革新の一歩

第一章 決意と萌芽Ⅰ

 ――サモドア山道を通りラセリオを襲ったバーンライト軍。
 しかし、ラキオスのエトランジェ、「求め」のユートの活躍により第一陣は撤退を余儀なくされた。
 その後、数日に渡ってラセリオを襲撃するが、初戦にて士気を挫かれていたことが影響し、ついには作戦を断念する。
 両国に走る緊張は、次こそが決戦であることを予感させていた。
 そして、バーンライトとの決戦があと一週間に迫ったとき…


「サモドア攻略戦まであと一週間となりました。やっと準備が整いましたので、今日から三日間をユート様の強化特訓と銘打ちまして、私、セリアの指示に従って訓練のメニューを消化していただきます」
 訓練所に呼び出されたと思ったら、唐突にそんなことを言われた。
「ちょっと待ってくれ、話がぜんぜん見えない」
「決定事項です。反論は却下します」
 慌てふためく悠人に対してセリアはぴしゃりと言い放った。
「説明くらいしてくれてもいいだろう?」
 セリアは悠人から視線を外し、しばらく考え込んで。
「…ペナルティです。ラセリオの一件、まさか忘れたわけではないでしょう?」

 時は遡って、最初のラセリオ防衛戦の後…
「ユート様、何故あんな事をなさったのですか?一人で敵陣に突撃など…」
 エスペリアの語調は堅い。傷を癒されたとたん詰問が始まった。
 エスペリアのほかにいたのはセリアとヒミカ。残りは残敵、伏兵の警戒に当たっていた。
 悠人は色々考えた末に
「自分なりに一生懸命に考えたんだけどな。心配させたのは謝る。繰り返すつもりはないし、反省もしてる」
 そこで一息きる。
「だけど……だけど、悪いとは思ってない」
「…ユートさ――」
 ぱしぃぃぃぃぃっ!!
 セリアに頬を思いっきり引っ叩かれた。後ろでは何か言おうとしていたエスペリアが目を白黒させていた。ヒミカもあまりの事にぎょっとしている。
 いつもなら冷たい威圧感だけを映す瞳は、今やはっきりと怒りの炎がともっている。
 おそらく過去最恐クラスだ。
「あなたは隊長としての実力も思慮も欠けています。はっきり言って隊長に相応しくありません」
 言うべき事は全て言ったとばかりに、セリアは自陣に帰ってしまった。

「…う」
 悠人は思い出してうめいた。
 そうだ、引っ叩かれたんだっけ。
(たぶんまだ怒ってるよな…)
「そういう訳で、ユート様には戦士としての技量も無く、指揮官としての思慮もありません。「求め」の力だけで戦い続ければ間違い無くこの先どこかで犬死にします」
「はっきり言うよなぁ」
 むっとするが、言いたい事はわかる。確かに悠人は未熟だ。
「ユート様は鈍いようなので」
 しかし、セリアの言うことには、およそ容赦というものがなかった。
「私達に与えられた時間は少ない。しかし、ユート様の戦士として指揮官としての成熟をこの短期間で望めるはずもなく、そこでエスペリアと協議の下、
せめて戦士として戦線で生存に耐えうるようにと、特殊訓練施設の建造および特訓のメニューを作成しました。
訓練士の報告書によると、ユート様は基礎身体能力は高く素質もあるとの事ですが、理論と実践は大変不得手であると評されています。
そこで、限りなく実戦に近い状態の模擬戦闘を行い、実戦の感覚を養います。その中で理論と実践を身体で覚えてもらう事となりますが、ここまでで何か質問は?」
 セリアはいつになく饒舌だが、その内容の半分は悠人に対する皮肉だ。
「結局、今日は何をするんだ?」
「………私の話を聞いてなかったんですか?」
 悠人は苦笑して、
「いや、聞いてたけど解らなかった」
 …ダメすぎる。本当に、なんでこんなのが自分たちの隊長なのだろうか?
「とりあえず、いきなり摸擬実戦は荷が重いですね。今日のところは基礎訓練と一対一の稽古だけにしておきます」
 そこで、すっ、とセリアの目が細められた。
「……先に言っておくけど、私は甘くないわよ」
 悠人は背中を嫌な汗が流れるのを感じた。

