スピたん~幻のナナルゥルート~

一章 誰が為の力

「どう、ツェナ?」
「もうちょっと・・・・・・んっ、よし終わり!」
「分かった。これで大丈夫だね。・・・みんなと合流するまでここで待機する。
少し体を休めておこう」
「はい!」
「わかったわ」
「了解しました」
僕達は赤の山で探索の為に僕、ヘリオン、セリアさん、ナナルゥ、ツェナ達の2手に分かれて行動していた。
険しい山道と高温で悪戦苦闘しつつも一足早く目的地に着いたので少し休息をとる事にした。
「隊長。身体の調子に支障はありませんか?」
「うん。今は特に問題は無いよ。」
「そうですか」
一息ついていた僕に声をかけてきたのはナナルゥだった。
その整った顔は基本的に無表情で何を考えているか分からないように思えるが、ここしばらく行動を共にし、
なんとなくだがそのときどう思っているかを感じられるを感じ取れるようになってきた・・・と思いたい。
今も僕の事を心配して声をかけてくれた・・・はず。うん、多分。
「ナナルゥもご苦労様。調子はどう?」
「体調は平常時よりも良好に思えます。特に問題はありません」
「そっか。さっきの戦いでも調子がよかったしね。やっぱりこの場所のおかげなのかな?」
「そう判断しております。・・・隊長。今の問いは私の身を案じていただいたという事になるのですか?」
「え?ああ、そうだよ。ナナルゥは大切な仲間だからね。」
「私が大切・・・それは隊長が私に対して特別な意識、愛情や恋愛感情を抱いているという事ですか?」
「ふえ!?」
「ナナルゥ!?」
「なっ!?なななななナナルゥ?そりゃあナナルゥの事は大事に思っているけどそれはあくまで仲間とか戦友とか
そういうものであって決してそういった邪な感情は一切なくでだね――」
「愛情や恋愛感情というものは相手を大事に思う事から成り立つものであり決して邪ではないと思いますが」
「い、いやあのね・・・」
「はわわわわ・・・」

――なんだこれは。
ナナルゥはこんな事をいう人だっただろうか。僕は実はナナルゥの事をよく知らなかったという事だろうか。
「隊長は私に対して恋愛感情は到底抱けないという事ですか?」
「はいい!?」
これはあれなのか?こんな事を聞いて来るという事はナナルゥはもしかして僕の事をいやまて実は全くただの疑問
でしかないという場合もあるし変に深読みしたら色々と恥ずかしまずい事に
「ああああああのね!?いや恋愛感情を抱けないなんていう意味じゃないしむしろ恐れ多いというか
釣り合わないんじゃないかとかでもし受け入れてくれるならとてもうれしってそうじゃなくて
ならどうなのだといわれたらそれはもう何という」


「冗談です」


「か・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・ぷっ」
「楽しい気分になりましたか?」
「・・・・・・あ、あのねナナルゥ・・・そういう冗談はがっかりしたり悲しい勘違い・・・じゃなくて!
どう反応していいかわからなくなるからできればそういった冗談はやめて欲し―」
「あら、なかなか悪くない冗談だったと思うけど?」
「セリアさん・・・」
「隊長。確かな前進を感じます。」
「うう、うううううううううぅぅ・・・・・・」
またここにひとり、僕をおちょくる人が増えた。
「あ、あはははは・・・あの、ナナルゥさん、どうやってそんな冗談思いついたんですか?」
「冗談を趣味にする旨をヨーティア様にお伝えした所、隊長に対して実行するようにとご指導いただきました」
「ヨーティアさん・・・」絶対に面白がられている。頼むから変な事教えないでほし――

「!!」
突然、うだるような熱さは変わらないというのに背筋が凍りつくような殺気が襲った。
(主よ)
(判ってる・・・この感じは)
「エンレイン・・・!」
「またあったな。ロティ・エイブリス」
忘れようのないその姿。炎の刃を無造作に構えるその姿は隙だらけに見えているが、
こちらが動いた瞬間にいつでも斬りかかる準備ができている。
「・・・再戦は、もっと後の事と思っていた」
「俺としてもまだ戦わずともよかったのだがな。生憎と事情が変わった。」
「事情?」
「他の開拓者達が本腰を入れて動き出した。無粋な横槍はかなわんのでな。
多少不本意だがこうして出向かさせてもらった。ロティ・エイブリス。どうか俺に見あう強敵となっていてくれよ?」
「くっ」
よりにもよって先生達がいない時に・・・!
だけど、やるしかない。
相手はこっちを待ってはくれないし見逃してくれるとも思えない。
「・・・隊長。あの男の力は危険です。加勢を許可願えませんか?」
「・・・わかった。ナナルゥ、援護をお願い。ヘリオン、セリアさん。ツェナといっしょに下がって!」
「了解」「は、はい!」「ロティ君、気をつけて・・・!」
「エンレイン。悪いけど二人がかりでやらせてもらう」
「俺は一向に構わん。では・・・ゆくぞ!」
言葉が終わると同時にエンレインが肉薄する。
「ふっ!」ギィン!
上段からの一撃を受け止め刃をはずして切り返す。
相変わらず重く鋭い太刀筋だが、前よりも落ち着いて対処できた気がする。
「・・・ほう、腕を上げたか。それがどこまで俺に通用するかな」

