スピたん~幻のナナルゥルート~

2章 生の価値

「・・・どうでしたか?先生、セリアさん、ハリオンさん。」
ナナルゥの部屋の扉が開き、三人が姿を見せる。
「なんとか落ち着いたよ。今はおとなしく眠っている。」
「怪我も治りましたし~、神剣に飲まれる危険性も今はありません~」
「そう・・・ですか」
扉の向こうを除くとそこにナナルゥが眠っていた。
あんな事があったと思えないほど安らかな顔をしている。
一緒に外で待っていたみんなから安堵のため息が漏れる。
僕自身も安堵し、同時に疲労感と無力感がのしかかってくる。
あれからもう3時間たつ。
絶叫し、錯乱状態のナナルゥを押さえ込み、どうにかツェナの家まで連れ帰ってきた。
ひとまず落ち着いたようだがこれから先どうすればいいのだろう。
結局何もできなかった。いや、違う。
何もしなかったのだ。
僕はナナルゥが戦っていた時本当は動けていた筈だった。
ただ怖かったのだ。あの時のナナルゥが怖くて諦めたのだ。
神剣に呑まれかけ、助けを求めていたのはナナルゥだった筈なのに。
僕はナナルゥを見捨てたのだ。怖くて全部投げ出したんだ!!
何故考える事を止めたんだ!?
あの時動いていれば、諦めなければ、何か思いついたかもしれないのに!
いや、それよりも何故僕はナナルゥを怖いなんて――
「ロティ」
思考の泥沼にはまっていた僕を引き上げたのは先生の声だった。
「気にするな。と言っても君は気にせずにはいられないのだろうけど・・・
あまり気にしすぎてはいけないよ。」
「先生、僕は――」
「少なくともナナルゥは君が落ち込む事を望みはしないよ。
そんな顔でナナルゥの前に立ったら彼女が苦しむだけと思うけどね?」

「あ・・・」
そうだ。今、隊長として僕がやる事は自分の無力さや罪悪感に浸る事なんかじゃない。
そんなのは逃避と自身の罪悪感を和らげるおためごかしに過ぎない
あの時できなかったと悔やむのでなくこれからどうするべきかだ。
今一番つらいのは、間違いなくナナルゥなんだから。
「・・・ありがとうございます。先生」
「おや、何かした覚えはないんだけどね?」
「それでも、ありがとうございます。
・・・セリアさん。ナナルゥは、もう大丈夫なんですね」
「とりあえず身体はね。・・・精神的な苦痛は、どうしようもないけど。」
「わかりました。・・・みんな。とりあえず今日はもう休んだほうがいい。
色々あって疲れただろうから」
「うん・・・ねぇ、ロティ」
「?何、ネリー?」
「ナナルゥの事・・・嫌いにならないで」
「――」
「あ、あのね?ナナルゥは、いつもぶすーっとしてるけどね、
ほんとはいつもいっぱいみんなの事考えてて、優しくって、くーるでかっこいいんだから、
だ、だからあんなのは、ほんとのナナルゥじゃな、から、もう、だいじょ・・・ぶだからっ、
おねがいっ・・・」
「ネリー・・・」
言いながら泣き出したネリーにシアーが寄り添い、身体を抱きしめる。
「・・・大丈夫だよ。・・・僕はナナルゥの事を絶対に嫌いになんかなったりしたいから」
そういってネリーの頭をなでてやる。
嬉しかった。
条件反射だったのだろうが斬られかけたネリーが、ナナルゥの事をこんなに心配してくれていることに。

「ぐすっ・・・ほんと、に?」
「もちろん。だから今日はもう寝よう。
明日、目が覚めたナナルゥにネリーの元気な顔を見せてあげて。」
「ぐしっ・・・うん!わかった!おやすみ、ロティ!」
「うん、お休み。」
自分の部屋に戻っていくネリー達に合わせてみんなも部屋に戻っていく。
「・・・セリアさん。あの・・・しばらく、ナナルゥに付き添っても大丈夫でしょうか?」
「別に大丈夫だけど・・・あなたも・・・その、色々あって疲れてるでしょう?」
「僕はもう大丈夫です。上手く言えないけど・・・今は、そばにいてやりたいんです。
・・・それでどうなるという訳でもないですけど・・・。」
「そう・・・わかったわ。・・・ナナルゥの事、お願いね。」
「あら~。ロティさん、寝ている女の子にいたずらしちゃいけませんよ~?
そんなことしたら「めっ!」ですから~」
「しませんよっ!」

