Gypsophila elegans

第2章・出会い

「お、おにいちゃーーーん!いやぁーー!離して!離してよぉ!」
闇の中、佳織の悲痛な叫びが響きわたる。
「我が主からの伝言がある、正確に伝えよう・・・」
黒き翼の女が淡々と告げる。
「佳織は僕のものだ。取り戻したければ、追って来い。
僕がいる場所まで這ってでも辿り着いてみろ。
僕の『誓い』で貴様の『求め』を破壊してやる。」
脳裏にヤツの・・秋月瞬の蔑んだ笑みが嫌でもよみがえる。
「シュン殿は我等の主。手前どもは『誓い』のもとに集う剣。」
『誓い』の名に『求め』が激しく反応する。
(砕け!契約者よ、『誓い』を砕くのだ!)
『求め』の憎悪が流れ込んでくる・・・
「そうだ・・・『誓い』を砕く・・・それが・・・我の・・・」
俺は神剣を構え意識を集中させる。
(邪魔をするものに死を・・・『誓い』の眷属に滅ぼせ!)
黒い妖精に向けてオーラフォトンを展開させる。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
咆哮と共に放たれた光の矢が黒き妖精を・・・そしてその腕に抱えられた
少女を飲み込む。

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」
ガバッ・・・!
「はぁ・・・はぁ・・・ゆ、夢か・・・。」
ここ最近毎日のように見る悪夢。
忘れもしない・・・佳織が攫われたあの夜の出来事だ。
(うるさいぞ・・・契約者よ・・・)
傍らの『求め』が不満をいってくる。
「うるさい、バカ剣!文句があるなら夢の中のお前に言え!」
悪夢のせいで最近満足に眠れずイライラしている俺はバカ剣に当り散らす。
(それは八つ当たりというものだ・・・契約者よ・・・)
「そんなことは判ってるさ。だけどそもそもお前が・・・」
コンコンコン・・・
バカ剣と口論していると扉を叩く音がした。
「ユート様、少しよろしいですか?」
エスペリアがドア越しに尋ねてくる。
「・・・あ、ちょっと待ってくれ・・・」
バカ剣と話していて着替えるのを忘れていた・・・さすがに下着姿はマズイよな・・・
俺は慌てて着替えを済ませる。

「よし。いいよ、入ってくれ。」
「失礼します。お休みのところ申し訳ありません。」
「いや、いいよ。ちょうど起きたところだしな。」
気分は最低だったが悪夢のせいで目は冴えていた。
「・・・あの、大丈夫ですか?ここのところお疲れのようですが。」
気分が顔に出てしまったのか彼女の顔が心配そうに曇る。
「いや、平気さ。ちょっと最近訓練を頑張りすぎたからな・・・
最近入った訓練士が厳しくてさ、はは。」
エスペリアを安心させる為に慌てて笑顔を浮かべながら話す。
・・・仮にも隊長だし皆に心配を掛けさせる訳にはいかないもんな。
佳織を助ける為に前以上に訓練してるのも事実だし。
「そうですか・・・それでしたらよろしいのですが・・・」
彼女にしては歯切れの悪い言葉。
勘のいい彼女は俺の無理に薄々気付いているのだろう。
「ところで何かあったのか?朝食には早いみたいだけど。」
話題を変えるために彼女が来た理由を尋ねる。
「そうでした。レスティーナ様から至急城まで来るように、とのことです。」
「レスティーナが?何だろう?」
マロリガンか帝国に動きでもあったのだろうか?
「何でもユート様にお客様だとか・・・」
「客?俺に・・・?」
俺にはこの世界に訪ねてくる知り合いなどはいないはずである。
まさかウルカや瞬が来るわけもないだろうし・・・
「まぁ、行ってみればわかるか・・・」
俺は『求め』を掴むと城へ向かった。

