Twinkle fairies

二章:悠人と街娘

 バーンライト王国に勝利した矢先。ラキオス王国はその隣国のダーツィ大公国から宣戦布告を受け、領内の整備も儘ならぬ状態で開戦を
余儀無くされた。
 しかし、ダーツィからの進攻ルートは鉄壁の守りを誇ったサモドアのみであり、ダーツィはバーンライトを凌ぐ軍事力を持ちながらもラ
キオスに攻め入る機を計りかね、一方のラキオスもこれ迄以上の強敵との戦いに備えて無闇に攻め入らず、こちらは軍備の強化に重点を置
く方針が執られていた。
 よって、攻め手に欠く両者の睨み合いが暫くの間続いていたのであった。

「せぃやぁっ!!」
「遅いよ、ユート様っ!!」
「くっ、まだまだぁっ!!」
「そんな力任せじゃ、ネリーには当たんないよっ!!」
 ラキオスの訓練施設。そこでは悠人とネリーとの剣戟が繰り広げられていた。
「―はっ!!」
「うんっ!!さっきよりも良くなったよ、ユート様っ!!」
 互いの得物は刃を潰された訓練用の模造剣。神剣の扱い方ではなく、戦闘技術の底上げをしたいと言う悠人の要望であった。
 先の戦いでは功を奏した悠人の防御戦法であったが、流石にそれだけの戦い方では今後の戦いに無理が出てくる事は目に見えていた。生
き残る為にも、仲間を守る為にも、悠人自身が強くならねばならなかった。
「ふっ!!」
「それっ!!」
 シュワン、と鳴く残響音に遅れ、訓練場の床に一振りの模造剣がけたたましい音を立てて転がった。
「う…」
「さぁ、どうするのかな~?ユート様?」
「ま、負けた…」
「えへへ~、ネリーの勝ち~♪」
 模造剣の切っ先を突きつけられ、悠人は両手を上げて降参した。
「ユート様~、ネリー、休憩だよ~」
 そんな二人の隣で、シアーがタオルとお茶を準備していた。

「う~ん、やっぱり二人とも俺なんかよりずっと強いんだな…」
 シアーから渡されたタオルで汗を拭きながら、悠人は改めて彼我の実力差を痛感していた。いや、二人だけではあるまい。未だ訓練中の
ヘリオンを含めても、戦闘技術だけなら悠人は間違い無くラキオスで最弱の兵士である事は確実であった。
「でも、最初に比べれば大分上手くなったと思うよ?ね、シアー?」
「うん、ちゃんと型も取れる様になってたよ。ユート様」
 お茶を飲みながら、二人は何処か嬉しそうな表情を浮かべてそう評した。
「でも、他の皆は訓練士やパートナー見つけて訓練してるのに、二人は俺の訓練に付き合ってくれて何か悪いな」
 悠人の言った通り、二人は率先して悠人の訓練相手になってくれていた。
 自由奔放でマイペースな二人が悠人の訓練相手を買って出た時は訓練になるかどうか不安であったが、実際に二人の指導を受けてみると
意外にも丁寧で解り易く、悠人は内心驚いてさえいた。
「良いの良いの。ネリーたちはこっちの方がいつもの訓練よりずっと面白いよ?」
「うん、それにユート様と一緒だもん」
「そっか。有難うな、二人とも…」
 悠人はそんな二人の頭を感謝を込めて撫でた。
「えへへ~♪」
「わぁ♪」
 と、午前の時間が終わる時報が訓練施設に響き渡った。訓練していた他のメンバーは午後の予定の準備に取り掛かろうと次々に訓練場を
後にしていった。因みに悠人は午前に訓練を入れ、午後には街の巡回を入れていた。
「終わったよ~、ユート様~」
「今日はシアーたち、ユート様と一緒に街を巡回したいな」
 そして、二人は午後も悠人と一緒に過ごすつもりでいるらしく、キラキラと期待に満ちた目で悠人を見上げてきた。
「あぁ、別に構わな―」
「何を仰っているんですか?ユート様、街を巡回するのでしたら固まって巡回するなんて非効率過ぎます。遊びに行くのでは無いのですか
ら、出来るだけバラバラに行動して街の隅々まで目が届く様にして下さい」
 反射的に二人の申し出を承諾しかけた悠人を、遮る、と言うよりも寧ろ諫める声が悠人の背中に投げ掛けられた。

