革新の一歩

第一章 決意と萌芽Ⅱ

 昨日の訓練は厳しかった。しかし、手応えはあったと思う。
 最初のうちは三合持たずセリアに叩き伏せられていた悠人だったが、午後に入ってから変化が起きた。
 戦場のようには混沌とせず、しかしいつもの訓練とは異なる状況は緊張と集中――そして思考の加速を促す。
 剣戟の途切れる間隔は次第に長くなり、反撃する機会も増えていった。
 しかし、ついに彼女から一本とる事はできなかった。
「今日はここまでにしましょう。ユート様にしてはよくやったかと思います」
 相変わらず微妙にトゲがある。やはり表情から彼女の心情はうかがえなかった。
「明日は私のほか数名で集団訓練です。集合は早朝になりますがくれぐれも遅れないように」
 寝起きの悪さにもしっかり釘が刺された。
 遅れたら、それこそ何を言われるかわかったもんじゃない。
「…そうだな。起きよう」
 悠人は重いまぶたをこすりつつ、もぞもぞとベッドから身を起こした。

 早朝のラキオス。
 珍しく朝食を一番に片付けて悠人は集合場所となっているスピリット隊第二詰め所へ来ていた。
 腹が膨れた分また眠くなってきた気がする。
「ふわぁーぁ…やっぱり、まだ眠い」
「ん…ユート、眠そう」
 隣にはアセリアがついてきていた。
「どうしたんだ?アセリアもこっちの誰かに用なのか?」
「……」
 彼女はじっ、とこちらを見つめたままなにも答えない。
(エスペリアやオルファだったらわかるんだろうけどな…)
 などと悠人が考えていると――
「あ、ユートさまだ。おっはよー」
 空いた窓からぶんぶんと手を振る少女は、目下彼が一番苦手な彼女と同じ髪形をしていた。
「おう、おはようネリー」
「アセリアもおっはよー」
「ん…おはよう」
 挨拶を交し合う。アセリアはやはり最小限の受け答えしかしない。
「ところでユートさま、今日はどうしたの?こっちに来る時はいっつもお昼ちかくなのに」
「ああ、それはな――」
「私が呼んだからよ。アセリアもね」
 悠人をさえぎって会話に入ってきたのはセリア。後にヒミカとハリオンもいた。

「ユート様、おはようございます」
 真面目で凛とした態度。硬質な雰囲気。
 いつものセリアだ。
 悠人は昨日の休憩の時に見た彼女を思い出す。頬を赤らめて狼狽していたセリアと、今のセリア。
(ずいぶん、落差があるよな…でも昨日のセリアは結構可愛いかっ――)
「ユート様?」
 しまった。また睨まれた。
「あ、ああセリア。おはよう」
 ぷいとそっぽを向かれた。どうしたものか。
「あらあら~、セリアダメですよ~。ユートさまを、邪険にしたら~」
「いいんだ、俺は気にしてないからさ。それはそうとハリオン、ヒミカおはよう」
 とりあえず、割って入って後ろの二人にも声をかけた。
「おはようございます、ユート様」
「おはようございます~。今日は、よろしくお願いしますね~」
「へ?って事は…」
 セリアに向き直る。
「皆、今日の訓練のメンバーです。それでは行きましょうか」
「ん、わかった」
「そうね、お昼も向こうで?」
「そうですよ~。腕によりをかけて作りました~」
 よく見るとハリオンは大きなバスケットを持参している。
 ちょっと待て。
「お、おいセリア。皆知ってるみたいだけど、どこに行くんだ?」
 列を作ったみんなの先頭にいた彼女は、首だけを悠人に向けて、一言。
「リュケイレムの森」

 ラキオスの南部に広がるリュケイレムの森。
 少し奥まで来て、悠人は気付いた。
 この場所に感じる、違和感。確か前はこんな感じではなかったはず。
「…なんだ?この感覚」
「気付いたの?なら、昨日の訓練も無駄ではなかったみたいね」
 セリアは微笑を浮かべた。
「まず先に、本日の訓練の主旨を説明します。昨日も言った通り今日は集団戦訓練を行います。
しかし、より実戦に近く…のコンセプトに従って、ルールは相手を消滅させなければ何でもあり、とします」
「…げ」
(本気でかかって来るって事か…なんかやばくないか?)
 そこでセリアは自分の荷物から細長い布を取り出した。色は蛍光イエローっぽい目立つ色だ。
「これを体の一部…相手から視認が利く場所に身に着け、切り落とされた人は戦闘不能とし、
どちらかのチームの全員が戦闘不能によって一試合とします。なお、布を着ける部位として頭部、頚部、胴体は禁止します。
チームはユート様、アセリア、ヒミカ、そして私を含めた四人を二チームで随時編成し、ハリオンは怪我した際の救護になります」
「はい~。手当ては任せてください~」
 セリアは気にせず先を続ける。
「先ほどルールで、何でもありと言いましたので、ユート様はオーラフォトンも使用してもいい事になりますが、
さすがにそれだと私たちに分が悪いので救済措置をとりました」
「救済措置?」
「ここには今、青の水玉、炎の祭壇が立てられています。黒スピリットは今回の特訓に参加しませんし、
緑スピリットは施設に頼らずとも、ここでは十分な力を引き出せます」
 今感じている違和感はそれだったのか。