「ユート、遅いでしょう。客人を待たせるなどと・・・」
急いだつもりだったが待たせてしまったらしくレスティーナに怒られる。
「お気になさらず。突然の訪問をしたのは私の方なのです・・・」
物静かな美しい声だった。
俺は慌てて客人に謝罪しようとする。
・・・綺麗な女性だった。
絹のように滑らかな髪、雪のように白い肌、そして白の中に映える赤い瞳。
美人は見慣れていると思っていたが、そうでもなかったらしい。
こちらの視線に気付いたのか微笑をうかべる。
俺は謝罪しようとしていた事も忘れて見惚れていた。
「・・・・ト!ユート!?聞いているのですか!?」
「うわっ!申し訳ありません!」
ボーっとしているのをレスティーナに咎められ我に返る。
「まったく・・・遅れてきたかと思えば・・・何をぼけっとしているのです!?」
「い・・いや・・・そ、そう!きたるべきマロリガンとの戦いに関しての部隊配置に関して
色々と悩みがありまして・・・」
まさか隣の美女に見惚れてました、とも言えないのでなんとか誤魔化そうとする。
「そうなのですか・・・?そうは見えませんでしたけど?」
何だか怒ってるみたいである・・・もしかしなくてもバレてる・・のか?
「・・・まぁ、いいでしょう。この方はある方の使者としてラキオスに来られたのです。」
気を取り直したらしいレスティーナが話をもとに戻す。

「ラキオスのエトランジェ、『求め』のユート様ですね。
私はイオ。スピリットです。出会えたことをマナの導きに感謝します。」
イオと名乗るスピリットは深々と頭を下げる。
「顔を上げて下さい。えーと、ラキオスのエトランジェ、悠人です。よろしく。」
丁寧な挨拶に戸惑いつつ俺も礼を返す。
・・・しかし何だろう?違和感を感じる。
神剣を持ち間違いなくスピリットだとは判るのだが・・・
アセリア達とは気配からして何か違う気がする。
そもそも色が判らない、瞳は赤いけど赤スピリットじゃないみたいだし・・・
「私がラキオスにやって来たのは他でもありません。
主からの伝言を持って参りました。
若く聡明な女王レスティーナ様と『求め』のユート様に、と。」
イオは厳重に封のなされた書簡を取り出した。
・・・あれは帝国の紋章?書簡は帝国のものらしい。
ということはイオは帝国のスピリットなのだろうか?
しばし無言で読んでいたレスティーナが顔を上げる。
「わかりました、イオ殿。すぐに使者を出しましょう。
マロリガンとの開戦も近い・・・急がねばならないでしょう。」
「ありがとうございます・・・主もお喜びになるでしょう・・・」
一体どんな話が進んでいるんだろうか?
何だか取り残された気分がする。
「ユート。」
「はっ・・・」
「ラキオスのエトランジェ、『求め』のユートに命ずる。
イオ殿と共にラキオスの使者としてこの書簡を届けるように。
すぐに出発しなさい。」
「はっ、了解しました。」
マロリガンとの緊張が高まる中の任務だ。
レスティーナの態度からも事の重要さが感じられる。
俺は頭を下げるとすぐに館へ戻った。

イオと共に館へ向かう途中、俺は彼女に尋ねた。
「イオ・・・一つだけ聞かせて欲しい。」
そう、これだけは今すぐにでも尋ねなければならない。
「君は帝国のスピリットなのか?」
もし、そうならば・・・
「いえ、違います。」
あっさりとイオは否定する。
「書簡のことですね?確かに私の主は以前帝国に仕えていたようですが・・・
随分前に出奔したそうです。私と出会う前なので詳しくは知りませんが。
今はどこの国にも仕えてはいません。書簡はたまたまあれしかなかったようです。
主はそういうことに無頓着ですから、誤解させてしまったようですね。」
イオが頭を下げて謝罪する。
「いや、頭をあげてくれよ。こっちこそ悪かった。何か早とちりしたみたいで。」
慌てて俺も頭を下げる。
「いえ、妹が帝国に攫われたと聞きました。
そこに帝国の者かもしれぬ相手が現れたのです。無理もないでしょう。」
レスティーナから聞いたのだろうか?イオはこちらの事情を知ってるようだった。
「それにしても私のようなスピリットに対しても頭を下げるなんて驚きました。」
そういってイオは微笑んだ。
「そんなのは当たり前だろ?スピリットとか人間は関係ないさ。」
俺も笑いながら答える。別段特別なことをしてる訳じゃないしな。

