ただ、一途な心

終章─思い出に誘われて ずっと一緒に─

─────時は流れて・・・


「失礼致します、統一女王陛下」
「そんなに畏まらなくても・・・いつも通り、レスティーナで構いませんよ、ヒミカ」
びしっと敬礼をして謁見の間に入ってきたヒミカは、レスティーナにそう言われて肩の力を抜く。
そんな真面目の塊のようなヒミカの手には、お菓子・・・主にヨフアルが大量に入ったバスケット。
「それで、今日はどんな用事なのですか?そのバスケット、一緒にティータイムでも、と?」
「いいえ、今日は店がお休みですから、予め届けておこうと思いまして」

あれから・・・ヒミカはハリオンの遺志を継いで、ひたすらにお菓子作りの修行に励んでいた。
その甲斐あってかヒミカの技術の向上は凄まじく、僅か半年ほどで店を持てるほどの腕前になっていたのだ。
そして、修行に行っていた店を貰いお菓子を作っては売り、新たなお菓子の研究をするなど、充実した日々を送っていた。
・・・で、レスティーナはといえば、そのヒミカのお菓子屋の常連客でお得意様なのだ。
ヒミカは軽い足取りでレスティーナに近づくと、手に持っていたバスケットをぽん、と手渡す。

「そうですか・・・売り上げのほうはどうなのですか?」
「上々ですよ。特にネリーやシアーが売り子として店に来てくれてからは」
「給料などは支払っているのですか?」
「給料は毎日おいしいお菓子を食べさせるくらいですよ。普段の生活はセリアが賄っていますし」
レスティーナは考え込むように顎に手を当てると、確かにあの二人ならそれで満足してしまうかも、と思ってしまう。

「・・・それでは、私はこれで」
「そういえば、なぜ今日に限ってお休みなのですか?あの店は年中無休でしょう?」
「今日は・・・特別な日ですから」
ほんの僅かに、悲しみに染まるヒミカの表情を・・・レスティーナは確かに感じ取っていた。
心なしか、謁見の間から出て行くその足取りも妙に暗い感じがする。

「今日・・・今日は・・・ああ、あの日、ハリオンの命日なのですね・・・」

ヒミカは急ぎ足で、ガロ・リキュアの町の門のところまで向かう。
その場所に着くと、そこにはすでにみんなが集まっていた。
「ヒミカお姉ちゃん、おっそ~い」
「お~そ~い~」
「ごめんごめん、でも、これくらいやっとかないとレスティーナ様はへそ曲げちゃうから」
僅かに息を切らして、ヒミカはメンバーたちの持っている物に目を通す。
ネリーが持っている、レスティーナに渡したのと同じようなお菓子の詰まったバスケット。
あとは、セリアが用意してくれた花束・・・欠けているものはないようだった。
「そろったみたいね。じゃあ、行きましょう」
元スピリット隊第二詰所所属(実質今もだけど)の顔ぶれがそろった所で、セリアがそう促す。
七人のスピリットたちは、あの大事な人の元へと向かうのだった・・・

─────暫く街道を歩く一行。すると、まもなく視界に古びた一軒家が飛び込んでくる。
「ここかしら?」
「そうじゃない?裏手にあるってことだったよね。・・・早く行こ」
ニムントールに急かされ、一行はそそくさと家の裏手へと回りこむ。
そこには、小さな花畑の中心に苔むした大きな石の置いてある・・・ハリオンの墓。
真新しく彫られたハリオンの名前の上にあったはずの名前は・・・すでに風化してしまっていた。
誰が作ったのか・・・誰にもわからない孤独な墓がそこにはあった。
「ヒミカ、お供え物をお願い」
「え、ええ」
ネリーとセリアに供え物を手渡され、受け取るなり無言のまますっと捧げる。
「ハリオン・・・あなたの好きなものを持ってきたわ。向こうで・・・ハイペリアで受け取って・・・」
ファンタズマゴリアにはお供え物とかお墓参りとか・・・元々こういった風習は無かったが・・・
死者に対する祈りを何も知らない彼女たちに、光陰が日本流の死者への祈りの捧げ方を教えたのだった。
ヒミカはそのままくるりと振り向いて、祈りを捧げようと、仲間たちに視線で促す。

一斉にハリオンに向かって捧げる、目の前で両手を合わせる祈り。
七人の家族の心には、それぞれのハリオンに対する想いが、思い出が飛び交っていた・・・

「(ハリオン・・・ハイペリアで幸せにしていますか?あなたの思い出は・・・私たち以外の誰の元で生きていますか?
 もし、私たちの祈りが、願いが届くなら・・・答えて、教えて・・・ハリオン・・・)」

