明日への飛翔

第二幕

 翌日。スピリット隊ランサ仮詰所の広間では、昨夜の襲撃についての報告が行なわれていた。

 「・・・当方の損害は軽傷1名。重傷1名です。戦闘により西門付近の街道と建築物に被害がありました
ので、修繕が必要かと思われます・・・敵残党は<静寂>のネリー、<孤独>のシアーの両名が追撃に
あたりましたが、ランサ西方に逃走したらしいということが解っただけでした。次に・・・」
 ナナルゥが、報告書の要点だけを淀みなく読み上げていく。
 負傷したセリアの代理だったが、普段無口な彼女の声をこれだけ聞けるのは、こういう時くらいの物だ。

 ヘリオンは暗鬱たる気持ちでそれを聞きながら、昨夜の失態を恥じて落ち込んでいた。
 劣勢の中彼女が奮闘したのは事実なのだが、そこに至る理由もしっかりと、報告書には明記されていた。
――止めを刺すのを躊躇って、それを敵につけこまれたと。
 それに、当然真っ先に追撃に移るべき自分が、後から来たネリー達の背中を呆然と眺めていただけだった
というのも、大きなマイナスポイントだった。
 これでは、セリアの苦労も報われないというものだろう。
 そんなヘリオンの様子を気遣ってかどうか、悠人がとりなすように言う。
 「取り逃がしてしまったのは仕方がないさ・・・深追いして危険を冒すより、ずっと良かったと思う。」
 そんなことよりも・・・大事なことがある、と悠人が尋ねる。
 「セリアの容態はどんな具合なんだ?」
 それを受けて傍らのエスペリアが答えた。
 「治療したハリオンによれば、傷自体は既にほぼ塞がったそうです。・・・命に別状はないようですが、
大量に血を失っていますので、体力の回復には少し時間がかかるかと思われます。」
 「そうか・・・。ゆっくり治療に専念して貰わないとな。」
 顎に手をあてて考え込む悠人。正直、ここでセリアが抜けるのは痛い。


 「・・・それじゃ今日からしばらく、セリアの抜けた穴には俺が入る事にするよ。」
 「そんな、ユート様は昼2の時間帯にも入っているじゃありませんか!」
 悠人の提案に、慌てて抗弁するエスペリア。
 「ラキオスに報告がある時は午前中に往復するようにして、時間までには戻ってくるよ。・・・それで、
悪いけど報告書はいつもより早めに作るようにして貰えるかな。」
 「報告書の事は構いませんが、それではユート様のお体が持ちません!」
 「これまでだって皆ギリギリでやってきてるんだし、仕方ないさ。・・・だいじょうぶ、こっちが攻めてる
わけじゃないし、暇な時は詰所で休めるんだから、楽なもんさ。」
 冗談めかして言うが、防衛時には、攻撃時とはまた違う疲労があるのだ。
 ・・・いつ果てるともない防戦が続けば、精神は急速に疲弊していく。
 解りきったことだったが、しかし、それを主張しても悠人が意見を翻す事はないだろうという事も、また
エスペリアは知っていた・・・いつもそうなのだ、この自分達の隊長は。

 「承知致しました・・・けれどもそれならば、他の者の配置も少し調整させて頂きます。まずは・・・」
 諦めたように言うと、副隊長兼作戦参謀の権限を駆使して分担を決めていくエスペリア。
 彼女の信念から言えば、人間である悠人が自分達と同じように苦労を分かち合おうとするのは、とんでも
ない事なのだったが・・・彼がそうしようとする事に、これ以上異議を唱えることはできなかった。
 それならば、その前提で彼の負担を軽減しようとするしかない。

 「・・・と、いうことにさせて頂きます。ユート様、よろしいですか?」
 「え、ええと・・・良いんじゃないでしょうか。」
 実際はどういう配置になったのかほとんど把握できていなかったのだが、エスペリアの有無を言わせぬ
迫力にただ頷くことしかできない悠人である。
 それは、その場に居合わせた全員にも同じことが言えた。
 「そして最後にヘリオン?」
 「は、はいぃ!?」
 びくりと反応して立ち上がるヘリオン。
 あ・・・椅子が倒れた。
 しかしそれを直そうとする余裕もなく、極力エスペリアと視線を合わせないようにしながら言葉を待つ。

