Gypsophila elegans

第1章・目覚め

ザッザッザッザッザッザッ・・・
「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・・」
荒れ果てた大地を歩き続ける。
どこへ向かっているのか、この先に行けば助かるのか、少女にはわからない。
もう何日こうして歩いているのかもわからなくなってくる。
「はぁ・・はぁ・・・はぁ・・・・」
少女は自分の名、それすらも失っていた。
剣を杖代わりにふらふらと歩きながら少女は目覚めた時のことを思い出す・・・

「・・・う・・うん・・・」
少女は切り立った崖のそばで目覚めた。
「ここは・・・どこなの・・?」
何も思い出せない。
ここがどこなのかも、自分が何をしていたのかも、自分の名さえも。
のろのろと起き上がる。
「・・・ッ!痛い・・・」
右肩を怪我しているらしい。
「いったい私はどうしたの・・・?」
血に染まりズタズタに斬り裂かれた服を見るに何者かに襲われたのだろうか?
しかし身体にはそれらしい切傷はなかった。
何が何だかわからぬまま少女は辺りを見回す。
周囲には蒼く輝く結晶の破片が散らばっていた。
少女は肩の傷を押さえつつ崖の方へ向かった。

「・・・・・・・!!」
そこはさながら世界の終焉であった、霧が出ている訳でもないのに対岸も底も見えない。
左右を見回してもどこまで続いているのか全くわからない。
吹きつける風の中、少女は呆然と立ち尽くした・・・
ーーー龍の爪痕、のちにファンタズマゴリアと呼ばれるこの世界の東部を走る大断層である。
無論、少女はその名を知らないが、渡る事も降りる事も不可能であることは理解できた。
「こっちは無理ね・・・」
少女は振り返り逆方向に歩き出した。
ふと、先ほど目覚めた辺りに一振りの剣があることに気付いた。
引き寄せられるように剣に近づき拾い上げる。
「この剣は・・・?」
刀身には血が付着していた、これが肩の傷の原因だろうか?
自身を傷つけた凶器かもしれない剣であったが何故か捨てる気にはなれなかった。
少女は剣を片手に行く当てもなく歩き出した・・・

「・・・い!・・・・おい!聞いてんのか!?」
ふと気付くと男達に囲まれていた。
飢餓と疲労で意識が朦朧としていた男達の接近に彼女は気付かなかった。
「へへ・・・、こんなところに女が一人でいるとはな・・・」
「村まで攫いに行く手間が省けたな。」
「おら、下向いてねーで顔あげてみな!」
無理やり顎をつかまれ顔を上げさせられる。
「・・!ほう、お前スピリットか・・・!」
「こりゃ本当についてるぜ!」
彼らは盗賊であった、今日は近隣の村から年頃の娘を攫い、
売春宿にでも売ろうとしていたのだが・・・
「予定変更だな、スピリットがいりゃあ十分すぎるぜ。」
「ああ、スピリットはその筋のヤツには高く売れるからな・・・」
「半年は遊んで暮らせるぜ!」
「へへ、お頭・・・商品の具合を確かめてもいいですかね?」
盗賊の一人がいやらしい笑みを浮かべながら尋ねる。
スピリットに対し性欲を抱くのは妖精趣味といわれ、
一般には人として最低のこととされていた。
しかしながら一部の好事家やモラルの欠如した盗賊のような者にとっては
見た目も美しく、人を傷つけることができないスピリットは最高の性処理の
道具であった。
「ふん、処女の方が高く売れるんだがな・・・まあいい、予定外の獲物だしな。
たまには楽しめ。」
頭の許しが出るやいなや男達が少女を押し倒す。
「あぁっ・・・いや・・・!」
少女には抵抗する力も気力もすでになかった・・・
「おい、お前ら・・・壊して売り物になんなくするなよ!」
手下に注意しつつ少女の衣服を剥ぎ取る。
「いやぁぁぁぁ・・・・、誰か・・誰か・・・助けて・・・!」
辺りに少女の弱々しい叫びが響く、しかしそれを聞くものは盗賊達だけであった。

