いつか、二人の孤独を重ねて

おほしさまが、みてました

木の下に背もたれて、ただ二人で夜空を見ていた。
悠人は、もう決して二度と離さないかのように小さい身体を両手で背中から抱きしめる。
星たちの瞬きは何も言わないけれど、二人にとって残酷な事も決してしない。
太陽の光は暖かいけれど、まぶしすぎて古傷も生傷も暴いてしまう。
月の光は優しく隠すけれど、何処か静かに凍てつかせるような冷たさがある。
星の光は何も言わないけれど、道しるべを示してくれる。

今の二人には、星の光こそが良かった。

木の下に背もたれて、ただ二人で夜空を見ていた。
シアーは自分の背中を、今自分を抱いてくれてる人を感じたいからその胸へ沈める。
星たちの瞬きは何も言わないけれど、二人にとって残酷な事も決してしない。
太陽の光は暖かいけれど、まぶしすぎて古傷も生傷も暴いてしまう。
月の光は優しく隠すけれど、何処か静かに凍てつかせるような冷たさがある。
星の光は何も言わないけれど、道しるべを示してくれる。

今の二人には、星の光こそが良かった。

シアーはそっと、自分を抱いてくれてる悠人の両腕の手に自分の小さな手を重ねる。
「ありがとう、シアー」
悠人は、その心に入ったヒビから漏れてしまうかのようにシアーにそう言う。
シアーは、黙って悠人の手に重ねた自分の手に少し力をこめる。
悠人の、ヒビだらけのその言葉を自分の両手で包むように。
「あ、ありがとう…ごめん、ありがとう」
それに気がついた悠人は、ただ申し訳なそうに自分の胸の中の小さな少女に謝罪する。

「…シアーね、ありがとうだけでいいの。ごめんは、いらないの」

シアーはそう言うと、ふうっと身体から力を抜いて悠人に更によりかかる。
胸に感じるシアーの頭の重みと、星空に照らされて昼間よりぼんやりとうすら青い髪の感触。
シアーの髪から、日なたのにおいと共に優しく香るシャンプーの芳香に悠人は酔いかけてしまう。
なんだろう、胸の奥より深くてやわらかい部分が痛い。
この酔いは暖かくて満たされてゆくのに、ここちよさが痛い。
自分の手に重ねられている温もりを感じながら、悠人はシアーの言葉に何も言えなくなる。
 -シアーの手、本当に小さいんだな。
悠人は自分がシアーを抱きしめているはずなのに、逆にシアーに抱きしめられているように思う。
 -佳織の手は、どうだったかな…最後に二人で手を繋いだのはいつだったっけ…
シアーのやわらかい暖かさを離してしまわないようにしながら記憶を一つずつ手繰り寄せる。

今ではおもかげさえも消えてしまいかけてる、二度も失った両親。
誰からも、そして自分自身さえからも「疫病神」と罵られ続けた日々。
それでも、「妹」という温もりだけはいつもあった。
いつしか、光陰と今日子や小鳥という存在もいた。
演劇をきっかけに、級友たちの思いやりも知った。
召喚されてから特に強く常に感じていた、自分という一人に対しての無力感をも思い出す。
 -俺は、エトランジェの力を手にしてからも果たして誰かを護れた試しがあっただろうか。
シアーを抱きしめる両手にわずかに力がこもるのを、おさえることが出来ない。
一時期とは言え、佳織を取り戻せた。
光陰や今日子も生きていてくれている。
ウルカだって救えた。
仲間たちの誰も、ついに今日まで一人も戦死者はいない。
そして今や、街の人々からは救国の勇者様扱いだ。
だけど、それでも無力感を拭い消せないでいる。
ふと気づいたら、自分の周囲から誰もがいなくなってゆく。
あんなに頑張ったのに、誰もが自分に背中を向けて無言で振り返らず歩き去ってゆく。

いつからかつきまとうようになった、そんな根拠のない孤独感が悠人は怖い。

ふと、シアーの手が自分の手を強く握っているのに気づく。

シアーが、ひどく心配そうに自分の顔を見上げているのに気づく。
「…どうか、したのか?」
悠人は、精一杯に優しく微笑んで精一杯に優しい声でそう問いかけた。
「ネリーが心配か?…また、別々のチームになっちまったもんな」
すると、シアーの表情が余計に心配そうになる。
「違うの…シアーたち、離れててもお互いのことわかるし…。
 それに今回のチーム分けが決まった後、ネリーちゃんはシアーにがんばれって言ってくれたの…」
理由がわからず、思いを巡らせていると不意にシアーがそっと悠人の繋がれた両腕をとく。
シアーは悠人の正面に向き直ると、かわいらしいハンカチを取り出して悠人の顔へ手を伸ばす。