 「・・・あなたには、今日からラキオスで別の任務について貰います。」


 そういった遣り取りがあったのが、もう一週間も前のこと。
 ヘリオンはがっくりとうなだれながら、ラキオスの街道をとぼとぼと歩いていた。
 「・・・・はぁ。」
 本日何度目かの溜息。
 あの時エスペリアに言われた事がショックで、またそう言われるのも当然だと思うに付け、未だに情けなく
なってくるのだ・・・今もまた、そのシーンを繰り返し思い返していた。

 『あなたのミスで一人が重傷を受け、部隊全体にも影響を与えました。これ以上皆が危険にさらされない
ようにする為にも、しばらく前線から外れてもらうことにします。』
 厳しく宣言するエスペリア。
 『エスペリア、何もそこまで・・・。』
 悠人が庇おうとしてくれたのは、ヘリオンにとってちょっとだけ嬉しい記憶だった。
 『いいえユート様、重要な事です。失敗には相応の罰が必要です。そうでなければ、他の者にも示しがつき
ません。これも一度や二度じゃないんですからね。それに・・・。』     
 『それに?』
 『い、いえ、これは後ほどお伝えします・・とにかく指示には従って貰います。良いですねヘリオン?』

 昔から怒る時は怖いエスペリアだったが、これほど強い口調で叱責されたのは初めてだった。
 元よりヘリオンに逆らえる訳もなく、こうして言われるままにラキオスへ戻って来ていたのだが・・・。
 最初は、単なる配置換えかと思っていた。
 以前からスピリット隊には、ラキオスに交代で駐留し、王都の防衛と不穏分子の警戒を担当するという役割
がある・・・ヘリオンも何度か経験があったが、現在はアセリアとオルファがその任務にあたっている。
 しかし今回自分に命ぜられたのは、それとは違う特別任務なのだという。

 そしてその内容は、研究を続ける賢者ヨーティアの<護衛兼助手補佐兼連絡要員兼その他雑務従事者>という
長ったらしい肩書きの、要するに使い走りをするというものなのであった。


 ただでさえ気の弱いヘリオンのことだ。
 歴史上最高の天才とまで呼ばれる人物の下で働くなど、始めは考えるだけで眩暈がしそうだった。
 しかし不思議な事に、今ではあの型破りな性格にもすっかり順応してしまっていた。
 余計な事を考える暇もないほどに、次から次へと用事を言いつけられたせいもあるだろうが・・・。
 何より大きな理由は、ヨーティアがスピリットを蔑視していないらしいという事だった。

 (ユートさまに似ているかも・・・。)

 どこがどう似ていると指摘することはできないが、何となくヘリオンはそう思った。
 ヨーティアとその助手のイオとの関係を見ていると、その接し方が本当に自然なことに驚かされる。
 勿論いつだって、イオのヨーティアに対する丁寧な態度は変わることがない。
 しかしだらしなく眠りこけるヨーティアを叩き起こす姿などは、ちょうど朝に弱い悠人に手を焼かされる
エスペリアの姿に重なって見えた。
 このラキオスでは悠人達が住む第一詰所とヘリオンのいる第二詰所とは離れている。
 だけれど各地の拠点で仮の詰所を接収した時などには、同じ屋根の下で起居することも多かった。
 すると朝食を一緒に取る事もあるのだが、そうした時の悠人はいつにも増してぼぅっとしていた。
 そんな風に考えると、自然とヨーティアに対する親しみが沸いてくる気がするのだ。

 ・・・それに、ヘリオンはイオに対しても、憧れに近い想いを抱いていた。
 自分みたいにちみっちゃくないし、理知的で、多少融通の利かない所はあるものの、そのミステリアスで
神秘的な雰囲気は、まさに「大人の女性」という感じだった。
 セリアやエスペリアなども自分に比べれば大人なのかも知れないが、彼女達はどちらかというと「頼れる
お姉さん」というイメージがある。
 それに・・・「戦うこと」以外に道を見出しているスピリットに会うのは、彼女が初めてだった。

 そんなこんなで、元々まじめで一生懸命なヘリオンは、この二人に気に入られていったのだった。
 すぐに弱音は吐くし細かい失敗はしょっちゅうで、ヨーティアに始終からかわれ通しではあったが。

