寸劇をもう一度

digression

「お、いたいた。ヒミカ、ちょっといいか?」
今回のエンゲキ初演前日、会場の具合の点検に余念のないヒミカに、悠人が台本片手に呼びかける。
「はい? あぁ、丁度良かった」
「ん?」
「いえ、ユートの用事から先にどうぞ」
「そうか? ここなんだけど、『ここでユートが飛び上がって寝る』ってどういう意味?」
と、台本のある行を指す悠人。
「え? あぁ、これは『飛び込んで倒れる』ですよ。まだまだですね」
悠人もようやくある程度は聖ヨト語の読み書きができるようになってきたのだが、完全に台本を読みこなせる域には未だ達していない。
「あぁ、なるほどな。さんきゅ。で、ヒミカの方の用事は何だ?」
「えぇ、ユートがやる役なんですけど、初日はヘリオンにやってもらおうかと思いまして」
「ん? そうなのか。いや、俺は助かるけど」
「それでですね、代わりに客席の最前列に入って下さい」
「ってことはまた客を舞台に上げるのか?」
「はい」
そう、『また』なのだ。初日に観客役を配しておいて舞台に上げ、二日目以降は再度観に来た観客を舞台に上げる。ヒミカは悠人から見ると変わったことを他にも色々やってきた。いや、ハイペリアにいた頃、別に演劇に興味はなかったから悠人が知らないだけで、そういう演劇もあったのかもしれないが。ヒミカ曰く、エンゲキは体験だからこそ価値がある、ただの見世物になってしまっては意味がない、だそうだ。そういえば、客席の最後列にいたセリアが突然立ち上がって「待ちなさい!」と叫んで舞台へ歩き出すってのもあったっけ。いやぁ、客の驚いたこと驚いたこと。セリアが歩き出したとたん客が左右に身を寄せる様子は海が割れるようだったなぁ。
「というか、今思ったんだけどさ、俺が役者やるよりヒミカがやった方が良いんじゃないか? 俺より上手くやりそうだし、人気も出ると思うんだけどな」
「じゃあ、わたしの代わりに監督兼脚本やりますか?」
「う、それは勘弁して欲しいな……」
「というのはともかくとしても、わたしは役者をやらないことに決めてるんですよ。いえ、正しくは、取っておくことにしてる、ですね。誰かさんがわたしを怒らせたときのために」
「それって……」
「ですので、くれぐれもわたしに役者をやらせないで下さいね」