いを抑えきれず、ファーレーンの体にぶつかり、地面を転がる。受け止めたファーレーンの、力のこもらない体を庇いながら。
 そこにハリオンが這うようにしてやってくる。

「早く、ハリオン!!」
「わかってますぅ。アースプライヤー!!」
 相手の隙をついての回復魔法。首の骨を折られ、今にも金色の霧と化すところだったファーレーンの命を辛うじて繋ぎとめる事に成功した。
 残っていたマナを使い切り、ハリオンもまた気を失って倒れこむ。
 強烈無比なエターナルの攻撃をずっと防御しながらも、相手の隙を突いて部隊全体の回復を行ってきたのだから、今まで意識があったのが不思議なくらいだ。
 ハリオンがいなければ、既にこの場には生きているスピリットはひとりもいなかっただろう。
 一方のヒミカは、メダリオの死角から力を振り絞って熱風を伴った『赤光』を振るう。
 メダリオにとっては受けるに労しない攻撃ではあったが、メダリオは跳躍してそれを避ける。
 死に物狂いの相手の攻撃は避けた方が無難だと、メダリオは冷静に判断していた。少し時間をかければ相手は勝手に自滅する。
 まだ左目の視力は回復していない。窮鼠に噛み付かれるのは一度で十分だ。それすら十分すぎるほどの屈辱なのだから。
 しかし、メダリオが跳躍した先に、風を切り裂き神剣が飛んで来る。
 それはニムントールの『曙光』。
 文字通り全力で神剣を放ったニムントールは、そのまま力を使い切って意識を失い倒れる。
 ドスッ!!
「つぅっ!!」
 メダリオの二度目の不覚。空中にいて上手く行動を制御できなかった事に加え、ファーレーンの血によって作られた死角から飛んできた攻撃はしかし、メダリオの強固なオーラフォトンのバリアーに阻まれ脇腹に軽く刺さっただけ。

「まだだ!! 決まれえっ!!」
 ヒミカの追い討ち。
 流麗なる炎の舞と称されたヒミカの剣技が、フィラメントの最期の瞬きの如き光を伴い打ち込まれる。
 それをメダリオは『流転』の流れるような一振りで軽く叩き落した。
「ふん!!」
 ガキィン!!
 剣を叩き返され、ヒミカも地面に叩きつけられる。
「かはぁ……っ!!」
 ヒミカは受身を取る事も出来ず、地面に落下激突しごぽりと血を吐き出す。口の中が切れたのでは無い、内臓から逆流する大量の赤。
 ヒミカの下で、血溜まりがみるみる面積を増していく。
 だが、それすら命がけのおとり。本命の攻撃はセリアのもの。
 メダリオの死角から回り込んだセリアが、メダリオに浅く突き刺さったままの『曙光』の後部に『熱病』を叩きつける。
 質量さえ伴うオーラフォトンのバリアゆえ、逆に『曙光』が固定され、抜けていなかったのを狙った一撃。
「あたれぇっ!!」
 事態というものは、およそ考えうる可能性を超えて展開する事がたまにある。
 それは偶然とか奇跡とか、或いは運命としか言いようが無い。
 セリアの最後の力を振り絞った『熱病』の一振りは、『曙光』の後部にまるで吸い込まれるように命中した。
 『曙光』が衝撃の分、メダリオの体に深く突き刺さり、肉を抉る。
「ぐあぁっ!!」
 脇腹を大きく貫かれたメダリオが空中でよろける。

「くうっ!!」
 脇腹から血を流しながら、それでもメダリオは地面に両の足で着地した。
 それは力を全て使い切り、地面に墜落したセリアとは対照的な姿だった。
「窮鼠猫を噛むとは言いますが……よくもここまでやってくれましたね」
 だが、そのメダリオの言葉は、もう言葉を発する本人以外他の誰の耳にも届いていない。
 そこにいるスピリットは、全員が意識を失っていたから。
「止めといきたいですが……苦しむ姿を見れないのは少々興が乗りませんね」
 溜め息をついてひとりごつ。
「まぁいいです。一つ派手にぶちまけますか」
「待ちなさい」
「? 誰です?」
 突然にかけられた声に、メダリオは振り向く。
 メダリオを止めた声の主は時深。
 時詠の力でこの惨状を見、急ぎ駆けつけてきたのだ。
 息を切らしながらも、時深は構える。
「あなたとはいずれきっちりお相手します。今は退きなさい」
 別の戦場からそのまま全力で走ってきて時深も相当に疲れているとはいえ、今戦えば脇腹に大怪我を負ったメダリオに対し、時深の方がまだ優位だろう。
 だがそれは、この場に倒れているスピリット達の命の危険をも意味する。
 全員に一刻も早く治療をせねば危ない。ましてやここでエターナル同士が戦ったのでは、攻撃の余波で止めが刺される事もありうる。
 だから時深は、今この相手を倒す事を諦めてでもそう提案した。