そこではじめて、悠人は知らずのうちに自分は涙を流していた事に気づいた。

「そうか…泣いてたのか、俺」
シアーが、丁寧に自分の頬や目を拭いてくれるのにひどく懐かしい安らぎを感じる。
 -俺は何故、自分で拭くと言えないんだろう。
シアーのハンカチからは、洗剤の甘くてホッとするにおいがして。
「うん…それとね…震えてたの」
やがて悠人の涙を拭き終えたシアーは、ぽつりとそう悲しそうに言う。
「えっ?」
悠人の胸に、シアーは顔をうずめながら身体を沈めてくる。
「泣いてて…震えてたの。ユート様…震えてたの」
自分の身長の半分かそれ以下しかない小さなシアーは、悠人の背中に細い両手をまわす。

悠人よりも、ずっと小さなシアーがあまりに細い両手で精一杯に悠人を抱きしめてくる。
「そうか、俺…ごめんよ、シアー…」
こんな小さな少女に、自分の弱さを見せてしまった事に悠人は後悔を覚えながら。

「ごめんは、いらないの…」

その言葉にまた何も言えなくなって、ただまた精一杯に優しくシアーの髪を撫でる。
不意に、シアーは胸から顔を離してまっすぐに悠人を見つめてきた。
「ユ、ユート様…覚えて、る?」
シアーの頬は、桜の花の色に染まっている。
「何を、覚えてるって?」
そっとシアーを両腕で包むように優しく抱きながら悠人はシアーに問い返す。
「えっ…と…えっとね…ええっと…あの、あのね…」
耳までもう真っ赤になってしまうシアーの髪を優しく撫でながら、悠人は次の言葉を待つ。
「あの…はじめて。ユート様と、シアーの…二人一緒でのはじめて…」
悠人はしばらくまばたきを繰り返しつつ、記憶の引き出しを片っ端から開けまくっていたが。
「あ…もしかして…キス、か?」
その台詞に反射してしまったかのように、シアーは勢いよく身体を悠人の胸に沈める。
その勢いにむせそうになるのをこらえながら、悠人はあの時のことを思い出していた。

発端は、とある作戦での部隊編成時でのチームわけの時だ。
普段は常に一緒なネリーとシアーも、さすがに別々のチームに分けられる時もある。
それは別段珍しいことでもなければ、むしろごく当たり前にある事だった。
違ったのは、悠人とシアーを含むチームとネリーを含むチームはかなり離れた拠点に配置された事。
しかもそれぞれ、エーテルジャンプ装置を設置した拠点から更に行軍した場所に配置された。
そしてもう一つ、もろもろの事情でチームを三つに分けて別々に配置。
エスペリアをリーダーにした第一チーム、今日子をリーダーにしたネリー含む第二チーム。
そして、予想外の事態に対応するための悠人とシアーに光陰だけのラキオス防衛第3チーム。
これだけでは、特にどうといった事もなかった。
実際、報告でも配置された2チームは輝かしい戦果を上げていたしラキオスへの敵襲もなかった。

その時の、とある夜のこと。

悠人は、部屋の窓を開けて星空を眺めていた。
 -エスペリアのチームは、今どうしているだろうか。
 -今日子は、副リーダーにしたセリアとうまくやっているだろうか。
そんな事を考えながら星空を眺めていると、空にふと奇妙な一点があるのが見えた。
どうやらウィングハイロウを持つスピリットが、まっすぐこちらを目指しているらしい。
すぐさま「求め」を握って、神剣の気配を探るが安堵とともに気が抜けた。
それは第二詰め所の自室で眠っているはずの、シアーの「孤独」のものだったから。

窓を大きく開け放しておいて待っていると、枕を抱きかかえた寝巻き姿のシアーが見えた。
やっぱりというか予想通りというか、シアーは泣きはらしていた。

 -まあ、第二詰め所にはネリーどころか光陰をのぞいて誰もいないからなぁ。

とりあえず、窓からシアーが部屋に飛び込んでゆっくり着地するのを待って。
ごくいつもどおりに声をかけて、泣きじゃくるシアーの頭を撫でながら話を聞いてあげる。
いつものパターンから予想していた、ユート様と一緒に寝たいというお願いにも快く頷いて承諾。
とりあえず、適当にベッドをただして二人の枕を並べてそれじゃ寝ようかというところで。
まずベッドのサイズ的に、寝ているうちにシアーが転がり落ちる可能性があるので…。

先に壁際のほうにシアーを寝かせようとしたのが、ふたりの今日までの全ての始まりだった。

悠人に促されるままに、シアーがベッドにちょこんと腰掛けた時。
ちょうど少し離れて見守っていた悠人と、正面から向き合う形だった。
常日頃からの疲労がたまっていたのと、悠人自身もうかなり眠かったせいだろうか。
ふらり、と悠人はいつのまにか転ぶようなところもないのに足をもつれさせてしまった。

慌てるどころか状況を理解できないまま、悠人は正面にいたシアーのほうに倒れこんでしまった。

気づいた時には、悠人が押し倒す形で自分の唇とシアーの唇が重なってしまっていた。

しばらく長い間二人とも頭の中をぐるぐるさせつつ固まっていたが、やがて悠人が慌てて離れる。
「ご、ごめんッ!」
思わず両手をあわせてシアーにごめんなさいのポーズをする悠人。
むくりと起き上がって、自分の唇に手をやったシアーはキョトンとしている。
「本当にごめん…シアーも、キス初めてだっただろうに…ごめん…」
とにかく必死に謝罪する悠人に、シアーは不思議そうに聞いてきた。