「なるほど。神剣の差を縮めれられれば、ユート様はそう簡単には私たちを倒せないわね」
 ヒミカが首肯した。確かに理にかなっている。
「ん、チームはどうする?」
 珍しくアセリアが会話に入ってきた。
「うーん。そうだな…アセリアは誰と組みたい?」
 ここは普通に二人ずつになるだろう。アセリアと組まなかった方と組めばいい。
「……セリア、いいか?」
 アセリアはじっと彼女を見つめる。
「…わかったわアセリア、決まりね。ヒミカはユート様と…お守りは大変だけど頑張って」
 セリアは頷いて踵を返す。
「こらセリア!あなたまたそんな事――」
「いいさ、ヒミカ。確かにまだまだ俺はみんなのお荷物だ」
 セリアを嗜めようとしたヒミカだったが悠人に止められた。
「でもな、いつまでもお荷物でいるつもりはないぜ」
「そうですか。なら、結果で示してくださいね」
 お互い不敵に笑ってみせる。
「それでは~、お互いのチームが見えなくなるまで、距離を取ってくださいね~。そしたら~、私が開始の合図をしますぅ~」
「ん、負けない」
 特訓二日目、スタート。

 天に高く日は昇り、昼にさしかかろう時間。
「……あががが」
「もぅ、動かないでください~。きれいに治せないじゃないですか~」
 ボロ雑巾の様に転がされた悠人はハリオンの治療を受けていた。
「ユート……弱い」
「軟弱ね」
「…結果では示せなかったですね。残念です」
 三者三様の反応に返事を返す余裕すらない。
 ここまで、四戦。一戦目はとりあえず開始と同時に距離を詰めようと、来た道を戻っている途中に木の上から襲撃をうけて瞬殺。
 二戦目は俺、アセリアVSセリア、ヒミカ。同じ徹は踏むまいとアセリアに相手の探知を頼んだが発見したとたん突撃。
 追いつこうにもウイングハイロゥに追いつけるはずもなく、掛けつけたときには既にアセリアは倒されてて
二対一でじっくり追い詰められていたぶり倒された。実は二人はSなんじゃないか?
 三戦目は俺、セリアVSアセリア、ヒミカ。俺が囮になって敵を引きつけ、セリアが急襲する計画になったが、失敗。
 二人の猛攻にセリアが来るまで耐え切れなかった。ていうか、セリアが来るのが明らかに遅かった。歩いて来てたし。
 四戦目。俺、アセリア、ハリオンVSセリア、ヒミカ。あまりに負けまくる俺にハリオンが加わる。
 合図の際に位置はばれてるので、少し場所を変えて待ち伏せる事に。
 待ち伏せを始めてだいぶ時間が経過しても気配すらしない。目算が狂った俺はハリオンに意見を訊こうとしたが、これがいけなかった。
 話は見事脱線して、終わらない。気が付いた時にはセリアの剣は俺の紐にかかっていた。そして、
「ヒミカ、やっちゃって」
「…了解」
 どがーん
 きれいに俺だけ吹っ飛ばされた。

 あとでハリオンが
「とっても~、きれいな弧を描いて飛んでいましたぁ~」
 とか言っていた。だからどうした。
 明らかにおかしい。訓練の皮を被せた嫌がらせだろうか?
「…ぐ、俺に味方はいないのか?」
 みんな潜在的な敵に思えてくる。いけないいけない、こんな事では…
 キイィィィン
【契約者よ、我が求めに答えるならば我が味方になってやってもよいが?】
(うっさい、黙れバカ剣。こんな時ばかりしゃしゃり出て来るな)
【ふん。我の中に十二分なマナがあれば、いくら増強されていようと低位の神剣しか持たぬ妖精達に遅れをとる事などありえぬ】
(かもな。でもこれは俺に対しての訓練だ。俺自身の強さが鍛えられなくちゃいけないんだよ)
【ならば今少しは、様子を見ていようか。強き契約者の強き求めもまた、我の糧となろう――】
 「求め」の声が遠ざかっていく。今回は諦めたようだ。
「――くっ」
 上半身だけ、起こす。体に痛みはない。傷はきれいさっぱり治されていた。
「サンキュ、ハリオン。助かったよ」
「い~え~、どういたしまして~。ユート様も、回復されましたし~、このあたりでお昼にしましょう~」
 ハリオンの一言で昼食の準備を始める皆。しかし…
 ここは昼間でも薄暗い森の奥。さらにシートを広げられるような場所すらない。
(ここで食べるのはちょっと、やだな)
 どこか良い場所はないかと周囲を見まわす。すると…
「ん?なんかあっちは明るいな。開けた場所があるかも」
 俺はその場所へ向かって足を進めた。