 「でも・・・はぁ・・。」

 やっぱり忙しさの合間には、こうしてついつい溜息が出てきてしまうのだ。
 境遇に不満があるわけではないが、これで良いのかという思いがある。
 「私って、ユートさまの役に立ってるのかなぁ・・・・。」
 それが一番重要な事だった。この仕事に一体どれだけの意味があるのだろうか。
 ヨーティアを手伝うという事は重要な任務であるのだろうが、自分にはイオのような知識も技術もない。
 できる事と言ったら雑用くらいのもので、何も自分でなくても用は足りるのだ。
 もっともスピリットでそれが務まるというのも、日頃第二詰所の面々に鍛えられた、ヘリオンだったから
こそというのもあるのだが、どうやら彼女はそこには思い至らないようだった。
 ・・・これが面倒くさがり屋のニムや、落ち着きのないオルファやネリーだったならば、一日目で叩き
出されていたに違いないのだが。

 それでもヘリオンは、自分が楽をしていると思っていた。
 一応護衛も兼ねている事になってはいるが、そもそもヨーティアの研究所は王宮や貴族の邸宅にも匹敵する
強力な警備体制が整っていたし、ものぐさな彼女が外出することは滅多にない。
 平和な日常の中にいるというのはありがたいことなのだろうが、自分がこうしている間にも前線の皆は戦い
続けているはずだと思うと、いたたまれなくなる。
 戦うことは相変わらず嫌いだったが、ユートさまの役に立ちたいという欲求はある。
 ヘリオンは前線を離れて、自分にこれほどの強い思いが宿っていたという事に、初めて気付いたのだ。
 思えば今まで自分は、何かをしたいと強く願うことがあっただろうか。
 ずっと戦いたくなんてない。でも戦わなきゃならない・・・そんなことを考え続けてきたように思う。
 (今の私は、昔とは違うんだ・・・。)
 ヘリオンは、自分が変わり始めるきっかけとなった、あの出来事を思い返していた。


 部隊への合流当初。
 ヘリオンは見るからに危なっかしいと思われたのか、悠人率いる本隊に配属される事となった。
 自ら先陣に立とうとする隊長の為に、自然と部隊内でも戦闘回数は多くならざるを得ない。
 しかし先代スピリット部隊の生き残りであり、今は副隊長を務める<献身>のエスペリアの守りもあって、
ヘリオンは後方からのサポートに徹することができた。
 自分が直接止めを刺さずに済むことに、ほっとしているヘリオンだったが、幾度勝利を重ねても自分達の
隊長は、何故か戦勝を喜ぼうとはしない。
 返り血を浴びて、悲痛な表情で立ち竦む彼の姿を見た時は、どこかひどく負傷してしまったのではないかと
心配すらしたものだ。
 いつもはぼうっとしているのに戦場では勇敢で、人間なのにスピリットに塗れて戦う。
――風変わりな、捉えどころのない青年――それが、ヘリオンが悠人に対して持っていた印象だった。

 そしてサモドア陥落前夜。
 悠人率いるラキオススピリット部隊は、明朝の総攻撃に備えて野営を布いていた。
 ヘリオンはその時見張り番ではなかったが、今までで最大規模の戦闘になるであろう、明日の攻城戦を思うと、
目が冴えてとても眠りにつく事が出来ないでいたのだった。
 ・・・多くの命が、マナへと還ることになるのだろう。
 もしかしたら、自分がそうなるのかも知れない。
 (確か見張りは、シアーがしていたっけかな・・・。)
 あの内気な友人は、焚き火の前で一人で夜の闇に怯えてビクビクしていることだろう。
 どうせ眠れないのだ・・・二人でお喋りしていれば、この震えもまぎらわせる事ができるかも知れない。
 そんな事を考えていると、どこからともなく苦しげに呻く男の声が聞こえてきた。

 (ユートさまの・・・声かな?)
 あの隊長はどうしてか、いつもスピリット達とは少し離れた場所で寝るようにしていた。
 しかし、どうやら声はそれとは別の方角、もう少し遠くから聞こえてくるようだった。
 他の者が気付いて目を覚ます様子はない。
 これが見知らぬ人間のものだとしたら少し不気味だったが・・・苦しんでいるようなら放っておく訳にも
いかないので、ヘリオンは自分を叱咤し、声の主を探しに行くことにした。


