Twinkle fairies

序章:『求め』のユート

「ねぇねぇ、シアーはユート様の事どう思う?」
「ユート様?う~ん、よく判んない」
 ラキオスの訓練施設。その一角で、二人の少女が甲高い鋼の調べを奏でながら剣戟を繰り広げていた。
「も~、怖がってネリーの後ろに隠れてるからだよ?」
「う…ん。でも、初めて会う人って何か苦手なの…」
 少女たちのたおやかな手に握られた剣は訓練用に刃の潰された模造品であったが、小柄な彼女たちが扱
うにしては不釣合いな程の大きさであった。
 時折、その重さに重心を奪われる事があったが、寧ろ少女たちはそれすらも利用し、より一層力の籠も
った一撃を放っていた。そう、少女たちは身の丈の半分近くはあろうかと言う剣を悠々と使い熟している
のだ。まだ幼さが残りあどけなさすら漂う少女たちの外見からすれば、異常と言わざる得ない技術と膂力
であった。
 否、その卓越し洗練された剣捌きだけではない。剣戟に興じる二人の少女たちの外見もまた、普通では
なかった。
 先ず目に飛び込んでくるのはその鮮烈な色彩の髪と瞳であろう。光沢を放つその瑞々しい髪は、宛ら秘
術で溶かした青玉を練り上げて造り上げられた様に美しく、その瞳もまた磨かれた青玉の如き彩りを持ち
合わせていた。その色が自然である証拠に、彼女等の形の良い眉やその美しく整った顔に長く影を落とす
睫毛すら彼女たちの髪や瞳と同じ色をしていた。
 更に、二人を見て何よりも思うのはその互いに似通った容貌であった。匠と呼ばれるに相応しい造り手
が寸分の狂いも無く拵えた造形の様に、はたまた、鏡に映してそこに存在している鏡像の様に、二人の顔
はとても良く似ていた。
「ネリーはどっちかって言うと面白そうだと思うけどな~」
 二人の内、長く伸ばした髪をポニーテールにした活発そうな少女、ネリーがその結った髪を元気に跳ね
らせながら期待に満ちた声で語りかけた。
「だって、伝説のラキオスの勇者様だよ?ハイ・ペリアから来たって言うし」
「ハイ・ペリアかぁ…。どんな処なのかなぁ…?やっぱり、凄い処なのかなぁ…」
 ネリーの言葉に好奇心を刺激されたのか、今度は豊かで柔らかそうな髪を肩口で切り揃えた御河童の少
女、シアーがしみじみと呟いた。

「でも、この前アセリアにこてんぱんにやられてたよ?」
 以前、件の勇者が少女たちの先輩であるアセリアと言う少女と訓練をしていた。その事を思い出し、シアーが不思議そうな
調子でそんな事を漏らした。
 否、それは最早訓練と呼べる様なモノではなく、容赦も手抜きも一切しない、鬼の扱きであった。『ラキオスの蒼い牙』と
称されるこの大陸で名の通った猛者であるアセリアに一方的に打ち負かされた勇者、悠人は、暫くそのまま訓練場の床に大の
字になって動けなくなっていたのだった。その時の光景が、二人の頭の中で甦っていた。
「う~ん…。ユート様は勇者なのに、何でだろ?」
「でも、あの『リクディウスの魔龍』を倒したのはユート様だったらしいよ?」
 この世界で最も恐れられる存在の一つに、龍と呼ばれるモノがあった。人類だけでなく、あらゆる生物の頂点に君臨するに
相応しいその超越した知恵と魔力、そして堅牢で強靭な生命力を備えた肉体を有するその存在は、最早生物の格などと言う範
疇を根底から覆す程の生物であった。
 遥かに長い時を生きる龍は、基本的に無益な争いを好まない穏健な気性を有する場合が多い反面、その逆鱗に触れた者には
必定の破滅を齎すと言われる程に無慈悲でもあった。この世界の『最強』の生物、それが龍である。
 しかし、その龍である『リクディウスの魔龍』ことサードガラハムを討ち取ったのが、今まさに時の人となっている勇者、
悠人であった。
「やっぱり『求め』の力なのかな~?」
「四位だもんね~」
 ネリーとシアーは、悠人の持つ永遠神剣の事を思い出していた。
 『永遠神剣』。『神の作りし聖剣』ともよばれ、マナと呼ばれるこの世界の原初のエネルギーと引き換えに持ち主に奇跡を
齎す意思を持つ武具。『位』と『名』を持ち、『位』の数が小さい程高位とされ、その力も強いとされる。
 時に運命をも支配し、持ち主を異世界から召喚する奇跡すら可能にする。そう、悠人は永遠神剣第四位『求め』に召喚され
た人間である。正確には、『来訪者(エトランジェ)』と呼ばれる人間であった。

そして、悠人が選ばれた永遠神剣・『求め』は、歴史上、この世界で確認されている神剣の中では最高位とされる神剣であった。
 その神剣の奇跡の力を用い、悠人はサードガラハムを屠ったのだ。
 しかし、この世界で最強と謳われる龍すら打ち破る力を持つ悠人に、ラキオスの国民は英雄と持て囃し、同時に畏れもした。否、
ラキオスの国民でなくともこの世界の人間ならば大抵の人間は畏怖の念を抱いたであろう。
 この世界で龍と並び、人間が最も恐れるモノ。それは皮肉にも、この世界の人間の為に強大な神剣の力を揮う『エトランジェ』と
『スピリット』であった。
 悠人は前者、そして後者はネリーやシアーたちを始めとする少女たちである。
 突然現れた伝説の勇者に胸を躍らせ、取り敢えずネリーとシアーはお腹が減るまで剣を振り続けたのであった。