「当たり前・・・ですか?」
「この世界の人間にとってスピリットが道具に過ぎない事は知ってるよ。
でも俺にはそんなこと関係ない、ラキオスのスピリットだって皆大切な仲間さ。」
心からそう思う・・・俺が今日までやってこれたのは彼女達の支えあっての
ことなのだから。
「・・・あなたの様な方もいるんですね・・・」
イオが小声でなにか呟く。
「ん?何か言ったか?」
「いえ、我が主のような方が他にもいることに驚いたのです。」
「へぇ、そりゃ会うのが楽しみだな。」
そんなことを話すうちに館に着いた。

「お帰りなさいませ、ユート様。・・・こちらの方は?」
「あぁ、えーと・・・イオ、紹介するよ。彼女はエスペリア、
ラキオスのスピリットの纏め役かな。」
「初めましてエスペリア様。イオと申します。」
「エスペリアです。こちらこそよろしくお願いします、イオ様。」
深々と頭を下げる二人。うーん、さすが礼儀が正しいもの同士・・・丁寧だ。
「それでレスティーナ様の話はどのような?」
「それは・・・・」
エスペリアの問いに対し先程のことを説明する。
「・・・という訳だからさ、留守の間部隊は任せるよ。」
「はい、お任せ下さい。では旅支度をしなければなりませんね。」
「ああ、手伝ってくれると助かるよ。」

必要なものをエスペリアと分担して用意することにし、
自室に必要なものを取りに行く。
「着替えはこれ位か。あ、砂漠も通るんだっけか・・・砂漠って夜は寒いんだよな。」
前にTVでそんな話を聞いた気がする。
「旅か・・・そういや戦闘以外でラキオスから遠出するのは初めてだな。
まぁ任務だからのんびりする訳にもいかないし、あまり変わらないか・・・」
戦争が終わって佳織を助けたら帰る前に旅をしてみるのも悪くない。
ふとそんなことを思う。皆と一緒に各地を巡るのも楽しそうだしな。
一般社会を余り知らないスピリット達にとってもいい勉強になるだろうし・・・
「って気が早いか・・・まだマロリガンと帝国が残ってる訳だし。
取らぬ狸の何とやらってやつか?」
・・・でも本当にいいかもしれないな・・・その為には・・・
「早く帝国を倒し、佳織を救いださないとな・・・」
(ならば、我にマナをよこすがいい・・・)
突然『求め』が干渉してくる。
「くっ、最近は・・おとなしかったのに・・・またかよ!」
脳を掻き混ぜるかのような激しい頭痛が襲ってくる。
(あの白き妖精からマナを奪え・・・甘美なマナを・・・白き妖精を犯せ!)
脳裏にイオの淫らな姿が次々と映る。
抵抗するイオを押し倒し邪魔な服を引き裂く。
露になった白く滑らかな肌に舌を這わせる。
嫌悪に顔を歪めつつも次第に感じはじめ秘所が濡れてくる。
涙を流し懇願する彼女を貫き、腰を打ちつける。
相手のことなど考えずただ自らの欲望のまま犯し続ける。

「く、そ・・やめろ・・・そんな事して・・・たまるか・・」
夢か現か区別できぬ程リアルなイメージに心が揺らぐ。
(抵抗するな・・・汝とてあの妖精の美しさに惹かれたのだろう?
犯せ・・・自らの求めに身をゆだねるがいい)
「俺は・・・そんなこと・・望んじゃ・・いない・・」
激しい頭痛で集中力が磨り減り理性が飛びそうになる。
キィィィィィィ-ン・・・
バカ剣からの干渉が更に強くなる。
(マ・・を奪・・!失・・・・し・・が・・ナを・・・・戻・・!
エタ・・・・・・に・・わ・・・・我・・・・・・を!)
全身が切り刻まれるかのような痛みでバカ剣の声も聞き取れない。
視界が歪み激しい嘔吐感に襲われる。
「う・・・・がぁ・・く・・」
握り締めた手に爪が食い込み血が流れ出す。
その痛みがかろうじて俺の意識を保つ。
「はぁ・・ぐ・・い、いい加減に・・しろ!!!」
力を振りしぼりバカ剣を床に叩きつける。
ようやく諦めたのか干渉が収まる、なんとか耐えられたらしい。
そのことに安堵したとたん体から力が抜け、視界が黒く染まっていく。
「く・・・あぁ・・・」
廊下を走る足音を聞きながら俺は意識を失った。