「ユート様…キスって、なんですか?」

一瞬、目を丸くして硬直した悠人はしばらくああそうか子供だもんななどと頭を抱えてしまった。
それから、色々な意味で精神的な面での成長に支障があるといけないためじっくり説明。
「…と、いうわけでキスってのはそういうものなんだ」
悠人としては、かなり精神力を消耗する話題だった。
「あの…それじゃさっき…どうして、謝ったんですか…?」

上目遣いに無垢な瞳でじっと見つめられて悠人は言葉に詰まってしまう。

「別に悪いことでもないのに、どうしてごめんなんですか…?」
悠人は腕組みして唸りながら無理やり脳みそを絞ったあと、こう言った。

「あのさ。さっきも言ったけど、キスってのは好きな人どうしでするもんなんだ。
 しかも、シアーは初めてなんだろ?やっぱり、シアーだって好きな人としたいだろ。
 それなのに、初めてが俺じゃイヤだろ?だから、申し訳なくてさ」
悠人の説明に、シアーは首をかしげるだけだった。
「シアー、ユート様のこと好きだよ…?
 ネリーちゃんもユート様のこと好きだし、びっくりしたけどイヤじゃなかったよ?」

ますます不思議そうな無垢な瞳に、また上目遣いで見つめられてまた言葉に詰まる悠人。

「ユート様…シアーのこと、嫌い?」
悲しそうに曇る無垢な瞳に対して、首が千切れ飛ぶかのような勢いで首を横にふりまくる悠人。
「じゃあ…ユート様も初めてだったんだよね…初めてがシアーだから…、イヤ…なの…?」
その勢いだけで竜巻を起こせるんじゃないかというくらい、激しく首を横にふりまくる悠人。
「そんなことない、俺もシアーが好きだぞ。
 むしろ、初めてがシアーってのはびっくりしたけどなんだか嬉しいぞッ」
勢いでまくしたてた後、悠人は自分の台詞の重大な意味に気づくも時すでに遅し。

「うん、シアーも…シアーも初めてがユート様で…凄く嬉しい…」
妖精どころか天使のごとく、穢れのない極上の微笑みでそう返されて悠人は何も言えなくなる。

「で、でもさ…これから先、シアーの人生に一生ついてまわるんだぞ?」
そう、事故とはいえシアーが成長してキスの意味を本当に知った時に彼女が傷つく可能性もある。
「うん…シアーね、一生忘れないよ…?
 …ユート様との初めてどうしのキス…絶対に忘れないよ…」
窓からさしこむ星の光に照らされて、にこにこと嬉しそうにするシアー。
「…ごめんは、いらないの。シアーは幸せだから…だから、ごめんはいらないの」
それに対して、色々な意味が多く含まれるとても言葉に出来ない罪悪感でいっぱいになる悠人。

やがてシアーが手で口を隠す事もせず大きなあくびをしながら、船をこぐようになったので。
慎重に優しく、シアーをベッドに寝かしつけて小さな彼女が寝入ったのを確認してから。
「やっちまった…やっちまったよ、俺…ああぁ…やっちまったなぁ…はあぁぁぁぁ…」
小さくつぶやいて、思い切りガックリしてると静かにけれど聞きなれた声が聞こえた。
「うむ、やっちまったな…我が親友よ」

青ざめて振り向くと、部屋の入り口で酒と肴をつまみながら碧光陰が堂々とそこに座り込んでいた。

くいっと木製のグラスをあおりつつ、物憂げな表情で悠人を見つめ続ける光陰。
背中を冷たくイヤな汗が滝のように流れるのを感じながら、悠人は声を絞り出す。
「い、いつから見てたんだよ…?それで、な…な…ななな何を言いたいんだ?」
口に人差し指をあてて「静かに。起きるぞ」のサインをしつつ、あくまで見つめ続ける光陰。
悠人は、そうっと光陰のそばによって拝むように両手をあわせつつ小声でささやく。
「なあ光陰。俺たち、親友だよな?黙っててくれるよな…な?いやマジ頼むよ本当に」
元の世界のさきイカのような肴を一本くわえて上下にぴこぴこ動かしながら、見つめ続ける光陰。
「…わかりました、ただで頼むとは決して申しません…ワタクシに出来る事なら何でもします…」
うむ、と満足げにニンマリ笑って頷く光陰に悠人はただただうなだれるしか出来なかった。
ふと肩に光陰の手があるのに気づいて顔をあげると、今の悠人が一番恐れる台詞を言い渡された。

「ロ リ コ ン。…しかも純真無垢な少女の唇を奪った。つまりは、性 犯 罪 者 だなッ」

今まで光陰に言ってきた台詞を自分が言われて、声にならない絶叫と限りない絶望に悶絶しまくる。