「ふふっ、わかりました。正直このスピリット達の足掻きは予想以上でした。今日のところは引き上げましょう。つまらないゲームかと思っていたが、なかなかどうして楽しくなりそうだ」
 すんなりとメダリオは引き下がる。狡猾にして冷静な判断力。
「では、またお会いしましょう。次も楽しませてもらえる事を期待してますよ。願わくば、次はお互いにベストなコンディションであいまみえたいものですね」
 言って、酷薄な笑みを浮かべたままメダリオは飛び去った。メダリオの脇腹の血は、もう止まっていた。
 そこにようやく時深から遅れていた光陰達が到着する。
「な、何これ!? 一体何があったの!?」
 血の海と形容するにぴったりの惨状の中に倒れているスピリットの皆を見て、今日子が思わず息を呑む。
「そんなのは後だ!! まずはみんなの回復を!!」
 光陰とエスペリアが大急ぎで瀕死の皆に回復の魔法をかける。
 倒れていたヒミカ、セリア、ファーレーン、ニムントール、ハリオン。
 5人共重傷だったが、辛うじて一命を取り留めた。

 しかし、ナナルゥの姿だけが見つからなかった。

 とりあえず5人の傷はある程度回復させはしたものの、全員が命そのものであるマナを限界まで使い切っているので、回復力が低下しており、治癒魔法も思う程の成果を挙げられない。
 意識を失ったままの絶対安静の状態である。何はともあれ、早く休ませねばならない。
 エスペリアと今日子がそのままナナルゥを探す事とし、他の皆は一旦ラキオスに帰る事になった。
 ここに来たメンバーも、全員戦場からまっすぐ駆けつけてきたのだ。
 皆戦いで傷ついており、特にアセリアとウルカは最前線で戦っていた為に体力の消耗が激しかったし、年少のメンバーをここに残すのはあまりに酷だろうという光陰の判断である。
 光陰と時深が自分達も残ろうと言ったのだが、二人の怪我がアセリアやウルカよりも重いのは誰の目から見ても明白で、結局は辛い役割を押し付ける事になると半ば理解しつつも、皆に押し切られてラキオスに戻る形になった。

 夜になって帰ってきたエスペリアと今日子の顔は、悲嘆の涙でぐちゃぐちゃだった。
 ずっと探し続けていたが、結局ナナルゥは見つからなかったのだ。
 スピリットは死体を残さない。見つからないという事は即ち既に死んでいるという事に他ならない。
 どこかで生きていると思いたくとも、あの惨状を思い出すと希望が殆ど無い事も解ってしまうのだった。

「私はナナルゥが生きてるって信じてる。他の誰が信じなくても私は信じてる」
 全身に包帯を巻いたままのヒミカは満天の星空を見上げながら呟いた。
「……そう」
 隣で同じように夜空に瞬く星をを見上げていた包帯だらけのセリアがそれに答える。
「ヒミカ……。それがあなたの強さなのか、それとも弱さなのか、私には判断がつかないけれど……私はあなたのそんなところが……好きよ」
 言ってセリアはヒミカに抱きついた。
「セ、セリア!?」
 セリアは声をあげる事も無くただ静かに泣いていた。
 セリア自身、自分がなぜ涙を流しているのか判らなかった。なぜか涙が止まらなかった。
 ナナルゥに対しての涙なのか。
 それとも、ヒミカに対しての涙なのか。
 或いは、自分自身に対しての涙なのか。
 ただただヒミカの胸で涙を流した。
 ヒミカもそれに応え、セリアを固く抱きしめた。
 自分が今セリアに必要とされている事が、痛いほどに解ったから。
 そして、
 自分が今セリアを必要としている事に、気付いたから。
 そこから少し離れた木陰からゆっくりと立ち去るこれまた全身包帯だらけの一つの影。ハリオン。
「ふふっ。私の出る幕がありませんね~。では、一足先に帰ってとっておきのケーキとあったかいお茶でも用意しておきましょうか。
 ファーレーンもニムントールも、そろそろまた死にかけて訓練所から運び込まれてくる頃ですしね~」