「敵が見えた。行くぞ!」
彼はそう言うと、剣を片手に敵陣に突撃していった。口を挟む間すらない。
「うおおおぉぉぉぉぉっ!」
たった一人でおたけびをあげながら、彼は手にした剣を振りかぶった。
彼が振るった無骨な剣から圧倒的なオーラフォトンが迸る。
――ズドォォォン!
もうもうと立ち昇る土煙。たった一撃で敵陣に深い亀裂が走った。
彼は異世界より降臨したエトランジェ。名は確かタカミネユート(変な名前ね)と言った。手に持つは無骨な青い神剣。
伝説より伝えられる剣の名は「求め」。階位は第四位。
その力は今見た通り。リクディウスの魔龍を倒したというのもあながち誇張ではないみたい。
単身敵陣に踊りこんだ悠人は、近づく敵を片っ端から攻撃している。
私はしばらく、その光景を見ていることしかできなかった。
剣をがむしゃらに振り回すさまは稚拙そのもの。突撃のタイミングも悪い。もっと引きつけてからでないと、対峙する前から息切れしてしまうだろう。
おまけにたった一人で敵陣に突っ込んで行く暴挙。
全くもって素人だ。戦士としても、隊長としても。彼が生きていられるのはまさしく、神剣のおかげにほかならないだろう。
「全く、なんであんなのが私達の隊長なの?」
何故、こうも人間に振り回されなければならないのだろう?心が暗澹たる思いで満たされる。
人間の事などどうでもいい。
私達に戦う事を強いる者達。それでいて自らは高みで傷つかず、私達を省みない。
そんなヒトの世界の趨勢など私には関係ない。興味もない。
だから私が大切に思うのは私自身。
自分を支える一人の戦士としての矜持。
そして同じスピリットたち。
命を預ける仲間として。
相対し、矜持をぶつけ合う敵として。
戦いは嫌いだ。だから悪意や憎しみをもって敵に剣を向けたことは、私にはない。
自分と共に戦う仲間で憎まざる敵。
それがスピリット。
それが、わたし。
戦いは嫌いだ。
戦いを強いる人間が嫌いだ。
だから、人間の事などどうでもいい。
目の前で戦う彼も人間だから、どうでも…
「よくは…ないか」
このままでは危ないかもしれない。彼は仮にも私達をまとめるはずの隊長だ。
私はともかく味方の士気、ひいては戦略的に作戦の頓挫も起こりうる。
「…考えていても、仕方ないわね」
私は彼の後を追って駆け出した。思い通りにはならなかったけど、確かにこれはチャンス。
「一気に畳み掛けるわよ、みんなユート様に続いて!」
ハイロゥを展開し、地を滑るように駆ける。敵陣との距離がみるみる縮まっていく。
交錯の瞬間を待ちわびていたかのように「熱病」が仄かな熱を帯びる。
「たぁぁぁぁぁぁぁっ!」
私が放った一撃は、狙い違わず相手の胴を両断した。しかし、私の意識は既に横合いから迫る気配に向いている。
肉薄する槍の穂先を軽く引っ掛け、いなす。槍は地に刺さり見やった先には、投擲の体勢のまま固まっている緑の妖精。
無表情の中に驚愕を覗かせている。
「逃さないわ…」
今度はこちらから距離を詰める。相手も距離をとろうとするが所詮は緑。青のスピードにはかなわない。
相手は丸腰だ。こちらの間合いまであと少し…
「セリアッ、やめろっ!」
がしぃっ!
「え…」
腕を掴まれていた。大きい手だ。視線を這わせていくにつれて太い腕、肩…そして
「もういいんだ…相手は撤退を始めてる」
悠人の苦い表情があった。既に剣は腰に吊るされ、空いているはずの手にはセリアが落とした槍を持っていた。
槍の持ち主は少し離れたところでじっとこちらを見ている。悠人は彼女に向かって無造作に槍を投げた。
明らかに驚きながらも彼女は自分の槍を受け取ると抱きしめた。自らの半身を愛しむように。
「いくんだ、追撃はしない……そしてできれば、もう戦わないでくれ」
悠人の言葉を聞いた緑の妖精は訝しみながらも退却していった。
「………」
「………」
場に静寂が訪れる。
「…そろそろ、手を離してくれませんか?」
静寂を破ったのはセリア。同時に悠人を冷たく睨む。
「ああ、すまない」
悠人は慌てて手を離したが、セリアは悠人から視線を外さない。
深い青、透き透る水底のような一対の瞳は悠人の全てを暴こうとするかのように。
気圧されて、視線を外した。
悠人は傷だらけだった。深手はない。だが傷の多くは、いまだ出血を続けている。
「…エスペリアを、呼んできます。そこを動かないでいて下さい」
セリアは踵を返すと早足で後続の仲間達の元へ向かう。
その表情はいつものとおり、澄んだ湖面のように静かで、冷たい。
あの人は、ヒト。
――でも、私達と同じように傷つくヒト。
この世界のヒトではない人。
彼は、何故戦っているのだろう。
何故、あんな無茶な事をしたの?
彼は、何故私を止めたの?
表とは裏腹に、心は散々に乱れる。
その中で、唯一確かな事。
彼に対して、ほんの僅かな興味が芽生えた。