 焚き火のそばには何故か、誰も見張りがいなかった。
 不審に思いながらも、声がする方向へと歩いていくヘリオン。
 下草を踏み分けて森の中へ入っていくと、数分経って、暗がりで四つん這いになる人影を発見する。
 「ユートさま・・・ですか?」
 小さな声で、相手を刺激しないように誰何する。
 返事は無く、沈黙の中、雲が流れて月明かりが人影を照らした。
 「・・・ユ、ユートさま!大丈夫ですか!?」
 果たして相手は悠人であったのだが、何やら様子がおかしい。
 「ヘリオン・・・か?」
 間近で叫ばれて、ようやく気付いたかのように呟く。
 ・・・見れば全身脂汗を流し、呼吸することさえ困難のようだ。
 「だ・・・大丈夫だから、俺に近づくな・・・!!」
 突然怒鳴られてびっくりしたが、それよりも得体の知れない空気に衝き動かされて、ヘリオンは踵を返した。
 「エ、エスペリアさまを呼んできますね・・・きゃっ!?」
 背後に感じる異変に恐る恐る振り返ると、硬直し、そのまま視線が釘付けとなる。
 駆け出そうとした瞬間、悠人の傍らにある彼の神剣<求め>が強い光を発したように見えたのだ。
 <失望>が一瞬警戒音を鳴らしたように思ったが、今はただじっと沈黙している。
 ・・・何かこの場に、禍々しいオーラが漂っているかのように感じた。
 「ぐあぁぁぁぁぁ!」
 彼女の隊長は、目の前で絶叫し、苦痛に喘いでいる。
 直後、悠人は頭を抑えながら転がりだした。
 木の幹にぶつかろうが、小石を下敷きにしようがおかまいなしだ。
 恐怖に縛られたヘリオンは、それをただ見ていることしかできなかった。
 「ぐ・・ぅ・・あ、あぁあ・・・・だ、黙れバカ剣!!・・・大人しくしやがれ・・・・・・!!!」
 そう一際大きく叫んでしばらくすると、悠人は転がるのを止めてその場にうずくまった。
 いつしか禍々しいオーラは消え去っていた。静寂の中、悠人の深く呼吸する音だけが聞こえてくる。
 「・・・・・なぁ、ヘリオン?」
 どれだけの時が経っただろうか。肩で息をしながら、顔だけを向けて呼びかける悠人。
 「は・・・はい・・・。」

 「・・・悪いけど、水を一杯貰えないか。」

 「怖い思いをさせちゃったな。」

 ヘリオンの介添えで水を飲み干して、ようやく人心地ついたのか悠人が呟く。
 見張り無しで焚き火をそのままにしておくわけには行かないので、今は野営地に戻ってきていた。
 「い、いえ、そんな事は・・・。」
 本当は大いにあったのだが、どう返答して良いか判らずに言葉を返す。
 「あの・・・本当にエスペリアさまを起こして来なくて良いんですか?」
 「ああ、気にしないでくれ。」
 それだけ言うと、お互いに口に出す言葉が見つからずに黙り込んでしまった。

 こういう時は、部下である自分から何か話題を振った方が良いのだろうか・・・それともそんなこと
したら逆に失礼になるだろうか・・・あぁ、でもずっと黙ってるのも失礼かもしれないし・・・。
 ヘリオンがあれこれと悩んでいると、ふいに悠人が口を開いた。
 「ところでさ、今気づいたんだけど。」
 「ひゃ、ひゃい!?」
 「落ち着いて落ち着いて・・・いやさ、ヘリオンが髪を下ろしてるのって初めて見たなぁって。」
 「え、あ、そ、そうですね。いつもはリボンで結んでますから・・・。」
 突然髪の事を言われるとは思っていなかった為にパニック気味になるヘリオン。
 今はいつものツインテールはほどかれて、艶やかな黒髪が夜風になびいていた。
 「申し訳ありません・・・気を緩めてるわけじゃないんですが、寝る時はいつもこうなので・・・。」
 「え?いや怒ってるわけじゃないんだ・・・ほら、ちょっと新鮮だなって、思っただけだから・・・。
そうだよな、普通下ろすよな、今まではただ偶然見たことなかっただけか・・・ははは。」
 「そ、そうでしたか失礼しました!そうなんです、いつもは寝る直前に下ろすので・・・あはははは。」
 悠人としては沈黙に耐えられず何気なく振った話題だったのだが・・・。
 それを怒られたと思われるとは言い方が悪かったのだろうか?
 お互いに気まずさをごまかそうと、二人は小さく笑い続けた。


