『失望』の道行

無限の世界へ

そして、ファンタズマゴリアからロウエターナルの脅威が去り、幾日かが過ぎた明け方。
ラキオス、いや、ガロ・リキュア王国の城下から離れた平原に、二人の影があった。
「やれやれ、俺たちが跳ぶ前に目が覚めた奴がいたら、きっとみんな大騒ぎなんだろうな。
何せ、みんなの中じゃヘリオンがエターナルになった上にガロ・リキュアに居続けるって思ってるんだから」
「とは言っても、レスティーナさまやヨーティアさまにはトキミさまからお話が行ってますから
大丈夫だとは思いますよ。それに、お二方とも大きすぎる力の危なさはしっかりとご存知な訳ですし」
それに、と言葉を続けかけたヘリオンを悠人がとどめる。
「この世界から一度離れたらそんな事は関係なくなる。でも、ヘリオンはまだこの世界との繋がりが残ってるんだ。
確かに、表立って動く事は出来なくても、自分の生まれた世界で生きてくことが出来るんだから……」
言葉を続けるうちに悠人の顔がだんだんと引きつっていく。
それもそのはず、悠人に向けられたヘリオンの視線が見る見るうちに怒りを帯びて、
終いにはぷんぷんと頬を膨らませ始めたのだから。
「ユートさまっ、心にも無いことを言わないでくださいっ。
思いっきり、わたしと離れるのは嫌だけどこれがわたしの為かもしれないって顔にかいてますっ。
わたしにはこの世界で生きることよりも、ユートさまの側にいることが大事なんです。
それなのに、ユートさまはわたしに一人でここに残れって言うんですねっ、
ユートさまを忘れる事も出来ないのに、残れって言っちゃうんですね」
怒った余りに涙まで浮かべて抗議をするヘリオンに、悠人はもう謝ることしか出来なかった。
「ダメです、わたしの気持ちも考えないでそんなことを言うなんて信じられません」
「う、悪かったよ、ヘリオン。それじゃどうしたら、許してもらえるかな。
その、出来る事なら何でもするから」
「そうですねぇ……やっぱり『真実』の名の通り、
ちゃーんとユートさまの心の底からのお言葉が聞きたいです」
にまっと涙を引っ込めてヘリオンは笑みを浮かべる。


顔を一気に朱に染めて悠人は首を振った。
「な、う、嘘泣きっ!?おい、『真実』っいいのかよこんな事させてっ」
「はい、見てて面白い分には大丈夫だそうです。ですから、ほらほらユートさま、どーんっと仰ってくださいっ」
ヘリオンはきらきらと輝く目で悠人の言葉を待ち、悠人は紅潮した顔で口を開け閉めする。
今になっても、意識をしながら面と向かって告白することには恥ずかしさがある。
しばらくの間、焦らすというよりも煮え切らないと言った様子でまごまごとしていた所に。
「悠人さんっ、ヘリオンっ!何をゆっくりしているんですか。早くしないと、色々とお話があるんですからね!」
平原の向こうから時深が文字通り飛んできてしまった。
悠人がほっと胸をなでおろした素振りを見せた瞬間に、ヘリオンからの視線が突き刺さる。
しかしヘリオンが何かを言うよりも、時深が喋り始めるほうが先だった。
「まず、真実のヘリオン、そして永遠神剣第三位『真実』。あなたたちについてです。
あなたたちが私たちカオスエターナルに与する意志が無い事を鑑みた結果、
私たちと共に行く事は却下されました」
しかもその内容に二人の思考が止まってしまう。
「次に聖賢者ユウト、そして『聖賢』。あなたたちが『真実』の復活の為に多大なマナを失ったことで……」
「ちょ、ちょっと待てよ時深!『世界』を一緒に倒したんだから大目に見るって話じゃなかったのか!」
「わ、わたしたち離れ離れなんですかぁっ。
ユートさまが、さっきちゃんと言ってくれなかったからなんじゃないんですかっ。
え、でも……そんな……やだぁぁ……」
二人を無視して話し続ける時深に悠人が食って掛かり、ヘリオンは地面にへたり込んでぽろぽろと涙を零す。
その様子をたっぷりと観察してから、時深は意地悪くにこりと笑って悠人を引き剥がした。
「はい、時間に遅れた罰はお終いです。いいから最後まで話を聞きなさい」
一瞬の間が空き、悠人とヘリオンはぽかんと時深の顔を見返す。