ガシン!チィン!
「・・・はあ、はあっ・・・!」
数分が経過した。何とか斬りあいにはなっているが、やはり実力が数段違う。
受けるだけで精一杯だし、このままでは体力が持たない。
「燃ゆるマナよ、紫電を纏いた狩矢となれ。ファイアボルト!」
「一貫・護剣の段、竜撃の型!」
「ぬるい!」
火象の刃を横薙ぎに振るってナナルゥの炎の矢を打ち落とし、そのまま僕の剣を弾き返す。
「まだ時期尚早だったか・・・だが会ってしまった以上見逃す事はできん。
・・・そろそろ終わらせてもらう」
不敵に笑んだエンレインが地面に剣を突き立て、そのまま地面を削りながら下段から剣を振り上げてくる。
あわててその剣を受け止めようと構えなおすが―

「地象弩!」

ドバン!
「!!!――・・・!」
「隊長!」
剣そのものは受け止めた。
そのかわりに数十もの石飛礫が至近距離で身体にめり込み、
凄まじい威力にそのまま吹き飛ばされる。
くそ・・・あの技は前にも一度見ていたのに!
身体が動かない。エンレインが来る!

「させないっ!紅蓮のマナよ、焦熱の猛火、天裂き地砕く破壊の戦斧となれ・・・アークフレア!」
ナナルゥが詠唱を終え、「消沈」から凄まじい紅蓮の炎がエンレインにむけて迸る。
「ふん」
対してエンレインは炎の刃を氷に変えて一閃し、地を這う業火をあっさり消滅させる。
「くっ・・・はああぁっ!」
効果がないと察したナナルゥが「消沈」を振りかざしエンレインに斬りかかる。
「遅い。」
ドゥ!
ナナルゥの一閃を軽く受け止め、みぞおちに蹴りが入る。
「がっ・・・!」
ナナルゥの身体がくの字に曲がり、数メートルも飛ばされる。
「ナナルゥ・・・!」
だめだ。体がいう事を聞いてくれない。動け!動かないと、ナナルゥが――
「ここまでか・・・ロティ・エイブリス。残念だが、永の別れの時だ。」
声が聞こえた瞬間エンレインは僕の眼前に立ち、炎に揺らめく刃を――
「隊長・・・っ!う、うああぁぁぁ・・・!」

――勝てない。ロティ様が、殺される。
だめだ。
あの人は、こんなところで死んではいけない。
少なくとも自分なんかより先に死んでいいはずがない!
・・・力。力が欲しい。
あの人を守る力が。死なせない力が!
それ以外など今はどうでもいい。
負けない為の、目の前の敵を屠る為の、全てを払いのけることのできる

