Twinkle fairies

一章:萌芽

 バーンライトとの最終決戦に臨むラキオス軍は、怒涛の勢いでサモドア山道を駆け上がっていた。
「うおおぉぉーっ!!」
 鬨の声を上げる悠人を先頭に右翼にネリーとセリア、左翼にシアーとヒミカ、そして中央にヘリオンとナナルゥ、殿をエスペリアとし、
夜明けと共にラセリオを出立したラキオス軍は昼前には既にサモドア山道の八合目にまで差し掛かっていた。
「皆っ、サモドア迄あともう少しだ!!このまま一気に攻め上るぞっ!!」
 悠人が背後の全員に檄を飛ばして振り返った瞬間、悠人の頭の中に『求め』の警告が鋭く走り、同時に岩陰に潜んでいたバーンライト兵が
悠人目掛けて襲い掛かって来た。
「退けぇっ!!」
 大声一喝。悠人は前方に歪みが生じる程の重厚なマナを収束してオーラ・フォトンの強固な障壁を作り出し、その楯で迫り来るバーンラ
イト兵を撥ね飛ばした。
「貰ったぁ~っ!!」
 岩肌に叩き付けられたバーンライト兵が起き上がろうとした所にネリーが必殺の一撃を加え、金色のマナの霧へと還す。
「ユート様、大丈夫?」
 素早く隊列に戻り、ネリーは先陣を切り続けている悠人に声を掛けた。
「あぁ、大丈夫だ。だけど、ネリーも気を付けろよ?俺が吹き飛ばしても、動けない振りをしたり、それを囮にしたりして逆に襲われるか
もしれないからな」
「了~解っ。でも、ユート様の作戦は大成功だよねっ」
 あれ程に難攻不落であったサモドアの守りは既に瓦解し始め、最早本陣は目と鼻の先にまで迫っていた。
 今回の作戦の要は悠人の防御の堅さにあった。敵を倒す技量を身に付けるには悠人には時間が足りなさ過ぎ、かと言って前線から下げる
にはその力はあまりにも大き過ぎた。
 そこで、悠人はひたすらにシールドを張る修練を積む事に専念したのであった。
 悠人が如何に大きな力を以ってしても敵に届かねば意味は無い。しかし、相手の攻撃は悠人に確実に襲い掛かって来る。ならば、それを
全て防ぎ切れば打ち合わずとも実質的に相手の戦力は悠人の防御と中和された事と等しくなる。
 強大なエトランジェの力ならではの戦い方であった。
「成功かどうかはサモドアを落とせるかどうかだな」
「あはは、そだね」
 不敵に笑う悠人にネリーも釣られて笑い返した。

「ユート様~、ネリー。敵だよ~」
 ネリーの反対側を走っていたシアーが〈アイス・バニッシャー〉を展開しながら前方を指差した。
 それに倣い、ネリーも神剣魔法を詠唱を始める。
「敵の神剣魔法と攻撃は俺たちが何とか防ぐ。そうしたらセリアとヒミカは一気に反撃に転じてくれ、ヘリオンは二人のサポートを頼む!!」
「言われなくても」
「了解っ!!」
「は、はは、はい!!わわ、分かりましたっ!!」
 悠人の指示に三者三様の返事で応え、悠人たちはバーンライトの迎撃に真っ向から衝突した。
「「〈アイス・バニッシャー>!!」」
 ネリーとシアーの神剣魔法がバーンライト兵の神剣魔法を無力化し、続いて悠人のオーラ・フォトンの障壁が神剣の凶刃を悉く弾き返し
た。
「て、てて、〈テラー〉っ!!」
 発動したヘリオンの神剣魔法がバーンライト兵の動きを鈍らせ、そこにセリアとヒミカが切り込んで次々と敵を屠ってゆく。
 快進撃を続けるその様を眺めながら、後方ではエスペリアが内心安堵の溜め息を吐いた。
 当初、悠人が先陣を切ると言い張った時は気が気でなかったエスペリアであったが、今ではその不安は杞憂であったと思えてきた。剣の
振り方も儘ならない悠人であったが、防御に専念すればその堅牢さは並のスピリットでは到底切り崩せるものではない。基本的には身を守
っているだけなので、切り結ぶよりも遥かに危険も少なかった。
「皆っ、サモドアだっ!!」
 先頭を走る悠人が声を上げた。見ればサモドアの防壁がそこにあった。
「ナナルゥ、合図を頼むっ!!」
「了解しました…」
 悠人の指示を受け、ナナルゥが空へ向かって神剣魔法を炸裂させた。
「あっ、ユート様っ!!見てっ!!」
 程無くしてネリーがサモドアの北を指差して声を上げた。その先には、ナナルゥの放った神剣魔法と同様、空へと昇る一筋の紅の尾があ
った。
「よし、このまま俺たちはサモドアに突入っ!!市街地中央でリモドアからのアセリアたちと合流だっ!!一気に制圧するぞっ」
 アセリアたちからの合図を受け、悠人たちは伏兵のバーンライト兵たちを薙ぎ払いながらサモドアの正門へと雪崩れ込んだ。

