『失望』の道行

そして……eternalsky

足取りも軽く、両手に買い物篭を下げて一人の少女がアパートの扉をくぐろうとする。
その前に、いつものように扉にかかった表札をみて口元を緩めた。
『高嶺 悠人
    縁音』
口だけを動かして、「たかみね、ふちね」と呟いて扉を開けた。
ちょうど、この地に多い人種の髪と目の色を持つヘリオンが生活の場で受け入れられやすいのでは、
と用意された名前は、悠人たちの名の持つ響きを好んでいたヘリオンにも好評だったようだ。
「ただいま帰りましたっ」
「お帰り、って別にいいんだぞ、そんな丁寧に喋らないで。まあ、言って直るもんでも無いだろうけどさ」
「やっぱり二年以上も言っていると癖になっちゃいましたから、仕方ないですよユートさま」
「少なくとも、外で「さま」だけはよしてくれよ……ご近所の視線がものすごく痛いんだ」
「はい、分かりましたユートさまっ」
そっと息をついた悠人が買い物篭を受け取って、冷蔵庫に食材を詰めなおしていく。
「ところで、また意味がわかりにくい言葉を耳にしたんですけど……」
「え、そうなのか?」
神剣の力によって日常会話に関しては完璧にマスターし、
読み書きにしてももう少しすれば大丈夫であろうヘリオンだったが、
時おり本人の語彙力では理解しにくい単語があるという。
「ええ、お買い物の途中でお魚屋さんから『オサナヅマヲカコイコンダアンチャン』に精のつくもん食わしてやんなって……」
バタンッ
勢い良く冷蔵庫の扉を閉めて、悠人はがくりとうなだれた。
「ユートさま『オサナヅマ』って……?」
「後で教えてやるから、その魚屋の場所を教えてくれ……」
決してその店の前は通るまい、そう心に誓って。

悠人とヘリオンが連れて来られた地はやはり地球だった。
その地の人間として馴染むためにしなければならない事は山積みで、
結婚を期に引っ越してきた若夫婦として世間に慣れていく事に少々の戸惑いもあったが、
その生活にも徐々に親しんでいくことが出来た。

夕食の後、風呂の無いアパートから銭湯に出かけた帰り道。
「ユートさ……ユートさん、お待たせしました」
「……いや、俺も今上がったとこだから」
空を見上げていた目をヘリオンに移して、悠人は静かに微笑みかける。
横に並んで自宅に向かい帰路に付く。辺りに人影が無い事を見てから
悠人を見上げて、ヘリオンは静かに問いかけた。
「ユートさま、また空を見上げてましたね。やっぱりカオリさまが心配ですか?」
確かに、ここに来た最初の日に時深に連れられて佳織と最後の会話を交わした。
それから、その地とは離れたこの地域に住む事になったのだが。
「ん、そうだなぁ、それもあるけど。でも佳織はこの空の下に居るんだって分かるから。
それよりは今、この空の向こうで時深や、まだ会ったことも無いエターナルが戦ってると思うと
いつまでも休んでるわけにも行かないなってさ」
戦いの日を空に見る悠人に、一瞬だけヘリオンの瞳が揺れる、それを振り払うように、
「もちろん、今のこの時間はすごく楽しいし夢みたいだ。
だから、自分が守ろうとする物が、いろんな人たちのこんな生活だって分かっておくのにはちょうどいい。
いつまでになるかは分からないけど、それまでは二人で今の生活、楽しんでおこう」
軽く笑みを浮かべながら頭を掻く悠人。その笑みに安堵し、ヘリオンはゆっくりと悠人の腕に腕を絡めた。
「はい、わたしたち、いつまでも一緒ですよ……ユートさま」
二人の左手の薬指にはお揃いの、サファイアに似た輝きを持つ石をあしらえた指輪が煌いている――

Youto The Sacred Keeper

Helion The Truth


エターナルとして目覚めた悠人。

多次元世界を舞台に、永遠神剣をめぐる戦いに
身を投じていく……のは、もう少し先の事である。


『失望』の道行 ~ Helion's Route ~  Fin.