─────現実世界。4月上旬 佳織の自宅 AM8:00。
「佳織、ほら急ぎなさい。小鳥ちゃんもう来ちゃったわよ~!」
「う、うん!」
母親に急かされ、大急ぎで制服に袖を通す佳織。
元々くせっ毛であることが幸いしてか、あまり身だしなみなどを整えなくてもいつもの佳織に見えるから楽なものだ。
トレードマークともいえるあの不気味な帽子もしっかりと被り、鞄を手に取ると玄関にすっ飛んでいく。

「佳織、おっはよっ!」
「小鳥、おはよう!今日から新学年だね~」
そんないつも通りの他愛も無いような挨拶を交わす日常。
長い長い戦いの後に、有り難味を込めて取り戻したそんな日常を、佳織はしっかりとかみ締めていた。
・・・何かがすっぽりと抜け落ちたような、そんな違和感をその小さな胸に秘めて・・・

─────いつもの通学路を、いつもの小鳥と一緒に歩く。
この時間は登校ラッシュであるためか、学園に近づくにつれだんだん人が増えてくる。
・・・この光景は、いつもの佳織が持っている光景のはずだった。
「佳織~・・・やっぱ元気ないよ。やっぱりさ、岬先輩や碧先輩が外国に留学しちゃったのがショックなの?」
そう言われて、佳織は無言のままこくり、と頷くしかなかった。
外国とはいっても、この世界ではなく、別の世界の外国。脳裏にちりちりと焼きついている、二人の戦う姿。
忘れたくても忘れられない・・・現実が、そこにはあった。
だが・・・それだけではない。何か・・・決定的なものが抜け落ちているような、そんな気がするのだ。
「・・・大丈夫だよ!あの二人が心配されるような人じゃないってことは、佳織もわかってるでしょ?」
「う、うん・・・そうだね・・・大丈夫だよね・・・」
そうは口に出しているが、しょぼくれているのは小鳥にだってはっきりとわかる。
折角の新学期に溜息をつくような、そんなことはしたくなかったが・・・思わずはぁ、と二人とも溜息が漏れてしまう。
そんな具合に歩いていると・・・

「はうぅ~っ!しょ、初日から遅刻ですぅ~っ!早めに来てくださいって言われたのに~!!」
「だぁ~もう!だから目覚ましをしっかりとセットしてくれって言ったのに~!!」
「だってあれ、すっごくうるさいし・・・朝からびっくりするのは嫌なんです~!!(で、止めちゃいました)」
「遅刻するよりはマシだああぁ~っ!!」
どこからともなく響いてくる賑やかな男女の口喧嘩。
まあよくある光景だろうと、気にも留めずに交差点に入った、次の瞬間・・・
「あ、危ないっ!」

どしんっ!ごろごろごろ・・・
「ひゃあっ!」
「うきゃあっ!!」
危険を察知したのか、青年のほうは止まったが・・・
勢いよく飛び出してきた少女のほうは、その勢いが収まることは無くそのまま小鳥に激突してしまった。
二人の服装を見るに、どうやら同じ学園の生徒らしいが・・・
「あ、あいたた~・・・だ、大丈夫ですか?」
「う、うん・・・」
ものすごいすっ転び方をしたはずの黒髪のツインテールの少女。それなのに、けろりとした顔で小鳥を気遣っている。
「おい、大丈夫か?」
それに応じてか、一緒にいた青年も小鳥に駆け寄る。
が、次の瞬間、青年のほうはばっ、と佳織の方を向くなり、鳩が豆鉄砲を食らったように驚いた表情になる。
「(げっ!!よりによって!?)」
「あ、あの・・・どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもない!それよりごめん!おい、急ぐぞ!」
「え?・・・はぅっ!!は、はい~!!」
青年はツインテールの少女を急かし、少女のほうも佳織を見るなり驚いたと思うと・・・
その動きは脱兎かあるいは韋駄天か、逃げるようにその場からすっ飛んで去っていった。