ガバッ!!
「・・・・はぁ・・・はぁ・・はぁ・・・」
薄暗い部屋の中、私は目を覚ました。
「また、いつもの夢・・・」
そう、夢・・・しかしそれは自らの身に間違いなく起こった過去であった。
『おはよう、イオ。大丈夫?』
傍らに置かれた永遠神剣『理想』が語りかけてくる。
「おはよう、『理想』。ええ、もう大丈夫です。」
ベッドから起き上がり、着替えを済ませる。
「少し早いですがヨーティア様の朝食を作りましょう。」
私は『理想』を手に取るとヨーティア様の部屋へ向かった。
バサバサバサ!ガシャーン!ズドン!
「うわーーーー!」
隠れ家としている洞窟の中を歩いているとヨーティア様の部屋の方から
何やら凄い音と悲鳴が聞こえた。
「ヨーティア様!?」
慌てて部屋へ向かう。
「ヨーティア様?どうなさいました?」
ノックしつつ尋ねる。
「うーん、イオー・・助けてくれー。」
扉を開けて中に入る、そこには崩れた本やら何やらの下敷きになった
ヨーティア様(多分)がいた・・・
どうやら本の山が崩れたらしい。
助けないわけにもいかないので、本をどかし始める。
「はぁ・・・だから毎日あれ程片付けて下さいと言いましたのに・・・」

数分後ーーー
「いやー、参った参った。危うく死ぬところだったよ・・・」
ヨーティア様があっけらかんと言う。
「これに懲りたら少しは片付けて下さい。」
無駄だろうが一応注意してみる。
「わかった、わかった。」
全然わかってなさそうな口調で答えるヨーティア様を見て溜息をついてしまう。
(全くこの方は・・・)
「ところでイオ、今日はやけに早いな。なんかあったのか?」
「・・・いえ、たまたま早起きをしてしまっただけです。
ところで、すぐに朝食になさいますか?」
「いや、朝食はとりあえずいい、頼みたいことがあるんだ。」
私の問いに答えつつ、なにやら机の引き出しを漁っている。
「おお、これだこれだ。」
帝国の紋章が刻まれた書簡を取り出す。
「これをラキオスの新しい女王様に渡してきてもらいたいんだ。」
そう言いながらヨーティア様は私に書簡を渡した。
「それは構いませんが・・・いいのですか?もう国家には関わらないのでは?」
私の問いにしばし考えてるようだった。
「・・・そう、思ってたんだけどね。そういう訳にもいかなくなりそうだ。
どの国もボンクラばかりみたいだからな、アタシの出番ってわけさ。
まぁ・・・あれだね大天才も楽じゃないってことだな!」
いつも通りの飄々とした態度・・・しかしイオは彼女の瞳に強い決意を感じた。
「わかりました、そういうことでしたらお任せを。」
「ああ、頼むよ。あ、イオがいない間の食事は非常食で我慢するから
気にする必要はないぞ。」
「はい、では朝食を食べたらすぐに出ることにします。」
私は朝食の用意の為に部屋をでる。

一人になった部屋でヨーティアは一人呟く・・・
「・・・この世界とスピリット達の未来の為か・・・
いつまでも私が犯した罪から逃げている訳にはいかないもんな。
今度こそ私は間違えないよ・・・」
ヨーティアは一人の少女を思い出す。
「イオ・・・・」
もう二度と取り戻せない少女の名を彼女は呼んだ。

ザッザッザッ・・・イオは砂漠を一人歩いていく、ラキオスに向かって。
未だ遠い、その地でイオは異世界からの来訪者と出会うことになる。
ラキオスのエトランジェ、高嶺悠人。
彼との出会いが彼女を更に数奇な運命に導くことなるのだが・・・
そのことを彼女はまだ知らない・・・

続く