保管庫エイプリルネタに捧ぐ

ネタ元:http://etranger.s66.xrea.com/april.htm

《契約者よ、我が求めに応えよ! 働け! 就職先を探すのだ!!》
脳内に喧しい『求め』の声が響き、エトランジェ『求め』のニートは頭を抱え蹲った。
「くっ! 黙れ、バカ剣!! …働いたら、働いたら負けなんだよ!!!」
就労意欲の無い新人[にいと]に『求め』はさらに強制力を強化する。
キーン!!
《探せ! 働け!!》
「ぐぁあっ……わ、わかった、行けばいいんだろ、行けば」
ついに新人[にいと]が折れて就職先を探しに行くことを受け入れた。とはいえ、まぁ、これもいつものこと。探すフリだけしてみせて『求め』を黙らせるのだ。

街に出てぶらぶら歩いていた新人[にいと]は、店員募集の貼り紙がしてある店を見つけた。
「お、店員募集だって。手頃だな」
どうせ実際に働くつもりはないのでろくに内容も見ずにだらだらと店の中に入る。その店の名は……『100ルシルショップ セリア ~見つけて~』

「あ……」
新人[にいと]が「あのさー、貼り紙見たんだけどよー」と店員に声をかけようとしたとき、謎の白い影が疾風[はやて]のように現れて新人[にいと]の耳元に
「礼儀正しくしないと。クスクス」
と囁いたと思うと、たちまち疾風[はやて]のように去って行った。
「何だったんだ、あれ?」
しばし呆然としていたが気を取り直して声をかける。
「あのー、すみません。表の貼り紙を……」
てきぱきと帳簿をつけていた青い髪の女性店員がペンを置いて顔を上げた。
「採用します」
紡がれる言葉どころか身じろぎさえも凍結され、時間[とき]は深き眠りの淵に沈んだ。
「……へ?」
そして時間[とき]は動き出す。
「だから採用するって言ってるのよ。か、勘違いしないでよ!? 別に貴方のこと待ってたってわけじゃないんだから!!」

《け、契約者よ、な、何が起こったのだ!?》
(わ、わからん。あ…ありのまま今起こった事を話すぜ! 『俺は働く気なんか無いのに就職活動のフリをしようと店員に声をかけたら就職希望だと言う間もなくいつの間にか採用されていた』 な…何を言ってるのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった、頭がどうにかなりそうだった…… 不況だとか氷河期だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……)

どこからか
     ドドドドドドド
もの凄い勢いで、ニートが飼われている豚のエスペリアが走って来た。
「クラスが上がりました」【NEET→求職者】
「クラスが上がりました」【求職者→被雇用者】
「あのさぁ、エスペリア。二回言うなよ」
「仕様です……仕様なのです……。では、日々勤労ですよ? でもわたくしのブラッシングを忘れないで下さいませ」
そしてエスペリアはどこへともなく走り去って行く
のだった。

「それでは、さっそくレジに入って」
「え? 普通、新入りをいきなりレジに入れるか?」
「いいから入りなさい!」
無理やり新人[にいと]にレジ番を押し付けると女性店員は急いで店外に向かった。

女性店員は外に出ると店員募集の貼り紙を破り取る。
「これでよしっと……あ、こっちも」
今度は店の看板からも貼り紙を剥がした。
『100ルシルショップ セリア ~見つけて~』
     ↓
『100ルシルショップ セリア ~見付店~』

そんな経緯を……いや、店に入る前から新人[にいと]の様子を窺う者がいた。
「これはひょっとしてニートさまの初めてお客という地位を手に入れるチャンス!? じゃなかった、買い物をしてお店の売り上げに貢献すれば……ふふ、ニートさま褒めてくれるかなぁ?」
愛と妄想を呟き、ツインテールもといヘリオンが店に飛び込んだ。若干……いや、かなり邪[よこしま]なきはするが。

「間違ってるじゃない! これ、竹島じゃないよ、独島だよ!」
地図帳を手に新人[にいと]にくってかかる町娘の姿があった。
「はうっ!? ニートさまの初めてお客が……ニートさまの初めてがぁ……」
しおしおとくずおれるヘリオン。