「こ、小鳥~・・・大丈夫?」
「うん、大丈夫・・・それより、今の・・・」
どこかで見たことがある・・・と、佳織がそう返す前に、素早く小鳥マシンガンが発動する。
「いい男だった!」
「・・・へ?」
「あんなかっこいい人、このあたりじゃ見ない!ひょっとして転校生!?交差点の衝突から始まる恋~♪」
「ぅ・・・小鳥、一緒にいた子、彼女じゃないかな?だから・・・たぶん無理だよ~?」
何より、衝突したのは少女のほうで、小鳥のハートを奪った(?)青年のほうではない。
というか、よくあの状況で青年のほうを見ることができたなと感心してしまう。
「がぁ~ん!ああ、そんな・・・やっぱりかっこいい人はコブ付きなの~?あ、でも妹という可能性もっ!」
懲りない奴、というのはこういうのに使う言葉なのだろうか。
こういったロマンチックな展開を見逃そうという気にはならないらしい。
「でも、どんな展開にしろ、学園に行けばきっとまた会えるっ!ってわけで、佳織、早く行こう!」
えらい勢いで衝突したはずなのに、何事も無かったかのような小鳥。
そのタフネスさに身を任せて、小鳥は佳織を引っ張っていこうとする。
「え、う、うん・・・!」
新学期から腕の関節を外されては堪らないと、佳織は小鳥に追いつくように駆け足で学園へと向かう。
「(あの人たち・・・見覚えがある・・・まさか、ね・・・)」


きーんこーんかーんこーん・・・
無事に始業式も終わり、初日ということでお昼前には今日の行事は終わった。
「はい!それでは今日はもう終わりです・・・が、その前に新しいお友達を紹介したいと思います!」
と、教室内に先生のご機嫌そうな、どこかの子供向け番組のお姉さんのような声が響き渡る。
おおっと、教室の中はあっというまに騒がしくなり、期待で充満していった。

「ねえねえ佳織、転校生だって!どんな子かなぁ~・・・楽しみっ!」
「うん、そうだね~」
「それじゃあ、入ってきていいわよ~!」
先生がそう言うと、がらっと教室のドアが開き、ごくり、という擬音が教室内に響き渡る。
それとともに、おずおずと教室に入ってきたのは・・・朝衝突した黒髪のツインテールの少女だった。
その瞬間、教室内はわあっ、と盛り上がり、愛くるしい仔犬を見たときのような歓声が沸き起こる。
「それじゃ、自己紹介して?」

「はい!あ、あの・・・私は、えっと、く、黒羽(くろは) ヘリオンですっ!よ、よろしくおねがいします!」

ざわ・・・ざわ・・・
前半部分はともかく、後半の『ヘリオン』という名前を聞いた瞬間、教室内がざわめく。
まあ日本では聞かないような名前だから仕方ないが・・・ただ一人、それに違和感を感じていない佳織。
そのざわめきの中で、隣の小鳥はすっと手をあげて質問してくる。
「あんまり聞かない名前ですけど・・・留学生なんですか?」
無数の眼で見られて緊張気味のヘリオンをフォローするかのように、先生が代わりに答える。
「ええ、そうよ。なんか、皆が知らないような遠くの国から来たって話。仲良くしてあげてね!」


─────元々帰る寸前だったこともあり、自己紹介と席決めの後にホームルームは終わった。
「ねえ、ヘリオン!一緒に帰ろう!」
まだ来たばかりということもあり、教室の雰囲気になじめないヘリオンに接近する佳織と小鳥。
「え?えっと・・・はい!ありがとうございます!」
「うぅ・・・一緒に帰ろうってだけでお礼言われても・・・」
思わず苦笑いする佳織。だが、そんな気まずい雰囲気もあの小鳥の前では風前の灯。
なんだかんだいって佳織とヘリオンは小鳥に引っ張られていく感じで教室を出て行くのだった。

黒髪のツインテールをぷらぷらと垂れ流し、時折風に靡くそれが印象的な少女を見て、佳織は妙な親近感を覚える。
それは、何よりも『どこかで会ったことがある』という違和感によって生じるものだった。
「どうしたんですか?カオリさん」
少し沈んだ表情をする佳織に、ヘリオンは思わず疑問符を浮かべる。
「う、ううん、なんでもないよ。・・・あ、あと、私は呼び捨てでいいから」
「あ、私もね!」
遠慮しているわけでもなく素のままでそう呼んでしまうヘリオンに、二人はそういうが・・・
「いえ、さんづけで呼ばせてください!・・・なんていうか、そのほうがしっくりくるんです」
と、ヘリオンは後ろ頭を掻きながら笑顔で答える。以前の無差別様付けよりは改善された、といったところだろうか。