 「それじゃ、寝てるのを起こしちゃったのかな・・・できるだけ、野営地から離れたつもりだったんだけど、
ごめんな。」
 しばらくして、心底すまなそうに謝る悠人。
 「い、いえ違うんです!・・・ただずっと眠れないでいたら、声が聞こえてきたので近づいただけで。」
 「そっか、俺も何だか眠れなくってさ。シアーに言って見張りを交代して貰ってたんだ。」
 「・・・ユートさまでも、そんな事があるんですか?」
 驚きだった。伝説のエトランジェでも、緊張したり不安になったりするのだろうか。
 「しょっちゅうさ。・・・それでまぁ、夜空を眺めながら色々考え込んでたんだけどな。その内に急に頭が
痛くなっちゃってさ・・・いやはや困ったもんだ。」
 何でもないことのように言うが、何かを誤魔化そうとしているのがありありと見えた。
 ヘリオンはしばらく悩んでいたが、どうしても聞きたくなり意を決して尋ねる。
 「ユートさま・・・聞いて良いことなのかわかりませんが・・・さっきユートさまが苦しんでいる時に、
神剣が光っていたように見えました。あれは・・・神剣の干渉のせいですか?」
 まだ幼い頃。ラキオスのスピリット達のまとめ役だったエスペリアが、しきりに口を酸っぱくして言って
いたのを覚えている。―――神剣に呑まれてはいけない。心を、強く持ちなさいと。

 ヘリオンの持つ永遠神剣<失望>は第九位に過ぎなかったが、悠人の持つ永遠神剣<求め>は第四位で
あると聞いている・・・きっと、<失望>とは比べ物にならない力を持っているのだろう。
 そして、それだけ持ち主に与える影響も大きい筈なのだ。
 悠人は最初は難しい顔をしたが、こうなっては仕方がないとばかりにゆっくりと語りだした。
 「・・・そうだよな、神剣については俺なんかより皆のほうがずっと良く知ってるか・・・実はヘリオンの言う通り、
このバカ剣がちょっと騒ぐんでな・・・迷惑になっちゃいけないと思って、ちょっと野営地を離れてたんだ・・・こいつ、
最近は戦闘続きで大人しくしてたと思ったんだけど、明日の戦いの前に欲張りだしたんだな。まったく。」


 実際は、<求め>の干渉はちょっと騒ぐなどと言う程度のものではなかった。
 激しい戦いを生き延びる為に、今までにない強烈な圧迫を持ってマナの充足を求めたのだ。
 うら若き妖精達の・・・生気を奪う事によって。

 ヘリオンはそのような事を知る由はなかったが、悠人は満足げに微笑んだ。
 「でもヘリオンが来てくれて助かったぜ。俺一人じゃ、結構危ないところだった。ありがとな。」
 そう、<求め>が自ら近寄ってきた獲物に反応して圧迫を強めたのは事実だが、守るべき仲間達の事を
強く意識できたからこそ、悠人は尽きかけていた最後の精神力を振り絞ることができたのだ。
 ヘリオンは、悠人に対してどう応対したら良いか解らなくなっていた。
 その後も悠人は色々と話しかけてきたが、適当な相槌しか打てない。
 ・・・このように自分に接する人間は初めてだった。
 ヘリオンの知っている人間は、スピリットに気楽に話しかけてきたりなんかしないし、何かして貰った
としてもそれが当然だという態度を取るのが普通だった。
 今までの戦闘でも何度となく庇って貰ってはいたが、ヘリオンは悠人が、満足に戦うことのできない
自分を軽蔑しているのではないかとさえ思っていたのに・・・。

 「私・・・私は・・・。」
 掻き乱され、止めることの出来ない感情が溢れ出す。
 「ユートさま、私には、ユートさまにそんな風に優しくされる資格なんてありません!・・・ユートさま
の剣になることもできないし、エスペリアさまのように盾になることも出来ないんです!!・・・私なんて
足を引っ張るばかりで、私なんて・・・私なんて・・・・・・ふえぇぇぇ・・・。」