「どうしたの、これでおしまい?戦場では立ち上がるまで待っててくれる者はいないわよ!」
 柔軟から、型、構え、素振り等の基本のお浚いをざっとなめてから始まったのは、激烈な手合わせ稽古だった。
 セリアの動きは軽やかだが打ち込まれる剣は、重い。これで床に転がされたのは何度目だっただろう?
「ぐっ…ちょっと待ってく――」
 悠人は立ち上がろうとしたが、
 ちゃきっ
 いつの間に移動したのか、悠人の頭上には「熱病」の刃。悠人は仰向けに転がされた姿勢のまま、全く動けなかった。
「…これで、また一回死んだわ」
 セリアは何事もなかったように剣を引き、音もなく鞘に納めた。
「……まぁ、これくらいにしておこうかしら。休憩にするわ」
 緊張の糸が切れた悠人はその場にへたり込んだ。
 セリアはそんな悠人の様子をじっと見詰めていた。
 セリアにとって彼は疑問のかたまりだった。表向きは異世界より降臨し、神剣に選ばれて龍を倒した勇者。
 しかし、蓋をあけてみればただ神剣が使えるというだけの一般人だった。
 彼に隊長は任せておけない、とは思った。でも、彼を隊長に任命したのはラキオス王だ。いちスピリットが王の決定を覆せようはずもない。
 結局は彼が隊長としてまともになってもらうのが一番現実的な選択だった。そのために自分がこんな事をしなければならないのは、ニムントールではないが面倒で仕方がない。
 仕方がないが、やるしかないだろう。
 適任者が私しかいないのだから。

 まず未熟な年少組は除外。エスペリアは彼の代理で雑務に忙殺されている。ハリオンとヒミカは年少組の面倒を見なくてはならないし、神剣の形状が違うために彼に剣を教えるのに向かない。
 ファーレーンはニムントールの育成と別任務があるし、第一こちらの隊に正式な配属がされていない。アセリアは教える側には向いてない。そしてナナルゥはそもそも剣の扱いに長けてない。
 一方私はそこそこの経験もあるし、剣を扱えもすれば教えることもできる。消去法でいっても私しかいないのだ。
 それに、エスペリアに聞いてしまった。彼の現状を。
 彼は、私達と同じようにヒトに戦いを強いられていた。妹を人質に取られ、「求め」によって王族に逆らえないよう強制されている。
 やはり彼はヒトとは違う?
 彼は、私達にとても近い――
 セリアはそこまで考えて、悠人に傾きかけた思考を中断した。
 だから、という訳ではない。
 これは同情なんかじゃない。
 彼の強化はあくまでも部隊全体に関わる重要事項なのだ。
 だから真剣に検討もするし、付き合いたくなくとも付き合わなければならないのだ。

「……ア、……リア…」
 なんか耳元がうるさい。
「…リアってば……ーい」
 吐息?が耳にかかった。
「…んっ」
 くすぐったくて、思わず声が漏れた。…って
 気がつくと彼が耳元で何か言っていた。文字どおり「お互いの息がかかる距離」だ。
 ずざざっ!…ちゃきっ
「な…な、なにしてるの!」
 一瞬で間合いを取って、剣を抜き、かまえた。まずい、少し赤くなってるかも、顔。
 彼もずいぶん慌てていた。
「うわ、ま、待ってくれよ。呼んでも反応なかったし、どうしたのかなって…」
「だからって、そんなに近づかなくてもいいでしょう?」
 思わず、睨みつけた。心は平静を取り戻すことに必死だ。
「と、とにかく悪かった。落ち着いてくれ」
 とにかく、何とかこの場を切り抜けなくては…
「き、休憩は終わりです!訓練を再開しますっ!」
「待ってくれ。準備がまだ――」
 こうして訓練は再開された。