三人が校門まで来ると、その校門に寄りかかる一人の青年の姿が目に入る。
「あ、ユートさぁ~ん!」
その青年を視界に捉えるなり、大手を振ってそう叫ぶヘリオン。
妙に疲れたような、呆れたような顔をする青年は、ツンツンした針金頭の・・・やはり、どこかで見たような人。
「なんだ・・・もう友達出来たのか。(しかもこの二人とは・・・)」
「ねえねえヘリオン、この人は誰?お兄さん?・・・ひょっとして、恋人とか」
「へ?あ、ぅ・・・は、はい。私の・・・好きな人です」
じと目でそう問いかける小鳥のプレッシャーに抵抗できるわけも無く、そうこぼしてしまうヘリオン。
ああ・・・と落胆したり興味津々になったりを繰り返す小鳥を尻目に、ぎこちなく自己紹介が始まった。

「俺は、悠人・・・枯木 悠人だ。今日、ヘリオンと一緒にここに転校してきたんだ。よろしくな、小鳥に・・・佳織」
そう言われて、佳織は、この人・・・悠人に『佳織』と呼ばれるのが初めてな気がしなかった。
思わず・・・悠人とヘリオンに質問してしまう。

「あの・・・ヘリオンさんに、悠人・・・さん?・・・どこかで、会ったことありましたっけ?」

その佳織の言葉に、二人がぴくり・・・と反応したかのように思えた。
だが、悠人もヘリオンも、そんなことはないって言うだけで結局は何もわからなかった。
勘違いだったのだろうか・・・そんな想いを持ちながら一緒に下校することになったのだった。

「それでそれで?お二人はどこまで行ってる関係なんですか!?」
藪から棒に何を聞いてくるのやら、小鳥は先ほどのじと目を強化したようなプレッシャーの視線をヘリオンに投げかける。
またさっきのようにヘリオンに余計なことを言われては堪らないと、悠人はさらりと答えた。
「まだ付き合い始めたばっかりだよ。お前が想像してるようなことにはなってないって」
「なぁ~んだぁ、そうですか!私はまた、国境を越えた禁断の関係になってるかと思いました!」
「こ、小鳥~・・・いくらなんでもそれは・・・」
国境を越えた禁断の関係・・・そう聞いて、悠人は自分とヘリオンがどういう関係なのかを事細かに思い出す。
国境どころか、世界そのものや種族という、常識的には相容れないものを越えて、今の自分たちがいる。
それこそ・・・同じ世界の、同じ人間であるかのように・・・今、同じ存在となって。
「(そういえば・・・俺、ヘリオンにキスしちゃったんだよな・・・勢いでしちゃったとはいえ、今思うと・・・うぅ・・・)」
「(そういえば・・・私、ユート様にキスされちゃったんですよね・・・す、す素敵なファースト・・・はあぅ~)」
同じことを考えて、思わず視線が合ってしまう二人。
ぼん、と爆発するような擬音を立てて一気に赤面するなり、恥ずかしくて顔を合わせられなくなってしまう。

「おやおや?初々しいですね~♪」
怪しい口調で茶化す小鳥。残念ながら、今までこういった状況に陥ってうまく脱出出来た者はいない。
だが、調子に乗ってきたところで佳織が助け舟を出すことがあるからうれしいものだ。
「もう、小鳥・・・ダメだよ、そんな野暮な真似しちゃ・・・」
と、こうなるわけだ。この二人の性質を知り尽くした悠人には慣れっこだった。
対照的に、こういった状況には慣れていない・・・というより小鳥に慣れていないヘリオンは相変わらず赤面調子だ。


「(ったく、だからやめとこうって言ったのに・・・)」
悠人は自分たちがこんなことになるまでの経緯を思い出していた。

─────悠人とヘリオン、時深がファンタズマゴリアを離れてからすぐのこと。
エターナルとして覚えておくことやら何やらを時深に教え込まれた悠人とヘリオンは、何をしたらいいのか悩んでいた。
しばらく、数周期の間は何の事件も無いことを【時詠】の力で知った時深は・・・

「そうですね。しばらくは戦いは無いようですし、どこかお好きな世界で過ごしてはどうでしょう?」
と言うのだ。それだったらファンタズマゴリアにいてもよかったが、『蓋』がある以上、そうは行かなかった。
どうしようか、と悠人はヘリオンに相談しようとすると・・・

「だ、だったら・・・私、ユート様の世界で過ごしたいですっ!」
まるで何かを決意するような、覚悟するような表情でそう提案するヘリオン。
「え゙、い、いや、それはちょっと・・・やめとこう」
「ダメですか?私、あのガクエンってところで一緒に勉強したり・・・もっと、ユート様の世界の物が見たいんです!」
興味を持ってくれるのは嬉しいことだが、悠人はそれにはちょっと抵抗があった。
なにしろ、あんなに佳織との吹っ切れた別れをしたのに、また会うことになってしまうではないか。
向こうは記憶が無いからわからないだろうが・・・それでも、気まずいばかりになるのは火を見るより明らかだった。