ユート様の部屋から強い神剣の反応を感じた私達は急ぎ彼の部屋に向かう。
部屋についた私達が見たのは床に倒れたユート様だった。
「どうやら『求め』がユート様の意識に干渉したようですね。」
ユート様をベッドに移し、手の怪我を癒したエスペリア様が呟いた。
「このような事はよくあるのですか?」
「これほど強い反応を感じたのは久々ですが、干渉は度々あるようです。
ここ最近は比較的大人しかったのですけど・・・
おそらくマナに飢え始めているのでしょう。
マロリガンとの緊張は高まっていますが依然戦闘は始まっていませんから。」
エスペリア様は辛そうに顔を伏せる。
「『求め』の望みは私達を犯し、殺し、自らのマナとすることです。
契約者に対するその強制力は自我を壊すほどだと聞きます。
それでもユート様は耐えていらっしゃるのです・・・私達を傷つけまいと・・・」
先程の会話を思い出す。神剣の干渉、終わらぬ戦争、攫われた妹・・・
過酷な現実の中、どうしてあんなふうに笑えるのだろう?
それともあの笑顔の裏に苦悩を隠しているのだろうか?
「う・・・ん・・?俺はいったい・・・?」
そんなことを考えているうちにユート様が目を覚ました。

「俺は・・・そうかあのまま気絶しちまったのか・・・」
まだ気分が悪い。久々に気合の入った干渉だった。
まったく油断するとすぐこれだ・・・
「ユート様、大丈夫ですか?」
エスペリアが心配そうに尋ねてくる。
「ああ、何とか・・・いつものバカ剣の干渉だよ。久々なんでちょっと疲れたけど。」
本当はちょっと所の騒ぎじゃないんだが心配させたくないのでごまかすことにする。
「出発は明日にした方がいいかもしれませんね。」
イオがそんな提案をしてくる。
「い、いや、平気だよ。心配させちまったみたいで悪い。」
イオの顔を見るとさっきのことを思い出してしまう。
うう・・いかん。心配してくれてるイオに何だか申し訳ない。
「・・・どうかなさいましたか?」
イオが怪訝そうに俺の顔を見ている。
「な、何でもない。うん、もう大丈夫だ。」
慌ててベッドから起き上がる。
「本当に大丈夫なんですね?」
エスペリアが念を押してくる。
「ああ、平気さ。マロリガンとの戦いはすぐにでも始まるかもしれないんだ。
のんびりしてる時間はないからな。」
「・・・畏まりました。ではすぐに荷物をお持ちします。」
エスペリアが部屋を出て行く。
「じゃあ俺達もいこうか。」
イオを促し俺達も部屋をでる。

エスペリアに用意してもらった荷物を受け取り館の外へ出る。
「はぅー。ユート様と二人旅・・・いいなぁ。」
「ユート様は別に遊びに行くわけじゃないのよ?」
「そうですよユート様がいない間、気を引き締めなくてはいけませんよ。」
「はぁ・・・面倒。」
どこから聞きつけたのかスピリット隊の皆が見送りに来ていた。
「それじゃ行ってくるよ。ヒミカにファーレーン、エスペリアの補佐を頼む。」
「はい。いってらっしゃいませ、ユート様。」
「お気をつけて・・・」
「ヘリオンとニムも頼むな。ランサにいる皆にも無理はしないように伝えてくれ。」
「は、はい!がんばります!」
「・・・面倒くさい。あとニムって呼ぶな。」
「もう・・・ニムったら・・・」
「あはは、じゃあ行ってくるよ。」

こうして俺達はラキオスを後にしソーンリームへ向かうことになった。

続く