「いいですか。事実として、『真実』がカオスエターナルに参加する意志はありません。
ですから、無条件で連れて行くわけにはいかない事は分かりますね。……よろしい。
そして『聖賢』に関しては、この世界にいるときには実感が湧かないでしょうが
今の状態では、マナの豊富な世界での戦闘に耐えられる状態ではありません。
そこで、カオスエターナル側として、聖賢者ユウトの第一の任務を次のように決定しました。
『永遠神剣第三位『真実』とその持ち主の監視及び監督、その期間は『聖賢』を安置しマナの補充に努めよ』です。
理解していただけましたか?」
呆けたまま、二人はカクカクと首を縦に振っていたが、
だんだんと思考力を取り戻した悠人が時深に向かってまくし立て始める。
「あのさ、監視と監督って具体的にはどういう事なんだ。
それに『聖賢』を安置って、剣を手放してどうやって戦えって言うんだよ」
「それを今から説明するんですっ。ヘリオンを見なさい、悠人さんもきちんと最後まで聞く姿勢を……あら」
「うわっ、ヘリオン、離れなくていいって分かったとたんに放心しっぱなしになるんじゃないっ」
「ふぇっ!?あ……なんだか、安心したら気が遠くなっちゃって……」
大きく息をついた三人が、もう一度落ち着きを取り戻して話を聞く体勢を作る。
「悠人さんの任務というのはもう殆ど公認の休暇みたいなものです。
『聖賢』を使わずに回復させる事に努めなさいという事。
残念ですが今の悠人さんと『聖賢』では満足に戦うことが出来ないんです」
「や、やっぱり、わたしのせいですか……?」
「仕方がありません。こういう事にならなかったら
『世界』を倒す事も難しかったんですからそれで気に病むのはお門違いです。
そして、何もせずに休んでいるのもいけないから、『真実』がふらふらしないように、
持ち主にも『真実』にも気に入られている悠人さんといるのが適任という事になりました。
監視とかいう言葉も殆ど方便。一緒に居れば問題も無いんです」


ふう、と溜め息をついて時深が何処からとも無く大きな封筒を取り出す。
悠人を手招きで呼び寄せてその中身をちらりと見せる。
それを視界に入れて、悠人は目を見開いた。小声でヘリオンには聞こえないように叫ぶ。
「な、何だよこれは、どうしてこんなもんがここにあるんだ!?」
「私だって知りません。戦いの無い世界で暮らすんだからこれくらいは要るだろう、
なんて言った、上の趣味ですっ。悠人さんがきちんと説明したら、『門』の場所まで来てくださいねっ」
とす、と悠人に封筒を押し付けて、時深はさっさと『門』まで駆けて行ってしまった。
後に残された悠人にヘリオンがとことこと寄って来る。
「ユートさま、それってなにかの書類ですか」
ぎくりと危うく封筒を取り落としそうになる。
「う、うん。あのさ、ヘリオン。その、これから行く世界って、もしかしたらハイペリアかもしれない。
たしかに、あそこならしばらくエターナル同士の戦いなんて無さそうだからな」
目を瞬いて、ヘリオンは悠人の持つ封筒に視線をやった。
「えっと、それじゃあその中身ってハイペリアの言葉で何か書かれてるんですか」
「ああ、それがさ……ちょっと、さっきの続きと話が繋がるんだけども……」
静かにヘリオンの肩を抱いてその瞳を見つめる。先ほどの続きと聞いてヘリオンも息を飲んで見返した。
「俺も……ヘリオンとずっと一緒に居たい。
離れるなんて絶対嫌だし、さっきの時深の冗談に本気で怒っちまった。
それで、この中身なんだけど、たぶんハイペリアの物だったら日本の、俺が生まれた国の戸籍とかが入ってる。
俺のとヘリオンのが揃ってるんだけど、それと一緒に……」


かさ、と中からある書類を取り出した。そこの一番初めに書いてある文字は。
「これって、一体……?」
「あー、えっと、読めないんだよなぁ……その、『婚姻届』って……」
真っ赤になってぼそぼそと言葉を濁す悠人の声に、ヘリオンは大きく瞳を開いた。
「こっ婚姻って、け、結婚のことですかっ!?その、人の男性と女性がする、あのっ!?」
「いや、もう人だからどうって話じゃないだろ俺たち。まあ、とにかくその結婚のこと。
だから、その……とりあえず、戸籍やなんかだけでも住人にはなれるんだけど、
向こうで暮らす間も、いや、その先もずっと、俺はヘリオンをお嫁さんにしていたい」
「ぇ、ぅあぁ……」
かああっと、悠人が見る間に同じ様に頬を染めて身をよじらせようとするヘリオンだったが、
しっかりと悠人に肩を掴まれているために抜け出す事も出来ない。
口から心臓が飛び出そうなほどに、ばくばくと鼓動が響いて言葉も出せない様子だった。
もちろんそれは悠人にしても同じ事で、ヘリオンの目を覗き込んだまま微動だにしていない。
その悠人の緊張に気付いたヘリオンは息を飲み込んで、静かに肩に置かれた悠人の手をとった。
二人の手を胸元で祈りのように組み、瞳を潤ませながら、
「……はいっ、ふつつか者ですがよろしくお願いします……ですよねっ」
満面の笑みを浮かべて言うと、勢い良く悠人の胸に飛び込んだ。