 ラキオスの城近郊のスピリットに宛がわれた居住施設、『スピリットの館』。その第一詰め所のとある一室で、一人の少年が寝台
の上で四肢を投げ出して天井を仰いでいた。
 まだ若く所々に未熟さを残してはいるものの、同年代の少年と比較すれば背丈も体付きも平均よりも秀でている方であろう。しか
し、彼の国に多く見られる幼く見えるその顔付きや、今まさに浮かべている困惑した表情が彼をより一層幼く見せていた。
「隊長…、か…」
 溜め息混じりに紡がれた少年の言葉には、鬱々とした響きが漂っていた。元より独り言のつもりなのか、それとも無意識にか。少
年はこの世界では聞き慣れない異国の言葉で、否、この世界には存在しない異世界の言葉を紡いでいた。

 濡れ烏の様な漆黒の、硬質なさんばら髪が特徴的な黒髪黒眼の少年。
 高嶺悠人。それが少年の名である。
 先日。ラキオス王の命により、悠人はラキオスの北方に位置するリクディウス山脈に棲まう龍、サードガラハムを討ち倒した。その功績を評価され
、悠人は正式にラキオススピリット隊の隊長に任命されたのである。
 だが、兵法も計略も、まして戦闘技術すら知らない、知る必要すらなかった悠人にとって、その地位は重荷以外の何物でもなかった。悠人の住んで
いた国は理想郷でも楽園でもなかったが、少なくとも戦争や無益な殺生を禁忌とする国であった。
 本来なら、その様な地位も肩書きも全て投げ捨ててしまいたかった。
 しかし、悠人にはそれは叶わぬ望みであった。このラキオスには、彼の義妹にして唯一の家族である佳織が人質として囚われているからであった。
 一体、どんな運命の神の悪戯が働いたのか。『求め』の使い手たる悠人だけでなく、彼の義妹である佳織もこの世界に召喚されていたのであった。
 神剣を持たなかった佳織は年相応の非力な少女でしかなく、現在はラキオスに現れたエトランジェに要求を呑ませる為の切り札としてラキオス城内
に軟禁されていると言う状態であった。
当初、悠人は高慢なラキオス王の要求に当然反発した。狡猾な人間は悠人が最も嫌うものであったし、何より、自分が戦争の道具として扱われるのが
我慢出来なったのである。人を殺める事など、この時は死んでも御免であった。
 ならばと、頑なに拒む悠人の前に連れてこられたのは王国に囚われて人質と成り果てた義妹であった。
 悠人を利用する為に佳織が道具として扱われる。その光景に悠人の血は沸騰した。屈強な近衛兵が佳織を取り戻そうと逆上した悠人を取り押さえよ
うとしたが、信じられない事にその悉くを悠人は撥ね除け、圧倒した。『求め』の使い手たるエトランジェとして召喚された悠人は、この時既に人間
を超越した存在となっていたのだ。

 あと少しで佳織を救い出せる。
 そこで悠人を止めたのが、この世界に召喚されてからずっと献身的に世話をしてくれていたエスペリアであった。スピリットたる彼女には、人
間の言葉は絶対であった。その緑玉の瞳に映る悲しみの色がそれが彼女の本意ではない事を雄弁に語っていたが、それでも彼女は自らの永遠神剣
『献身』の切っ先を悠人に向け、悠人に『求め』を握らせたのだった。
 初めからラキオス王は悠人の神剣の使い手としての適正を判断する為にエスペリアと切り結ばせる算段であったのだ。最初はエスペリアに剣を向
ける事を躊躇していた悠人であったが、宣告と同時に恐ろしい神剣の使い手に豹変したエスペリアの苛烈な猛攻に、遂に『求め』の力を一時的に
ではあるが覚醒させてしまった。
 エトランジェとしての優れた身体能力に加え、神剣の加護を受けた悠人に神剣の使い手としての利用価値を見出し、これに満足したラキオス王
はエスペリアを下がらせて、この茶番劇は幕を下ろした。
 だが、この力を以ってすれば佳織を助け出せると確信した悠人がその場の緊張が解けた隙を突こうと思った瞬間、悠人を脳を握り潰される様な
頭痛と心臓に杭を打ち込まれる様な激痛、そして内臓を掻き回される様な嘔吐感が襲った。
 特に、王族には敵意を向けるだけでその苦痛は更に激しくなり、ともすれば発狂し兼ねない程の凄まじさであった。
 恐るべき、永遠神剣・第四位『求め』の強制力であった。
 結局、悠人は佳織の身の安全を絶対の条件にラキオスの軍門に下り、ラキオスの手駒としてその身を落とす事になった。
「くそっ…」
 聖ヨト王国の復活と言うくだらない野心に燃えるラキオス王やその家臣たちに怒りを覚えたが、何よりも先ず、その尖兵として使役される今の
境遇に甘んじるしかない、そして佳織を自由にしてやれない自分の無力さに悠人は悪態を吐いた。
 この世界でも自分は誰かを巻き込んでしまう疫病神らしい。そんな自虐的な思考が悠人の心に冷たく圧し掛かってきたのだった。