「そんなこと言われてもなぁ、この店で作ってる地図じゃないだろうし」
ポリポリと頭を掻きながらのらくら新人[にいと]。
「謝罪と賠償を要求します!」
「うーん、困ったなぁ……店長ーっ、店長!」
(あれ? そう言えば店長でいいのか? 採用決められるってことはそれなりの権限持ってるのは間違いないんだろうけど。というか名前も聞いてないな。そもそもこっちの名前すら聞かれてないし。……大丈夫か、この店?)
様々な不安を覚えつつ、青髪女性店長(推定)にエスカレーションコールを飛ばした。
「まったく、何?」
不機嫌そうながらもやって来た店長に、新人[にいと]はやっかいごとから逃げるべくてきぱきと説明する。長らく「働いたら負けかなと思ってる」をポリシーにしてきたのは伊達ではない。
「あ、そ。クレームね。ナナルゥ、コウイン、よろしく!」
「了解しました」
「ほいよ、引き受けるぜ」
店長の呼び声に、どこからともなくナナルゥ・コウインと呼ばれた二人が現われ、町娘を奥の部屋に連れて行く。
「この店……他にも店員いたのか……」
呆然と三人を見送った新人[にいと]の口から漏れたツッコミはどこかずれていた。
「あぁ、じきに戻るでしょうから、そのとき紹介するわ」
「というか、あなたが店長……でいいんですよね? なんか挨拶すらしないままなし崩しに働いてる気がするけど」
「えぇ、わたしが店長のセリアよ。ま、せいぜいよろしくね、ニート君」
「はぁ、よろしく……あれ? 俺、名前言いましたっけ?」
「っ、え、えぇ、そうよ、言ったわよ、か、勘違いしないでよ!? 実は貴方のこと待ってたとか貴方の為にこの店開いたとかそんなことぜんっぜんないんだからねっ!?」
ごく何でもない疑問にやたらと慌て意味不明な取り繕いらしきものをするセリアに新人[にいと]が呆気にとられていると、奥の部屋から町娘が出て来てぷりぷりしながら帰って行った。続いてナナルゥとコウインが現われる。
「任務完了です」
「ま、あんなもんだろ」
「ご苦労さま」
「……いいのか、あれ? 怒ってたみたいだけど」
あまりに淡々としてる諸先輩に新人[にいと]は思わず突っ込んだ。
「あぁ、いいの、いいの。いつものことだから。あ、二人とも、こちら新入りのニート君。売り場を担当してもらうわ。ニート君、こっちがナナルゥ、こっちがコウイン。二人はクレーム処理班よ」
「……用心棒?」
「当たらずと言えども遠からず、ね」
「あ、新人[にいと]っす、よろしくお願いするっす」
しゃらっと恐いことを言われて、新人[にいと]は二人に微妙な挨拶をする。
「ナナルゥです。よろしくお願いします。行き過ぎた人間観察趣味と悪質な冗談が元で、現在拘留中の身です」
「……は? それじゃあどうしてここにいらっしゃるんで?」
「それは……コウインの手引きで脱走を」
「うほっ、俺かよ!? 俺は前科付くようなドジ踏んでないぜ」
「いえ、冗談だったんですが……」
ひゅう~
木枯らしが吹いた気がした。春なのに。
しばし歓談(ナナルゥのお蔭でどうにも微妙だったが)の後、二人は気配を消して警備任務に戻った。

「はっ、よく考えたらクレームってことは『初めてのお客』はまだじゃないですか!」
泣き崩れて干乾びていたヘリオンがようやく復活したときには、新人[にいと]の前に既に新たな客が。
「はうぅうぅ~」
再びへなへなとくずおれるヘリオンであった。

「あら? ニムじゃない、珍しいわね」
「ん。PCのクーラー買いに来たの。面倒だけど。引き篭ってMMOやってるのお姉ちゃんなんだから、お姉ちゃんが買いに来てくれればいいんだけど、お姉ちゃんがやってる株でニムもぐーたらさせてもらってるし」
「そ。じゃあ、ニート君、あなた選んで来てあげて。PC得意でしょ?」
「あ、あぁ……」
微妙に引きつつもかろうじて肯く新人[にいと]。
(いくら幼いにしても四足歩行って……)
とか思いつつも新人[にいと]は売り場から二つほどチョイス。
「お待ちどう。一応、二つほど持って来た。こっちは『静寂のネリー』、売り文句は『ファンを回してコアを冷やす。くーるなネリーにぴったりよねー』だ。こっちは『孤独のシアー』、売り文句は『お菓子あげるから、水取り替えてくれないかなぁ? ダメかなぁ?』だな。ネリーの方はスタンダードな一品、シアーの方はマニア向けだけど、ニムのお姉さんは年季入ってそうだから大丈夫かもしれない」
「ふーん、じゃ、テストね」
そう言うとニムはひょこっと立ち上がって二つのクーラーを手に取った。
「あ、ニムって立てるんだ」
「べ、別に見せたいわけじゃないし! ただニムが立ちたいだけ!! ……あとニムって言うな!!!」
新人[にいと]の呟きにニムは真っ赤になって、意外と手早い手つきで手近にあった電源と配線すると、二つのクーラーの吸熱部を新人[にいと]の両耳に押し当てた。
「ちょっ、つ、冷たっ、冷たいって!」
新人[にいと]が叫びに、ニムは押し当てるのをやめて配線を外した。
「ん。両方もらってく」
「そ? じゃあ二つで200ルシルね」
「はい」
耳を押さえてうずくまる新人[にいと]を余所に、ニムは会計を済ませて帰って行った。
「ふーん、あのニムが二足歩行ねぇ……ニート君、あなたあの子に気に入られたみたいね」
「嘘ぉっ!?」
「採用した甲斐があったと言えばあったけど……道を踏み外さないように」
セリアの視線がクーラーとは違う意味で冷たかった。
「耳に霜が降りるというシモネタ冗談ですね」
ひょっこり現われて呟いて行ったナナルゥの言葉は、また違った意味で冷たかった。