チカラ、ガ――

・・・ブツン。

「っああああああああああああああああああ――っ!!!」

「え・・・」
絶叫。それと同時に視界に飛び込んでくる一条の赤い閃光。
「むおっ!?」ギャギィィイイイイイイイイイン!!
閃光は正に僕に引導を渡そうとしていたエンレインにぶつかり、そのまま吹き飛ばした。
「ナナ、ルゥ・・・?」
そう。赤い閃光の正体はナナルゥだった。
だけど、おかしい。本当に僕の知っているナナルゥなのか?
やった事は単純だ。
ナナルゥは「消沈」を真横に振るってエンレインを薙ぎ払い、僕を助けてくれた。
だけどナナルゥは接近戦は苦手とまでは言わなくともヒミカさんやヘリオンほど得意ではない。
毎日訓練を怠る事が無くとも神剣魔法を得意とするナナルゥはスピリットとはいえ非力な方だ。
だけどそのナナルゥが一薙ぎでエンレインの剛剣を弾き、更に体ごと吹き飛ばすほどの力を出した?
「・・・・・・。」
そしてその表情。全く感情が無い。
ナナルゥは基本的に無表情で感情表現が乏しいとはいえ、決して感情が無いわけではない。
冗談を趣味にするなどという方法がどうであれナナルゥはいろいろなものに目を向けるよう努力し、
僕でもナナルゥがその時どう想っているかくらいならなんとなく感じれるようになった。
だけど今。ナナルゥの表情は完全に凍り付いており、その瞳には全く感情がない。
いくらなんでも、おかしい。
「・・・いけない!神剣に完全に飲み込まれかけている!」「なっ!?」
セリアさんの言葉で我にかえり、事の重大さに気付いた。
ナナルゥが表情が乏しいのはもともとほとんど神剣に意識を飲まれたからだ。
この数年間でだいぶ自我を取り戻す事ができたようだが、それでも神剣が精神に与える影響は皆の中で一番大きいだろう。
そして今度は完全に神剣に取り込まれようとしている。・・・まずい!
「ダメだ・・・!ナナルゥ・・・!」


「・・・敵勢、排除。」

「・・・!」
その口から紡がれたのはいつもの平坦な声より更に冷たく一切の感情が消えていた。あんな声を生き物が出せるものなのか。
ナナルゥは皆を一顧だにせずエンレインに切りかかる。
日頃の訓練によって洗練された太刀筋という感じは無く、恐ろしく正確すぎる、自動的に振るわれているような剣。
「ぬうぅ・・・!」
そんなナナルゥの一撃一撃はエンレインの守りを弾き飛ばし、反撃を許さない。
僕達を圧倒していたエンレインに焦りと戸惑いが浮かび、確実に後退してきている。
だけど。
(主よ、あの眷属の自我が飲まれつつある。あの男を斬ればあの眷属は完全に神剣に支配される)
そうだ。神剣使いは心をしっかり持たないと神剣に取り込まれれるのだ。
あんな状態で人を斬れば完全に神剣に飲まれ、もうナナルゥは戻ってこれない。
いけない。ナナルゥをこれ以上戦わせたら・・・!
(だが主よ。あの男に今の主達では敵わぬ。このままあの眷族に始末させる他はない)
(ダメだ!絶対に・・・ナナルゥを正気に戻さないと!)
紡ぎが僕の心情を読み取り、ナナルゥに任せるように語りかけるがそんな事は承諾できない。
あんなのはナナルゥじゃない。
無表情で不器用だし、世間ずれしている所もあって危なっかしくて見てられない時もあるけど、
その行動は常に真剣で、いつも皆を想っての事だという事を僕は知っている。
周りに目を向け、命令などでなく自分自身の意思で新たな事を知ろうと頑張っているナナルゥを僕は知っている。
ここでナナルゥが神剣に飲まれ、今までのナナルゥの頑張りを無に帰すなんて。
絶対にさせない。隊長としても、いっしょに旅をしてきた仲間としても!
「ナナルゥ!落ち着くんだ!」
軋む体を無理やり起こし、ナナルゥとエンレインとの斬り合いに割り込もうと駆け出す。
(主!今近づいてはならぬ!)

ザシュ!

「・・・え?」

紡ぎの警告が聞こえた瞬間、左肩からに胸にかけて灼熱が走る。
「ロティ!」「ロティさん!」「きゃあああああっ!」皆の悲鳴がやけに遠く聞こえる。
いつの間にかこちらに半分だけ体を向けている凍りついたナナルゥの顔に赤いものがかかった。
(血・・・斬られた・・・?僕が、ナナルゥに?)
それだけを理解するのにずいぶん時間がかかった気がする。
反射的な行動だったのだろう。無造作に一閃された切り傷は浅かった。
だけどそれはもう少し深く入り込んでいたら確実に致命傷になっていたという事だ。
「もはや敵味方の区別もつかんか・・・愚か、そして哀れ。
強く、そして心弱き者よ、せめてここで引導を渡してくれようぞ!」
今まで受け太刀だったエンレインが斬りかかる。それに合わせてナナルゥが僕達に一瞥もくれずに飛び掛って行く。
だけど、僕は動けなかった。声をかける事もできなかった。
「はあああああぁぁぁっ!!」「っ・・・。」
先刻まで劣勢だったエンレインがナナルゥを押している。ナナルゥの剣をエンレインは最小限の動きでかわし
エンレインの燃える刃が徐々にナナルゥの体を傷付けていく。
「無駄だ。貴様の太刀筋は見切った。少々遅れをとったがもはや俺の体に届く事は無い。」
ナナルゥの機械的に繰り出される太刀は無駄な動作が無く、同時にフェイントなどが全く無い。
騙しや裏表が無い太刀ゆえにエンレインはもうナナルゥの太刀筋を見破ってしまったのだ。
「・・・白兵戦は不利と認識。神剣魔法によって掃討する。」
そうつぶやいた瞬間周囲に凄まじい熱気が立ち込める。なのに僕はなぜか背筋に寒いものを感じていた。
使わせてはいけない。そう頭が命じているのに体は全く動いてくれない。
「・・・無限なる虚空の闇を破りて、紅蓮を纏いて此に降り来れ・・・。」
「っ!ダメですナナルゥさん、その呪文は・・・!」
ヘリオンの言葉が聞こえなかったのか、気いていて無視したのか、ナナルゥは詠唱を唱えきる。
僕は、何も、できなかった。