「そうですか。では色々と準備しなくてはいけませんね!」
そう言って時深が楽しそうにどこからともなく取り出したのは・・・一着のあの学園の女子用制服と、二部の転校届。
その他にも、どこかのアパートの契約書やら何やらがどかどかと出てくる。
「お、おい!どこにそんなもん持ってたんだ!?つーか、なんでそんなにノリノリで・・・!?」
「ふふふ、こんなこともあろうかと、くすねておきました。これは面白くなりそうです」
こんなこともあろうかと・・・そう聞いて、悠人は自分のやっていることが無駄な抵抗であることを悟る。
よくよく考えたら、時深は未来がわかるのだから、ヘリオンがああ言うことも予見済みなのだろう。
何がそんなに面白いのか、やたらと楽しそうな時深を前に、悠人は覚悟を決めなくてはならないようだった。

「学園生活での愛は恋人同士としての王道ですから。たっぷりと堪能してくださいね。うふふふふ・・・」
「そ、そうなんですか?ありがとうございます、トキミさん!」
時深が何かを企んでいるのは明らかなのに、それに気づかない上に半分騙されているヘリオン。
時深の今までを考える以上、ストーカーのように悠人とヘリオンの生活を見て楽しむのが目的なのだろうが・・・

「ユート様、幸せに暮らしましょうねっ♪」
「あ、ああ・・・」
世にも幸せそうなヘリオンに、悠人が逆らう術は無かった。
確かに、相思相愛のヘリオンと一緒なら幸せになれるだろうが・・・時深が一枚かんでいると思うと、安心は出来ない。
それから少しの間、移住の準備が整うまでの間に、神剣の翻訳機能を交えて日本語を教えたり、色々と教育したが・・・
前途多難。悠人の脳裏にはその言葉がこびりつくばかりだった・・・


「ユートさん、どうしたんですか?ぼーっとしちゃって」
ヘリオンにそう言われて、はっとするように回想の世界から戻る悠人。
思えば、ヘリオンの様付けが直ったのも悠人の教育の賜物(というよりも、人前で様付けはヤバイ)。
ここで生活するためにヘリオンに付けた名字『黒羽』も、元ブラックスピリットだったからというわけでの安直なもの。
何よりも、この世界に驚くほど馴染んでしまっているヘリオンに、悠人は置いていかれている感じさえする。
以前来たときもそう思ったが、ヘリオンにはこの世界にいる方がいいのかもしれない。

「いや、なんでもない。・・・それより、家はそっちじゃないぞ」
悠人がそう注意を促すと、ヘリオンの隣の佳織が申し訳なさそうに言葉を返す。
「あの・・・私の家でコーヒーでもと思って。お詫びといっては・・・なんだけど」
どうやら、回想している間にそういう話になっていたらしいが・・・
すごく申し訳なさそうだ。佳織がこういう顔をするのは、大抵は小鳥が何か失礼なことを言った(と思った)時。
もちろん悠人やヘリオンはそう思ってはいないが、佳織はお詫びしなくては気が済まない性質なのだ。
「そうか・・・じゃあ、付き合おうかな」
「あ、私は用事があるので、これで失礼しますね!」
小鳥はそう言うと、駆け足でその場から去っていく。一瞬振り向いて、にやりとした表情を向けつつ・・・
「もう、小鳥ってば・・・ごめんなさい!小鳥って、ああいう子なんです」
「いや、いいよ・・・別に気にしてないから」
「そうですよ!じゃあ、その・・・コーヒーを飲みに行きましょう!」
そう言って意気揚々と、三人は佳織の家に向かうのだった・・・


─────三人が佳織の家に到着するなり、佳織の母親がぱたぱたと音を立てて玄関に駆けてくる。
「ああ、佳織。おかえりなさい。・・・あら、新しいお友達が出来たの?」
少し慌てた様子の母親をなだめるように、佳織は経緯を説明する。
「・・・そう、転校生なの。佳織、私はこれからお買い物に行ってくるから・・・ゆっくりしていってくださいね」
忙しそうに悠人とヘリオンに挨拶を済ませるなり、ダッシュで玄関から飛び出していく佳織の母。
悠人は無意識のうちに、懐かしいような・・・悲しいような、そんな視線を彼女に送っていた。
・・・もう二度と、会うことなんて無いと思っていたのに。
エターナルさえ絡んでいなければ、人の死の運命さえ変えられる・・・それが時深の時逆の力。
だが、佳織のことを考えれば・・・これがベストの選択だったのかもしれない。
佳織の両親の死は・・・悠人が引き起こしたもの。【求め】は・・・そう言っていたから。