「せ、セリア…」
 油の切れた機械人形の様な動きで振り返ると、まだ帰っていなかったのか、そこには仁王立ちで悠人を眺めているセリアがいた。背筋がそ
こはかと無く薄ら寒いのは、背中に背負った彼女の永遠神剣・『熱病』の所為だろうか。
「え~?だって、ネリーたちはユート様と一緒が良いのに~」
「セリアぁ…」
 二人の視線を受けたセリアは微塵も動じず、更に何故か「フッ」と小さくクールに笑い悠人を鋭く睨め付けた。
「ユート様?」
「な、何かな?セリア…」
「何かな?ではありません。今はダーツィ大公国とは膠着状態にあるとは言え、私たちは戦争をしているんです。訓練はちゃんとやって頂い
ていたから良いのですが、あまり私的な事を公務に挟むのは感心しません」
「うっ…」
 セリアの正論に悠人は何も言えなかった。確かに、今は戦時下とは思えぬ程にのんびりとした雰囲気がラキオスにあったがそれが仮初めで
ある事は誰が見ても明白であった。
「仲が良いのは結構ですが、守るべき規律や保つべき限度を弁えて下さい」
 そう言い残し、セリアは踵を返して訓練場を去って行った。
「ユート様?」
「ユート様ぁ?」
 全身に嫌な汗が吹き出てきたのを悠人は感じた。しかし、ここで流されると人間として色々と駄目になってしまいそうな気がしてならなか
った。何故か湧き上がる罪悪感に苛まれつつ、悠人は二人に向かい合った。
「ゴメンな、二人とも。やっぱり午後の巡回は別々に回ろうな」
「「がーんっ」」
 余程楽しみにしていたのか、二人は膝を折ってその場に崩れ落ちた。そんな二人に悠人の心も茨で締め上げられたかの如くズキズキと痛みが走ったが、もう変更する事は出来なかった。
「ほら、セリアも午後は巡回っぽいし、鉢合わせたらそれこそ悲惨だろ?だから、今度の休みに一緒に街を回ろうな?まぁ、今度の休みがい
つ来るかは俺にも判んないけど…」
「うん…。解ったよ、ユート様…」
「でも、次のお休みの日は絶対にシアーたちと一緒だよ?ユート様…?」
「あぁ、再生の剣に誓って…」
 斯くしてネリーとシアーの目論見は破れ、悠人一人での巡回が決定したのであった。

 昼下がりのラキオスの城下町を悠人は当ても無く一人で巡回していた。
 一応、地図は持っているものの文字がまだ十分に読めない悠人には絵から伝わるイメージで判断するのが精一杯だったりするのだが、
いざとなればやたらと目立つラキオス城を目印にスピリットの館に帰る事が出来るので、悠人はのんびりと城下町を巡回する事にしたの
だった。
(しかし、大きな動きが無いとは言っても本当に皆のんびりしてるな)
 巡回しながら、悠人はぼんやりとそんな事を思っていた。かつての悠人の頭の中では戦争とは国が一丸となって総力戦で戦うと言うイ
メージがあったが、今の目の前の光景は戦争前の光景そのものであった。
 尤も、血が流れない事に越した事は無く、悠人はそれでも良いと思っていた。
(あっちじゃ、日本は平和ボケしてるなんて言われてたけど、平和ボケ出来る国って実は相当幸せだったんだよなぁ…)
 腰に差した『求め』に指を添えながら、悠人はついこの間まで当たり前に享受していた平和の有難さをしみじみと感じていた。
「ん?この匂いは…」
 フラフラと歩いていた悠人であったが、どうやら無意識に覚えていた道を辿っていたらしく、気が付けば先日知ったばかりの屋台の近
く迄やって来ていた。
(確か、この辺だっけ?ぶつかってワッフル―じゃなかった、ヨフアルを道にバラ撒いたのは…)
「あーっ!?ユート君だ~!!」
「そうそう、確かこんな声で―、って、レムリアかっ!?」
 声が聞こえてきた方に目を遣ると、少し離れた場所から紙袋を抱えたレムリアが満面の笑みで悠人に向かって手を振っていた。
「また逢えたね。これって奇跡かなぁ?」
「いや、仕事の巡回だから奇跡と言う程でもないと思う…」
「ぶ~。連れないなぁ、ユート君は。そう言う時は何か気の利いた台詞の一つでも言わなきゃ」
「と言われてもなぁ…」
 仕様が無いと半ば呆れ顔で駆け寄ってきたレムリアに、悠人も苦笑しながら相槌を打って応えるしか無かった。