「天駆くる流星よ、無慈悲なる死の鉄槌を降りおろせ。・・・スターダスト」

「――」閃光。そして爆音。
頭の理解が追いつかず、視界が白一色に染まり、完全な無音の世界となる。
スターダスト。膨大な赤マナの塊を正に流星のように敵の頭上に落とす超強力な神剣魔法。
全く加減が聞かず敵味方問わずに爆発に巻き込む危険性ゆえに滅多に使う事の無かった魔法をナナルゥは躊躇い無く発動させた。
僕達や、自分自身の事をもろともせずに。
「あれ・・・。」だけど僕は熱気は感じるが、火傷を負った様子は無い。
なんとか回復してきた視界で辺りを見回すと皆も火傷を負った様子は無い。
もっともセリアさんとヘリオンも爆音とショックでまともに動けそうに無く、ツェナは気を失っているが。
「くうぅ・・・」「・・・・・・」
そして前方に視線を戻すとナナルゥは力を使い果たしてひざをつき、その更に前ではボロボロの状態のエンレインがいた。
服はあちこちが焼け焦げ、袖が燃えて左手の義手がむき出しになっている
どうやら水象の刃を壁のように変化させてなんとかスターダストを受け止めたらしい。
皮肉な話だが、彼が受け止められずにスターダストが発動すれば僕達は吹き飛んでいただろう。
「これほどとはな・・・。だが、ここまでだ!」ひどい手傷を負いながらそれでも動けないナナルゥに剣を振り下ろす。
「っ――!」
ようやく体が動き、止めようと駆け出す。だけど、間に合わない!
「むっ!」
横からの飛来物に寸前でエンレインが飛びのく。飛来物の正体は一振りの剣。これは・・・ネリーの「清浄」?
「ナナルゥ!だいじょうぶ!?」駆けつけてきたのは剣の持ち主、ネリーだった。後ろからは別行動を取っていた皆が追いついて来る。
「さすがに・・・まずいか。ロティ・エイブリス。また勝負は預ける。この女に感謝するがいい。
もっとも・・・礼の言葉が届くのであればな。」
深手を負ったと思えぬ敏捷さでエンレインは初めて会った時と同じように消えた。
「むぅー逃げられちゃった。あ、みんな、だいじょうぶ!?」
ネリーが僕達の方に駆け寄ってくる。その時、言い知れない悪寒が走り、ナナルゥの方に目をやる。
ナナルゥが起き上がり、「消沈」を握り直している!

「ダメだ――っ!!」

絶叫し、ナナルゥを後ろから羽飼じめにする。
「ふえ・・・。」
きょとんとしたネリーが呆けた声を出す。
ナナルゥは反射的に間合いには入ったネリーに切りかかったのだ。
寸前で僕が押さえ込まなかったらナナルゥの剣は確実にネリーの喉を抉っていた。
「「ナナルゥ!?」」「う、うあ・・・。」追いついた皆が驚愕しネリーが泣き顔になってへたり込む。
「ナナルゥ!ネリーだ!ネリーが分かる!?僕の事は!?」

「・・・あ・・・。」

表情は見えないがナナルゥの体から力が抜け、「消沈」を取り落とす。
「・・・ネリー。ロティ、さま。」
「!ナナルゥ、僕が分かる!?」
正面に回りこみ、俯いたナナルゥの顔を覗き込む。
その呆けたような顔には先ほどの凍りついた人形のような様子は無く瞳には光が戻ってきている。
だが戻ってきた表情は動揺や驚愕、そして絶望の表情だった。
「あ・・・私は。ネリーを。隊長を。ヘリオンを、みんなに、あ、ああ」
「ナナル――」

「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!」