「おじゃましまーすっ」
ナーバスな気分に陥る悠人を尻目に、ヘリオンは靴を脱いで家に上がっていく。
置いていかれては堪らないと、悠人は少し慌てるようにヘリオンの後を追った。
・・・そのせいか、悠人は気づかなかった。
玄関先においてある家族の写真から、少年のころの自分の姿が消え、佳織が笑顔になっていたことに・・・


「じゃあ、今から淹れますから・・・そこに座っててください」
佳織はそう言うと、慣れた手つきでコーヒーメーカーの電源を入れ、うまい具合にドリップしていく。
悠人とヘリオンは言われたとおりにテーブルに着くと、佳織に聞こえないように話し始める。
「ヒソヒソ・・・ヘリオン、佳織の淹れたコーヒーはうまいぞ」
「ヒソヒソ・・・え?・・・苦くないんですか?」
「ヒソヒソ・・・いや、苦いことに変わりは無いんだけど・・・なんていうのかな。香りが違うっていうか・・・」
「ヒソヒソ・・・よくわかりませんけど、私はお砂糖を使いますね。苦いのはちょっと・・・」

「お待ちどうさま~」
ヒソヒソ話をしているうちに、佳織はコーヒーを淹れ終え、各々の目の前に運ぶ。
悠人はそれを手に取ると、大分ご無沙汰していた佳織のコーヒーの香りを堪能する。
ヘリオンはというと、テーブルの上の砂糖壷を開けて、ぽいぽいと砂糖をコーヒーの中に放り込んでいた。
一口、コーヒーを啜る・・・それは、紛れも無く佳織が淹れたコーヒーの味だった。
「どうですか?私、コーヒーを淹れるとか、料理には自身があるんです!」
「ああ、これはなかなかいけるな。俺も、コーヒーやお茶にはちょっとうるさいんだぜ」
「ふはぁ~・・・やっぱりコーヒーは甘いのがいいですね~」
一人ぽわぽわとしているヘリオンを交えて、大人の味を堪能する三人。
そうした和気藹々とした談合の場は、ヘリオンのふとした視線によって崩れようとしていた・・・

ちらり・・・ヘリオンの視線は、テーブルの隅にある、ひとつの写真立てに向かっていった。
「あれ?これって・・・え!?」
「な・・・!?」
ヘリオンのその言葉に、悠人と佳織の視線もそちらに向かう。
「あ、それは・・・私の大事な人の写真なんです。でも、もう・・・亡くなっちゃったんですけど・・・ね」
悠人とヘリオンは信じられないものをその目に焼き付けていた。
そこに写っているのは・・・本当はもう無くなっている筈のものだったからだ。

・・・ヨーロッパの将校を思わせる、どこかの漫画の騎士のような格好をしている針金頭の青年。
・・・その青年と同じ格好をした、どこか少年らしさも見える、かわいらしい黒髪のツインテールの少女。
・・・そして、豪華なドレスに身を包み、姫様を演じた、緑色のさらさらした髪の、豊満な体つきの女性。

その写真に写っていたのは・・・三人の記憶の結晶。
決して捻じ曲げようの無い、三人がこの世界を訪れたころの真実の写真だった。
「(この写真・・・そうか。俺、ここに置いていっちゃったのか・・・いや、それより・・・まさか、ハリオンの記憶は・・・)」
「(これ・・・ハリオンさんのレシピと同じ。私が、ユート様が・・・残ってる!)」

「この緑色の髪の・・・お姫様みたいな人、ハリオンさん、っていうんですけど・・・後の二人が、どうしても・・・
 あれ?そういえば・・・後の二人って、悠人さんとヘリオンさんによく似てますね・・・」
「・・・カオリさん」
突然、きっ、と真摯な視線を佳織に向けるヘリオン。
「え・・・?ど、どうしたんですか?」