 と、その時、
「まぁ、ユート君はそんなタイプじゃ―、きゃぁっ!?」
「おっと、大丈夫か?レムリア」
 道の凸凹に爪先を引っ掛けて転びそうになったレムリアを、悠人は咄嗟に抱き留めていた。
「あ、有難うだね。ユート君…」
「まぁ、無事で良かったよ…」
 間にヨフアルの詰まった紙袋を挟んでいるとは言え、密着した状態から伝わってくる互いの感触に思わず二人の顔が赤面した。まだ知り
合って日の浅い割に中の良い二人であったが、流石にこの接触は照れの方が先に立ってしまったらしい。
「むぅ、何だろ?変な感じ…」
「ユート様ぁ…」
 そんな二人を、遥か後方で二つの影が覗いていた。

 湖の見える広場に辿り着いた悠人とレムリアは長椅子に腰掛け、暖かな陽光の下、焼きたてのヨフアルを齧っていた。
「う~ん。やっぱりあそこの屋台のヨフアルは最高だね。ラキオス一だと思うもん。ユート君もそう思うよね?」
「いや、俺はそう判断出来る程ラキオスのお菓子屋を食べてないし…。でも、そうだな。このワ―じゃなかった、ヨフアルは相当美味しい
って言うのは解るな」
「ふふっ、ユート君が言ってたヨフアルそっくりのお菓子だっけ?私も食べてみたいなぁ~」
「う~ん、佳織なら作れるかもしれないな。結構お菓子とか作ってたりしてたし…」
「カオリって、ユート君の…」
「妹だよ。今は城に住んでるんだけど…」
 悠人の妹が人質としてラキオスに拘束されていると言う話はあまり知られていない。当然であろう、よもや自国の英雄が身内を人質にさ
れて不本意な戦いを強制されていると知れれば国民は悠人に対して不信感を持つ事は火を見るより明らかであった。
 戦争に最も必要なのは軍事力でも資金でもない。そんなものは後から幾らでも作り出す事は可能であった。
 実質、歴史の紐を解いてみれば富める国も貧しい国も戦争を起こしてきたのである。では、両者の共通項とは一体何か。
 そう、世論と言う国民の総意が得られれば戦争は起こせるのである。よって、悠人はラキオスの伝承通り、ラキオスに伝わる神剣を奮い、
ラキオスに更なる繁栄を齎す英雄として国民に報じられ、国民を煽動する道具にされていたのであった。

 しかし、悠人は殊更真実を伝えようとは思わなかった。そんな事をしても佳織が戻ってくるわけでもないし、何より、あらぬ反逆の疑惑
が持たれた場合一番に被害を被るのは悠人の指揮下にあるスピリット隊全員なのである。
 だが、佳織の名が出てきた途端何故かレムリアの表情が曇っていた。その事が気になって、悠人はわざと茶化してみた。
「どうしたんだよ?レムリア。顔が変だぞ?」
「ユート君、一つ聞いても良いかな?」
 悠人の軽口とは対照的に、レムリアの表情には悲愴ささえ漂っていた。断罪される咎人の様なその眼差しに、悠人は思わず頷いてしまっ
ていた。
「ユート君は、ラキオスの事をどう思ってる?」
「ラキオスか…。そうだな…」
 その質問に、悠人は暫くの間黙考した。初めてこの世界、この国に来た時の事を思い出した。
 アセリアに助けられた事。エスペリアに世話になった事。剣を持たされた事。そして戦う事を選ばされた事。
 決して良いことばかりではなかった。寧ろ、理不尽に怒りさえ覚えた事もあった。そして、今もその理不尽な中で悠人は翻弄されていた
のだった。
「どうでも良かったよ。マナだとか、大陸の統一だとか知るもんかって思ってた」
「…」
 悠人の言葉に、レムリアの表情に諦観の様なそんな色が浮かんだ。しかし、悠人は構わずに言葉を続けた。何となく、レムリアはそれを
望んでいる気がしたのだ。
「もしこの『求め』の拘束力が無かったら、佳織を連れて逃げ出してたかもしれない。たとえそれが誰かを傷付ける事になっても、俺は躊
躇わなかったと思う」
「ユート君…」
 何故だろうか。本当は悠人の本音など一介の街娘であるレムリアに話すべきではないのかもしれなかった。しかし、レムリアの紫の瞳が
、悠人に嘘を吐かせる事をさせなかった。人を深く見通す様な、不思議な雰囲気があった。
「正直、恨みもしたし憎んだりもしたな。俺や佳織を利用しようとする周りの奴等が全部気に食わなかった。」
「ゴメンね、ユート君…」
 レムリアの謝罪に悠人は驚いた。それが、全てを代表するかの様な真剣なものであったからだった。