「っ!あああああぁぁっ!!」
――空と地面の境界線も分からない漆黒。
そこにナナルゥと10数のエンレインがいる。
四方八方からせまり来る炎の刃。
刃を弾き返し、相手を斬り捨て、神剣魔法で焼き払う。
斬る。焼く。潰す。砕く。抉る。屠る。葬る。殺す。
「貴様は自分が一体何をしているか理解しているのか?」
最後の一人となったエンレインが語りかける。
「何を・・・よくも・・・みんなを・・・!」
「俺が?何を勘違いしている」
「黙れ!」
一足飛びでエンレインに肉薄し、刃を振り下ろす。
ダチュ。
腐った果実を潰したような音と同時に刃は肉を抉り。鮮血が飛ぶ。
「!!!!!!」「ナナ・・・ル・・・」
刃が肩から腹部までめり込み、崩れ落ちた相手は、ロティに変わっていた。
「な・・・なんで・・・」
「まだ気付かんのか。俺が殺したのではない。現に、」
後ろからのエンレインの声に振り向くと。
エンレインはなく、そこにはある者は切り裂かれ、ある者は血塗れで、
ある者は消し炭となった仲間達がいた。
「こいつらを殺したのは、紛れもなく貴様自身ではないか。」
「っ――――!!」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああ――――――――――――――っ!!!!!!」
「ナナルゥ!?」
付き添って30分くらいたったころ。
突然うなされ、暴れだしたナナルゥの肩をつかむ。
「大丈夫!?ナナルゥ、ナナルゥ!?」
「・・・違う、私は、私じゃ、ない、私は・・やって、いない・・・!」
だめだ、錯乱している!僕の事もわかっていないみたいだ。
「ロティ様が、死、斬られた、ネリ、みんな、斬り、私が、斬った・・・!?」
「ナナルゥ!!」
肩を揺さぶり、強く呼びかける。
しばらく続けていると次第にナナルゥの力が抜け、抵抗もおとなしくなっていった。
「っ・・・!・・・ロティ様・・・?」
「落ち着いた?ナナルゥ」
ほっとしてナナルゥに笑いかける。
「・・・ロティ様。私、あれ、なんで・・・」
「ここはツェナの家だよ。みんな、大丈夫だったから」
そう、やりかたはどうであれ、ナナルゥのおかげでみんな帰ってこれたのだ。
「大丈夫?気分は悪くない?何か口に入れる?」
・・・ああもうなんでもっと気のきいた事いえないんだよ
ほらナナルゥが暗い顔しだしたほらなんか言って元気づけ
「・・・隊長」
「え、な、何かな?」

「私に、処罰を言い渡しください」

「――」その顔は、あの時と同じような絶望に彩られていた。

「・・・なんだよ、それ。そんな冗談、笑えないよ」
「冗談ではありません。私は隊長や、仲間を故意に傷つけ、死に至らしめるところでした。
死罰、もしくはそれ相応の極刑に相当します」
「ナナルゥ。仕方なかった、とは流石に言えないけど、あの時はナナルゥのおかげで助かったんだ。
ナナルゥがいなければ僕達は先生達がくる前に全滅していた。
開拓者がくる可能性を理解していながら二手に別れて戦力を分散させた僕の方に責任がある。」
「それは・・・あくまで結果論です。次にあの男にあった時に・・・完全に神剣に取り込まれ、
敵味方を判別できず暴走する可能性が否めません。
危険分子は、排除すべきです。」
「――っ!!」脳が、沸騰しかけた様に思えた。
「何だよ、それは。・・・危険分子って、排除って、自分を物みたいに!ナナルゥは、そんなんじゃないだろ!?」
「私は・・・物と同義して差し支えありません。」
「何でだよ!?スピリットが戦争の道具の様に思われてた時代は終わったんだ!
全てと言わなくとも、皆それぞれの道を自由に歩めるようになってきて」
「だからこそ、私の様なものは必要とされません。」
「!!!」
「私は、過去の戦争の遺物の様な存在です。戦いしか知らず、戦いしかできません。
今の時代に価値を見いだしたスピリット達に誤解や偏見を植え付ける害物にしかなりません。」
「・・・・・・!」
絶句した。自分がいらない物だという事を、自暴自棄なだけでなく事実と考えていることに。
だけど。「・・・違う。」
そんな事、認めていいはずがない。
「本当にナナルゥが物なら、みんなの事を心配したりしないしみんなもナナルゥを心配したりしない。」
「え・・・?」
「ナナルゥの傷は、ハリオンさんが何度も回復魔法を使って治してくれた。
ナナルゥが大丈夫だとわかったとき、みんなとても喜んでいた。・・・ネリーもだよ」
「ネリーが?でも、私は、」
「それは、みんなが今までのナナルゥを知っているからじゃないかな。いつも一生懸命で、
みんなの事を思っていて、変わろうと頑張っているナナルゥを見てきたから。
みんな、そんなナナルゥが好きだから。」

「・・・私、は」
「・・・だから、自分を物だなんて言わないで。
みんなが大切で、迷惑をかけたくないからなんだろうけど、
今まで頑張ってきたナナルゥ自身を否定するなんて・・・悲しすぎるよ。」
「だけど!・・・私は、もう、誰も、傷ついてほしくなくて、だけど、」
それ以上言う前に、僕はナナルゥの手をとった。
「・・・僕も、みんなを守りきれなくて、ナナルゥにつらい思いをさせて、悔しいと思ってる。」
「それは、隊長のせいでは――!」
「だからナナルゥ。強くなろう。神剣に飲み込まれないように、みんなを守れるように。
自分自身を誇りに思えるように、色々な事、色々な意味で、・・・二人とも、強くなろう。」
「・・・・・・隊長。」
それから沈黙が訪れる。
互いに喋る事もなく、でも僕は、手を離さなかった。
しばらくして、ナナルゥの方から沈黙を破った。
「・・・ありがとう、ございました。」
「うん、いいよ。・・・もう休んだほうがいい。みんな数日は方舟で休息する事になってるから。」
「はい・・・隊長も、お戻りください。隊長も、休眠を取る必要が有ります。」
「うん。そうするよ。おやすみ。」
「はい。・・・あの、隊長」
「ん?」
「さきほどの、みんなが大切に思ってくださっているという言葉は・・・隊長、自身も含みますか?」
「もちろん。」
「そう、ですか。・・・お時間をお取りして、申し訳ありませんでした。」
いいよ、と答えつつ部屋を出たが、後になってその問いが、やけに気になった。