「この写真・・・もらっていっていいですか?」
写真をもらってもいいか・・・そんなこと、ダメに決まっていた。
この写真は、佳織にとって唯一の・・・大事な人の面影を残すものだからだ。
でも・・・なぜか逆らえなかった。
この写真は・・・この二人、悠人とヘリオンという人の元にあったほうがいいような気がしたから。
「・・・頼む、佳織」
真摯な顔をしているのは悠人も同じだった。
だが・・・二人ともただの真面目な顔ではない。その眼に込められているのは・・・哀しみ。
なぜだろう・・・今日会ったばかりなのに、どうしてこの人たちのことを信頼できるんだろう。

「わかりました・・・私が持っているよりは、悠人さんとヘリオンさんが持っているほうがいいと思います」

「すまない・・・佳織」
「ごめんなさい・・・カオリ、さま」
そう言われて、佳織は少しうつ向き気味になり、悠人とヘリオンのほうを見れなくなる。
この世界に戻ってから心にぽっかりと開いた穴・・・それが、埋まっていくような、この二人を見てそう感じたのに。

「お・・・おにい、ちゃん?」
心無く出てきた言葉・・・だが、その言葉を聞く者は・・・誰もいなかった。
佳織が顔を上げると、もうすでに、そこには誰もいなくなっていたから・・・

「あ・・・あれ?ゆ、悠人・・・さん?ヘリオンさん!?」

─────佳織の家から逃げるように・・・アパートに戻った二人。
「ユート様・・・ごめんなさい。でも、私・・・」
「わかってるよ。写真とはいえ・・・久しぶりにハリオンの顔を見たんだ。いてもたってもいられなくなるさ」
それに・・・ヘリオンがああ言い出さなければ、代わりに悠人が言っていただろう。
エターナルでなかったころの思い出の象徴・・・取り戻したかったのは、二人とも同じこと。

『だが、どうするのだユウトよ。このままこの世界にいるのは気まずかろう・・・』
『そうですね。あのカオリという少女は・・・一瞬ですが、記憶を取り戻しかけました。これ以上は・・・』
【聖賢】と【純真】が、早くこの世界から出て行くように進言する。
こうなった以上、そうしなければいけないことは幾らなんでもわかっていた。

「ヘリオン・・・ごめんな。学園にきて、一日で退学する羽目になっちまった」
「・・・私なら大丈夫です。なんだか、泥棒みたいですけど・・・かけがえの無いもの、取り戻せましたし・・・
 それに、私・・・ユート様と一緒なら、どこの世界にでも生きていけるつもりですから・・・」
そう言って、佳織の家から持ってきたあの写真を強く抱きしめるヘリオン。
見慣れたはずの、もう無くしたはずのハリオンの笑顔を・・・たったひとつ、カタチに残しているもの。
歯を食いしばって、涙をこらえている様が・・・はっきりとわかる。
悠人に涙を見せまいと・・・健気に気張って、悲しみを抑えているヘリオンが・・・そこにはいた。

「・・・その写真、ずっと持ってろよ?俺たちがエターナルになって、皆の記憶から消えても・・・
 俺たちがハリオンと一緒にすごした日々の思い出は・・・消えたわけじゃないんだからな・・・」
「はい・・・ユート様・・・」
少しでも悲しみが拭えるように・・・悠人は、そっとヘリオンの頭を撫でてやる。
そうでもしなければ・・・ヘリオンの温もりを感じていなければ・・・自分も悲しみでどうにかなってしまいそうだからだ。
すぅっと、ヘリオンの頬を伝う一筋の涙が・・・すべての本心を物語っていた。

「行こう・・・また新しい世界に、旅立つんだ」


翌日・・・佳織は、悠人とヘリオンという・・・二人の大事な人に関する記憶を完全に失った。
誰にも、佳織本人にすら気づかれないまま・・・

─────さらに、時は流れて・・・どこか、誰も知らないような彼方の世界。

「ユート様っ!早く起きてください!お仕事に遅刻しちゃいますよ!」
窓から差し込む太陽光線と、ちゅんちゅんという鳥の鳴き声が心地いい清清しい朝。
いつものように、エプロン姿のヘリオンの悠人を叩き起こす声が家中に響く。
「んあ・・・あと5分・・・寝かせて」
「さっきもそう言って・・・5分なんて5分前に過ぎちゃいましたっ!早く起きてください~!!」
ゆさゆさゆさゆさ・・・
神剣の力を使って体を揺すぶられ、かき回される脳みそ。
だが、その中途半端な痛みが寝ぼけた脳みそにはかえって心地がいいものなのだ。
「お~や~す~み~・・・」
「はぅ~・・・!昨日はガンガンで起こしたからもう効かないし・・・こうなったら、最後の手段ですっ!」