「いや、レムリアは悪くないだろ?元はと言えば、戦争を始めたラキオス王たちだと思う。何て言うか、皆を煽動してるって判るんだ。
だから、国民も踊らされてるんだと思う」
「ううん、国民も、ユート君に戦って欲しいって思ってるんだよ。皆、ユート君に勝って、そして守って貰いたがってるの。そう、私も
…」
 悠人の言葉に、レムリアは首を振って目を伏せた。まるで、その罪を背負うのは自分であると言うかの様に。
「そっか。じゃあ、尚更頑張らなくちゃな」
「え?ユート君?」
 悠人の言葉に、今度はレムリアが驚きの声を上げた。
「最初ははっきり言ってラキオスなんて大嫌いだったよ。でも、スピリット隊の皆やその皆を大事にしてくれてる他の皆が居るって知っ
たらさ、この国も満更じゃ無いって最近思えてきたんだ。勿論、スピリットに対して差別してる奴が居るのは悲しいけど、そうじゃない
人もちゃんといる。それに、この国にはレムリアが生まれ育った国だろ。それだけで、この国を守る価値はあると思う」
「ユート…」
「ん?レムリア?今…」
「あっ!?や、やだなぁ、ユート君。あんまり格好良いから、つい口に出しちゃったよ」
「うわ、何か俺、恥ずかしい事言ってるな」
「そんな事ないよ、ユート君。私、すっごい感動したよ。こんなに私の国を思ってくれている人がいるなんて、感激だよ。私の個人の権限
で国民栄誉賞だってあげちゃうよ」
「はは、それはちょっと大袈裟だろ?」
 大きく頭(かぶり)を振り、やけに輝いた瞳で見詰めてくるレムリアに、悠人は項が痒くなってくるのを感じた。

「でもさ、やっぱり俺が戦えるのは守りたいものが出来たからだと思う。最初は佳織だけだったけど、一緒に戦ってくれる皆も俺にとって
はもう大事な仲間なんだ。人間だとかスピリットだとか全然関係無くて、いつかそんな垣根を越えて皆が平和に暮らせる世界が来れば良い
なって思うんだ」
「任せといてよ、ユート君。私が頑張って、きっとユート君が言う様な新しい世界を作ってみせるよ」
「あ、あぁ…。何でそんなに力が入っているかは判らないけど、レムリアも協力してくれるならきっと何とかなる気がしてきたよ」
 詰め寄ってきたレムリアの威勢に押されつつも、悠人は何となくこの目の前の少女なら一旗上げてくれそうな気がしていた。恐らくは、
只の悠人の直感であろう。しかし、予感ではあるが、的中しそうな気がしてならなかった。

 そんな二人の遣り取りを、物陰から凝視している二つの影があった。
「はわわわわわわわわわわわわわわわ…」
「あうあうあうあうあうあうあうあう…」
 何を話しているのかはよく聞き取れないが、湖を眺めながらヨフアルを食べ、楽しく談笑しているのは見て取れた。しかも、悠人と一緒
に居る少女は結構な美人である。先程の真剣な表情での話なども、もしかしたら大事な事について語り合っていたのかもしれない。
「ど、どうしよう、シアー?」
「分かんないよう、ネリー…」
 兎に角、思考が纏まらなかった。さっきから胸の中では居ても立っても居られない不思議な感情が吹荒れっ放しで、この段階で既に手が
付けられないのに、ここに来てあの二人の親密そうな遣り取りが更に拍車を掛けていた。