 聖ヨト歴330年、スリハの月。大陸からバーンライトと言う国が滅亡した。
「終わったな…」
 サモドア郊外に設けられた野営で悠人は夜空を見上げながら一人ごちた。
 阿鼻叫喚の巷と化した最終決戦とは打って変わり、今は空の月と幾らかの星が光を降り注ぐ静かな夜だった。
 自国の大勝に沸くラキオスであったが、悠人たちへのスピリット隊への労いの言葉は無く、対照的に市街では人間たちのお祭り騒ぎが
繰り広げられていた。
 何度も死線を彷徨ったこの二ヶ月。終わってみれば、胸に残るのは生き延びた安堵と徒労感を覚える虚しさばかりであった。
 今回は無事に生き残る事が出来たが、一方で、いつ迄何処までこの戦いは続くのだろうかと悠人は思った。この勝利は終わりではなく
、次の戦争の始まりであろう事は容易に想像出来ていた。
「あ、ユート様見ぃ~っけ」
「見ぃ~っけ」
 声に振り返ると、ネリーとシアーが悠人の背後にいた。
「ん?どうしたんだ、二人とも?」
 悠人が訊ねると、ネリーとシアーはそれぞれ悠人の右と左に腰を落とした。
「えへへ~。何となくユート様の傍に居たいかな~、って」
「シアーもユート様の傍に居たいな」
「そっか」
 懐いてくる子犬の様な二人の直接的な好意に嬉しくなり、悠人は二人の頭を優しく撫でた。
「んふ~♪」
「わぁい♪」
 ネリーとシアーは目を細め、もっともっととせがむ様に悠人に体を預けてきた。
「うわ…」
 布越しに伝わってきた二人の体温と柔らかさに悠人は思わず焦った声を出してしまった。常春の気候とは言え、流石に夜は冷える。そ
こへ来てこの不意打ちだった。
「どうしたの、ユート様?」
「?」
「い、いや。何でも無い…」
 まさか、二人にどきりとしたと言える筈もなく、悠人は誤魔化す様に二人の頭を無言で撫で続けた。

「今日のユート様、格好良かったよ」
「うん、凄く格好良かったの~」
 悠人を見上げながら、二人はそんな事を言い出した。
「アレ?俺、今日何かしたっけ?戦いはずっと守ってばっかだったし、活躍なら二人の方がしてたんじゃないのか?」
 悠人は首を傾げ、今日の自分を振り返ってみた。
「この傷の時みたいに、ユート様がアセリアにお話してたとこ」
 そう言い、ネリーは左手の甲に残る一筋の傷を悠人に見せた。
「うわ、そう言えば皆が居たんだっけ」
 バーンライトが陥落した直後。単身で敵陣の真っ只中で戦っていたアセリアに悠人が言って聞かせた場面があった。
 夕陽に照らされて橙色に染まる二人が手を取り合う光景は、宛ら一枚の絵の様に様(さま)になっていた。
 悠人は耳まで真っ赤になった。語った時の最後は恥ずかしくて茶化してみたが、こうして改めて言われると顔から火が出る程であった。
 月明かりの下でなく、もっとはっきりとした明かりの下であったならばそこには耳まで紅潮した悠人が映っていただろう。
「ちょっと、アセリアが羨ましかったなぁ~」
「うん、だからね、ユート様。シアーたちもご褒美にいっぱい頭撫でて欲しいな…」
「ご褒美?」
 確認する様な悠人の呟きに二人は大きく破顔して頷いた。
「ネリーたち、頑張って敵をいっぱい倒したんだからね~」
「シアーもだよ~」
 二人の言葉に、悠人の血が一気に冷えた。
「何人倒したかなぁ~?確かサモドアに着いてから敵もいっぱい出てきたし…」
「シアーだって、沢山倒したもん」
 悠人の為に戦果を出せた事に対する事と、それをきっと褒めて貰えると疑わずに目の前で指を折って数える二人の表情は喜びと期待の色に
染まっていた。

「あれ…?」
「ユート様…?」
 そんな二人を、悠人は黙って抱きしめた。
 どうして、この娘たちの両の手は罪に染められてしまわなければならなかったのだろうか。
 どうして、人間は争いを止める事が出来ないのだろうか。
 どうして、この世界はこれ程までに悲しくて残酷なのだろうか。
「えっと、ユート様…?」
「どうしたの?シアーたち、何か悪い事でもしたの…?」
 震える悠人の腕に何かを感じ取った二人が、不安そうな声を上げた。
「違う、ネリーやシアーたちは何も悪くない。悪くないんだ…」
 絞り出す様に言うのが精一杯だった。これ以上は、声が震えて喋れそうになかった。
「ユート様…」
「…」
 二人は、そっと悠人の頭を抱いた。
 悠人が何に苦しんでいるのかは解らない。
 しかし、自分たちが悠人を想う心が伝われば良いと思った。
 かつて自分たちが辛い時、悠人は解らないなりに彼の優しさで自分たちを慰めてくれた様に。
 あの時のお返しなのであろうか。否、そうではないと思う。
 悠人が慰めてくれたから慰めるのではない。悠人が辛そうだから慰めたかった。
 胸が締め付けられた様に苦しかったから。
 そして、この胸の鼓動が悠人に伝われば嬉しいとも思った。
 苦しむ悠人を見て、二人の胸に衝動的な感情が湧き上がっていた。
 それは、狂おしい歓喜の様でもあり、同時に身が裂ける悲しみの様でもある不思議な焦燥感だった。
「「ユート様、大好きだよ…」」
 同時に出てきた二人の言葉は、慰めでも励ましの言葉でもなかった。