冷えきった新人[にいと]は突然、柔らかな温もりに包まれた。
(ら、楽園!)
「お仕事がんばってくださいね~。ソフトも~、パーツも~、使ってみないとわかりませんから~」
内容はよくわからないが、そのゆったりとした言葉の調子と柔らかな感触に、新人[にいと]は癒された。ふよふよたゆん。と、突然、足の甲に痛みが走った。
「って、いたっ痛いっす、店長!」
セリアが踵で新人[にいと]の足を踏んでいた。ぐりぐりと。
「ハリオン、あなた品物を取りに来たんでしょうが! 何してるのよ!」
「あらあら~」
ハリオンと呼ばれた女性が抱擁を解いてセリアに向き直り、セリアもようやく新人[にいと]の足を解放してくれた。
「はい、塩と砂糖、菜箸。三つで300ルシルよ」
「はい~」
ハリオンは品物を受け取ると、菜箸を胸の谷間に挿して、両手にそれぞれ塩袋と砂糖袋を持って帰って行く。たゆんたゆんと揺れる菜箸を見て、新人[にいと]は生まれて初めて菜箸の気持ちに思いを馳せ、そして羨んだ。

「あら、ヘリオンじゃないの?」
もうずいぶん長いこと萎れていたヘリオンの姿にようやく気づいたセリア。
「えっ、ヘリオン?」
「なに? 知り合い?」
「はぁ、以前、いじめにあってるところを偶然助けて以来、妙に懐かれてまして」
「あぁそう……あの娘、思い込みが激しいからねぇ……重いコンダラ、か……仕入れようかしら」
(ないない、コンダラなんてない。つーか、歳いくつよ?)
ツッコミたかったが冷たかったり痛かったりしそうなのでやめておいた。反応する新人[にいと]もけっこう年齢不詳である。
「おーい、ヘリオン、どうした?」
変わりにヘリオンに声をかける。
「はうっ、ニートさま!?」
萎んでいたヘリオンが瞬時に飛び起きた。わりと現金である。ある意味、場所柄に相応しかった。
「で、どした?」
「は、はい。ニートさまが無事就職されたということで『初めてのお客』になろうと……って、いえ、そうじゃなくてですねっ、売り上げに貢献してニートさまの職を確固たるものにしようと!」
「そか。ありがとう、ヘリオンはいいやつだなぁ」
思わず頭を撫でてみたりなんかして。
「ま、せっかくだし、リボンでも選んで上げたら?」
「そっすね」
そっけなく口を挟んで来たセリアに答えて。
「それでいいか、ヘリオン?」
「は、はいっ、それはもう!」
というわけで、リボンを選んで結んであげ、側にあった姿見を向ける。ちなみにこの姿見も商品だ。
「どうかな、似合ってると思うけど?」
「はいっ、気に入りました!」
と、ここでセリアから声がかかる。
「それじゃ、ニート君、お会計して上げて」
「うっす」
姿見を戻して、ヘリオンを連れてレジに向かう。
「ほい、二本セットで100ルシルな」
「はい、100ルシルちょうどです」
「まいどありー。レジ打つのは初めてだから、ヘリオンが『初めてのお客』だな。はは」
「はうっ、ほわわ~」
また頭を撫でられ、ふわふわと舞い上がるように怪しい足取りでヘリオンが帰って行く。

「さて、今日はそろそろ店閉めましょうか。おつかれさま」
「おつかれっす」
「あ、そうそう。店の裏手が寮になってるから、住み込むように。部屋は102号室ね。家具なんかも細かいものまで一揃いあるから、今日あなたが帰る先はもう寮の102号室よ」
「って、いいんすか?」
「もちろん。ちなみに、101号室はわたし、103号室がヘリオン、201号室がナナルゥ、202号室がコウイン、301号室がニムとファーレーン、302号室がハリオンだからね」
ズッコケた新人[にいと]の頭に、棚から落ちた金盥が直撃した。

その頃、元 新人[にいと]の住処では。
謎の怪物に頭を齧られながら
「わたしのこと、忘れないで、お兄ちゃん」
と呟く義妹の姿と、怪物の姿が目に入らないかのように
「ニート様が拉致されました。急ぎ奪還を」
と報告するエスペリアの姿があった。


この僅か一日での人生の大転換がきっかけとなり、やがてファソタズマゴリアの若年者雇用改善争議に関わり重要な役目を果たすことになっていくことを、新人[にいと]はまだ知らない―――

ヒミカ「誰にこんなネタを見せたのか、きっちり教えてあげないとね。ってことで、神剣放送ドラマ用にこんな話を考えてみたんだけど、どう?」
セリア「異議あり! 明らかに矛盾しています! っていうか、『~見つけて~』って何よ?」
ヒミカ「わざわざ『見付店』を選んだのは、『見付店』→『見つけてん』→『見つけて』と、抑えても抑えきれない揺れるセリアの想いの象徴かな、と」
セリア「なっ!?(赤」
ヒミカ「まぁ、11代目スレ256からの逃走ワラビーに引っ掛けてる説もあるけどね」