「ひゃうっ!?」
「わわっ!?」
 一瞬、悠人と一緒にいた少女と目が合った。深い、吸い込まれそうな綺麗な紫色をした瞳であった。
 少女の目が驚いた色を浮かべた瞬間。
「に、逃げるよっ!!シアーっ!!」
「う、うんっ!!」
 レムリアの視線を追った悠人が振り返ると、そこには誰も居ない広場の片隅が映っているだけであった。
「レムリア、何かあったのか?何か凄く驚いた顔してたけど…」
「いやぁ、ユート君も罪な男の子だねって思ってね」
「?」
 レムリアの何かを含んだ笑みと言葉であったが、悠人にはさっぱり意味が解らなかった。そんな悠人に、レムリアは仕様が無いと何処か
懐かしさを覚える諦めた表情を浮かべた。
「まぁ、頑張って。それじゃ、私はもうそろそろ帰るね。今日は楽しかったよ、またね、ユート君」
「あ、あぁ。またな、レムリア…」
 微妙に謎を残しながら、悠人は去り行くレムリアに別れを告げ、再び巡回をする為に町の中へと消えて行った。
 そして、そんな彼等の一部始終を遠くから眺め、人知れず大きな溜息をついた影があったのだった。
「全く、私も何をやっているのかしら…」
 踵を返し、セリアは街の巡回へと戻っていった。

 夕刻のスピリット館第二詰所。その居間で、ネリーとシアーが無気力にテーブルに突っ伏していた。
 帰ってきた他のスピリットたちがそんな二人の様子に心配して声を掛けたが、本人たちすら何故にこれ程に消沈しているのかが解らず。
結局は只生返事を返すばかりであった。
「うぅ…」
「むぅ…」
 この感情には心当たりがあった気がしないでもなかった。サモドア陥落の夜、苦悩する悠人に感じた胸の痛さに何となく似ていた。だが、
あの時は同時に不思議な多幸感も覚えていたのだが、今は只胸が痛いだけだった。
 最近は悠人の事を考えると小さな痛みと大きな嬉しさがこみ上げてきていたのに、今日のあの時から痛さばかりが胸を締め付けた。そし
て今も、二人の中では不完全に燃えたエーテルがいつまでも燻っている様な焦燥感がじわじわと広がっていた。
「あら、二人とももう帰っていたの?」
 と、そこに巡回を終えたセリアが居間に入って来た。

「あ、セリア。お帰り~」
「お帰りなさ~い」
 体を動かすのも億劫であったが、せめて挨拶くらいはきちんとしないと規律に厳しいセリアに注意されるので、二人は何とか気力を絞って
顔を上げて声を掛けた。
「全く…。しゃきっとしなさい。そんな調子じゃ、ユート様に呆れられてしまうわよ?」
「う゛…」
「あぅ…」
 見兼ねたセリアの叱咤にネリーとシアーが項垂れた。何故だか、今は悠人の名前を聞くだけで辛くなってくるのであった。そんな二人の
様子に瞑目し、セリアは溜息を吐いて自室へと去って行った。
「ネリーたちも、部屋に戻ろっか…」
「うん…」
 のそのそと、緩慢な動きで二人は居間を後にした。

 そんな光景を奇異の目で見るスピリットたちが居た。
「一体、何があったのよ?あの二人があんなになるなんて、ちょっと想像つかないわよ」
「さぁ?セリアさんに叱られたみたいでも無い様ですし…。帰ってきてからずっとあんな調子で…」
「ですが、体調が悪いわけではなさそうです。今朝も訓練を予定通りに熟していましたし、先程も観察してみましたが、特に問題は見当たり
ませんでした…」
「うふふ」
 厨房での会話の遣り取りの中、鍋のスープを掻き混ぜながらハリオンが一人笑みを零した。
「どうしたのよ、ハリオン?笑ったりなんかして」
「何か、知っていらっしゃるんですか?」
「非常に気になります…」
「いえいえ。只、ネリーさんとシアーさんも可愛いなぁ、って思いまして~」
 その応えに、一同はその真意を捉えきれずに首を傾げた。
「え~っと、毎度の事だけど、それだけじゃ判んないんだけど?」
「でも、ハリオンさんには判っちゃうんですよね…。私なんていっつも図星を指されちゃいますし…」
「いえ、ヘリオンの場合は大部分が自爆しているのが原因ですので、その点は大丈夫だと思われます…」
「ふえぇ~っ!?それはちっとも大丈夫じゃないですよぅ、ナナルゥさ~んっ!!」

 何やら賑やかになってきた厨房で、ハリオンは只嬉しそうにその光景を眺めていた。
「でも、そうなったらとっても素敵ですよね~。ユート様…」
 誰にも聞こえない様な小さな声で、ハリオンは厨房の窓から紫暮れの空を見上げた。
「泣かせたりしたら、お姉さんは、めっ、ってしちゃいますからね~」