「とっか~んっ!」
ばふっとベッドに飛び込むポニーテール。
ちっちゃい体が、軋むベッドの上でぽよん、と跳ねる。
私は足元に転がってる『静寂』を慌てて拾いながら、
枕に頬摺りしている背中に声をかけた。
「ネリー、ちゃんと着替えないとダメだよぉ」
言いながら、『孤独』も立てかけ臙脂色の籠手を外す。
ちょっと大きめなので体全体を使わないと外せない。
「んしょ……んしょ……」
「はぁ~、今日も訓練疲れたねぇ~」
ベッドに仰向けで寝転がったままのネリーがう~んと背伸びをしていた。
スリットが脇腹のところまで上がって来て、
前垂れが捲れ上がり可愛いお臍が見えてしまっているなんてのは、
ユートさまには絶対に見せられない格好だ。
あまり筋肉が付かない体質なのか、すべすべの肌が綺麗に日焼けしている。
「はふぅ~」
ようやく取れた籠手を机に置き、戦闘服を脱ぐ。ついでにニーソも。
きちんと折りたたんだ所でちょっと匂いを嗅いでみた。
うん、大丈夫、汗臭くない。よかった。
次に、傷や打撲のチェック。これだけは一人ではどうしようもない。
「……よっ、と」
「わ。もう脱いだんだ~。早いねぇ」
「へへ~ん。シアーがトロいんだよ~だ」
いつの間にかパンツだけになったネリーが自慢げに鼻を擦る。
少し悔しくなったので反撃に出た。シアーだってやる時はやる。
「朝も~、こんな感じで起きれたらいいのにね~」
「う……う~、ほ、ほら背中!シアー、背中っ!」
「はわっ。ちょ、ちょっと待って~」
急に後ろを向かされて、ちょっと目が回った。
「う~んシアーって肌すべすべだよね~」
「ちょ、ネリー、触んないでよぅ」
「あはは、気持ちいい~」
「あっ…………やん!」
敏感な部分をなぞられて、思わず声が出てしまった。どこかは秘密だ。
「も~、ちゃんと見てよぅ」
「ごめんごめん……うん!大丈夫だよっ!」
じっと見ていたらしいネリーの太鼓判が出る。
私はほっと小さな溜息を付いて、ネリーと向き合った。
「じゃあ次はぁ、ネリーの番だよぉ」
「う…………うん」
「?」
何故かもじもじと恥ずかしそうに後ろを向くネリー。
ポニーが邪魔なので上に持ち上げている。
……うなじの辺りに小さな赤いマークを見つけてしまった。
「……ネリー、ここ、何か腫れてるよぅ」
「ひゃんっ!」
そっと触ると、飛び上がって驚いてしまった。何だかよく判らない。
様子が変だ。誤魔化したような笑いが固まっている。
「……ネリー?」
「な、なんでもないなんでもない!」
「??……腫れてるなら、ちゃんとお手当てしないと駄目だよう?」
「いいい、いいのいいの!あ、あはは~」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら大粒の汗がぽろり、と一筋。
妖しさ全開だ。う~、気になる。何だろう。
「えと、ぱじゃまぱじゃま……」
考え込んでいる間に、ネリーはさっさと寝巻きを取り出していた。
「ほらシアーも。風邪引いちゃうよー」
「きゃんっ!も~ネリー、いきなり酷い~」
ばふっと投げつけられた白いシャツ。
ヨーティアさまに作ってもらったユートさまのにそっくりなお気に入り。
しっかり畳んで皺にならないようにいつも気をつけている。
前開きのボタンを丁寧に外し、袖を通す。
向こうでネリーが面倒臭がって、頭から被ろうと悪戦苦闘していた。
んしょんしょと細い肩を裾から入れたはいいが、袖に腕が通らない。
「あれ?あれれ?」
「……くすっ。ネリー、毎晩そうやってるね」
「う~おっかしいなぁ、どうして上手く行かないんだろう」
少し窮屈な胸元のボタンを付け終わり、ネリーを手伝う。
上から二個ボタンを緩めたところで、すぽっとポニーテールが飛び出した。
「……ぷは~っ!はー、ありがとシアー」
「あのねネリー、おっきくなってるんだよ、こ、こ」
「ひゃんっ!……そっかぁ、だから手が引っかかってたんだ」
「うん。もうそろそろ新しいシャツ、ヨーティアさまに頼もうね」
胸元をくつろげたままのネリーがへへ、と頷いた。
「これならユートさまをゆーわく出来るかなぁ」
とか呟きながら、髪留めを外している。
ふわ、と広がる後ろ髪を見ながら、私も心の中で同じ事を考えていた。
こういう時、本当に似ているなぁと、とっても嬉しい。
「じゃあ、灯り消すね」
ふう、と息を吹きかける。月明かりだけの部屋が柔らかい闇に包まれた。
二人でベッドに潜り込み、寄り添うように寝転がる。
「それふぁ、おやふみ~」
欠伸交じりの声を聞きながら、瞼を閉じる。
寝付きは早い方なのだ。すぐに眠気が降りてきた。
「うん……おやすみなさい」
答えた時は、半分夢の中だった。今日はいい夢かなぁ。
………………
「も~、こんな事、恥ずかしくて本人には言えないよ~」
暗闇の中、後ろから抱き枕にされて首筋に温かい寝息を感じながら、
ネリーはくすぐったいような、困ったような声を漏らしていた。
「~~まったくシアーってばいつまでたっても甘えんぼなんだから」
今日も付けられるであろう痣をどう誤魔化そうかとあれこれ思案しつつ。
それでもこんな日がいつまでも続いたらいいなあと、
ちょっぴりマナの導きにお願いしつつ。
ベッドの脇で寄り添うような『静寂』と『孤独』が、
月明かりに優しい光を反射してぼんやりと輝いていた。