最後の手段・・・何をするつもりなのか、寝ぼけた脳みそで考える悠人。
以前にもあったシチュエーションを思い起こし、危機感を覚えたときはすでに遅かった。

んちゅっ!
「ん・・・んん~!!」
予想通り、ハリオン直伝目覚めのキッスを思いっきり喰らい、呼吸困難に陥る悠人。
そしてあの時と同じく、死ぬ前にその眼をこじ開けて、静かに口付けをするヘリオンを引っぺがす。
「ぷあっは・・・!こ、殺す気かっ!」
「流石ハリオンさんの技、効果覿面ですっ!・・・というか、早く起きないユート様が悪いんですからねっ!」
頬をほんのりと赤らめ、満更でもなさそうな顔で悠人を起こすヘリオン。
「これから寝坊しそうなときは・・・いつでもこれをやってあげますから♪」
楽しそうな笑顔。なんだか、毎朝これをやるのを楽しみにしていそうな顔だ。
つまり、毎朝死の淵に立てと言うのか。
そんなことは冗談ではないが、よくよく考えたらこういうのも悪い気はしないものだ。
ハリオンほどの破壊力が無いことが唯一の救いだろう。

「さ、早く起きて、顔洗って、着替えて、朝ごはん食べて・・・お弁当もちゃんと作りましたから!」
張り切っているのか、やけにてきぱきとしているヘリオンには敵わない。
なんだか尻に敷かれているダメ亭主のような感じが拭えないのが気がかりだ。
「(なんか、ヘリオン・・・段々ハリオンに似てきたような・・・気のせいかな?まあいいか)」


顔を洗い、着替え、朝食を済ませた悠人は、今日もこの拙い家庭を支えるべく仕事に出る。
傍目から見れば年の離れた新婚さんか、あるいはデコボコ兄妹か。
「ほんじゃ、行ってきま~す!」
と、悠人は玄関のドアを開けて飛び出そうとする。
「あっ、ユート様!いつものを忘れちゃダメですよっ!」
「おっと、そうだった」
ヘリオンにそう言われて、悠人は玄関の下駄箱の上にある写真立ての方に向いて静かに手を合わせる。

「今日も俺たちは幸せだ。ハリオン・・・」
静かに、遥か彼方の世界にいる大事な人に祈りをささげる悠人。
ふと気がつくと、ヘリオンも横に並んで祈りをささげていた。
「はい。私たちは幸せです・・・あ、でも、私が子供がほしいって言ったら、ユート様はまだ早いって言うし・・・
 まだ、私が目指しているような幸せには程遠いです!」
「お゙い゙!余計なことまで報告しなくていい!」
「だって~・・・」
まるで駄々っ子のようなヘリオン。大体そんな軽い気持ちで出来るものではない。
いろんな意味でまだ早いと、悠人は口をすっぱくして忠告していた。

「ったく・・・じゃ、俺は行ってくるから!」
「はい、行ってらっしゃい!」
ヘリオンの見送りを受けて、猛ダッシュで仕事へと向かう悠人。
その、大好きな悠人の背中を温かい目で、視界から消えるまで見つめるヘリオンは・・・

「ユート様・・・私、本気なんですよ?」
一途な想いをその小さな胸に秘めて、蚊の鳴くような声で呟いた。
丈の短いエプロンをスカートごとぎゅっと握り締め、もう見えぬ愛する人に向かって意思を紡ぐ。

「・・・もしも、私とユート様の間に子供が出来て、それが女の子だったら・・・その子の名前は・・・」


玄関の写真に写る三人。
その格好はどうあれ、幸せそうな顔で・・・まるで、本当の家族のように写っている。
写真の三人目の主は・・・一途な少女の想いを受け取ると、一言、こう呟いた。

『うふふ~、本当、ヘリオンらしい名前ですね~・・・』

ヘリオンの部屋で、ぼんやりと光り輝くヘリオンだけの心の剣・・・【純真】。
その光は・・・まるで、悠人とヘリオンという二人の、ただ、一途な心の持ち主を祝福するかのように・・・


   世界を、種族を超え、同じカタチの心を持って、同じカタチの愛で繋がった青年と少女。
          それを、遥か彼方と、すぐ傍から見守る二人の女性。
     彼らの物語は、終わることは無い。エターナルという存在がなくならない限り。
永遠という名の枷に捕らえられても、大事な人のために生きようと思う限り、彼らの物語は終わらない。
        愛する人と共に生き延びたい。生き延びて、幸せになりたい。
  ただ一途な、誰でも持っているようでありきたりな、何よりも強い想いがある限り─────