 自分でも何を言ってるのか、訳が判らなくなって、涙声になるヘリオン。
 悠人はおろおろしながら、ぎこちなくヘリオンの頭を撫で回した。
 「馬鹿だな・・・戦うことばかりが、人の役に立つことじゃないだろ?・・・ヘリオンは、ちゃんと俺を
助けてくれたよ。」
 「うぅ・・・っぐ・・・ひっぐ・・・・。」
 こうやって頭を撫でられるのは二度目だった。
 自己紹介でとちって、舌を噛んで泣きそうになっている時にそうされたのだった。
 あの時は叩かれるのかと思ってびくびくしていたけれど、今はほんわりと暖かい気持ちになってくる。
 昔エスペリアにそうして貰ったことがあったのを思い出し、でもやっぱり悠人にされるのは少しだけ何かが
違うような気もして・・・そうやって頭を預けているうちに、いつしかヘリオンは、抱いていた恐怖をも忘れ
て寝入っていた。

 「ありゃりゃ?・・・寝ちまったのか。しょうがないなぁ。」
 悠人は苦笑するが、自分が何ともいえぬ優しい気持ちになっている事に気付いた。
 つい先刻までは、望まぬ戦いを強いるラキオス王に対する憎しみや、戦争とはいえ恨みなどない相手を殺さ
なくてはならない罪の意識と恐怖に苛まされていたいうのに。 
 (そっかヘリオンって、雰囲気が佳織に似ているんだな・・・ほっとけないトコとかそっくりだ。)

 「やっぱりちゃんと、助けられてるよ、俺・・・だから、もう少し自信持てよな。」
 寝てしまったヘリオンを寝床に移すと、起こさないようにそっと呟く。
――佳織を助ける為に・・・俺は戦わなきゃならない。それも、決して自分を見失ったりせずに。
 悠人は、改めてそう自分に言い聞かせるのだった。

 (それで次の日に陥落したサモドアで、ユートさまがアセリアさんに語っていたんだよね・・・。)

 想いに沈みながら、ヘリオンはその光景を思い出していく。
 アセリアの手を取りながら、生きる意味を探せと、命を大切にしろと諭すその言葉は、傍らで聞いていた
ヘリオンの胸にも深く刻み込まれ、悠人に対する絶対の信頼と、敬意の念を抱かせたのだった。
 以来、ヘリオンは何とかユートさまの役に立ちたいと願ってきた。
 それは信仰にも近い純粋な気持ちだったが、ヘリオン自身が・・例えば、あの夜の悠人との語らいを思い
出す度に疼きだす胸の高鳴りが何なのか・・そういった感情に気づくのは、もう少しだけ後の話である。

 そうしてラキオスの街道を歩きながら躁鬱状態を繰り返していると、突然腰の<失望>が震えだした。
 「ひぁ!?」
 『ヘリオン様・・・ヘリオン様・・・聞こえますか?』
 「わわわわ、<失望>がぺらぺら喋ってる!!?・・・・って、その声はイオさまですか!?」
 そうだった。その度ごとに驚いて心臓が止まりそうになるのだが、イオの持つ永遠神剣<理想>は、思念を
飛ばして遠距離での会話を可能とするような、いろいろ特殊な力を持っているのだ。
 <失望>を鞘から取り出し、耳にあてようとするが、慌てるあまり指を誤って切ってしまった。
 『ヘリオン様、どうか落ち着いて下さい。』
 イオの方も、ヘリオンの対応に慣れたのか、まるでこちらが見えているかのような事を言う。
 「も、もう大丈夫です・・・ちょっぴり痛いですけど・・・。」
 『実はヨーティア様が、ヘリオン様の帰りが遅いと仰って機嫌を悪くしていらっしゃいまして・・・。』
 「あぁああ!!・・・す、すみません~~、今すぐに帰ります!!」
  <失望>を耳にあてながら、その場でぺこぺこするヘリオン。
 端から見れば、これほど滑稽な姿もないだろう。

 ・・・すっかり忘れていたが、今はヨーティアに命じられて買出しに行った帰りだったのである。
 こけつまろびつして擦り傷を作りながら、研究所までの帰路をひた走るヘリオンであった・・・。