朔望

奏鳴 coda

「いい……顔して、るな……エトランジェ。頼んだぞ……礼は、先に、言って……かん、しゃ…………」
言葉途中で、その兵士は息絶えた。遺体を床に寝かせ、立ち上がった悠人は一度振り返る。
いつも殴りつけられ、理不尽な命令を押し付けられ。この兵士に、ろくな思い出など無かった。
だが、今際の際に呟いた、一言。
――――ふん……今でも、俺は……お前が嫌いだ……だが、殿下を……頼、めるのは……もう、お前しか……
それは紛れも無く、託された想い。国を憂え、レスティーナに忠誠を誓う、ただの立派な兵士の姿、だった。
悠人は、慄えた。礼の前倒し。押し付けられた最後の命令は、しかし今の悠人には果たすべき約束だった。
「安心してくれ…………約束は必ず守るっ!」
悠人の力強い一言に、アセリア、エスペリア、オルファリルが頷く。悠人は走り出した。後ろを振り向かずに。

無人の寝室を確認し、城内の秘密の地下道に突入しようとした所で、明るい声が聞こえた。
「あ~! ユートさまだ~!!」
向こうで、ネリーがこちらを指差している。所々煤だらけの顔が、満面に笑みを浮かべながら駆け寄ってきた。
続いてわらわらと第二詰所の面々が現れる。誰もが全身煤だらけだった。悠人はあっけにとられた。
「全く……手加減ってものを…………」
「こほっ……まだ目が沁みますぅ~」
「ヒミカが、遠慮無くいけ、と」
「だからって味方を巻き込んでどうするのよ!」
「けほけほっ……あっ、ユートさま! ご、ごご御無事でしたか?」
「……? ユートさまぁ、ど~したの~?」
裾をぎゅっと握るシアーの不安そうな顔。悠人は誤魔化すように、苦笑いを返した。

地下道を駆け抜けながら、改めて一同を見渡す。ファーレーンとニムントールの姿が無い。
しかし悠人は不思議と心配していなかった。あの二人なら、大丈夫。今は、自分のするべき事を。
一瞬和んだ空気に、悠人は実感していた。館には佳織がいる。レスティーナもいる。“みんな”を守る。
約束だから。そしてそれが……「今自分が求めるもの」だから。出口を抜けると、飛び込んでくる月の明かり。
「ここで迎撃する! レスティーナを守るんだ!……そして、全員で生き残る。絶対に!」

 ――――なら、大丈夫。

そんな声を、背中に聞いて。